#5

 等間隔に続く鞭の音が部屋に響き渡り、檻の外から監視するペインマンの歓声が木霊のように反響する。俺は静かに唸りながら、ロイ青年の小さな身体の影に隠れるように身をよじる。鞭を振るうロイの体力は既に尽きかけ、それでも精一杯慣れない暴力を放っていた。


「いいぞ、やれ! 打ち据えろ!」


 鉄柵に頭陀袋を擦り付けるかのように俺を凝視しながら、ペインマンは熱狂の声を上げる。断続的な打撃音とペインマンの熱狂に乗じて、俺はロイに小声で提案を行なった。


「……事情は知らんが、お前はこんなこと望んでないだろ? あの頭陀袋の野郎に一泡吹かせたいなら、ひとつだけ手伝ってくれ」

「……どうすればいいんですか?」

「残りの体力が尽きるまで鞭を打て。場所は一箇所、俺を繋いでいる鎖に!」


 まるでチェーンカッターだ。金属同士が打ち合い、火花が散って圧力が加わっていく。何度も鞭が交錯し、やがて鎖は変容していく。

 自由を得る瞬間は思った以上に呆気ない。俺はまだ年若い協力者に一礼すると、その鳩尾に拳を打つ!


「ぐっ………!?」

「血を見たくないなら眠ってな」


 冷たいコンクリートにくずおれる青年を受け止め、静かに寝かせる。先ほどの作業で体力が落ちていたのか、手加減した打撃一発で彼の意識は遠のいていった。10分は目を覚まさないだろう。


「ロイ、何やってんだァッ!?」

「どうやら形勢逆転のようだな、尋問官サマ」


 鉄柵に近づけば、ペインマンは頭陀袋の中で俺を睨みつける。カソックコートに覆われた肉体は、暴力に慣れていそうな風格を醸し出していた。


「貴様ァ、これが狼藉だと分かっているのか!? これはエンリコへの、いや、聖教会そのものへの叛逆だぞ!?」

「俺を産業スパイだと思っていたろ? 残念ながら人違いだ。エイシスト・クーガー、って言えばわかるか?」


 その名を聞けば、裏に通じる者ならすぐに合点が行くはずだ。この街の聖職者を殺してきた男の名を聞き、ペインマンは一笑に伏す。


「……49人殺しか。異端の犬が正体を明かすとはいい度胸だ。懺悔でもしに来たか?」

「懺悔することなんかねぇよ。ただ、アンタを50人目に数えてやるだけだ」


 金属が組み上げられたチェーンウィップを拾い上げ、正面に向けて振り抜く。目測通り真っ直ぐ伸びた鞭先は手首の精密動作で蛇のようにとぐろを巻き、鉄柵越しのペインマンの首に喰らいつく!


「アンタが取れる選択肢は2つだ。ここで黙って死ぬか、地下プラントの情報を吐いてから死ぬか」

「だ、誰が異端の犬に……」

「人造天使の開発は、聖教会全体で共有しているのか?」

「黙れッ! 地獄に堕ちろ、異端者ッ!」

「……それが最期の言葉か」


 やはりテンプレートだ。俺は黙って、手首を引いた。


 俺はペインマンの死体を柵越しに手繰り寄せると、その懐から鍵を盗み出す。このまま抜け出して地上へ戻るのも悪くないが、せっかく地下牢に入れられたのだ。地下プラントへの抜け道があるかもしれない。

 そのために必要なのは、さらなる偽装と案内人の存在だ。俺は牢の中で眠る若き聖職者を一瞥し、小さく頷く。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る