第33話 第三章 ー10
GHホールでのライブを終え、ふらふらになりながらも、ティムはそのまま瀬戸内海に浮かぶある無人島へと足を運んでいた。
島、と言っても人が住めるような代物ではなく、どちらかといえば岩に近い。その程度の広さなのだ。
ティムはその一面に広がる雑草を眺めながら、大きく頷いた。
「もう、そろそろか」
帰国後入り浸っていた居酒屋で、見知らぬ男が持ってきた新種の『切れる草』の話に乗ったティムであったが、金と交換でタネを受け取って以来、その男とは音信不通だ。おそらく、また海外での仕事が続いているのだろう。
タネと引き換えにして要求された金額は、ティムの予想を遥かに超えるものであった。『それならウランバートルへ』の売り上げの分け前もあり、貯金で何とかなるだろうと考えていたが、結局、消費者金融のお世話になることになった。
それでも、その何倍、何百倍にもなって戻ってくることは分かりきっているので、ティムは全くためらわずに借り入れた。
その成果が、徐々に現れつつあった。
初夏の陽気に呼応するように、見るたびに大きく育っている新種の『切れる草』。
その形状はティムの知っている『切れる草』とはかなり異なっており、今のところその側面のエッジで指が切れるというようなことは無い。というより、エッジと呼べるような部分が見当たらない。そのことに関しては、まだまだこれからということであろう、とティムは考えていた。
ティムはしゃがみこみ、足元の草に手を伸ばした。
と、突然、目の前がぐらりと揺らぎ、思わず両手をついた。
しばらくそのままの姿勢で待っていると、徐々に気分が良くなってきた。視界も正常に戻ってくる。おそらくライブの疲れが抜けていないのだろう。
ティムがそう判断して立ち上がろうとした瞬間、目の前に、足が見えた。白い足だ。
「あ、勝手に畑に入っちゃ――」
その白い足の人物の顔に目を向けたティムは、そのまま言葉を失った。
「お久しぶりです。ティムさん」
「――レイチェル」
モンゴルで、馬と共に連れ去られたはずのレイチェルが、目の前に立っていた。
手を伸ばそうとするティムを制して、
「お願いがあるの」と悲壮な表情を浮かべるレイチェル。
ちらちらと辺りを伺いながら、言った。
「『笑う像』を探すの」
「『笑う象』?」
「そう、『笑う像』よ。時間が無いから、簡単に言うわ。よく聞いてね。その『笑う像』から取れる伝説の磨き粉で、私の愛車のしつこい汚れを落とすの」
レイチェルはそこまで言うと、きびすを返した。
「あ、」
驚きと喜びで動くことが出来ないティム。
レイチェルは一度だけ振り返り、言った。
「八月の末までには何とかしないといけないの……いい? 『笑う像』よ。忘れないで持ってきて」
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