しょうゆ聖女。
笛路
小さじ1杯 転生ボーナスアイテムは、濃縮だし醤油が出続けるボトルだった。
目の前には、透き通るように美しい女神っぽい格好をした人。
そして、仕事着のままの私。
黒スキニーと、ショッキングピンクのポロシャツ。
黒と灰色で形成された迷彩柄パーカー。
肩までの髪を適当にまとめたポニテという雑な姿。
両手には、スーパーの買い物袋。
「
なんというか、アニメのこういうシーンでの、定番の死に方してるっ!
「聞いてます?」
「あ、はい。聞いてます」
「本当は死ぬ予定ではなかったのです。が、不甲斐ないことに、私の部下が事故の処理においてミスをおかしまして」
女神様に部下とかいるんだね。
「聞いてます?」
「聞いてます、聞いてます」
「生き返らせることはできませんので、異世界に飛ばしてしまおうかと思いまして」
なんだか、処理が面倒だから的な感じに聞こえるけど? あ、気のせいですか。はい。
女神様いわく、今までの私の全ての記憶を持ち、今の姿のままで。
言葉はネイティブレベルで使用可状態での異世界転移になる。
私の存在がこちらに来ることで、元の世界での私の存在は一切なかったことになるらしい。
地味にショックだけど、両親は既に他界、結婚相手も恋人もいない三十手前。死んだことによってシフトやらなんやらで仕事場に迷惑をかけたくないってのもある。
そもそも、女神様がそういうシステムと言うからどうしょうもない。
「転移ボーナスアイテムとして、貴女の持ち物のひとつだけを、無限に使えるようにしましょう」
「転移ボーナス⁉」
慌てて持ち物を見た。
仕事着……論外。
パーカーは気に入ってるけど、無限にはいらない。
スマホは、車の中だった。私の馬鹿!
財布!
「通貨が違うので役立ちませんよ」
「チッ!」
「舌打ちしました?」
「気のせいです」
大根、無限にはいらん。
白菜、無限にはいらん。
濃縮だし醤油、超絶万能だよね。
ガーリックソルトは保留かな。
プリン買ってたや。悩みどころだ。無限に出たら、太るな。
サラミ……おいしいよね。保留。
プレミアムなビール! ビールで大儲け的な⁉
栄養ドリンク二箱、いつもお世話になっております。
ボールペン、無限に使えたら助かるけど、いらなくね?
「それから、転移先で世界を救ってもらいます」
「は? 世界を? この持ち物で?」
「はい!」
満面の笑みでのたまう女神に殺意が湧いた。
「もちろん、誰それと戦え、戦争しろ、聖女になれ! とかではないのです」
私の地味な殺意を感じ取ったのか、女神様が慌てて追加説明をしてくれた。
たった一人の運命を変えるだけで、その国が滅亡を免れ、更には世界平和につながるのだとか。
いわゆる、水面に落とした小石の波紋があれであれするアレみたいな問題らしい。
細かな記憶などない。
スマホくれ。
「どのみち電波がありませんよ」
「チッ!」
「舌打ちしました?」
「気のせいです!」
救うのは、とある国の王子でいいそうだ。
『でいい』のハードルが激高なのはどうしたらいいのだろうか。
「で、どれにします?」
「ちょっ、王子を救うヒントというか、なんか情報くらいくださいよ!」
「あぁ、そうでしたね」
テヘペロとでも言いそうな顔で教えてもらったのは、何度も毒殺されかけて食事への不信感から少食。調理したものを一切口にしないので、栄養バランス最悪なガッリガリのガッリガリ王子だということだった。
「なるほど?」
食事が喉を通らず、生野菜ばかりを食べているらしい。
あれだな、何か胃に優しいもの食べさせとけばいいでしょ。
雑炊とかうどんとか。
そんなん作っとけば大丈夫大丈夫。
濃縮タイプだし、醤油一本で事足りるでしょ!
「醤油、万能だし!」
「決まったわね。素敵な異世界ライフを貴女に――――」
「はぃ――――?」
女神様がパァァァァっと光って、ギャッと目潰しくらっている間に、異世界転生が完了していた。
濃縮だし醤油は一本で事足りるだろうから、無限ビールか無限プリンが欲しかったのに。
いや、醤油ありがたいけど。
超万能だけど!
――――え、まじで王子を救うの⁉ 醤油で⁉ 玉子じゃなくて?
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