第6話 玉手箱

 桃太郎は最後に龍へ挨拶をして地上へ戻った。

 龍は桃太郎が地上へ帰ると決めたことについて何も言わなかったが、その目は桃太郎の内心を見透かすようでもあった。もしかしたら龍は彼が転生者であることも知っているのかもしれない。龍という存在は竜宮城では確固たるもので、身近な存在でもあるが、正体のわからない存在でもあるのだ。

 亀王子が最後も彼を運んでくれた。亀王子も人魚姫と別れて地上へ戻ることについては何も言わなかった。

「寂しくなるね」最後に亀は言った。「君とは親友になれたのに」

 桃太郎もうなずいた。「そうだね。亀王子との別れもつらいものだ。でも戻らないといけないんだ」

「わかってるさ」

 亀王子は玉手箱を桃太郎に手渡した。

「これは龍さまからの賜り物だ。桃太郎には何かわかるだろうと言っていた」

 桃太郎は玉手箱をしっかりと受け取った。

 それは彼の予想が正しいこと、この先に待ち受ける冷酷な事実を予告するものでもあった。

「ありがとう。皆にも御礼を」

「伝えよう。また会えることを」亀王子はそう言って海へ去って行った。


 桃太郎はとぼとぼと1年前に青鬼を追ってきた道を戻った。

 そして数日かけてたどりついた自宅はすっかりと朽ち果てていた。誰かが住んでいる様子もない。村へ行ってみても知り合いはいなかった。いや、桃太郎と同年代だった者たちが年老いた爺・婆になって生きているものもいた。だが桃太郎を見てもそうとは気づかなかった。

 桃太郎が気づかれぬことに寂しさを感じながら聞き込みをした結果、当然ではあるが、桃太郎の育ての親であった爺様も婆様もずっと前に亡くなっていた。さいわい村人たちが墓を建ててくれていたので、墓参りをすることだけはできた。

「親孝行もできず、行方知れずになってしまったこと申し訳ありません」

 桃太郎は手を合わせた。

 それから朽ち果てた自宅へ戻った。もう日も暮れるところなので、とりあえずここで一晩を過ごそうと思ったのだ。

 桃太郎がそこで料理をすべき火を熾していると、白い犬が現れた。

 爺様・婆様の飼っていたシロにそっくりな犬だった。もちろんシロも寿命から考えて生き残っているはずもない。シロにそっくりな犬、もしかしたらシロのこどもか孫かもしれない。

「ワン、ワン!」その犬は桃太郎を警戒することなく駆け寄ってきた。そして彼の脚にシロとそっくりにじゃれついた。


 シロにそっくりの犬にこそ巡り会えたが、やはり彼の知人はすべて亡くなったか、高齢になって彼を桃太郎だと気づくものはいなかった。それは予想していたことだったが桃太郎の精神をズタズタにした。むしろ結末がわかっている分だけ打撃も大きくなったのかもしれない。

 桃太郎は玉手箱をあけた。


 数日後。老人となった桃太郎は全くの他人として村へ出向き、事情があって遠くから流れ着いたこと、川沿いの廃屋をもらい受けて過ごしたいことを村長に申し出た。廃屋はずっと放置されていたものだし、桃太郎はたいへん丁寧な物腰だったので、村長も認めてくれた。


 桃太郎は改めてシロと名付けた白犬とともに狩りをして食料の調達をした。

 老人となったとはいえそこは桃太郎。生来の優れた肉体は老いても健在だった。

 彼は山野を青年期と同じとは言わないまでも、通常の人間の狩人の中年男性よりもずっと長いこと続けて駆け足で移動できた。膂力も秀でたもので鹿を狩るぐらいであれば支障なかった。

 シロもまたたいへん優れた狩人だった。むしろ桃太郎よりもずっと優れていた。

 遠く離れた距離からでも獲物に気づき、風下から静かに近づく。そして一気に駆け寄ると首元への一撃でほとんどの獲物を倒していた。


 一人と一匹が揃って狩りにでると明らかに過剰な戦果が得られた。そこで桃太郎は獲物のほとんどを村で物々交換に出した。野菜や塩と言った狩りでは手に入らない食材や衣料品などを手に入れる助けになった。

 村人も肉が多く手に入ることでとても助かった。鬼が出没するようになってから狩りもなかなかできずにいるのだ。


 数週間後。なんとか暮らせるようになった桃太郎は同時に村でいろいろな情報を得ることもできた。

 どうやら地上は鬼によってあちこちが攻められているらしい。

 この村は不思議なことに鬼の襲撃を受けていないのだが、周辺の村は一度ならず作物を奪われたりしているらしい。なんでも海岸に巨大な船がつけていて、この一帯にいた鬼はすべてそこを拠点とするようになっているのだという。いわば鬼の国家誕生だ。

 村人たちは赤鬼をたたえる石碑を建てていた。

 赤鬼もまたずいぶんと前に亡くなったそうなのだが、生涯ずっと村人たちと仲良く過ごしたのだという。そのことを石碑を建てて奉っていて、だから他の鬼も攻めてこない、赤鬼の加護だと半ば本気で信じていた。


 桃太郎は、しかし、もうどうこうしようという気持ちにはならなかった。

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