第7話 黒兎は異世界でも悪を討つ

 立ち上がる煙に師匠が駆け出す。


 それは汚い身なりの二十人くらいの男達が、村を襲っている光景だった。


「シュート! 行くよ!」


 師匠は鞄からゴツいリボルバーのような銀の銃を取り出し躊躇なく撃つ。


 師匠の銃からは鉛の弾丸が発射される代わりに、魔法の弾が放たれ盗賊の頭を一撃で穿つ。


「なっ、なんだ!!」


 仲間の頭に突然穴が空き、斃れたのを見た他の盗賊が慌てるが、師匠の蹂躙は終わらない。


 俺はペンダントを握り黒い兎の仮面を被ると、グルカナイフを抜き、高い身体能力と持てる全ての技術を以って、一瞬にして間合いを詰める。


 反応が間に合わない盗賊の喉をグルカナイフでかき斬る。


 ゴトリと頸が堕ちる音が聞こえる時には、俺は次の盗賊の頸を斬り堕としていた。


「ヒャアァァァァーー!!」


 パニックに陥った盗賊が村人に剣を振り下ろそうとするも、次の瞬間、剣を持つ腕を斬り、返す刃で喉を斬り裂き、胴に回し蹴りを放つ。


 今の俺の全力で蹴り飛ばされた盗賊の死体は、重力を忘れたかのようにもの凄い勢いで近くの盗賊を巻き込んで飛んで行った。巻き込まれた側も即死だろう。



 次の盗賊の顔面へと拳を振り抜くと、盗賊の顔面はへしゃげ、殴られた反対側の後頭部が破裂する。


 師匠の撃つ魔法を放つ銃の音が聞こえる度に、盗賊の命が消えていき、黒い兎が駆け抜けた跡には、頸を斬り裂かれた盗賊が転がる。


 師匠は兎も角、俺の姿は盗賊共には認識すら難しいだろう。


 時折、スピードを落としてゆっくりと動くと、黒兎の仮面が盗賊達の目に入る。


 そして紅い瞳と釣り上がった口角で笑う兎の仮面に愚か者たちは恐怖する。




 ランク7の英雄と、ランクこそ3だが、その英雄と渡り合える黒兎の前に、ランク2~3程度の盗賊は無力だった。雑草を刈るよりも容易い。


 村に散らばり二十人以上は居た盗賊は、逃げるという判断を決断する前に、俺と師匠により皆殺しにされた。




 あれ? 師匠って、神職なのに人を殺しても大丈夫なのか?


 今更な事を考えながら俺は兎の仮面を外す。


 黒い兎の仮面が、ペンダントに戻った事を確認して、師匠のもとに歩き出す。


 師匠は死にかけの重傷者に回復魔法を掛けていた。


「シュート、お前も回復魔法を使ってみな。実際に使ってみる方が上達は早いからね」

「了解。軽症者から治療していくよ」


 自分への回復魔法は何度も経験したが、他人を癒す経験も大切だと師匠が言う。


 そんなに大きくない村だから人口は多くない。そんな小さな村の少なくない人数が、既に息絶えていた。


 俺は師匠と手分けして、助けられる人を治療していく。


 此処に来る前に、回復魔法を練習しておいて良かった。


 俺が師匠から直接教えてもらったのは、ヒール(小回復)とキュアー(解毒)それとピュリィフィケーション(浄化)の魔法の三つ。他の神聖属性の魔法については、師匠の拠点に戻ってから本を読んで勉強しろという事だ。


 このヒール(小回復)。小回復と言うだけあって、本来なら多少の傷を治す程度のものらしいが、人体の構造や多少の医学をジジイから詰め込まれた俺のヒールはよく効くらしく、骨折なども一度のヒールでは無理だが、2、3度のヒールで治ってしまう。


 普通、骨折などはミドルヒール(中回復)以上が必要らしい。まあ、師匠は魔法はイメージだと詠唱を教えてくれないので、ヒールもミドルヒールもちょっとした俺の匙加減だと思うんだけどな。


