晴れのちダイヤモンド

十余一

晴れのちダイヤモンド

「ごめんなさぁい、最下位はかに座のあなた! 今日はでしょう。特に六月三十一日生まれで血液型はB、束京都出身、短髪ツーブロックに前髪七三スタイルで伊達眼鏡の営業職の方、要注意でぇす」


 聞き流していたテレビからふざけた星座占いが聞こえてきた。別に日頃から占いなんてものを信じてるわけじゃない。が、誕生日も血液型も出身地も見た目も職業も、全部自分に当てはまるとなったら多少は気になるだろう。それにしても空からダイヤモンドが降ってくる、だって? 結構なことじゃないか。


 外に出れば雲一つない青空が広がっている。気分がく。絶好の仕事日和だ。

 今日の仕事場は、閑静な住宅街に構えられた一軒家。そこそこ金を持っていそうな客だ。その客間で、焦りと不安を隠せない様子で男が問う。


「本当に、そんな薬があるのか」

「ええ、ございますとも。こちらの兎角散とかくさんを服用すれば、確かにがん細胞が消滅するのです」

にわかには信じがたいが……」


 幸せな家庭を突如襲った不幸、そして病に苦しむ家族を見続けて焦燥した顔。きっとわらにもすがる思いだろう。これを利用しない手は無い。


今日こんにちの日本の医療は西洋医学が中心でございましょう。東洋医学にも優れた薬があるのに見過ごされがちなのです。古くは八味はちみ蓬丸ほうがん蚱骨さくこつ益気えっきとう、そして五石散ごせきさん。そういった薬が当時は不治の病とされた結核や天然痘てんねんとうを治し、多くの人々を救ってきました。そして現代、密かに注目されているのがこの兎角散なのです」


 こんなもの全部嘘だ。くだらない作り話だ。薬の正体はただのビタミン剤だし、そもそも主治医と相談もせずに民間療法なんて試すべきじゃない。俺みたいな詐欺師に騙されちまうからな。


「認可されるには相当な時間がかかるでしょうね。お医者様方は、西洋医学に染まっていらっしゃいますから。でも、それでは間に合わない。ですから、一人でも多くの命を救うためにこうして訪問させていただいているのです」


 信じるべきか買うべきか迷い揺らぐ目、そして値段を見て唸り悩む喉。迷ってはいるが、希望を求めているはずだ。これは、もう一押しで落ちる。


「本当に治したいのならお医者様に頼るよりも、こちらの療法にすべきです。入院中の奥様もきっとこの薬を心待ちにしていることでしょう。……が、申し訳ありません。薬を待ち望んでいる方々は日本中にいるのです。今、買っていただけないのならば私はこれにて――」

「待ってくれ! 頼む、買わせてくれ!」


 その言葉を最後に、まるで映像が途切れるかのように暗転する。目の前にあるのは大きな鏡。縄で縛られた俺の両脇には、角の生えた奇妙な人間。正面では、鬼のような顔をした裁判官が俺を見下ろしている。


浄玻璃鏡じょうはりのかがみは現世で犯した罪を映し出す。言い逃れは出来ぬぞ」


 そうだ、俺は大金を手に入れて、順風満帆な人生を歩んでいたのに、呆気なく事故で死んで……、あの世とやらで裁判を受けて……。


「……助けてくれ! 金ならある、生きてた頃にアホほど稼いだ金だ! 地獄の沙汰も金次第って言うだろ!」

「地獄の沙汰は、現世での行い次第である。やまいに苦しむ人をだまし治療を妨げた罪、しかと見届けた」


 懇願こんがんも虚しく、閻魔えんま王の地を這うような声が届く。決して大きくはない声量のはずなのに、絶望がとどろき重くのしかかる。もう、どうにもならないのだと悟った。

 俺に判決が下される。


の方には金剛嘴烏処こんごうしうしょ行きを命ずる。金剛のくちばしを持つからすに食い尽くされながら、己が罪を反省せよ」


 獄卒に引きずられるようにして外に出ると、地獄の真っ赤な空が広がっていた。響き渡るガァガァという鳴き声が脳みそと内臓に不快感を植え付ける。枯木に止まる黒鳥は嘴をキラリと輝かせ、皆一様に俺を狙っている。遥か上空を飛ぶゴマ粒も急行直下してくるのだろう。

 そこで俺は、あの日聞いた星座占いを思い出した。


「ごめんなさぁい、最下位はかに座のあなた! 今日はでしょう」



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