第29話

ある日、買い物から帰宅すると電話が鳴った。

思い当たることがあったので仕事関係だろうと思って受話器を取ると、ザーっという混線した雑音が聞こえた。元夫から最後に電話があった時と同じだ。

複数の人間がかけている電話が混線しているのかもしれない。

元夫が「元気か?」と言ったように聞こえたので「どこにいるのよ!」と受話器に向かって大声を出した。娘は、娘は?

しかし、また複数の人間の声に戻った。そのうち少なくとも一人は、外国人であるように聞こえた。結構大きな声で話しているようだが、ノイズと日本語以外の言語であることで意味がわからなかった。十数分間続いたような気がしたが、実は一、二分かもしれない。

電話は不意に切れた。

私はやっとのことで受話器を置いた。しかし、その場からしばらく動くことができなかった。全身緊張しきっていたが、切れた後の静寂はその緊張を強くした。

なぜいつも混線しているのか、分からなかった。そういうエリアから電話をかけているからだろうか。夫や娘は無事なのだろうか?いまかかってきた電話は現実なのだろうか、それとも私は…そんなことは考えたくなかったが…現実ではない何かを現実だと錯覚しているだけなのだろうか。

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