恋心をたべるあくま③

 蜜柑を観察して、気づいたことがある。

 彼女はクラスメイトの佐藤さんと一緒にいることが多い。二人とも目立つ容姿をしているからか、クラスでも一年生の間でも、かなり話題になっていた。


 心なしか二人の顔は、どこか似ている気がする。

 確証はなかった。ただ、このまま何もしなかったら、私は二度と蜜柑には近づけないし、逃げたことを謝ることだってできない。

 だから、私はある日の放課後、佐藤さんを呼び出した。


「佐藤さんって、恋魔でしょ」


 賭けだった。佐藤さんがもしも何も関係のない人だったら、蜜柑のことは何もわからないままだ。


 そして、佐藤さんが悪魔だったとして、蜜柑とは違う、危険な悪魔だったら。酷い目に遭うかもしれない。

 それでも私は、蜜柑にもう一度、近づきたいと思った。


「な、なんのことでしょうか」


 反応は顕著だった。佐藤さんは、あまりにもわかりやすく動揺して、額に汗をかいている。


「……別に取って食おうってわけじゃない。ただ、蜜柑のことを教えてほしいの」

「……蜜柑ちゃんのことを?」


 ぴくり、と佐藤さんが反応する。

 空気が張り詰めたものに変わった。明らかに佐藤さんは、私のことを警戒している。それだけ蜜柑と仲がいいということなのだろう。


 少し、胸がざわつく。

 そんな権利、もうないのに。


「……私は、蜜柑が最初に恋を食べた相手。そう言えば、私の目的もわかってもらえる?」

「え? でも……」

「そう。なんでかわからないけど、蜜柑は私のことを忘れてる。……知りたいんだ。どうして私のこと、忘れてるのか」

「……詳しく聞かせてください」


 私は包み隠さず、蜜柑との全てを佐藤さんに話した。

 話し終わった後、佐藤さんの顔を見て、私はぎょっとした。

 佐藤さんは号泣していた。さすがに泣きすぎじゃない? ってくらいに。


「ちょ……佐藤さん?」

「ご、ごめんなさい。あまりにも悲しくて……」


 全ての言葉に濁点がついて聞こえる。一体何をどうしたらこんな発音になるのか。


「……わかりました! 不肖佐藤桃、蜜柑ちゃんと春原さんのために、協力します!」

「いいの?」

「はい! 私も、蜜柑ちゃんには幸せになってほしいので! ……春原さんにも!」


 恋魔は皆善人なのだろうか。

 そう思ってしまうくらい、まっすぐな言葉だった。





 それから私は、蜜柑に再び近づくため、彼女の弱みを握った。正直言って最低だとは思うけれど、強引に彼女に近づく手段がそれしか思いつかなかったのだ。


 前と違って、あちらから私に来てくれることはなかったから。

 そして、私たちは再び、同じ時を過ごすことになった。


 蜜柑は少し変わったけれど、根っこの部分は変わっていなかった。人の幸せを願い、綺麗な笑みを浮かべ、困っている人を放っておけない。


 そんな蜜柑を見て、私は、まだ彼女のことが好きなのだと気がついた。

 恋を食べられて、後悔と罪の意識に溺れてもなお。それでも私は、彼女とまた深く関わって、やっぱり好きなのだと再認識した。


 最初は、確かめたかっただけだった。

 蜜柑に何があったのか。どうして私のことを忘れたのか。


 でも、関わるうちに、彼女の優しさに触れて、その温かさを思い出して。想いは抑えられなくなっていった。


「……やっぱり暗示、自分にも効くみたい」

「……そうですか」


 私は定期的に、佐藤さんと会って蜜柑のことを相談していた。

 恋魔同士は基本的に干渉し合うことがないため、蜜柑が記憶を失ったのは、自己暗示のせいではないか。佐藤さんのその仮説を確かめるべく、私は鏡で蜜柑の暗示を反射させた。


 その結果、恋魔の暗示が自分にも効くということがわかったのだ。

 つまり、佐藤さんの仮説が当たっている可能性が、上がったということになる。


「自己暗示が原因で記憶を失ったなら、私が暗示をかければ、どうにかなるかもしれません」

「力使って、大丈夫なの? 寿命とか……」

「暗示くらいなら問題ありません。私、暗示をかけるのは得意ですから」

「そっか……」


 もし蜜柑が記憶を思い出したら、ちゃんと謝らないと。私が臆病なばかりに傷つけて、しかも逃げてしまったことを。


「……でも、本当にいいんでしょうか」

「いいって?」

「記憶を思い出させることです。蜜柑ちゃんは自己暗示をかけるくらい、記憶を忘れたがっていた。なら、それを無理やり思い出させるのは……」


 佐藤さんは言いかけて、はっとした表情を浮かべる。


「……ごめんなさい」

「ううん、いい。確かに、その通りだよね。私との記憶を、そんなに忘れたかったなら……」


 胸が痛むけれど、蜜柑がそれを望んだのなら、仕方がないとも思う。

 謝りたいというのは私の勝手な事情で、蜜柑には関係ない。それに、蜜柑がもし記憶を思い出して、私のことを嫌いになってしまったら。


 築き上げた今の関係は、崩れることになる。

 やっと、蜜柑と前みたいに触れ合えるようになったのに。この関係が崩れてしまったら私は。


 ……蜜柑にとって、一番幸せなことはなんなんだろう、と思う。

 もし記憶を失う前の蜜柑が私のことを嫌いになっていたら。今の関係は、どうするべきなのか。

 わからないまま、私は蜜柑と一緒にいるしかなかった。





 中学時代の蜜柑に何があったかを知って、私は前よりもずっと、彼女のことを幸せにしたいと思うようになった。


 もっと自分のことを大事にしてほしい。自分のことを、好きになってほしい。


 この気持ちは、嘘じゃない。

 蜜柑が私のことを忘れたままでも、いいと思う。もし記憶を失う前の彼女が私のことを嫌いになっていたとしても。今の彼女は私のことを、好きと言ってくれている。


 私はもう、逃げないと決めた。

 これから彼女がどうなるとしても、二度と離れたりしない。今後蜜柑に嫌われたとしても、それでも。


 私にできることがあるなら、彼女の傍にいたい。

 この気持ちは、彼女に恋していた頃には、抱けなかったものだ。

 私はきっと。いや、間違いなく、蜜柑のことを愛している。

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