第25話 第三章 ー2

『割れない眼鏡』が出てくる前に言うか、それともそのライブが終わった後に切り出すか、少しだけ迷ったアルであったが、結局はライブ後ということにした。

 このロックフェスタ中にサムと二人になる機会があれば、話そうと思っていたアルであったが、早々にそのチャンスが訪れたのであった。


 WRTでいったい何をしていたのか、それよりもどうやってあの場所を突き止め、いかなる手段で侵入に成功したのか、ということを聞き出さねばならない。

『割れない眼鏡』のライブを適当に聞き流しながら、アルは算段を立てていた。下手をすれば、サムは警戒して口を閉ざす可能性がある。また、嘘を言う可能性もある。

 では、真実を聞き出すためにはどうするのが一番いいか、とアルは脳裏にいくつかの展開を思い浮かべては消していった。

 WRTを出てゲルに戻った時には、すでに他の三人は帰国していた。アルはすぐに航空機の手配を済ませて帰国の準備に入った。どこから情報が回っているのかは分からないが、帰国した当日、関西空港ではスティーブが待ち構えていた。


「ウエスタンローゼス奈良支部の代表」


 というのが、アルに用意されたポストであった。それを断ることが出来ないことはわかっていた。また、断る理由もなかったアルはその場で受け入れ、そのまま奈良へと足を向けた。

 JR法隆寺駅から徒歩で数分の位置に、そのオフィスはあるということであった。さっそく向かったアルであったが、その場所には古い日本家屋が建っているだけだった。与えられた地図と照合すると、確かにその場所であるはずなのだが、オフィス、という雰囲気ではない。

 しばらくその場で立ち尽くしていると、すっと扉が開き、人が出てきた。少し痩せた男だった。


「アルさんですね。お話は伺っています。どうぞ」


 その手招きに従い家に足を踏み入れる。内部も何の変哲もない日本の家だ。通されたのは十畳ほどの和室だ。奥には仏壇が鎮座している。

 男の話では、奈良支部には現在十名のウエスタンローゼスの人間がいるということだった。アルはその取りまとめ役として派遣されたのだ。


「まだこの組織について右も左も分からないこんな若造が、上に立って果たして大丈夫なんでしょうか?」


 アルは若干自嘲気味に男に言ったが、男は少し疲れたようにぎこちない笑みを浮かべ言った。


「大丈夫ですよ。私を含め、ここの人たちも誰一人組織については何も知りませんから」


 アルがそれまでに感じた印象では、ウエスタンローゼスと言えども、決して一枚岩ではないということがあった。これほど大きな組織になれば当然といえばそうなのだが、具体的にどういう勢力地図になっているのかはまったく分からない。

 サムから得たい情報、というのは、まさにその部分にあった。WRTに侵入したサムが、自分の力だけでそのような行為に及んだことは考えにくい。誰かしらの導きがあったと見るのが妥当である。

 その人物が、ウエスタンローゼスとどう関わってくるのかは分からないが、「侵入」という手段を用いている以上は少なくともWRTを統括している組織(これがベロニカの親族なのかどうかも判然とはしないのだが)に対する敵対組織であることには違いないであろう。


「ちょっといいか」


 ライブが終わり、クリスチーナの待つ池のほとりまで帰る途中、アルはサムに声をかけた。サムは首を捻っていたが、アルが促すと素直に後ろをついてきた。


「ウランバートルの南にある地図にない都市のことについて、聞きたい。どうやって侵入した?」


 アルが単刀直入に言うと、サムは固まった。

 しばらくそのまま睨み合いが続いていたが、


「どうして……」とだけサムが漏らす。その表情からは驚きと不安が読み取れた。


「あの屋敷で、カバンを返して逃がしてやったのが、私だ」


 アルは少し笑みを見せた。必要以上に不安がらせても逆効果だ。アルは続けて、


「私はある縁であの街に知り合いがいたんだが、君は違う。侵入という手段を用いて、――つまり不法に入り込んだ。これがどういうことか、理解しているか?」


 サムは肯定も否定もせず、ただ立ち尽くしている。

 アルはかまわずに話を続けた。


「あの時は逃げ切れたとはいえ、不法侵入者をあの街の人間がそうたやすく逃すだろうか……そう考えると、今も追跡を続けている可能性が高い。もしくは、もう見つかっているか」


