第17話・『デヴァイサー』

 未千恵の案内で西館に辿り着いた尚人たちは、西館に入ってすぐの下り階段を下りていた。ある程度のフロアまでは一般にも公開しているようで、順路の案内標識が一定間隔で設置されていた。


 その階段を下りている途中で、未千恵がある事を言いだした。


「尚人くんがすぐに魔力切れを起こす理由、だいたい検討をつける事が出来たわ。自覚はないかも知れないけど、尚人くんは気力を無理矢理魔力に変換しているわね?」


「え゛っ、そうなんですか?」


 尚人のこの反応からして、やはり当人にはまるで自覚がないようだ。


「ちょっと母さん、尚人は技能カプセルで無理矢理魔力の運用手段を身に付けさせたようなものだから初動が荒いのは仕方ないでしょ。あたしや未千翔と違って、尚人が子供の頃に魔法使ってるような場面あった?」


「……そういえば、全くなかったわね……。寧ろ、ホントに魔力持ってるのかを疑うくらいだったような……ゲームのステータスっぽく数値化してみるならば、『魔力:2』ってくらい?」


「「「2!?」」」


 魔力がない状態が0ならば、その一歩手前が尚人の今までの魔力値らしい。


「技能カプセルを使用した今の尚人くんは、『魔力:2+15』って感じかしら。どっちにしてもかなり低いのに変わりはないのよね」


「カプセル補正が入っても17って、かなり低くない!?と言うかどっから15が出てきたの!?」


 あまりに尚人の魔力が低い事に驚き、声を挙げる麻子。そして技能カプセルによって追加された分であろう『15』の値の出所が気になるところではある。


「これは私の予想だけど……麻子が9、未千翔が6くらいの提供じゃないかしら。技能カプセルで対象者に継承できる能力は、継承元の10分の1が上限だからね。ちなみに小数点以下は全て切り捨てよ」


「……って事は、麻子の魔力は90程度で未千翔は60くらいの魔力を持っているって事か……。どっちにしろ、俺よりはるかに上だな」


 数値として能力を提示された事で、幼馴染である麻子と未千翔が如何に魔力を高く持っているのかを改めて実感した尚人。張り合う気は毛頭ないが、どうせ魔法を使用可能になったからにはもう少し運用効率を高めたいとは思っていた。


「さっき、尚人くんは気力を魔力に変換して使っているって話したの覚えてるかしら。実は異なるエネルギーを魔力に変換した場合、変換した分の魔力は素で宿している魔力より消費量が2倍に跳ね上がってしまうのよ。尚人くんは素の魔力がほぼないようなものだから、常時消費魔力が2倍化しているようなものね」


「うわぁ、それはキツ過ぎる……。尚人くんの場合、まともに使えるのが変換して得た魔力で……それが魔法を使う際に通常の倍で消費する、と……。いくら魔力を回復させてもすぐにまた枯渇するって事になるよね……」


 あまりに魔力の運用効率が悪い状況を強いられている尚人に、未千翔は頭を抱えた。何か手助けをしてあげたいところだが、既に技能カプセルで保有魔力の一部を継承させてしまったためもう同じ方法は使えない。

 たとえ出来ても同じ事を2度やったところで、成果があるとは思えなかった……。


「あたしが知り得る解決方法としては、目一杯魔力を消費しきった後の回復時に、最大魔力が伸びる可能性に賭けるしかなさそうね。最初のうちは効果が出にくいだろうけど、繰り返せば成果が出るはずよ」


「あらら、先に麻子に提案を言われちゃったわね。保有魔力の上限を伸ばすアイテムとかはさすがに作れてないから、枯渇寸前まで魔力を使いまくって最大量を増やしていくしか現状は手立てがないの。頑張ってね」


 麻子と未千恵の両者から同一の提案をされ、他の手立てがない以上はそれに従うしかない尚人。

 様々な課題を突き付けられ、これ以降尚人は魔力の保有上限を伸ばすために1日の中で魔力を使い切るくらいの特訓を行うのが日課となるのだった。





 今後の尚人への課題が決まってすぐ、科学ラボのあるフロアにまで降りてきた未千恵は階段のすぐ傍にある半透明のドアを開いて中に入る。すぐ近くにいた、白衣を着た研究員が未千恵に気付いて駆け寄ってきた。


「これはこれはご当主様にお嬢様方、ようこそお越しくださいました。本日は何かご用でしょうか?」


「ええ、突然だけど先日2機完成した『アレ』を出してもらえないかしら」


「『アレ』、ですか……。性能テストもまだ不完全ですが、ご当主様がお望みでしたら早速ご用意いたします」


 近場の研究員に用件を伝え、ある物品を取ってきてもらう事となった。彼がラボの奥に行ったところで、麻子が疑問をぶつける事にした。


「『アレ』っていったい何……?しかも性能テストがまだ不完全の代物って……」


「まあまあ、お楽しみはもう少し後まで取っておきましょ。ただ一つ言える事は、本来は未千翔と麻子の二人に渡す代物のうち、片方を尚人くんにあげる事に決めたという事ね」


「尚人へ優先的に……?うーん、尚更何が渡されるのか気になってきた……」


 まるで何が来るのか見えてこない『アレ』が気にかかる麻子。その様子を見て期待を持たせる事に成功し満面の笑みを浮かべる未千恵。

 そしてその光景を観察し、顔を見合わせて苦笑する尚人と未千翔。


 そうこうしている内に、アタッシュケースを抱えた研究員が戻って来た。


「お待たせ致しました、こちらが完成品の『デヴァイサー』2機となります。ケースを開けて中をご確認お願いします」


 差し出されたアタッシュケースを開封し、大量の緩衝材に包まれた2つの物体を尚人と未千翔が取り出し、放送していた緩衝材を剝ぎ取っていく。

 完全に剥ぎ取りが終わった後、そこには掌に収まるサイズの玉があった。よくその玉を覗き込んでみると内部に機械が見受けられ、精密に作られた人工物である事がわかる。


「これこそが、五丈の科学ラボで長い期間をかけて製作したマルチプルツール『デヴァイサー』よ。一度、魔力を込めて握ってみて。それで使用者登録が完了するはずよ」


 未千恵に促され、魔力を込めて機械玉を握る尚人と未千翔。すると握った手の隙間から光が溢れ出したので、掌を開いて機械玉を確認してみると尚人の掌の上には青く輝いた玉が、未千翔の掌の上には赤く輝いた玉がそこにあった。


