第18話・姉妹が離れてたワケ

 デヴァイサーコアを入手した尚人たちは、科学ラボの中にある空き部屋を一部屋借りて色々とデヴァイサーの機能を試していた。

 調べれば調べるほど驚きや魅力のある機能が掘り出され、すっかり尚人・未千翔・麻子の3人は部屋の中でお楽しみの真っ只中にあった。


 30分経過しても終わる気配がないと判断した未千恵は北館にある食堂へ行くと言伝を残し、ラボを退室した。

 既に日没をとっくに過ぎており、時刻は午後5時となっていたのだが全く彼らはその事に気が付いていなかった。


「……よし、これであたしと尚人の分の使用領域を分けるのが完了したわ。あたしのデヴァイサーが仕上がるまでの一時的な措置だけど、中のデータがグチャグチャにならずに済みそうね」


「領域の分割って、何だかパソコン内の記録装置みたいだよね。お姉ちゃんが今着ているメイド服を登録した後に、万一そのデータが尚人くんに適用されたら凄い事になりそう」


「……ちょっと未千翔、ヤバい例えやめてくれる……?想像しちゃって、寒気がしたんだけど!!」


 麻子のメイド服を着用した尚人、と言う恐ろしい想像をしてしまい麻子は身震いがした。デヴァイサーに備わっている衣装登録機能は、登録した衣装のコピーを呼び出して着せる仕組みになっているため登録元の衣装には影響を受けない。

 とは言え、仮に登録元であるオリジナルの衣装を他者が着た場合。そう、尚人が麻子の衣装を着た場合……サイズ違いもいいところ、どころか伸びきるか破れるかの二択が待ち受けている。

 いくらコピーした衣装とは言え、そんな扱いをされるのはさすがに勘弁してほしいところだ。


「俺としても、わかってて女性用の衣装を着る気はないからそこは安心しな。……まぁそれは兎も角としてだ、このデヴァイサーってヤツは相当に凄いな。この小さい形状の驚く程の高機能がたっぷり凝縮されてるぜ」


「前に母さんが『史上最強のマルチツールをいつか作りたい』って言っていたのを聞いたことがあったけど、きっとこのデヴァイサーがそのマルチツールなのね。開発を検討しだしてから、もう何年経ってるっけ……」


 未千恵が目指した史上最強のマルチツールが今は尚人たちの手元にあり、気の赴くままに好き放題弄り倒されている。

 こうしている間にも隙あらばデヴァイサーを弄ろうとしている未千翔を見て、麻子は少しばかり釘を刺す事にした。


【ねぇ未千翔、楽しいのはわかるけど程々にしときなさいよ。必要以上に弄って手に負えなくなった挙句初期化しなくちゃいけない、何てなったら全部無駄になるわよ?】


「……はっ、頭の中にお姉ちゃんの声が響いてきた…!!って言うか私だいぶ長い間、魔力通話マジフォンの事使ってなかった!!」


 突然独りでに声を挙げる未千翔に、隣にいた尚人は何のことを言っているんだと言わんばかりの表情を浮かべる。それもそのはず、これまで尚人には一切説明のない語句だったからだ。

 その疑念を解消すべく、すぐに未千翔が説明を開始する。


「マジフォンってのは、まあ言ってみれば魔法力を使って発動させるテレパシーみたいなものかな。相手先の魔力を知っていないと使う事が出来ないのと、長く繋げているとじわりじわりと魔力が減っていくのがデメリットね。でもこれらさえ目を瞑れば、口を開かなくても意思疎通が出来るよ」


「そんなに便利なのか……。ってちょっと待て、それを使えばいつでも麻子と連絡取れたんじゃないのか?」


 マジフォンの詳細を聞き、昨日より前に未千翔と麻子の間で連絡が取れた筈じゃないかと思った尚人。


「あ、それ何だけどね……。母さんから可能な限り使うなって言われてたのよ。各種連絡用に渡した端末の意味がなくなるからって……」


「私の場合は、マジフォンを避けるように言われて結構大変だったなぁ……」


 額に手を当て、五丈屋敷を出てからの事を思い出す未千翔。


「支給された端末はこの屋敷を出た翌日にいきなり故障して、支給端末の購入元って聞いたケータイショップに足を運んで、代替機の申請はしたんだよ。受け取った端末がかなり古い型番だったみたいだから、修理申し込みが受理されるまで時間かかったけど……」


「中古の端末でも渡されたのか……?」


「多分そうだと思う。カバーが付けてあったから端末の外装をよくは確認しなかったけど、ストレージが16GBでメモリが1GBだったからかなりの型落ちだね」


「うわ、そこまで低性能な端末受け取ってたの!?1年早く出たあたしでも、その2倍の性能はあるんだけど!完全にその性能だと画像の少ないウェブページの閲覧やメールの送受信、あと発着信程度しかできないじゃない、昔のガラケーと大差ない用途よ」


