#6

 気を失っていたロイが目を覚ました頃、俺はペインマンの死体から身ぐるみを剥いでいた。起き上がった後も事態が飲み込めずに困惑する青年に、俺は頭陀袋を被りながら声をかける。


「起きたか? すまんね、少し眠ってもらうために手荒な真似をした」

「私を殴ったんですか……? いや、それより……なんであの人の格好を……」


 俺は亡骸を顎でしゃくった。頭陀袋を脱がされたペインマンは清掃員の格好をし、ライムグリーンのキャップを目深に被っている。


「異端尋問官が追い詰めた清掃員の正体は産業スパイで、鞭打ちの拷問に耐えきれずに首を括った。警備担当者にはそう伝えるといい」


 淡々と言葉を継ぐ俺を見て、ロイは数度瞬きをした。無造作に跳ねた栗色の髪と、眼鏡の奥に隠れた大きな瞳がまだ幼さを感じさせる青年だ。困ったような表情の中に、若干の猜疑心が残っている。


「……あの人を、殺したんですか?」

「俺に協力したことを後悔してるか? 君の教義や信仰に背いた行動をとったなら、俺は君の前から消えるよ」


 ロイの視線が俺と亡骸を行き来する。数秒の沈黙の後、彼は息を漏らすようにぽつりと呟く。


「嫌な上司でした。この地下牢でやってきた拷問を私に楽しそうに語って、私にもそれを強制しようとする。教義に殉ずるのではなく、自分の欲望を優先するような……あまり褒められた人ではなかった。それでも、死後は安らかであるべきだ。祈らせてください」


 彼はロザリオを片手に、数分間沈黙して亡骸に祈りを捧げる。その時間を黙って待ちながら、俺の脳裏には別の記憶が浮かんでは消えていた。


「……終わったか?」

「ええ。……すいません、貴方の名前をお聞きしてもいいですか?」

「ジョン・クーガーだ」


 当然、偽名だ。ロザリオに登録した名前は別で、どちらも本当の名前ではない。エイシストという名を名乗るなど以ての外だ。


「クーガーさん、貴方は何者なんですか? あの人が言ってた通り、本当に産業スパイで……」

「それに関しては、違う。主に誓うよ。俺がこの会社に潜入したのは、調査のためだ。君も知っていることがあるなら、教えてほしい」


 ロイは再び押し黙る。組織に対する裏切りに迷いがあるのか、彼は眉を困ったように下げて、ゆっくりと口を開いた。


「……人造生命ホムンクルスの話ですか?」

「知っているのか? 頼む、詳しく教えてくれ!」

「聖教会の教義では、『生命は主が生み出したもの』とされています。エンリコ・バイオテクニカは、それに沿ってバイオ製品を開発しているはずです。一部を除いては……」

「セルジオ・ビットを中心とする研究チームだな。ファミリア・コーポであるエンリコにとって、その研究は立派な背信行為だということか?」


 ロイは肯定した。異端尋問官は聖教会からの出向社員であり、本来ならばそのような背信行為を捜査する立場にあるのだという。

 それなら、ペインマンは何故告発をしなかったのか? その疑問に対する回答を、俺はなんとなく掴みかけていた。


「聖教会は、人造生命ホムンクルスの製造を容認している……?」

「組織の中のごく一部ですが……」


 考えてみれば、人造の天使は間違いなく聖教会が関わっているプロジェクトだ。だとすれば、ロイは信仰と命令の間に強いギャップを持っているのかもしれない。


「クーガーさん。ホムンクルスの研究は、重要な関係者外秘だ。これ以上調査をするなら、コンプライアンス的にも貴方を監視しなければならない。……でも」

「君自身が、この研究に違和感を覚えている。そうだろ?」


 悩める青年司祭は曖昧に笑った。


「いま私が話している相手が同僚の異端尋問官なら、研究室への立ち入りも可能です。そうですよね、“ペインマン”殿?」

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