外の世界へ


「元気しとったか?まぁちょくちょく見とったから大体知ってんねんけどな」


 俺は無言でゆっくりとクレナに近づく。


「ん?どした?感動の再会で言葉も出んか?ハグでもしたろか?」

 ふふんと鼻を鳴らし、得意げな顔で腕を広げるクレナ 


  

「…ちょっ、いたっ、いたいって、なにすんねん!」

 

 俺はクレナの頭に連続チョップを入れていた。

「あ、ごめん。次会ったらぶん殴ろうと思ってたからつい。次はグーで殴っていいか?」

 クレナは頭をさすりながら頬を膨らませる。

「いい訳ないやろ!こんなかわいい女の子に手上げなや!」


 自分でかわいいって言うなよ


「かわいいのは事実やからしゃーないやろ?でも案外異世界の生活にも慣れて楽しんでるやん」


 人の心が読めるクレナは俺の脳内のツッコミにも反応してくる。


「そうカリカリしなや、今日は途中経過を見に来たんやから」

「その途中経過も何か教えてもらってないけど」


 クレナは今から説明するからと自分は椅子に腰かけ、俺をベッドの方に座るよう促すので渋々座る。どこからか手帳を取り出し、中身を眺めながら足を組んで話し始める。


「ふむふむ、まあ概ね経過良好みたいやな。でも生活に変化がなくておもんないなぁ」

「面白いかどうかはどうでもいいだろ。まともな人間になって天寿を全うするのが俺の使命とやらなんだろ?」

「まぁせやねんけど?ほんまにずっとこんな辺鄙な村で一生を終えるつもりなん?せっかくの異世界やで?」


 クレナは組んでいた足を入れ替え、髪の毛をくるくるといじりながら口を尖らせぶーぶーとぼやく。


「関係あるか、それに俺はゴートに恩があるし、この恩は返さなくちゃならない」

「ふーん恩返しねぇ、ほんまにできるかなぁ?」

 

 クレナの妙に含みのある言い方に違和感を覚える。

「なんだよ何か問題でもあるのか?」

「うーんまぁ恩返しをしようとするのはいい事やけど?あんた自分の能力のこと忘れてない?」

「能力って『絶対不可避』のことか?」


 クレナはうんうんと頷く。


「あんたのその能力は問題なり事件なりを引き寄せてまう事忘れたん?こんな平和な田舎にあんな大型の魔獣が出たのはなんでやろなぁ」


 確かにタートス村の近くで凶暴な魔獣が出たのは初めてだと村の人には聞いたが、

「まさか俺のせいなのか?」

「そういう能力やって言うたやろ?」


 それじゃあ俺は恩を返すどころか、仇で返しまくりのやべー奴じゃないか。俺は頭を抱えた。


「せやから、ある程度この世界に慣れてきたみたいやし、そろそろ外の世界に出ることをおすすめしに来たって訳やで。」


 どうしたものか。突然の通告に動揺が隠せない。確かにこの一年半である程度体は鍛えられたし、剣術も様になってきていると言われてはいるが。いざ外の世界に出ていくとなると心の準備が…、しかし、このまま村に居続けても村のみんなに迷惑がかかってしまう。






 俺は、村を出る決意を決めた。


「心が決まったみたいでよかったよかった」


 お前が出てけって言ったんじゃん。

「外の世界は外の世界で楽しいこといっぱいやから期待しとき」

 悪戯っぽい顔をして笑うクレナ。


 楽しみより不安の方が圧倒的に勝っているが…

「それよりクレナ、お前ゴートに会ってやれよ。あいつクレナ教徒なんだぜ」

「いやいや、うちって女神やん?貴い存在な訳ですよ。いくら自分の教徒とて、下界の人間に接触する事は神界の法により禁止されてるわけよ」


 下界の人間に女神が会うと厳しく罰せられるだとか、俺にもペナルティーが科せられる等、物騒な事を説明するクレナ


「だからあんたに会いに来る時は結界を張って近くの人に気づかれんように…」

 そこまで話すと、クレナは固まってしまった。


「どうした?」


 クレナの顔を覗き込みながら尋ねた時、

「コウイチ〜、なんだか騒がしいが大丈夫か?」

 階下からゴートの声が聞こえる。


 クレナの方を振り返り、

「おい」

「なに?」

「結界とやらを張ってるんだよな?」

「忘れてた」

 片手を頭に乗せ、舌を少し出しておどけるクレナ

「おいふざけんな!お前さっきバレたら俺にもペナルティーあるとか言ってなかったか!?」

 なるべく小さな声でクレナに詰め寄る。

 

「コウイチ?誰かいるのか?」

 ゴートが階段を登ってくる音が聞こえる。


「早く帰れお前!」

「そんな怒りなや、ほなまた来るから」

「もう来るなお前は」


 はいはいと言いながらクレナの姿が半透明になって消えていく。

「あ、そういえばあんたの事正式にクレナ教徒にしといてあげたから」

「だから別れ際に新情報を出すな!」

 クレナはいつの間にか部屋から消えていた。その場に冬の冷たい空気だけが残る。


「何やってんだ?」

 ゴートが心配そうに部屋に入ってくる。

「いや?何もしてないよ?」

 思わず声が上ずってしまった。

「ふん?まぁ何もないならよかったが、人の気配がしたんだがなぁ」

 辺りを見渡しながら頭を掻くゴート。

 

 鋭いな。


「そんなことよりゴート、ちょっと話があるんだけど…」

 俺はゴートに村を出る話をし始めた。


 ゴートはしばらく黙って話を聞いてくれた。

 俺の<絶対不可避>が問題なんかも寄せ付けてしまう事、そのせいで、今日討伐した魔獣が現れたかもしれない事、だからみんなに迷惑をかけない為にも、そろそろ村を出ようと思う旨を伝えた。



「そうか、分かった。だが村を出るのは雪が溶けて暖かくなってからにしろ。冬は寒さが厳しいし、王都へ向かう馬車も出てないからな」

「怒らないの?」

 正直、村のみんなやゴートを危険に晒したのだから、殴られるのだって覚悟していたのだが。


「怒る?なんで怒る必要があるんだ?コウイチの『絶対不可避』は生まれ持ったもんだろ。そんなことで怒ったってなんにもならんだろ」


 ゴートは怒ることなく、明日も朝から剣術の訓練だから早く寝ろとだけ言って、自室に戻っていった。


 



 ―そして数ヶ月経ち、王都へ向かう日がやってきた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る