第8話 黒兎、後始末をする

 俺と師匠は、村から少し離れた場所で立ち止まる。


「あっちの方向ですね」

「ああ、後顧の憂いは絶っておくべきだね」


 そう、俺と師匠は、昨日の盗賊の残党を始末すると決めていた。


 あの規模の盗賊ならアジトを設け、アジトにも見張りの人員が居る筈だから。そのままにしておくなんてあり得ない。


 師匠に習ったばかりの探知魔法でアジトの位置を特定する。


 これは無属性の魔力を薄く拡げて感知する魔法。


 風属性が得意な人は、風の魔力を拡げて感知する探知魔法を使うらしい。生憎俺は風属性の適性が低い。だから無属性ってわけだ。


 因みに、探知魔法ほど範囲は広くないが、気配を探るくらいは元から出来ていた。俺の探知魔法は、その感覚を拡げる感じかな。


「五人ですね」

「そうだね。幸い囚われている人も今は居ないようだね」


 きっとあの村で女や売り飛ばす子供を確保するつもりだったんだろう。ざまぁだ。


「どうします? 二人で行くほどでもないと思うから、何なら俺一人で掃除してくるよ」

「……そうだね。なら私はゆっくりと歩いて行くよ」

「了解。じゃあ、ちゃっちゃと片付けて来るかな」


 どう考えてもランク7の師匠と、この手の仕事が専門の俺が二人がかりで盗賊五人は過剰戦力だ。だから俺一人で始末してこようかと師匠に聞くと、少し考えてOKを貰った。


 俺はペンダントを仮面に変化させる。


 黒兎の仮面を被り、気配を消して盗賊のアジトへと駆け出す。





 朝早い時間に村を出発したので、まだお昼にもなっていない。


 アジトを襲撃するなら暗くなるのを待った方がいいんだろうけど、五人の盗賊程度に俺と師匠が日暮れまで待つなんて有り得ない。




 探知魔法を何度か使い、アジトを目視できる場所まで近付いた。


(見張りは二人、洞窟の奥に三人か)