「使用者登録が完了したようね。次は、コアとなるその玉を保護する為の外装を形成する必要があるの。どんな外装にしたいか、しっかりと思い浮かべてちょうだい」


 コアの使用者登録が終わったと思ったら、今度はコアの外装を生み出す必要があると立て続けに言われ、少し疲れを感じた尚人は壁に背を預け休憩を取ることにした。

 元々の保有魔力が少ない上に気力から変換した魔力を使っていた事もあり、他の人が同じことをやるより消耗が大きいのだ。


 その間に未千翔は外装のイメージを既に決めており、ブローチにくっつけてその一部とする事で外装扱いとする事にした。

 何故ここでブローチが出てきたのかと言うと、先程の部屋整理の折に置きっ放しとなっていたブローチを発見。他の荷物の下敷きになっていた為か元々ついていた装飾部分はひび割れてダメになってしまっていた。


 後で深沢家に戻ってから装飾の部分を交換しようと自室から持ち出していたのが、ここで予期せず役に立ったという事だ。未千翔は再度魔力を込めながら左手にブローチを、右手にコアを持った状態でゆっくりと双方を近づける。

 そして双方が接触した瞬間にブローチに吸われるような形でコアが淡く光を放ち、次の瞬間にはブローチにコアが嵌まっていた。めでたく、双方の融合が完了である。


「これはびっくりしたわ、既存の物質に融合させて外装形成を完了させるなんて。アクセサリーと一体化させておけば、確かに持ち運んでも目立たず便利よね」


 既存の物質とデヴァイサーコアの融合は、さすがの未千恵もこれまで考えてすらいなかったようだ。妙にうんうんと頷き、目を閉じて考え込む仕草すら始めていた。


「ふぅん、こうやってコアの登録云々はやるのね。いずれあたしも使う事になるから、きっちり覚えておかないとね」


 一連の光景を見ていた麻子は、自分にデヴァイサーが来たときの為に今回の手順を頭に叩き込む意気込みを見せていた。そんな時、いきなり麻子の足元に何かが落ちる音がしたのでそちらを振り向くと、青いデヴァイサーコアが転がっていた……。


「あ、落としちまった……」


「ちょっ、アンタ!?外装を形成する前にデヴァイサーコアを落っことすとか、何やってんの!!精密機械は衝撃に弱いのに……」


 せっかく受け取ったばかりのコアを、ほんの僅かな時間で落とすとは。内心呆れつつも、麻子は足元に転がって来たコアを拾い上げて手に取った。


「はい、これ返すわ。……あれ、このコアどうなってんの?さっきみたいに輝いてるんだけど……」


 所有者登録した尚人が触った時に、所有者に反応してコアが輝くのはまだわかる。だが、登録の対象でない麻子が触れても同等の輝きを発するのはどういう事なのだろうか。

 いきなりの事態に麻子は戸惑ってしまい、尚人に返すつもりでいたコアを持ったままその場に立ち尽くしてしまった。


「どうしたの麻子、拾ったコアを尚人くんに返すんじゃなかったの?……って、コアが光り輝いてるじゃない。もしかして、サブ所有者として登録でもしたの?」


「サブ所有者、って?それ、あたし初耳何だけど」


 突然聞いたことのない単語を出され、頭に疑問符を浮かべる麻子。まるで心当たりがないのでこの反応は当然である。


「違うの?……あっ。まさか、このコアは元々麻子に渡す事を前提にして開発を進めていたから、まだその途上のデータが内部に残っていたのかも……。今回尚人くんに渡すのは急遽の事態だったから、テストデータのリセットが出来ていなかったのね」


 心当たりに思い至った未千恵が、詳細を麻子に話す。どうやら使用者の変更がいきなり決まった為か、事前にインストールしていたテストデータのリセットが間に合わず麻子向けの適性設定が残ったままになっていたようだ。

 この為、この青いデヴァイサーコアは現時点において尚人と麻子の双方が使用できる状態になっている事になる。


「ごめんねぇ、急いで3個目のコアを製作するように指示を出しておくから。今週中には完成するように頼んでおくから、それまでの間は状況に応じて二人で使い回して」


 使う機会が少ない方がありがたいけどね、と付け加えをされた上で、そのまま未千恵は近くにいたラボの職員に3個目のデヴァイサーコアを緊急で発注した。



 同じ頃、未千翔は新しい玩具を手に入れた子供に等しい状態だった。好奇心に任せて散々デヴァイサーを弄りまくっており、その中でも特に興味を惹かれたのが『衣装を登録してそのセット内容を好きな時に呼び出し装着できる』機能だった。しかも嬉しい事に、最大登録数は初期段階で10セットもある。


 強い好奇心に後押しされた未千翔は、現在着用しているメイド服を早速セット内容に登録。今は他の衣服を用意していないので試すことが出来ないが、後でメイド服を脱いでから試してみようと考えはじめていた。

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