第8話 第一章 ー8

 アルに正体を暴かれ、口止め料としてのウランバートル行きを要求された日から一週間後、再度アルがクリスチーナの自宅を訪れた。条件をのんでバンドに加入する、という連絡だった。

 ほっと胸をなでおろしたクリスチーナであったが、さらにアルは、

「その代わり、条件があります」と言った。

 つまり、口止め料に対する条件をクリスチーナが提示し、さらに、その条件に対する条件を、アルが提示した形だ。

 その内容は、現地の『株式会社IWASHI』が出資した工場へ顔をつないで欲しいというものであった。初めは何を見当違いなことを言っているのだ、と呆気にとられたクリスチーナであったが、

「反『株式会社IWASHI』の組織であるあなた達にこんな提案をするのはお門違いだ、ということは分かります。ただ、『猫の額』ほどの組織なら、『株式会社IWASHI』の組織の内部にスパイぐらいいるんじゃないですか? そこから手を回せないでしょうか?」

 無茶苦茶だ、というのが、クリスチーナの感想だった。

 しかし、この時にアルに対して、クリスチーナは反論することが出来なかった。結局、何も打開策を見出せないまま、何とかするわ、と答える他なかった。

 バンドがウランバートルへ飛ぶのが六月、それまでの半年で何とかするしかない。

「それでは、私も約束通り、バンドへ加入しましょう」

 アルはそれだけ言って場を後にした。

 


正式にアルが加入し、バンド名も『JAST』と改められた。

バンドは定期的にライブをこなしながら、着実にキャリアを積んでいた。

 そして、マネージャー業に追われているうちに、冬が過ぎ、草木が芽吹く季節が訪れた。ちょうどその頃、JAST名義では初となるアルバム『それならウランバートルへ』が完成し、その売り込みのためにますます忙しくなってきたクリスチーナにとって、一つの懸案は、アルの条件である工場への顔つなぎだった。

『株式会社IWASHI』に潜入しているスパイに便宜を図ってもらうというのは現実的ではない、ということが薄々分かってきていたため、彼女はその他の手段を考え始めていた。

 五月を迎え、そろそろ本格的に何とかしなければ、という危機感が頭をもたげ始めた時、見計らったように、その男は現れた。

 男は、何の前ふりもなく突然、目的の工場への顔つなぎ役をしてやってもいい、と言った。

 ――怪しすぎる。

 当然、クリスチーナはこう思い断った。しかし、ついにウランバートル行きの日程が差し迫り、それでもどうにもいい方法が見つからず困り果てていた所に、再度男が現れた時には、ふっとよぎった誘惑に負けてしまった。

 結局、ウランバートルでの工場への顔つなぎは男に任せ、後はどうとでもなれ、という開き直りに近い気持ちになっていた。

 その後、男からは一度だけ連絡があり、そのまま音信は途絶えた。

 


六月、『JAST』は、ウランバートルへ飛んだ。

 クリスチーナは共には行かず、日本に残った。

 組織から、その間にやるべき仕事を言い渡されていたのである。

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