最近の小学生はマセてます 後編
そんな約束も忘れて10年、彼は真面目に教師生活に打ち込んでいた。
この10年で結婚もし、子供も出来て、順風満帆な人生だった。
「ふぅ、来年は6年生の受け持ちか、今から卒業式のことを考えると泣きそうだ」
いつになっても子供達の成長は良いものである、そんな成長を側で見守っていけるこの仕事に大きなやり甲斐を感じていた。
「もうこんな時間か、仕事してると時間が経つのが早いな、残りは明日にしよう」
時計を見ると午後10時を回っている、周りを見るとデスクで作業している先生方はまばらだった。
そろそろ帰ろうか、と開いていたPCの画面を閉じてカバンの中へと仕舞い込む。
「お疲れ様です、お先に失礼します。」
残っている人たちへ挨拶をして、昇降口へと向かう。
靴に履き替え校門から帰路へと着く、今の学校は家から近く徒歩で通えるのでありがたい。
朝晩はまだ肌寒さを感じるが、静かになった住宅街を歩いて帰るのは好きだった。
ただ、帰る道の途中にトンネルを通らねばならず、この辺りは夜は滅多に人が通らないので、妻から十分に気をつけるように言われている所だった。
普段から通っているから、いつも大丈夫だから、と彼は油断していたのだ。
突然視界が無くなると同時に、次の瞬間には強烈な刺激臭によって意識を持っていかれる、何が起きたかなど理解できるわけもなく、気絶した彼を車の中へと運び込む少女の姿があった。
せい…
せ… んい…
「先生! 起きて、先生!」
強く身体を譲られ誰かに強く呼ばれる声で目が覚める。
「んっ… ここは」
状況は全くわからないが、ここはどこかの教室のようだった、机が綺麗に並べられている。
目の前には見知らぬ少女が1人、笑ってこちらを覗き込んでいる。
「おはよう御座います、先生、いや夜だからこんばんは?」
ズキズキと鳴る頭を起こして状況を少しずつ確認していく、ここはどこかの教室で、自分は椅子に身体を縛られて首から上しか動かせない、目の前には見知らぬ少女、制服を着ているから中学生か高校生だろう。
自分を先生と呼ぶ少女は混乱する僕を無視して溢れんばかりの笑顔で陽気に話しかける。
「大変だったんだよ、先生がどこにいるか皆んなで調べてさ、お家がどこか、学校はどこか、家族はいるのか、子供はいるのか、帰り道はどこを通るのか、全部調べたんだよ」
何を言っているんだろうか、そもそも少女は誰なのか全く思い当たらなかった。
「君は… 誰かな…」
ふっ、と終始笑顔で話していた少女からその笑みが消える。
少女の持つ雰囲気がとても恐ろしいモノに変わったようだった。
「あーぁ、そうか、先生は忘れてるんだ… でも大丈夫、皆んなと思い出させてあげるから。皆んな入ってきていいよ」
ガラガラッ、と教室のドアが開き目の前の少女と変わらないくらいの、これまた少女達が入ってくる。
『せんせー、久しぶりー』『お久しぶりです。』『きゃー! 縛られてる先生も素敵!』
「ほら、皆んな揃いましたよ、思い出せそうですか? 先生。」
混乱している頭でも分かってくる、自分を先生と呼ぶのだから元教え子なのだろう。
もしくは揶揄ってそう呼んでいるだけかも知れないが、教室にいる少女達が全員そう呼んでくるのだ。
そう考えるのが妥当だった。
「どうしてこんなに荒っぽいことを…」
「違う! これは約束なの、私たちと先生の約束、私たちは10年待ったの、これはただ約束を守っただけ!」
10年と言う言葉が頭を巡る、そうだ、自分は教師になってから小学校にしか赴任していない。
だから目の前の少女達も10年前の生徒ということになる、思い当たらないのも当然だった。
「先生はこれから私たちとずっと一緒に暮らすんだよ、家も用意したし、お金も沢山あるから安心してね」
安心なんて出来るわけが無い、彼には家族がいる、愛する妻と5歳の息子がいるのだ、家族を置いて誰かと暮らすなど考えられなかった。
「申し訳ないけど、僕は君たちと暮らすつもりは無いし、こんなことをしても警察がすぐに動いて見つけ出すはずだ、今ならまだ引き返せる、こんなこと止めるんだ」
「先生、私たちがどれだけこの日の為に準備して来たと思ってるの、警察なんて敵じゃ無い、誰も私たちと先生を邪魔できない、諦めるのは先生の方だよ」
あまりにも自信があるように言うその姿に何も言えなくなってしまう。
「先生、私はね先生を絶対手に入れるの、そして、幸せな家庭を築くんだー、子供はねやっぱり欲しいな、もちろん皆んなもそう思ってるよ、子供は1人だと寂しいから2人は欲しいよね、私は欲張りだから3人は欲しいかな、男の子でも女の子でも先生との子だったら沢山の愛を込めて育てるよ、皆んなと順番だから先生には頑張ってもらわないといけないけど、男の子だったら先生に似て…」
どうにかして助けを呼ばなければ、逃げなければ、この子達は絶対にやると行ったことはやる人間だ。
あまりにも狂気じみている、ここにいてはいけない、本能がそう告げている、身体も小刻みに震えて止まらない、ここでは自分は狩られる獲物でしかない。
「誰かーッ!!! 助けてくださいッ!! 誰かあーッ! 助けて」
『ふふふっ』『あはっ』『あっはは』
叫ぶ彼をみて少女達が笑いだす。
「先生、残念だけど、誰も来ないよ、ここは廃校だから管理してる人もいないの、ダレモコナイノ ニゲラレナイノ、絶対。」
顔は笑っているのに目の奥から感じる狂気に心が負けてしまう、ニゲラレナイ、そんな思いが恐怖と共に心を支配して行く。
ふと思い出したのは10年前のある日、教室で熱心な女子生徒に”絶対”と約束した日の記憶。
目の前の少女から僅かに覚えのある生徒の顔、化粧もしているし、髪型も違うが確かに面影はある、あんな口約束を今日まで覚えていたんだろうか、生徒との約束をなぜ忘れていたんだろう。
そういえばちょうど10年前の今日だったな。
視界は真っ暗になりまた意識が遠くなるのを感じていた。
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自分が理解出来ない人間が1番怖いよ。
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