第9話 黒兎、またもテンプレに遭遇する

 師匠の方向音痴を舐めていた。師匠に行き先を任せてた過去の俺を殴ってやりたい。


 結局、あれから幾つかの村にはたどり着いたんだが、一ヶ月経った今も師匠の拠点には未だにたどり着く事が出来ていない。


 ただ、こればかりは俺は口を出せない。何せ、俺はこの世界の事を知らないのだから。


 そして漸く師匠の見覚えのある場所に出たようだ。


「おお! ここは見覚えがあるぞ!」

「今度こそ本当ですよね」

「シュート、師匠の言葉を疑うものではないよ!」

「いや、散々迷ったじゃないか!」


 せめて方角だけでも師匠が分かっていたら、それを頼りに行動できたんだけどな。


 そんな苦労もあと少しで終わりそうだ。


 街道と呼ぶには狭く草が伸びていて、どちらかと言うと獣道に近いが、紛れもなく人の通る道へと出る事が出来た。


「しかし、森の中を通る寂れた道か。碌でもない奴らが、碌でもない用途で使ってそうな道だな」

「おっ、なかなか鋭いじゃないかシュート。おそらく違法な人身売買、違法薬物の密輸密売なんかに使ってるんだろうね」


 一応馬車の轍の跡があるところを見ると、今も使っている道なんだろう。


 違法な薬物に違法な人身売買ねぇ……、ジジイが生きてれば、俺の出動案件じゃねえか。どこの世界でも人ってのは変わらないのかね。


「いやいや、ヤバイ案件じゃないか」

「そういった奴らが使う道って事は、大きな街に繋がってるものだよ」

「なる程、それもそうか」


 確かに麻薬のような物や拐った人を売り捌くのは、大きな街に決まってるか。


「因みに、そんな奴らの「盗賊と同じだよ」了解」


 その手の奴らに遭遇した時の対処方法を聞こうとしたら、師匠は食い気味に、始末してもOKだと首をかき切るジェスチャーをする。




 この一ヶ月の師匠との模擬戦ざんまいと、魔物狩りのお陰で、俺のランクはおそらく3の成長限界近くになっていた。ちゃんと測った訳じゃないから多分と言う注釈は入るが。


 仕事で戦闘に従事する者が、十年以上かけて到達する域に、たった一ヶ月で達成したのは、間違いなくランク7との地獄の模擬戦の所為だろう。


 逆に師匠は俺から様々な武術を吸収し、どんどんと強くなっていった。


 しかも俺のアドバンテージだった、魔力とオーラの併用というこの世界では使う者が居ない技術を身に付けつつある。


 そして何故だか分からないが、師匠が出会った当初よりも若返っている気がする。


 最初会った時は、綺麗な美魔女だけど、俺のストライクゾーンではなかった感じだったのが、今は綺麗なお姉さんな感じになってきている。


 これで性格があれじゃなければなぁと、くだらない事を考えながら歩いていると、俺の索敵に何かの気配が引っかかった。

 俺は直ぐにオーラによる気配察知と併せて探知の魔法を使う。


「師匠!」

「シュート、行くよ!」


 師匠も少し遅れて察知したようで、気配のする方向へと駆け出す。





「ギャアァァァァーー!!」

「ヒィヤァァァァ!!」


 駆けつけた俺が見たのは、アフリカ象ほどの大きさの黒いスライムに襲われている馬車だった。


 護衛の人間がスライムに呑み込まれている。


 走るスピードを上げようとした時、師匠からストップがかかる。


「シュート、待ちな!」


 師匠の珍しく若干焦った声に、思わず立ち止まり振り返る。


「シュート、アレはヤバイ魔物だ」

「師匠でもか?」


 ランク7を誇る英雄クラスの師匠が焦る魔物って……


「あれはグラトニースライム。いやあの大きさならエンペラーグラトニースライムだろうね。何でも食べて溶かしてしまう暴食の厄災。魔物のランクは7~8だけど、その特性の厄介さからランク以上の強さを誇る魔王種だよ」

「師匠なら斃せるか?」


 師匠なら斃せるのか聞いてみるも難しい顔をしている。分の悪い賭けなんだろう。


 初見の魔物の情報も無しに突っ込む程、俺はお人好しでもない。無理そうなら撤退だ。


「弱点は?」

「あれは物理耐性と魔法耐性が共に高い上に、再生能力も保っているから、兎に角死に難いんだ。唯一の弱点が身体の中にあるコアなんだけど、そこに攻撃を通すのがね……」


 それを聞いて、俺は可能性のある技を思い出す。


 日本にいた頃の俺では、あのサイズのバケモノを相手には無理だっただろうが、ここは魔力の存在する世界。今ならやれる気がする。


「師匠、試してみたい事がある。失敗したら撤退の方向で」

「……シュート、死ぬんじゃないよ」

「分かってるよ。俺もこんな所で死ぬ気はないよ」


 俺は師匠に笑ってそう言うと兎面を被る。地面を蹴り一気に黒いスライムへと突撃する。


 体内の練り込んだ気と魔力を走りながら更に高めていく。


 エンペラーグラトニースライムは、今まで真面に危機感を覚える攻撃を受けた事がないのだろう。近付く俺に対して油断が見受けられる。俺のランクが3と低いのも油断する原因の一つだろう。スライムが油断するのかも分からないけどな。


 一気に間合いを詰めて突撃する俺に反応する様子もない。


「その余裕がお前の最初で最後の間違いだよ」


 ドオンッ!!


