静寂とともに

 県大会決勝。

 シングルス1番手の雪下ゆきした 燈示とうじ先輩が勝利。


 全国大会出場へ王手をかける。


 ダブルス1番手の頼成らいじょう 玄鳥つばめ先輩・嘴取はしとり 直也なおや先輩のペアは未だ決着がついていない中、シングルス2番手の望月もちづき 文人ふみと先輩が、試合に入る。


 「ハァッ!」

 声を出しながら、文人先輩はボールを打つ。そのひたいには、腕には大粒の汗が浮かび、流れていた。

 「ナイスショッ、文人ー!」

 良い角度にボールを打ち、点が入る。

 文人先輩は対戦相手を見つめたまま、小さく手を掲げた。

 「30サーティ40フォーティ

 審判のコールで、すぐに先輩はラケットを構える。

 ピリピリと肌を突き刺す緊張感。それと、抑えきれない興奮。この2つが混じり合った異様な空気が、静寂とともに場を支配する。

 苦しい。見ているだけなのに、苦しい。緊張で、息が詰まりそうだ。

 そう思って、文人先輩を見つめて、気付く。

 ギラギラと、文人先輩の目が輝いていた。最高の遊び相手を見つけたような子供のように、強く、ギラギラと。

 ___楽しい。

 文人先輩が、そう言っているようだった。

 相手のサーブから始まり、試合は続く。

 「あっ」

 文人先輩の強烈なストロークを、相手は返しきれずに打ち上げる。そのボールの下に素早く入り、先輩はスマッシュを打ち込んだ。

 「__ゲーム、黎明れいめい高校。黎明高校リーズ、ファイブスリー

 「シャアアアアッッ!!」

 あと1ゲーム取れば、優勝。

 サービスチェンジにより、サーブ権は文人先輩へと移る。

 「…ね、じゅんくん」

 僕の隣で見ていたいとさんが、笑みを浮かべて言った。

 「センパイ、決めるよ」

 その言葉と同時に、文人先輩がサービスエースを決める。コート中が、歓声で湧き上がった。

 2球目。強烈なファーストサービスが入り、相手はうまく打ち返すことができない。そのボールを逃さず、先輩は強く打ち込んだ。

 「ッッエエイ!!!」

 先輩は吠えるように叫び、僕達に見えるようにガッツポーズを取る。僕達もその叫び声に呼応するように叫んだ。

 3球目。ファーストサービスはネットにかかり、セカンドサービスへ。相手はサーブの速さを殺し、前に落とす。

 間に合わない、と僕が思うよりも速く先輩は走り出し、ツーバウンドぎりぎりの所でボールを返した。

 「はえ〜」

 誰かが呟いた。僕と糸さんはコートから目を離さず、頷く。

 今度はロブを打たれ、先輩はコート後方へと駆けていった。途中でボールに追いつき、スマッシュを打つ。綺麗に決まり、点が入った。

 「ッシャァッッ!!」

 あと一点で、優勝。あと一点で、全国大会。

 コートの周りから音が消え、先輩と対戦相手の音だけが聞こえる。

 「ふー…、ふー…。っし」

 ボールを見つめ、息を整える。

 練習で見る、いつもの動作、いつものトス。それなのに、鳥肌が止まらない。ゾワゾワと、背中を何かが駆け上る感覚がする。

 糸さんが僕の服の裾を掴み、囁くように言った。

 「___来、る」

 パァンッ!!


 稲妻が走った。

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