第38話 第三章 ー15

 一向に現れる気配の無いJASTにいらだった観客から、ブーイングが起こっていた。その舞台裏では、ティムとアルを両脇に抱え込んだサムが、スタンバイしていた。


「あとは、ジョニーの登場を待つのみだな。どんな奇抜なことをしてくれるのか、楽しみだよ」


 サムは言った後、アルをうかがうが、その目は虚ろで、心ここにあらずといった感じだ。

 血だらけで待合室に入ってきたときには、ライブどころではない、と思い救急車を呼ぼうとしたサムであったが、アルによって遮られた。誰にやられたのか、大丈夫なのか、というサムの言葉には全く反応を示さず、ただ、ライブに出る、ということを繰り返すアルからは、どこか薄ら寒い妖気のようなものを感じた。結局応急処置をしただけで、そのままステージに上がることとなった。


 医者は今すぐ対処しないと命に関わる、と声を大にしていたが、アル自身がそれを拒否してベースの方へとふらふら歩いていったのである。

 どのみちジョニーが現れなければすぐに帰ってきますから、という理由をつけて医者を説得して、三人で袖まで行ったのだ。

 口では「ジョニーは来る」と虚勢を張ったが、実際にはそんな状況ではないことは分かっていた。背後から、誰かが上がってくる。おそらく中止にしよう、という係りの人間であろう。

 サムがいよいよ諦めてきびすを返そうとしたその時、それまでブーイングの嵐だった観客席から、悲鳴とも歓声ともつかない、大音声が溢れ出していたのだ。

 まず、アルが反応して、一人でステージへと足を運んだ。びっくりするほどのしっかりした足取りだった。サムはその後に続くようにステージに出て、観客の視線の先、空へと目を向けた。


 上空に旋回するヘリから、今まさに、人が二人、飛び降りたところだった。パラシュートにぶら下がりゆっくりと下降してくるその人物の顔が確認できる距離に迫ってくるにつれ、観客のボルテージが上がってくる。


「ジョニー……」


 サムが見つめる先で、ジョニーがステージに降り立った。続けて、クリスチーナも降りてくる。パラシュートは機転を利かした機材係の人間が片付けた。

 客席からJASTコールが沸き起こっていた。


「何とか間に合ったわ!」


 と、クリスチーナがサムに視線を向ける。


「さぁ。やろうぜ」


 何事もなかったかのように言い切るジョニー。

 そんな二人を見据え、サムは言った。


「ジョニー、クリスチーナ、ごめん」


 ステージの袖が騒がしくなってきた。

 おそらく、倒れているティムが見つかったのだろう。サムには、袖にいるときから、ティムの意識がないことは分かっていた。

 ジョニーの目の前で、アルが崩れ落ちた。

 クリスチーナは驚きのあまり動くことも出来ないようだ。

 一気に客席が静まり返る。

 サムは肩からストラップを外し、ギターをその場に横たえた。

 袖から飛び出してきた数人に抱えられて、アルがステージを去っていった。

 呆然とその光景を見つめていたジョニーに近づき、「ごめん」と言いながら背中を押すと、ジョニーはおどけたような表情を見せ、

「なぁんだ。つまんない」と言った。

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