#7

「私の父親も、聖職者をやっていました。厳格で戒律に厳しい、ストイックな神の下僕です。小さい頃から、その背中にずっと憧れていました」


 研究室に続く長い廊下を歩きながら、ロイは訥々と口を開く。沈黙に耐えきれなくなったのか、彼は自らの身の上を話し始めたのだ。


「子どもの頃から、日曜は父親の説教が教会で行われる日でした。近隣住民にとって、聖職者は皆の規範となる存在です。周囲の人から頼られる父親の姿は、まだ幼かった僕にとってのヒーローでした」

「親父さんに憧れて、神学校に?」

「家族の意向もありましたが、僕の意思がほとんどです。誰かの迷いや後悔に寄り添える人間になりたい、そう思って神学校の門を叩きました」


 卒業後の進路は、本来なら司祭や教会関係者であることがほとんどだ。そんな彼が何故エンリコを選んだのか? 詳しく聞けば、それも父親の意向だという。


「卒業を間近に控えたある夜、父親が私の下を訪ね、こう言いました。『聖教会が支援しているプロジェクトを手伝ってほしい』。あの人が参加しているプロジェクトに自分も参加できる喜びで、私は一も二もなくその言葉に従いました。この会社で経験を積めば、人間的にも成長できる。そんなことを、考えていたのです」

「それがエンリコの秘密裏のプロジェクトに参加した理由か? 親父さんは、君よりこのプロジェクトに詳しいのか?」


 ロイは顔を伏せ、悲しげに笑う。何度か深呼吸をすると、意を決して口を開いた。


「亡くなりました。数週間前に、出張先のホテルの浴室で。酒の飲み過ぎで溺死したと警察の方が言っていましたが、正直納得はできていません。父親は、そもそも酒を飲むような人ではない」

「ホテルの、浴室……」


 数週間前の記憶が蘇る。人造の天使に初めて遭遇したのも、ホテルの一室だ。あの日の依頼は、司祭の始末も含まれていた。俺は依頼の通りに、司祭を溺死させて……。

 違う、偶然だ。ホテルで溺死する聖職者など、どこにでもいる。それでも、この符号は偶然で片付けていいのか?


 俺が過去に殺した49人の聖職者の中に、ロイの父親がいるかもしれない。だとしたら、どうする? ロイも同じように殺して、のうのうと生きるか?


「僕は納得したいだけです。父親の死の真相を知って、自分なりに答えを見出したい。ただ、それをやるには僕は力不足です」


 ロイの言葉が熱を帯びていく。反対に、俺の思考は徐々に怜悧に染まっていく。まだだ。まだ真相を彼に語るわけにはいかない。


「このプロジェクトを追えば、父親が何故死んだのか真相が分かりそうな気がしているんです。クーガーさん、協力してください!」

「……当然だ。俺たちで一緒に真相を暴こう」


 踏みつけてきた無数の屍が足を掴むのを振り払い、俺は目的地を示す光に向かって歩き出した。

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