 あの盗賊達のアジトは洞窟を利用したものだった。


 おそらく仮のアジトなんだろう。


 あんな辺境の小さな村を襲撃するような盗賊だ。多分、此処まで流れて来たんだと推測できる。


 ひと所に縄張りを決めて盗賊として活動すると、当然の事ながら国から討伐のターゲットになりやすい。

 それを跳ね除ける力を持つ盗賊団もあるかもしれないが、普通に考えて軍隊やレイドを組んだハンターには勝てないだろう。


 だから盗賊は、あまり大規模な集団を造らず、縄張りを転々として活動するらしい。



 見張りの二人を斃すのに、少し魔法を使ってみよう。


 師匠からは、魔力操作もある程度上達したので、光(神聖)魔法と土魔法を少し教えてもらった。


 師匠が教えられる魔法がその二つだったというだけなんだけどな。



 俺は土魔法ロックバレットの準備に入る。


 俺の胸の高さに黒いモノが四つ浮き上がり待機する。


 普通、師匠が見本で見せてくれたロックバレットは、石の礫を射出するだけの初級の土魔法なのだが、俺はそれを少しアレンジしてみた。


 土魔法は、自然界にある土や石を含む鉱物に働きかけたり、魔力で土や石を創造できる。


 ただ、創造した土や石などは、数分で魔力に戻ってしまう。


 そしてロックバレットで使う礫などは、魔力から創造したもので、攻撃後暫くすると消える。


 短時間で消えるから悪い訳じゃなく、魔力で創造した石の礫は、通常の石と比べても高い威力を発揮する。


 寧ろ、ランク3以上の魔物には、魔力かオーラを使った攻撃じゃないと効き目が薄いそうだ。



 さて、俺の前に浮かんでいるのは、石の礫じゃない。


 どうせ弾として使うのなら硬い方がいいと椎の実状の鉄にしてみた。うん、普通に弾丸だ。鉛じゃないのは、ただ鉄の方が集めやすいから。


 硬さという意味では、タングステンとかでも良かったんだが、魔力の消費が大きくなるので、初級土魔法としては相応しくないとやめた。


 慎重に狙いを付け、ジャイロ回転で射出するのを強くイメージする。


「ロックバレット」


 ボソリと呟くように魔法名を発すると、四発の鉄の弾が見張りの二人に命中した。


 火薬を使って射出した訳じゃないので、射出する音は小さなものだ。


 速さも多分秒速300メートル程度の拳銃の弾並み、出来ればライフルのように音速を超える速さが理想だけど、これは練習あるのみだな。


 ただ、少しオーバーキルだったみたいだ。


 弾丸先端の形状を通常弾にしてたので、貫通して背後の岩に穴を穿つ結果になった。


 射出音は小さかったのに、岩に深い穴と亀裂が出来る勢いで着弾し、結果大きな音が響いたようで、洞窟の中の残りの盗賊が慌てて出て来るのを察知した。


「なっ!? 何があったんだ! ヒャッ……」

「襲撃かっ! アガッ!」

「なっ! 殺られてやがる! グッ……」


 剣や斧を手に慌てて出てきたむさ苦しい盗賊を、死角からグルカナイフで頸をかき斬る。


 コヒューっと喉から空気の漏れる音が聞こえ、三人の盗賊がドサドサと倒れる音が遅れて聞こえた頃には、俺はグルカナイフに着いた血を、先に斃した盗賊の服で拭う。




 グルカナイフを後ろ腰の鞘に収め、五人の死体を確認する。


「ろくな装備じゃないだろう?」

「だよな。盗賊なんてこんなものか」


 そこに到着した師匠に声を掛けられる。俺が剥ぎ取りをどうするか悩んでいるのを分かってたみたいた。


「どうせ死んだ盗賊なんて金にもならないから埋めちまいな」

「了解。一応お金を持ってるか確認だけして埋めるよ」

「じゃあ、私は洞窟の中を調べるかね。掘り出し物でもあれば良いんだけどね」


 俺は五人の死体から少量の銅貨や銀貨を回収すると、手早く土魔法で穴を掘り、そこに死体を投げ込み土魔法で埋めてしまう。


 道具も無しに、こんな短時間で大人五人を埋めれる穴を掘れて、更に埋め戻す事が出来るなんて、魔法って便利だな。


「シュート! 来てごらん! 結構当たりだよ!」


 洞窟の中から師匠の弾む声が聞こえてきた。


 何事かと行ってみると、満面の笑みを浮かべた師匠が酒瓶に頬ずりしていた。


「ワインですか?」

「ああ、しかも私の大好きな銘柄のさ。見てごらん、十ケース有るよ」


 これだけの纏まった量。多分、商人を襲って手に入れた物だろう。


 木のケースには、十二本のワインが入っていた。十ケースで百二十本だ。


 師匠から教えてもらったこの世界は、おそらく地球で言えば、1,500年~1,600年頃の中世辺りの文明の進み具合だと思う。勿論、魔法や魔物なんて地球には無かったモノがあるので、まったく同じようにはならないんだろうけど、このワインを容れてあるガラス瓶を見ると、職人の高い技術力が伺える。


「なんだい。ワインのボトルが珍しいのかい?」

「いや、なかなかの出来だと思ってね」

「そりゃガラス加工の職人は、熟練の土魔法使いだからね」

「……なる程」


 どうやら技術力じゃなくて、魔法の力だったみたいだ。


 師匠はワインが入った木の箱を次々と自分の鞄に入れていく。


 師匠のマジックバッグは、国宝級のものらしく、その収納量と時間停止機能はミソロジー(神話級)に近いそうだ。


「そんなにお酒でテンション上がります?」

「シュートはまだまだお子ちゃまだな。これは王族や貴族がこぞって欲しがる当たり年の高級ワインだぞ」


 嬉々としてワインを回収する師匠はそのままに、俺は他に何が掘り出し物がないか調べる事にした。




 大量のお酒で分かるように、盗賊たちは街道を行く商人を襲っていたみたいだ。


 予備の品質の低い武器類は二束三文にしかならないのか? それとも鉄はこの世界では貴重だからそこそこのお金になるのか分からないので、これは師匠に判断して貰おう。


 そういう事で、数は多くないが樽に入れられた剣や槍などの武器類はスルーする。


 他には食料や水の樽が置いてある。


「おっ、これこれ」


 そして俺が探していたものを見つけた。


 麻の分厚い布に金貨や銀貨が積められている。


 師匠からこの世界の通貨は教えて貰った。


 この世界では紙幣ではなく、いまだに貨幣が使用されている。


 国により貨幣に印された紋様は違うが、金属の含有量や重さが決められており、金貨、銀貨、銅貨は国を超えて使用できるらしい。


 なかなかの身入りにホクホクしていると、お酒を全て収納し終えた師匠がやって来た。


「そっちは何か良い物は有ったかい?」

「こいつら結構貯め込んでたみたいだよ」

「ほぉ、ならそれはシュートが貰っておきな」

「えっ、良いの?」


 かなりの金額だと思うのだけど、師匠はまったく興味なさげに俺に全部くれると言う。


「シュート、私はランク7だよ。お金なんて使い切れないくらいは持ってるさ」

「凄えな師匠。ランク7の英雄ともなると、そんなに儲かるのか。いや、でも師匠は神職だよな?」

「神職だって飯も食えばいい服も着るんだ。それに私がお金持ちなのは教会は関係ないからね」


 その割には行き倒れ出たよなと思うも、それは言わない方がいいと俺の危機回避能力が訴えている。




 ひと通り師匠が必要だと思う物を回収すると、洞窟の入り口を崩しておくように言われ、土魔法で崩落させ塞いでおく。


「此処もおそらく元はゴブリンの巣だったんだろう。放っておくと、またゴブリンが棲み着くからね」

「ゴブリンって、小鬼のゴブリン?」

「なんだい。シュートの住んで居た世界には魔物は居なかったんじゃなかったのかい? ゴブリンは知ってるんだね」

「いや、物語なんかで出て来る架空のバケモノで有名だからな」

「ほぉ、そんな物語があるのかい。興味深いね」


 師匠から聴いた、この世界に棲息するゴブリンは、俺が知ってるファンタジー物の中に出て来るゴブリンのイメージそのままだった。


「さあ、取る物取ったし、先を急ぐよ」

「了解。因みにどのくらいで師匠の拠点に帰れそうなんだ?」

「う~ん、……このペースなら十日も有れば大丈夫だと思うんだけど……」

「うん、兎に角、進もうか」


 首を傾げて考え込む師匠を見て、聞いた俺がバカだったと反省する。


 そう言えば師匠は、道に迷って空腹で行き倒れてたんだった。


 まぁ、魔物の肉のストックはまだまだ有るし、魔法の訓練がてら狩りも続けている。ラッキーな事に盗賊のアジトで塩や調味料も手に入った。


 一ヶ月くらいで着けばいいな。



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