第30話 第三章 ー7
スタジオに到着したときには、珍しく他のメンバーは全員集合していた。さらに、クリスチーナの姿も見えた。
「今日は嬉しいお知らせがあるの。まぁ練習の後で発表するから、楽しみにしておいて」
クリスチーナが言った。サムが笑っていることから考えると、彼は既にその内容を聞いているのだろう。
「今日は、朝までロケンロールの新バージョンの練習からやろう」
スタジオ内に入り、機材のセッティングを終えたサムが言うと、
「いや、『君の瞳に百万の薔薇を』のロケンロールバージョンだ。まだ構想すらまとまってないじゃないか」
とティムが反論する。
ジョニーはマイクのセッティングを終え、言った。
「レッドツェッペリンのコピーやろうぜ。そんなクダラナイことやらずにさ」
ティムが一瞬むっとしたような表情を浮かべたが、何も言わなかった。
結局、この日は『リサとアンナ』のライブバージョンの練習に終始した。
『リサとアンナ』は、唯一アルが歌詞を書いた曲である。
ある墓地公園における殺人事件をモチーフにした物語が展開されるが、その裏では少女の残虐性がテーマとなっている曲である。
そしてバンドの練習を終えたメンバーは、最寄りの居酒屋に足を運んだ。
ティムは「ちょっと野暮用がある」と言って、先に帰っていった。
最近はしばしばそういうことがあったが、誰もその理由を尋ねようとはしなかった。
「第十回ロック・イン・瀬戸内海への出演が、どうやら本決定になりそうなの。それも後ろから二番目、トリ2でね」
全員が席に着いたところで、クリスチーナが口火を切った。
「それから」と、サムが後を続けた。
「その前祝として、少し先になるけど、五月の二十日に、GHホールでの特別記念単独ライブを敢行することになった」
ほほぉ、とジョニーが大きなリアクションを返す。
「GHホールという名前を聞くのも久しぶりだな。マスターはどうしてるだろうか」
このアルの言葉に、クリスチーナが応じた。
「心配しなくても大丈夫よ。それなりにやってるわ。ま、あくまでもそれなりにってことだけど。やっぱりアルに帰ってきて欲しいんじゃないかしらね。マスターは口には出さないけど……」
語尾を曖昧に濁すクリスチーナに、ジョニーが言った。
「大丈夫だって、あのおっさんは」
「たまに会ってるの?」
と訊ねるサムに、ジョニーが首をひねりながら、
「いや、別に」と言った。
居酒屋を出て、それぞれ帰途についた後、最寄の駅前で背後の気配に気付いたアルは、振り返った。そこには、立ち尽くすサムの姿があった。
「何か?」
アルが笑顔を見せると、サムはほっとしたように息をつき、どこか落ち着ける場所で、と言いながら歩き始めた。
しばらく人ごみの中を抜けていくと、次第に閑散とした場所へと近づいていく。高層ビルの前に申し訳程度に設置されている公園に足を踏み入れ、そのベンチに腰を下ろした。
時折、ビルから出てきたスーツの男女が公園を抜けていく姿が見られたが、その他には全く人の気配は無かった。
「あれからだいぶ経ったね」
サムが、ぽつりと呟く。
第九回ロック・イン・瀬戸内海の時から、ということだろう。
「まだ無事なところを見ると、もう大丈夫なのかもしれないな。諦めたのか、それとも特に問題無しと見たのかは分からないが。何にしても私の悪い予想が当たらなくて何より」
アルはそう言ったが、サムはしばらく黙り込んだ後、手で髪をなでつけながら、言った。
「そう……俺も思ったんだけどね。あることを突き止めるまでは」
「あること? ウエスタンローゼスとあの街に関することか?」
サムはちらとだけアルに目をやると、続けた。
「アルに身の危険を知らされてから、しばらくは夜も眠れなかった。どこに行っても誰かにつけられているんじゃないかっていう気がしてね。特に何かがあったわけじゃないけど、それが逆にじわじわと気分を圧迫していて……何とかしなければ、と思った。逃げるだけじゃなくて、根本的な原因を解決しなければ、と。それで、ウエスタンローゼスについて、調べることにしたんだ」
「調べる、と言っても、情報は全て彼らがシャットアウトしているはずだが。手がかりが何もないんじゃ――」
アルが言い終わる前に、サムが一枚の布切れを差し出してきた。そこには円の中に二羽の鳥類の姿が織り込まれていた。
「この織物が、ヒントになったんだよ」
「これはWRTで、――もっと具体的には、アルに見つかったあの屋敷で偶然破り取ってしまったもので、それがたまたまカバンの中に残ってたんだ」
サムは布切れをすぐにポケットにしまいこみ、話し続けた。
「俺が調べた所だと、この模様自体が歴史的にはすごく珍しいものでね。東洋とアラブの文化の特徴が両方とも備わっているもので、それらを生み出すきっかけが、シルクロードなんだ。そしてシルクロード東西交流の全盛期に、この文様の入った織物を取り扱い、中央アジアの交易を司っていたある民族がいた。――それが、ソグド人というイラン系の民族さ」
その後しばらく、サムは自説を語り続けた。それは時に大胆な彼の推測も交えながらだったので全てが真実であるとは考えにくかったが、大きく間違っているということもないのではないか、というのがアルの印象であった。
一言でいえば、サムの到達した結論は、「ウエスタンローゼスとは、十三世紀頃にモンゴル帝国の侵入により滅亡の憂き目にあったソグド人の生き残りではないか」というものであった。
そう考えるきっかけとなったのは先程の織物であったが、さらに根拠となるものとして、サムはあの街の風景を挙げた。一見してどこの文化圏とも違っており、強いて言えば未来都市、と彼自身が最初感じていた、青を基調とした石造りの町並み。しかし、調べてみれば、「青の都」と謳われるサマルカンドの景色に似ていると言えるのではないか、とサムは言及する。
サマルカンドと言えば、かつてソグド人たちが一世を風靡した地帯である。その郷愁の念から、WRTにもあのような町並みを構築したのではないか、とのことであった。
話し終えたサムは、アルに視線を向け、しばらく口を閉ざしていた。反応を見ているのだろう。すぐには言葉が見つからなかったアルは、黙って視線を空に向けた。
WRTは五百年以上前からある、と聞いた。これは今の話とは矛盾しない。もしサムの言うようにあの街がサマルカンドを模した物であるなら、サマルカンドはウエスタンローゼスにとって聖地となってしかるべきである。
アルは昼間にスティーブから聞いた話を思い出していた。
あの街のウエスタンローゼスは、新興勢力側である、と彼は言った。とすれば、旧体制側がサマルカンドに拠点を置いている、と推測することが出来る。そしてそこから分かれてモンゴルに新しい街を作った新興勢力に敵対心を持っている、ということかもしれない。
「このことを突き止めるまでは、とさっき言ってたが、どういうことだ?」
「そのままだよ。突き止めるまでは、特に実害が無かった。だけど、今はおそらく本当につけられている。一度は襲われたしね」
「襲われた?」
「そう、偶然人が通りかかったから良かったけど、あのままなら危なかったかもね」
さらりと言うサムであったが、アルにとってはこの日一番の衝撃的な話であった。現実的に動きがあった、ということはサムが真実に近づいている何よりの証拠ではないか?
ジャック・Bが鍵を握っている、とアルには思えた。
この日はくれぐれも用心するように、とだけ言ってサムと別れて帰途についた。
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