 まあ今は俺に出来る事をやるだけだな。


 申し訳ないけど遺体の埋葬はその後だ。


 今は生きている人が優先だからな。





 せっかく面白い弟子が出来て楽しかったのに、まったく気分が悪くなるね。


 今も昔も盗賊なんて、何処にでもあると言えばそうなんだろうが、神に仕えし司祭の身としては、赦してはおけないね。


 私は相棒の魔銃を取り出し、警告する事なく盗賊の頭を撃ち抜く。


 シュートはどうしているかと意識を向ければ、そこには黒い兎の仮面を被った死神が顕現していた。


 とてもじゃないが、ランク3程度のスピードじゃない。下手すりゃ私より速いかもしれないね。


 それに、ただ身体能力に任せて速いだけじゃない事が分かる。こと武術において、シュートは私なんかより遥かに高みに居る。


 シュートは、あの若さで戸惑う事なく盗賊を葬って行く。


 そこに躊躇や迷いはなく、シュートが人を殺した経験が、一度や二度ではない事が伺い知れた。



 思えばシュートは出鱈目な子だ。


 あの若さでオーラを操り、それに加えて魔力による身体強化と併用してみせた。


 もともとランクが0の状態で、ベテランハンターでも遭遇したくないキラーラビットを簡単に狩ってみせたんだ。そりゃ規格外にも程がある。


 シュートは「なのましん」の所為だと言っていたが、それを抜きにしても、シュートはしっかりとした武術の理を、高いレベルで身に付けていた。


 それは魔銃を主武器に戦う後衛タイプとはいえ、ランク7の私とまともに模擬戦が成り立つ事を見ても明らかだ。


 それにシュートは、魔法にも高い才能があった。


 土属性は高い適性があるのはいい。雷と氷もレアではあるが、そのどちらかを保つ魔法使いは居るだろう。しかし光(神聖)と闇の相反する属性を保つのは珍しいし、レアな属性ではあるが少数は確認されている。ただ重力に関しては、私も適性を保つ者と会ったのは初めてなくらいレア中のレアだ。


 時空間属性の方は、東西の大陸に三人存在しているのが確認されているが、重力属性はここ数百年記録にないんじゃないか?


 まぁ、高い適性を保つ属性が、土、雷、氷、光、闇、重力と六つもある時点で、私の保護下に置くしかないんだけどね。




 盗賊の屑共を始末し終えた私は、瀕死の重傷者から治療を始める。

 シュートにも軽症者の治療を指示する。


「シュート、お前も回復魔法を使ってみな。実際に使ってみる方が上達は早いからね」

「了解。軽症者から治療していくよ」


 命のやり取りをした直ぐ後にもかかわらず、シュートは慌てる事なく軽症者の治療を始めている。


 あの若さでいったいどれ程の修羅場を潜り抜けて来たんだろうね。


 それでもシュートの本質は善性なのは間違いない。


 この私とシュートとの出会いは、偶然だけど、必然だったんだろうね。






 俺の魔力総量は多いみたいで、治療を終えても魔力が枯渇した感じどころか、余り減った感じはなかった。


 師匠と手分けした治療を終えると、俺は盗賊に殺された人達の亡骸を丁寧に埋葬する手伝いをしていた。


 師匠は、生き残った村の代表と今後の話をしている。


 そんな所に俺は場違いだから、悲嘆にくれ動けない村人の代りに、力もあり土魔法も少し使える俺が、遺体の埋葬を率先して行うのは当然の事だろう。


 土魔法で穴を掘り、布で包んだ遺体を置き、土魔法で上から土を被せる。


 師匠の教える魔法は、基本的に詠唱なんか無い。


 その理由を聞くと「あんな恥ずかしいまねは嫌だよ。詠唱の文言なんてかっこ悪いじゃないか」らしい。


 ただ、戦闘時に魔法の名前を言うのは、フレンドリーファイヤーを防ぐ意味でも必要なんだとか。それにイメージの補完にもなると教えてもらった。


 埋葬された場所に、土魔法で石板を造る。


 そこに村の人に確認してもらいながら、亡くなった人の名前を刻んでいく。


 その作業を亡くなった人数の分繰り返し、作業を終えた頃には、日が傾き始めていた。


「シュート! そっちが終わったら、こっちを手伝ってくれ!」

「了解!」


 師匠は話し合いを終えたようで、此処に来る迄に狩った魔物をマジックバッグから大量に取り出していた。


 解体して村の人達に提供するんだろう。


 放心状態から抜け出した何人かの大人が、解体と炊き出しの準備を始めていた。


「それで、どうなったんですか師匠?」

「村は存続する方向で頑張るみたいさ。家は何軒か焼かれて、畑は荒らされたみたいだけど、魔物の肉を多めに提供したし、他の素材も村に寄付したから、街で売れば復興に役立つだろうしね」

「なる程、それなら大丈夫そうだな」

「ほとんどシュートが狩った魔物なのに、勝手に決めてすまないね」

「いや、魔物はまた狩ればいいし、どうせ俺だけだったら持ってこれないからいいよ」


 この村は規模としては小さな村だ。


 場所も辺境なので危険も多い。


 盗賊に襲われたのを機会に、廃村にして移住すると言う選択肢もありだと思うが、村の人達はここで生きる事を選んだみたいだ。


 その後、皆んなで食事を食べ、俺と師匠は村に泊めて貰った。




 翌朝、俺と師匠は村の人達に盛大に見送られて村を後にした。




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