第5話

 私の斜め前に座っていた女性は、番号を呼ばれて立ち上がり診察室に入っていった。もしかしたらどこかで会ったことがある人なのかもしれない…病院の外で。でも他人の空似なんてよくある話だ。外来の受付前の待合室(「室」というか廊下の一部だったが…)

 病院を出るときはなぜかいつも寒々とした気持ちが自分の中に残った。主治医や看護婦の対応は普通で、他に話す人もいなかったが、それでも寒々とした感覚がしばらくつきまとう。

 毎年3月はフリーランスにとって、最も忙しい時期だったが、今年はどうなるのだろう…と私は思った。新規取引先の翻訳会社を増やしたほうがよいのかもしれない。そう思って、数カ月前からこれはというようなめぼしい求人に応募してみたが、書類選考で落とされ、トライアル試験にすら進めないという現実。翻訳者として専門分野を築いてこなかった自分のせいかもしれない。転職も含めて、本気で考えるべきかもしれないが、そういう方向で考えようとすると、気分が重くなってやりきれない。

 県立病院からの帰り道、そんなことを考えあぐねながら歩いた。以前ならちょっと美味しいうどんでもすすって帰ろうかしらと思ったが節約することにした。

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