 あまりに未千翔が受け取った端末の低性能っぷりに、頭を抱える麻子。恐らく未千恵は娘に渡す端末をかなりケチったようである。

 あるいは、余計な事は出来ないようにあえて低性能の端末を選んだという可能性もあるが……。


「……で、結局のところはどうなったんだ……。修理は完了したのか?」


「うん、一週間以上かかったけど修理は完了したの。……でも、端末を受け取るときに機種変更をとても強く勧められたなぁ。その時に聞いたのだけど、既にその端末に搭載されているOSのサポートは切れてたんだって」


「そんなに古かったのね……。そういえば、代替機は上手く使えたの?」


「あっちはいつもとOS自体が違うから、慣れるのに手間取ったかな。まあ慣れた頃に手続きをした店に返しちゃったから、それ以降そのOSに触れていないけどね」


 そういえばあの店にそれっきり行ってないなー、などと呟きながら飴玉を口に放り込む未千翔。微妙に懐かしい話題をしたら、口が寂しくなったようだ。


「それで、そこまでした端末は今も使ってるのか?」


「ううん、恥ずかしながらもうないよ。……実は、昨年の8月くらいにタチの悪いおじさんに絡まれて逃げる時に、一度落としちゃってね」


 あまりいい思い出じゃないけどね、と一言付け足してから未千翔は続ける。


「そのおじさんが拾ったのを見た瞬間、連絡先が知られたら何されるかわからないと判断して逃げるのをやめて殴り掛かったの。……ただ、その時に勢いがつき過ぎちゃって……」


「……まさかアンタ、端末もろとも……」


「そうみたい。はっと我に返った時には私の足元に、徹底的にボコって気絶したおじさんと、完全に踏み潰しちゃった端末があったの。電話番号を記録した内蔵の契約カードも一緒に踏み抜いて壊しちゃったみたいで……」


「「色々な意味でやり過ぎだろ(でしょ)!!!」」


 我を忘れて暴行に走った未千翔の顛末を聞き、ツッコミを入れずにはいられなかった尚人と麻子。


(1年以上連絡がつかなかった理由ってコレのことか……。何てしょうもない理由……)


 過去に何回か連絡を取ろうと思った事はあったものの、その都度『この電話番号は使用されていません』と空しい自動音声しか返ってこなかったのを思い出し、呆れてしまう麻子。


「それは、そうなんだけど……相手も結構しつこかったんだから。初対面でいきなり食事に誘おうとするし、断ったら後日ゆっくり会いたいとか言って連絡先教えろと食い下がるし、それまで接点ない人にいきなりそんな事されたら警戒するなって言う方が無理だよ」


「あー、うん……それもそうね。同じ女として、さすがにそんな事をされたらあたしも警戒するわ。寧ろあたしの場合だったら、跡形もなく消し飛ばしにかかるかも」


「原型あるいは生命が残るだけマシだと思え、って事か……」


 未千翔よりも酷い暴走に入る可能性を告げた麻子の言葉を聞いて、女を怒らせたらヤバいと言う事を感じとった尚人だった。


 なお、自らの手でせっかく修理した端末を破壊してしまった未千翔は電話番号も端末ごと失ってしまったので、蛮行に及んだその日のうちに電話番号と端末を新たに契約したそうだ。

 だが、一番肝心な電話帳データの復元が上手く行かずに、別途電話番号をメモしておいた未千恵以外の人物と連絡が取れなくなってしまい、昨日に到るまで実姉の麻子とは全く連絡がつかなかったのだった。





「だいぶ前置きが長くなっちゃったけど尚人、アンタにもマジフォンの使い方を教えてあげる。さっき未千翔も言ったけどこれを習得さえすれば、口を開かなくても相手とのやりとりが出来るからかなり有用よ」


「姉妹揃っておすすめする位だから、相当なんだろうな。しかし、どうやって習得すればいいんだ?……それに既に二人とも習得済みなら、昨日使ったあのカプセルの技能に含まれていてもいいんじゃないか?」


「あ、やっぱりそこに気が付いたのね。実はあのカプセル、1年以上使ってない技能については継承の対象外になるという裏仕様があるのよ。あたしも暇な時にカプセルの説明書を読んでやっとわかった事柄なんだけどね」


 麻子・未千翔の双方が覚えている技能であれば継承が確定となるので、既に覚えていてもおかしくない筈だと思い返した尚人だったが。

 残念ながらそうそう都合よくは行かないようで、最後に使用してから1年を超えた技能は継承の対象外になってしまう事を聞かされた。


「まあ私もお姉ちゃんも、今後二度と他の誰かに対して技能カプセルを作る事はないから特に重要とは思ってないんだけどね。1回しか作れない以上は、一番大事な人に対して作りたいって訳」