 俺の鋭い踏み込みからの震脚で地面が揺れる。


 突撃のスピードと歩法、震脚により足の裏から生み出された力は螺旋となり、腰から肩へと力を増幅しながら突き出された掌底へと伝わる。


 ドォッ……パァンッ!!


 波動、オーラ、魔力が合わさる事により、生み出された内部破壊の絶掌。


 エンペラーグラトニースライム程になると、弱点であるコアの強度も高いが、それを無視する内部破壊の衝撃に、エンペラーグラトニースライムはブルリと震えると、その形を維持する事が出来なくなり、巨大なコアと魔石を残して溶けだした。


「ウッ……クッ、流石にキツイ」


 一気に気と魔力を消費した疲労感に、兎面を外し思わずその場にへたり込む。


 身体的な疲労は大丈夫だけど、流石に遥かに格上との一か八かの一発勝負は精神的にきつかった。


 しかも今のでランクが上がった感じがする。


「シュート、あれは何て技なんだい?」

「あれは発勁とか浸透勁という技術の一種に、更に魔力を併せた技だな」


 師匠が駆けつけて来て、一言目が技の話って……、しかもコアと魔石、それと体液? をせっせと回収しながらって…………


 一応、簡単に説明をしながらなんとか立ち上がり、被害の状況を確認する。


「……なあ師匠。これってさっき言ってたやつなんじゃないの」

「はぁ、間違いないだろうね」


 馭者も護衛も全員が既に死んでいた。そりゃ溶けてるもんな。だけど俺が気付いたのは別の事だ。この襲われていた馬車はおそらく犯罪組織のものだろう。


 被害者の人数は、エンペラーグラトニースライムに完全に溶かされた者も居るかもしれないし、もともとの人数が何人居たのか分からない。


 馬も可哀想に半分溶かされて死んでいた。


「これって、違法なやつ?」

「多分ね」


 馬車は鉄で出来た檻が載せられている。

 その中に、鎖に繋がれた女の人が三人、小さな女の子が一人入れられていた。生存者はそれだけだ。


 小さな女の子を含めて、種族がバラバラだったが美女、美少女ばかりだったので、俺的にはテンション上がる場面だけど、流石にTPOはわきまえている。


「中の人達は無事みたいだな」

「ああ、取り敢えず治療するよ」

「おお、師匠から初めて神官らしいセリフ」

「どこから見ても美しいシスターだろうが」


 いや、美しいシスターは自分では言わないし、バケモノみたいに強くないと思う。


 バキャ!


 ほら、鍵を使わずに鉄の扉を素手で引きちぎってるし。


 師匠の診察によると全員気絶しているだけで、命に支障はなかったみたいだ。俺? 全員女の人だぞ。外で警戒してるに決まってるさ。


 エンペラーグラトニースライムの粘液の所為で、多少火傷のようになっている人も、師匠の回復魔法で痕を残さず治癒する事が出来た。


「それで、これからどうする?」

「先ずは、この忌々しい奴隷紋を解呪するよ。シュートもよく見てるんだね」


 師匠はそう言って一人一人に解呪の魔法をかけていった。


 女の人達の首に、魔法の効果のありそうな紋様が浮き出ている。これが奴隷紋なんだろう。


 全員の奴隷紋を師匠が解呪すると、白い肌に浮き出ていた黒い紋様が消えた。


「解呪って事は、奴隷紋って呪いなのか?」

「この子達が掛けられたのは呪いの一種、闇属性の隷属魔法だね」


 神聖魔法にも誓約魔法は存在するらしいが、この女の人達が掛けられていたのは、闇属性の隷属魔法らしい。解呪には、同じ闇属性の魔法か神聖(光)属性の魔法を使うんだとか。


「神聖魔法の誓約だったら、解呪するのに同じ神聖魔法持ちが力技で解呪する必要があったんだけど、闇魔法の奴隷紋なんざ、私にかかればちょちょいのちょいさ」

「ふーん、よくわからないや」

「その辺はみっちりと叩き込んであげるよ」

「ウヘッ。俺は何か他に残ってないか見てくるよ」


 そう言ってその場を逃げ出し、馬車に何か残されていないか調べていく。




 溶け残った少しのお金を回収し、他にはもう何もないかと思った時、何かが俺の感覚に引っかかった。


 もの凄く弱々しい反応だけど、微弱な魔力を感じる。


 俺はその感覚を頼りに、馬車の下へと潜り込む。


 そこには木の箱が巧妙に隠されていた。


 ヤバイ薬の類いだろうかと思ったが、放置も出来ない。


 馬車の下から這い出て、鍵のかかった木の箱を強引に開けてみた。


 箱に多少の罠が仕掛けられていても、俺なら大丈夫だからな。


「ん? 卵?」


 入っていたのは、ダチョウの卵より二回りくらい小さな、何処から見ても卵だった。


 何かヤバイ魔物の卵なのかと考えながら、その卵を手に取ると、いきなり俺の手から魔力を吸い始めた。


「おわっ!? っと、危ない」


 驚いて思わず卵を落としそうになる。


「どうしたんだシュート!」

「いや、変な卵を見つけたんだけど、手に持った瞬間に魔力を吸われてビックリしただけだ」

「いや、魔力を吸う卵なんて聞いた事ないよ」

「いや、ほら、これなんだけど、危険はないと思う」


 そうなんだ。何故か分からないけど、危険なモノじゃないと確信を持てた。


 暫くすると魔力が吸い出されるのは収まった。


 落として破れると可哀想だから、師匠に布を一枚借りて、卵を包んで首から掛ける。


 日本でジジイと居た頃は、ペットどころじゃなかったからな。


 鳥かな、蜥蜴や蛇は懐かないよな。


 何が生まれるか楽しみだ。



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