第2話 かわいくてごめん

 光陰矢のごとしとはよく言ったもので、初配信の日はすぐにやってまいりました。奇しくも私が下心を暴露した日からちょうど1ヶ月、私の誕生日当日でした。事前にお姉ちゃん(この日を境に、私は彼女のことをお姉ちゃんと呼ぶことにしたのです)やお姉ちゃんのお知り合いの枠を回って宣伝をさせていただき充分に準備はしてきたつもりでしたが、当日になるとスマホ画面をスワイプする指が震えたものです。SNSで配信開始の投稿をして、いざ。MoTToの青いアイコンをタップして、ライブのボタンに指を乗せます。時計を見る。あと3分。浅めの深呼吸。3、2、1。



【配信を開始しました】



 りこぴんのかわいらしい姿が画面に映し出されます。私の瞬きと口の動きに連動して動く、りこぴんの瞼と唇。バクバクと跳ねる心臓を押さえつけながら、BGMの音量を調整します。何度も何度も接続を確認したおかげで、パソコンは何とか言うことを聞いてくれました。スマホに向き合って、もう一度深呼吸。誰か来てくれるだろうか、うまく話せるだろうか、無事に終わるだろうか。体の血が上手く巡らずに頭の中で滞留しているような、息が止まりそうな感覚がいたします。すると、


ピコン

【いわおさんが入室しました】


「あ、ああああ・・・・・・」

『こんりこ! 初配信おめでとうございます』

「こ、こここんりこ! いわおさん! 来てくださりありがとうございます」

『めっちゃ緊張してるw』


 道端の石のアイコンのこの人は、お姉ちゃんの枠の常連、いわおさんではありませんか。私の配信にいち早く駆けつけてくださったと思うと、まだ始まったばかりなのにもう胸がいっぱいになります。


『喋り方w それじゃあ良子だろ』

「ちょ、名前! 誰もいないからいいけど!」


 そう言うや否や、他の常連さんや他枠で出会ったリスナーさんが次々と入室してきてくれました。画面に初配信を祝うコメントが並びます。コメントを目で追ってしっかりと内容を噛みしめていると、清水のように溢れて流れていってしまいますが、読むのを止められません。一人ひとりのコメントに返事をしながら読み進めますが、所謂コメントマラソンをする私を揶揄からかう顔なじみ方のコメントが追い打ちを掛けるように流れてまいります。


『初配信おめでとうございます!』

「はい、う、うんありがとう!」

『枠主はコメマラ中です。 このコメントが読まれるのは30分後になります。 あたたかく見守ってください』

「時間かかっても読みたいの! 仕方ないじゃん!」

『立ち絵めっちゃかわいい』

「そうでしょ? かわいくてごめんね」


 立ち絵を褒められて思わず口元が緩みます。そうでしょう、そうでしょう。かわいいでしょう。この娘のママさんは神絵師なのです。どうぞどうぞ見てください。私は、自分のことを褒められたかのように嬉しくなって参りました。スマホの前で姿勢を正して、


「みんな初見だから初見挨拶させてもらうね!

こんりこ! 野菜の国からやって来たトマトの妖精☆斗的りこぴんだよ。 甘酸っぱいりこぴんで元気いっぱい! 君の必須栄養素になりたいな」


 素の私でしたら言えないような台詞を一息にそらんじます。画面がトマトの絵文字で埋め尽くされました。その横にお姉ちゃんのファンマが並んでいて配信開始30分にして熱いものがこみ上げてきます。これ程多くのリスナーさんがこの娘に期待してくれているのだなあ、とジーンとなるのと同時に身の引き締まる思いもいたします。


『こんりこー! 初見です』

「お姉ちゃん!?」


 馴染みのあるアイコンの登場とともにコメントが勢いよく流れます。お姉ちゃんがわざわざ自枠前に顔出しに来てくれたのです。いつもは画面の中心で喋っているお姉ちゃんとコメント越しに会話するのは、なんだか不思議な感じがいたします。ここ数週間、お姉ちゃんの枠で相談に乗ってもらい、ときに優しくときには厳しいこともアドバイスしてくれました。そのときの様子が走馬灯のように頭を駆け巡り、涙が頬を伝いました。


「おねえちゃんんん」

『りこぴん、初配信から泣いててどうするのw』

「だってえええ」

『とりあえず、デビュー祝いね』


 画面が一瞬暗くなった、かと思った刹那。


 ぽーん!


 と、すこし間抜けな効果音とともに大きなハート型のエールが送られたではありませんか。しばらく放送事故のように唖然としておりましたが、MoTToのエール機能が課金制だと思い出すのにそう時間はかかりませんでした。嗚呼、りこぴんのために身銭を切ってくれる人がいるなんて。馬鹿で卑屈な私を心から応援してくれる人がいるなんて。




 私の涙腺は、崩壊いたしました。




 結局その後は、泣きながら鼻水を啜る私を宥めるお姉ちゃんたちのコメントで保護者会のような雰囲気になりました。(一部のリスナーさんは『鼻水助かる』などと仰っていました。)こうして、初回から泣き虫な伝説を刻んでりこぴんの配信生活が幕を開けたのでした。

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