#4

 まるで磔刑だ。上腕を鎖に繋がれた自分の姿を見ながら、俺はそんなことを思う。冷たいコンクリートで周囲を囲まれた狭い地下室で、俺の視界は眼前の鉄柵だけを映している。


「……結果オーライ、か」


 数時間前に頭陀袋の男と邂逅した瞬間、俺は瞬間的に状況判断を行なった。抵抗することも、隠していた銃で敵を撃ち殺すこともできる。だが、それを俺は敢えてしなかった。この状況で抵抗をするには目撃者が多すぎるし、今後の潜入に悪影響を与えかねない。だから、俺は無抵抗で流れに身を任せる。放つ言葉だけはパニックを起こし、狼狽しながら。


「さァ、尋問と懲罰の時間だ。社是に背く謀反人か、神に背く異端者か。異端審問官、ペインマンが神罰を下してやるよォ……」


 金属製の鞭をジャラジャラと鳴らしながら、ペインマンと名乗る頭陀袋の男が柵の外に現れる。その後ろからオドオドと背を追うのは、白と緑が特徴的な修道服を着た青年だ。よく磨かれたロザリオの質感が、まだ新しい。


「おい、ロイお坊ちゃん。今日の研修は鞭打ちだ。俺がしっかり見ておくから、コイツを痛めつけろ」

「で、でも……教義ではそんなこと……」

「神学校で勉強しかしてこなかったのか? これだからインターン経験のないモヤシは嫌なんだよ。親に学費を払ってもらって、この会社に入れたのもコネだろ? 営業も研究もできねェからここに飛ばされた。違うか?」

「……仰る通りです」

「じゃあ、やれ。俺が許す。デジ免罪符も安値で売ってやるから!」


 ロイと呼ばれた青年はペインマンから鞭を受け取ると、一礼して牢屋に入室する。おずおずと鞭を握る手は震え、何かに耐えるかのように唇を結んでいた。


「ごめんなさい、ごめんなさい……!」


 鞭が空を切る。しなる一撃が背中を強かに打ち、俺は静かに声を漏らした。

 痛みは等間隔で、単純だった。どこか遠慮の残る、腰の入っていない攻撃だ。一発一発の衝撃に慣れてしまえば、苦痛は引き潮のように鎮まっていく。


「ちゃんと声出せ〜。社敵は〜?」

「か、会社の敵ッ!」

「違う、社会の敵だッ! もう一度覚え直せ!!」


 鞭の音が響き渡る。その度にペインマンは声を漏らすように笑い、ロイ青年は苦悶の表情になっていく。やりたくもない仕事を強制されているのだろう。詳しい事情は知らないが、少し不憫に思えた。


「お父様、お母様、偉大なる主よ。申し訳ございません、私は……」

「どうした、動きが止まってるぞ? もう疲れたのか!?」

「い、いえ……」


 俺は鞭打ちに苦しんでいる風を装いながら、ロイ青年をじっと見つめる。視線が交錯した瞬間、俺は彼に聞こえるように囁いた。


「……5分間、俺を全力で叩け」

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