 サムが唇を動かしている。ミツカッテ、という言葉を発音しようとしているように見えた。しばらくはそのまま口をぽかんと開けていたが、何かに気づいたようにはっとすると、急に周囲を警戒し始めた。ひとしきり辺りに目をやり終わると、大きく息をつき、口を開いた。


「特に意味はなかったんだ」


「意味がない?」


「そう、ただの興味本位。――というより、俺の傲慢のなせる業かもね」


 サムは自嘲の笑みを見せる。

 アルにしてみると何の話か全く分からない。


「そういうところが、傲慢なのかもな」


 つい、口に出していた。

 はっと顔を上げるサムに、アルは続けて言った。


「いつ、誰と、どこで、何をしたか、これだけでいい。そこに目的があろうが、ただの興味本位だろうが、私にとってはどっちでもいいんだ。ただ、その結果として、今自分が大変危険な立場にある、ということさえ理解していればいい」


 サムは一瞬迷うような視線の動きを見せたが、

「分かった」とつぶやくと、その後を続けた。


「俺をあの街、WRTに連れて行ったのはジャック・Bという人物だったんだよ。どこの何者なのか、詳細は不明だけどね」


 ジャック・B、と頭の中で反芻するが、何も引っかからない。初めて聞く名前だ。


「アルは知らないかもしれないけど、あのゲル部落に住んでいて俺たちと同じ工場で働いていたんだ。それで何となく一緒に飲みに行ったりするようになって……」


「なんとなく、か」


「そう――」


 そう言った瞬間、サムが口を閉ざして視線をはずした。頭に手をやり眉間にしわを寄せているその仕草からは、何か重大な見落としを探しているような雰囲気が感じられた。


「あのとき、何で俺はついていったんだろう……」


 サムは自分自身に問いかけている。


「あのとき……彼は――ジャックは、こう言ったんだ。面白い街があるから、見に行かないか? と。だから俺は軽い気持ちで話に乗った」


「それは、そうだろうな」


 ただの遊びの誘いにしか思えない提案だ。


「ただ、途中から様子が変わってきた。話すときのジャックの表情は同じだったけど、明らかに内容がどんどん、なんと言うか……」


「アンダーグラウンドじみてきた?」


「そう、そんな感じ」


 うまいな、とアルは思う。

 始めは「街に行く」という軽い調子で誘い、その雰囲気のままWRTへといざなう。もしここで全く別の場所、例えば墓場などに連れて行ったりすれば、話が違うということで警戒されるが、WRTはれっきとした街である。「面白い街に連れて行く」という文言にうそ偽りはない。

 地下の下水道を通っての侵入劇、そこからの逃走劇、さらにアルに助けられた館で再びジャックと再会したこと等、一通り聞いていたアルであったが、


「WRTのことを世の中に広めてほしい」


 とジャックが言ったということだけを心に留めておいた。

 つまり、ジャックはWRTとは敵対しているという証拠だ。

 クリスチーナのもとに戻ってからも、サムは陰鬱な表情のままであった。そのことに、クリスチーナが特に関心を示している様子は無かった。気づいていないのか、気づかないふりをしているだけなのかは分からない。


 しばらくしてジョニーが帰ってきてから、サムの表情が幾分和らいだように感じた。ジョニーはいつもどおりのテンションだ。そこにサムが相槌を打ち、クリスチーナがやんわりと口を挟んでいる。その様子を、アルは黙って見守っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る