第17話 第二章 ー9

「お前がウエスタンローゼスの秘密を見破ったことは、一応は誉めておこう」


 スティーブと名乗ったスーツの男は、アルの目の前に座り込み煙草をくわえた。ライターが見つからないのか、しきりにポケットを探っている。

 工場でW.R.のタトゥーを見たアルは、それをウエスタンローゼスの頭文字と考えた。至極当然の推論であり、「見破った」と言えるほどのものではない。


 スティーブは一瞬こちらをうかがうが、アルが両手の平を上へ向けて「何も持っていない」という仕草をすると、すぐに後ろの部下らしき人間を振り返る。アルの荷物はいまだに没収されたままなのだ。ライターなど持っているはずはない。

 スティーブの背後には二人の男が控えていた。そのうちの一人がすっと前に出てきて、スティーブの煙草に火をつける。


「失礼した」


 言うと煙を二度ほど吐き出した。

 アルはその白煙の行き先に目をやる。天井にたどり着く前に、その筋は消えていく。

 ガラスのテーブル上の灰皿で吸い終わった煙草をもみ消したスティーブは、おもむろに言った。


「調査の結果は、お前の言う通り灰色だ」


「……早いですね」


 アルは一瞬だけ視線をそらし、再度スティーブに目を向け、言った。


「父、ですか?」


「そうだ……ただし、あながち敵と言うわけでもなさそうだ」


 アルは一瞬だけ笑みを見せ、すぐに真顔に戻る。

 スティーブは続けた。


「かといって、我々に味方する義理もない。……正直お前の目的を考えあぐねていたんだが、これ以上詮索しても仕方がないと思ってね。それで、結論を出した」


「結論?」


「そうだ、お前には一つ課題を与える。そしてその課題をクリアしたあかつきには、お前を味方だと判断する。ユー、アンダスタン?」


 アルはとりあえず頷くが、完全に納得したわけではない。課題をクリアすることと敵味方の判断とがどうにも結びつかない。

 スティーブは笑顔を見せた。


「そのために、お前をここに連れてきた……この、ウエスタンローゼスタウン、略して『WRT』に」


 ウエスタンローゼスタウン。略して、WRT。


 地図には載っていない街で、さらに古今東西の文化を集め、草原の中に逃げも隠れもせずに存在していると聞いたときには何かの冗談かと思った。よしんば実存したとしても単なるテーマパークだろうと判断した。


 果てしなく続くかに見える塀を見たときはその余りの非現実感に、きっとこの景色はハリボテで壁一枚隔てた背後には何もなくただ草原が続いているに違いない、としか思えなかったほどだ。


「本音を言うと、私にとっては敵か味方かなど、この際どうでもいいんだよ。結局は我々の役に立つかどうかで決めたい、というところだ。敵味方など時と場合に応じて変化するものだ。そんな基準などいくら検討しても無駄だ。だが、有能な人間はいついかなる時でも使える。そうは思わないかね?」


「私をその『使える人間』だと?」


「それを判断したい。そのための課題だ」


『株式会社IWASHI』の人間であるはずのスティーブがこの町で、こんな高級なオフィスを所有しているのはなぜか? ウエスタンローゼスとの関係は?

 アルは次々に脳裏をよぎる疑問を飲み込み、ただ、頷いた。

 と、ノックの音が室内に響き、ほぼ同時にドアが小さく開いた。外から、女性が申し訳なさそうに部屋へと滑り込んできた。スティーブの耳元へ何事かささやくと足早に去っていく。


 スティーブは一瞬だけ考える仕草をしたがすぐに立ち上がり、


「諸用により私はすぐに発たねばならなくなった、申し訳ないがね。課題については別の人間から聞いて欲しい。すでに話は通してある」


 スティーブは背後の二人へと目配せをすると、「グッドラック」という言葉を残して部屋を出た。


 アルは残された二人の男に連れられ、ビルから出て大通りを歩く。大小様々な建築物が立ち並び、パラパラとではあるが人も行き交っている。


 大通りが突然途切れ、そこから先は新しく整備された細い道となっていた。軽い上り坂だ。夜の闇の中、ぼんやりとした暖色の明かりが一定間隔で灯されている。その左右には茶色を基調としたレンガ造りの2階建てが林立している。どこからか、パンを焼いているような香ばしい匂いが漂ってきて、鼻の奥をくすぐった。


「テーマパーク、みたいですね」


 アルはぽつりと呟いた。

 前を行く男はしばらく黙っていたが、

「俺もそう思う」と振り返らずに応えた。

 アルは続けて、


「でも、今見た印象としては、ここ数十年で出来た街というわけでもなさそうですね。どちらかと言えば古い街の特徴があります」


「例えば?」


 男がちらとこちらに視線を向ける。


「さっき大通りが突然途切れていました。それで、今歩いている道はそれより明らかに新しい。後付けの道です。それで……」


 アルは真っ直ぐ前を指差し、


「そこで、また途切れて新しい道になっています」


 男はそちらへと視線を向けたが、それきり何も言わなかった。

 アルは続けて口を開く。


「いつ頃、できたんでしょうね?」


「このWRTのことか?」


「そうです。これほどの街が地図に無く、公にもされていない、というのはどうにも信じがたいんで……」


「俺達も詳しいことは知らないが、少なくとも500年前……いや、700年前だったかな、忘れたが、その頃の遺物があるということは聞いたことがある」


「500年から700年、ですか」


 その言葉を真に受けたとしたら、古くて13世紀末頃から存在することになる。時代としては、ちょうどチンギスカンによるモンゴル帝国の末期のはずだ。

 アルが思考を巡らせていると、刺すような白色光が視界に飛び込んできた。思わず目を閉じ、顔を背ける。


 ゆっくりと、光の方向へと視線を戻す。

 せわしなく行きかう車、その向こう側には近代的なビルが立ち並んでいる。


「また、か」


 背後から、舌打ちが聞こえた。

 アルは振り返り、


「また?」


「ああ。侵入者だ」


「……へぇ、侵入者、ですか」


 どちらかと言えば、アルも侵入者である。おかしなことに、いつのまにかゲスト扱いとなっている。

 すっ、と父親のことが脳裏をよぎる。

 父はこのWRTまでたどり着いたのだろうか。それとも人から聞いた程度だったのか。もしくは……と、アルは思考を続ける。

 父は侵入者としてこの街で捕まったのかもしれない。


 ひょっとしたら逃げのびて、さらに多くのことを知ってしまったのかもしれない。その結果、『株式会社IWASHI』から現在の扱いを受けているとすれば、アルにも同じ境遇が降りかかってくる可能性は否定できない。それどころか、ここでアルが「使えない人間」という判断をされれば、二度と世の表舞台に立つことはないだろう。


 鉄筋コンクリートビル群を抜けると、石造りのデコボコ道に出た。左右には砂利が敷きつめられている。途端に、人数が少なくなっていた。


 次第に、前を歩く男の後姿が見えにくくなってくる。明かりといえば、申し訳程度に灯されている弱々しいものだけだった。背後から男の足音が近づいてくる。アルを見失わないように、ということだろう。

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