小さじ2杯 ガッリガリのガッリガリ。

 ◇◆◇◆◇




 目の前に広がるは、きらびやかで豪華な雰囲気の広間。

 聖女の降臨だとかなんとか歓喜の声。


 そして、仕事着―――黒スキニーと、ショッキングピンクのポロシャツ。

 黒と灰色で形成された迷彩柄パーカー。

 両手には、スーパーの買い物袋。

 …………の、私。

 おい女神、『聖女』って呼ばれてんぞ?


 私は、バスティート王国に聖女召喚されていた。




 私を召喚した魔道士いわく、王太子殿下がまた倒れたそうだ。

 王太子なんだ。そして、また?


 魔法ある世界に一瞬ヒャッホイしたものの、魔法が使えるのはほんの一握りとのことだった。

 聖女として呼んだのだから、もしや……と思ったが、私を見た限り魔法は使えないと。じゃあなんで呼んだし。


「女神様のお導きです」


 ――――あいつか!


 とりあえず、舌打ちを我慢しつつ、私は何をしたらいいのか訪ねた。

 そして、私が何かをすることによって、私の得られる報酬と安全保障も。

 契約書を寄越せ。


 簡易の契約書を作ってもらい、生命と生活面の保証をしてもらった。

 あの女神っぽいヤツのせいでこんなことになっている予感ヒシヒシだけど、痛いのも怖いのも嫌だし、命は大切なので。

 こっちの人に責任を負わせちゃえ!




 魔道士に、王太子殿下の寝室へと案内された。

 薄暗い部屋の中に、どっかりと構えた重厚なキングサイズベッド。

 王族だけに?


 そして、その真ん中にペソッと寝ている、色の悪いもやし。


「……生きてる?」

「御存命です」


 もやしこと、王太子殿下の頬はけ、目は窪み、顔色は薄ら青い。

 顔の作りはなかなかに良さげで、髪は薄紫。もの凄い異世界感。

 あと、本当に生きているのか怪しい。


「御存命ですっ!」


 魔道士に怒られた。


「で、私にどうしろと?」

「どうか、殿下を健康に!」


 健康って言われても困る。

 買い物袋の中身……栄養ドリンク? 飲む?

 病人レベルで弱ってる人に栄養ドリンクっていいのかな?

 先ずは食べられるもののほうがいいよね?

 …………え、プリン? プリンなの? プリン、無限じゃないのに⁉


「……ぅ」


 こんなタイミングでうなされるな王太子っ!

 ぐあぁぁぁ、はいはいはい! あげますよ!

 飲んだあとの楽しみだった高級プリンっ!(三百円)


「殿下の体を少しだけ起こしてもらえます?」


 侍女さんたちに、王太子殿下の背中にクッションを入れてもらった。

 個人的見解の高級プリンをスプーンで掬い、殿下の口にツルン。


「……あま、い」


 そう呟いた瞬間、殿下の眉間にシワが寄り、なんだか吐き出しそうな素振り。

 慌てて顎を下から押さえ込んだ。高級感あふれる私の三百円を吐き出すのは許さん。


「うぐっ……」

「聖女様なにを⁉」

「飲み込めぇいっ!」


 殿下の喉がコクリと動いたのを見て、顎は解放してやった。


「…………うまい」

「でしょうね。チッ。はい、あーん」


 心の中で血の涙を流しながら、殿下の口にプリンを運ぶ。渋々。

 顔色の悪いけもやしは、なぜか頬ピンク元気もやしになった。プリンをひとつ食べただけで。


「これが聖女の力!」


 回りが何やら騒いでいるけれど、私にそんな力はない。プリンにもそんな力はない。

 魔道士いわく、異世界の食べ物だからかもしれないとのことだった。


「え、じゃぁ、大根食べてみる?」


 二分の一切りの大根をペイッと渡した。

 だって、生野菜は食べてるって聞いたから。

 部屋にいた全員に止められた。なぜだ。


「聖女殿、その『ぷりん』というものは、もうないのですか?」


 殿下が灰色に青が混じったような不思議な瞳を輝かせてこちらを見つめてくる。

 え……無限プリンのが良かったの? 無限醤油しかないよ。

 あと、三百円もするプリンを何個も買うほどの経済力は、私にはない。こんちくしょうめ。


「お菓子じゃなくて、普通のご飯を食べましょう?」

「いゃ……無理だ」

「……」


 おい。いま、嫌だって言おうとして軌道修正しただろ? と詰め寄ったら、すいぃっと目をそらされた。

 この王太子殿下、ただ単に食わず嫌いなのではと疑った瞬間、ゴホッと咳込んで吐血した。

 なので疑いは晴れたけれど。


「え……」

「その、また毒を盛られまして」


 をい女神ぽいヤツ。まだ毒盛られてるんだけど?



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