第16話 第二章 ー8

 マンホールを抜けてすぐの目の覚めるような近代都市とはギャップがありすぎる。何を考えてこのような異様な街を作ったのか、サムの頭では理解不能であった。


 目の前に、最奥の扉が迫ってきていた。その部屋のかすかに開いた扉の、その隙間からゆらゆらとした頼りない明かりが漏れてきていたのだ。


 サムは扉に手をかけ、ゆっくりと押し開けていく。


 恐怖心は麻痺していた。ただ、奥にある現実が知りたい、という好奇心とも本能とも自分では判断できない思いに突き動かされていた。


 サムが少し押すと、扉は自然と開いていった。


 きらびやかな金銀の冠、古めかしい器が散乱する雑然とした空間が広がる。予想したよりも広い。ある種倉庫のような雰囲気ではあるが、壁には着古された真紅のデールが吊り下げられている。

 さらに奇怪な幾何学模様の紋章のようなオブジェがいくつか、部屋の四隅にしつらえられていることから考えると、過去、居住スペースとして使っていた部屋を便宜的に倉庫にしているのではないか、とサムは考えた。


 視線の先で、何かが動いた。サムは一瞬ひやりとしたが、すぐに落ち着きを取り戻した。まるめられた巨大な絨毯が無造作に立てかけてある部屋の片隅だ。確かにその地面の辺りが確かに動きを見せたのである。


 と、絨毯がぐらぐらと不安定な挙動を見せたと思った瞬間には、サムの体は勝手に後方へと飛び退っていた。どすん、という音を立てて目の前に絨毯が倒れてきた。


「サムじゃねぇか、驚かせやがって……」


 高鳴る鼓動を抑えながら一息ついて、サムが視線を声の方へと向ける。

 ジャックが、仁王立ちしている。


「てっきり捕まったと思っていたが、よく生きてたな」


 そういうと、くくくと忍び笑いをするジャック。


「笑い事じゃないですよ」


 大変だったんですから、というのは口の中で呟くと、サムは立ち上がった。

 部屋の中心に転がる絨毯を足で脇に寄せると、


「ここがジャックさんの言っていた目的地なんですか? 確かに、歴史的なものは色々と置いてありますけど……」


「いや、まぁ……全く収穫が無かったわけじゃあないが、決定的な証拠はまだ見つかっていねぇな」


「決定的な証拠?」


 サムが首をひねると、ジャックはそれには答えずに辺りを見回し、


「よし、そろそろズラかるとするか」


「もうですか? でも……」


 ジャックは背を向けて扉へ向かい、


「そろそろここも危険だぜ……耳を澄ませてみな」


 そういうと、ちらとサムに視線を向ける。

 サムは口を閉じ、動きを止めた。まだ距離は遠いように感じるが、侵入したときに後を追ってきた車の音が確かに聞こえてくる。


「ここは、やつらにとっても侵入をためらう、この街の有力者の住む家だからな」


「有力者?」


「そうだ。侵入者だからと言って強制的に捜査して、もし何も見つからなかったら責任問題になる。しかし、侵入者がもっとも潜む可能性が高いのがこの建物であることは間違いない」


 サムは、自分の行動を思い出す。暗くて人気が少ない方向へと自然、足が向いた。

 そんなサムの思いを読み取ったかのように頷くと、ジャックは続けた。


「護衛もいなければ鍵もかかっていない……まったく、俺達のためにあるような家だぜ」


 そういわれれば、おかしな話である。

 途中見つかりそうにはなり謎の救世主により助けられたことはあったにせよ、素人のサムですら容易に侵入することが出来たのである。この街の有力者の家と言うことであれば、通常以上のセキュリティ管理があってしかるべきであるにもかかわらず、この状態である。


「普通なら、おかしいと思うだろう? しかし、ここはこれでいいんだ。地元の……知っている人間なら、誰もここへ侵入しようとは思わない」


「それは、……」


 訊ねるサムを制して、ジャックは言う。


「それはな、怖いからだよ。見つかったらどうなるか、皆知ってるからだ」


 ジャックは一瞬にして真剣な表情に戻る。

 額からは汗が滴っている。

 サムはごくりと唾を飲み込む。

 じわじわと、状況が脳に染み渡っていく。

 数分前よりも、追跡の車のサイレンの音が大きくなってきていた。近づいてきたのだろう。


「逃げるぞ」


ジャックは言うとすぐに身を翻した。

サムも後に続く。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る