第2話 赤鬼青鬼

 俺は桃太郎として順調に育っていた。7歳になる頃には村の同年代の誰よりも屈強な体になっていた。もしかしたら成長2倍と言った転生ボーナスでもあるのじゃないかと期待したが、それもなかった。成長と共にここでの記憶が増え、本当に転生したのか、だんだんと自分でも疑わしくなってくるほどだ。


 そんなある日。川下のほうに鬼が住み着いたという。

『そんなに身近なリスクなのか!』

 村人ばかりか子どもたちまで噂話をしているのを聞いて、俺は驚愕した。

 子どもたちはさっそく鬼を見に行こうと言いだした。もちろん親たちは川下へ行ってはいけないと言い聞かせているのだが、子どものことだ。それはむしろ「押してくれ」と言っているようなものだった。こんなことを思い出すと俺は確かに異世界転生したんだなと思う、だから何というのでもないが。

 仕事に就いていない子どもの中では俺が最も体格もよく、リーダーというかガキ大将的な立場にあった。当然、鬼を見に行くのは俺が先頭に立つことになる。正直なところ、そんな危険に近づきたくはないが、他の子どもたちの総意とあっては逆らえない。それほど立場が強いわけじゃないのだ。

 そこで俺は出発前に皆に言い聞かせた。

「いいか。鬼は危険だ。決して近づきすぎないぞ? 遠くから見るだけだ。それにもしものときには全力で村まで走る。誰かが遅れても立ち止まるな。俺たちが束になってもかなう相手じゃない。逃げるしかないんだ。約束できるな?」

 子どもたちは神妙にうなずいた。だがわくわくして俺の話を半分も聞いていたか怪しいところだ。

 だがしようがない。相手は普通の子どもなのだ。


「なんだ?」

 それが俺の第一印象だった。いや、一緒に行った子どもたちの皆が同じように思っただろう。

 その家は、桃太郎の家とそっくりだった。簡素なかやぶき屋根の建屋。周囲には野菜の畑。

「道間違えてないよな?」一人が言う。

「そんなわけあるかよ」別の一人が言う。「俺たちならともかく桃太郎が自分ちを間違えたりしないだろ」

 よく見ていると違いがわかってきた。

 一番の違いはこの家は新しいということだ。桃太郎の家、すなわち爺様と婆様が何十年も前から住んでいる家は当然、それなりの年季が入っている。あちこちが痛んだり、壊れて修理してある。

 目の前の家はそっくりの作りだが真新しく、どこも損なわれていないし、ぴかぴかだ。だが不思議と悪意は感じられなかった。むしろどこがということもなくリスペクトが感じられた。

 そのとき、戸が開いて赤鬼と青鬼が出てきた。

「おぉ」

 子どもたちは小さく驚嘆の声を上げた。

「本当に鬼だぞ。鬼が住んでる」

 すぐに逃げないとと思った桃太郎だったが、鬼たちはこちらに気づいていないのか、そのまま畑へ向かった。そしてのんびりと畑仕事を始めた。

「鬼が、畑仕事?」

 桃太郎のイメージは粉々に打ち壊された。

 だがふと気づいた。

「赤い鬼と青い鬼?」


 『泣いた赤鬼』といえば、桃太郎と並ぶ有名な童話の一つだ。村人と仲良くなりたい赤鬼。だがどうしてもなかなか村人との距離を縮められない。その親友である青鬼は一芝居打って、自分が悪者になることで、赤鬼と村人の仲を取り持つという話だ。


『桃太郎じゃないのかよ』

 桃太郎は心の中でうめいた。

 明らかに自分は桃太郎だ。だが目の前に繰り広げられているのは泣いた赤鬼だ。

 だとすれば二つの童話が入り交じった世界だと考えざるを得ない。

 このことは桃太郎にとっては重大な問題だった。桃太郎ならストーリーがわかっている。上手く立ち回れば、鬼退治に成功してハッピーエンド間違いなしだ。最後には姫君の嫁さんまでもらえる。

 だが二つの物語が混じっているとなると、何がどうなるのかわからない。


「おい、どうするよ」子どもの一人が桃太郎に言った。

 どうするもなにも、俺が来たがったんじゃないだろうが、と桃太郎は思ったが、そこはぐっと堪えた。リーダーの義務と割り切るしかあるまい。

「悪い鬼じゃないようだ」

 俺は小さな声で皆に聞こえるように言った。

「そうは言っても鬼は強い。怒らせたらたいへんだ。戻るぞ」

 さすがに鬼を目の前にしては、子どもたちも強気には出れなかった。


 数日後。村では新しくできた、鬼の上の話題で持ちきりだった。

 なにしろ桃太郎の家とそっくりな家を建てて、そこに鬼が住んでいるのだ。

 そして鬼の家の前には「悪い鬼ではありません。皆さんと仲良くしたいです。お茶とお菓子を用意してありますので、どうぞお立ち寄りください」という立て札が立っているというのだ。もちろん今のところ誰も立ち寄った村人はいないが。

 村人たちの反応は様々だった。

 まずは当然、鬼を脅威と見なす者たち。鬼と言えば、人を食らうとさえ言われるモンスターだ。今は何も被害はなくとも、いずれ村人に被害が出るに違いない。領主へ直訴して退治してもらうべきだ、といった意見だった。

 様子を見よう、という事なかれ主義に近い者たち。領主へ直訴すれば、強面の兵士たちが多数、この村へやってくることになる。それは鬼と同じぐらい面倒で怖いことだと感じていたのだ。実際、この時代の兵士はそれほど統率がとれているわけでもなく、ヤクザものとの差はたいしてない。鬼の危険は不確定でも、兵士の乱暴さは確定的なのだ。

 鬼と仲良く過ごせるのではないか、という者たちも少しはいた。何しろ既に数週間以上、何も被害は出ていないのだ。数日前には子どもたちが見に行ってきたという。もちろん親たちは子どもをこれでもかと言うぐらい叱りつけたが、多数の子どもが近づいて見つからなかったわけもない。それは鬼に害意のない現れだと考えていた。とはいえ、自分たちが鬼の家まで行ってみようという度胸もない。

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