「まあそれはさておき、後はマジフォンをどうやって教えるか何だけど。普通に教えようとしたら凄く時間かかるから、手っ取り早く済む方法でいい?……ただし、結構心身ともにキツイけど」


 時短習得を取るか、時間をかけての習得を取るか。


「内容次第、って事にさせてくれ。時短コースの場合だとどうやるんだ?」


「密閉ヘッドホンを装着して、左右のヘッドホンスピーカーから繰り返し使い方を録音した音声を流すんだけど……」


「時間をかけて習得、の一択にさせてくれ!!明日学校だから、寝れなくなりそうだそのやり方!」


 提示された時短コースの内容が、もはや拷問同然だった。まだ高校卒業まで5ヶ月を残している尚人にとっては遅刻や欠席を必要以上に増やしたくないため、マジフォンの早期習得を早々と放棄。


「……あー、そういえばあたし達と違って尚人は高校行ってるんだったよね。その事を全く念頭に入れてなかったわ、ゴメンゴメン」


「そのやり方じゃヘタしたら、尚人くんがおかしくなっちゃうよ……。まぁ、一先ず習得方針はゆっくり行うって事だね。良くて1ヶ月もあれば多分大丈夫でしょ」


「頼むぜ全く……。いやぁ、それにしても今日は午後から濃い状況が続いたな。もう完全に日没を過ぎてしまったし、そろそろ帰りたいところだけど……」


 時刻は午後5時をとっくに過ぎており、完全に夜となっていたので帰宅を検討し始める尚人。先程も述べた通り、明日から尚人は学校へ行く必要があるので帰宅は必須事項である。


「いつの間にか母さんがいなくなってるけど、さすがに挨拶もなしに黙って帰るのは気が引けるから待っておきましょ。これから、本当に多方面で手を借りる事になるからね。あ、ちょっと髪でも整えとこ」


 そう言いながら、ヘッドドレスを外しツインテールも解いて黒髪ロングヘアーを披露する麻子。櫛で髪の毛を整え始める姿に、思わず尚人は目が行ってしまう。


「あれ、どうしたのよ?そんなに棒立ち状態であたしの事をじーっと見て……もしかして、ロングのあたしってそんなにレア?」


「レア、どころか初めて見たぞ。今年の冬場に泊めた時も昨晩も、風呂から上がった後は必ず髪型を元に戻してから出てきただろ」


「ああ、そういえばそうだったわね。引っ越す前はそんなに髪も伸ばしてなかったから、ロングのあたしを見せるのは正真正銘の初めてって事か」


 数年の間が空いていたとはいえ、本当に幼い頃からの付き合いでありながら麻子の知られざる一面を見る事が出来て尚人は何だかトクした気分であった。

 ある程度髪を整えた麻子はもう一度髪を結い直そうとも思ったが、尚人に注目してもらえた事に気を良くしたのか


(まっ、たまにはロングのままでもいいか)


 と思い直し、ヘッドドレスも再装着せずそのままにする事にした。メイドとしては必須アイテムの一つなので普通なら外したままなのはいただけないのだが、既に麻子は本日をもって契約型メイドを辞めて尚人専属の一人となったので、もはや服装すら今後は特に気にする必要もない。


「あまり遅くなると夕飯の準備もまともに出来なくなっちゃうから、あと15分待ってお母さんが戻って来ないようなら本当に帰宅も考えた方がいいと私は思うよ。何を作るのかどうかも、冷蔵庫の中身と相談してから決めないといけないからね」


 しばらくは大人しく待っていたが、帰宅後の事を考えるとこれ以上ここに留まるのは得策ではないと未千翔は判断。

 残り時間を定めて、その時間を過ぎたら帰るという方針を提示。尚人と麻子も特にその方針には反対せずにラボで待った。



 その後、事前に定めた時間を過ぎても未千恵は戻って来なかったのでこれ以上待つのを諦め、ラボを離れて中庭にある設置型ポータルを使って深沢家へと戻っていった。この際、五丈屋敷に来る時と寸分違わぬ位置に戻って来たので、即座に冷蔵庫の中身を確認しに行けるなど次の行動が決まっている者にとっては好評であった。


 転送前に麻子がメッセージを念のため送信し、屋敷から帰る事は伝えたので後からそう大きな事は言ってこないはずである。

 数時間に渡る、久々の帰省を終えた麻子と未千翔は心なしか晴れやかな気分になっており、この日作った料理は昨日の朝よりも美味しかったらしい。


 尚人の家に帰還した後、麻子は五丈隣家から自分の荷物を引き取った後に自身が暮らす部屋を決めた。

 以前利用していた尚人の母・真梨華の部屋は既に未千翔が使っているので、今回は仮ではあるが尚人の父・英治の部屋を使用する事に。

 部屋割りが決まった後は就寝準備を整え、麻子は部屋の中にある仏壇に手を合わせた後に眠りについた。

 

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