第15話・失った縁と深まる縁

 3時間半もの長い時間をかけ、何とか未千翔の部屋は物置から普通の人が暮らせる部屋に戻す事が出来た。

 前半2時間は身動きが取れずに観戦するしかなかった未千翔だが、その間にも頭の中で片付けの段取りはある程度考えており、行動可能になった後は即座に脳内で組み立てていたプランを実行に移した。

 伝導魔法によって習得した魔力縄で自分の手に負える程度の荷物を括りつけ、引き摺って部屋の外に運び出す。未千翔の役目は、ほぼこれに終始していた。


 元々は部屋への案内を手伝うだけであった依子も、結局最後まで片付けを手伝った。尚人ほどではないがそれなりの腕力を有しており、尚人と二人掛かりで組むことによって未千翔では手に負えない重量の荷物を運び出していた。


 そして残る麻子は、小物の運び出しが精一杯であった。今の麻子が運べる重量は、両手で抱えて4キロ以内がやっとの有り様。ダンベルもマトモに持てるかどうかと言うくらいの非力さである。

 ちょうど今日から鍛えようとしていた矢先の出来事なのである意味その予行演習と言えなくもないが、それでも文字通り荷が重いのはどうしようもなかった。


 すっかり疲れきった一行の元に、茶菓子を持って未千恵がやって来た。


「あら、みんなヘトヘトみたいね。もうおやつの時間も間近だから、差し入れを持ってきたけど食べる?」


 渡りに船とはこの事か、疲れきっていた尚人たちは二つ返事で受け入れて差し入れを頂く事にした。



「それでお母さん、何で私の部屋を倉庫同然の状態にしたの?……見ての通り、かなり片付けに手間取ったんだけど……」


 部屋の外に運び出した荷物の山は、当然未千恵の目にも入っている。さすがに今回は未千恵も苦笑するしかなかった。


「ごめんね未千翔、空いている部屋がなくてちょっとだけスペースを借りるつもりだったのだけど……それが1回、もう1回と繰り返した結果がこれなの」


「……なら母さん、あたしの部屋もすこーしだけ覗いてみてよ。物凄い事になってるから……」


 麻子に言われ、彼女の部屋の扉をほんの少しだけゆっくりと開く。そこには……


 カサカサカサカサ……。


 キィキィキィキィ……。


 明らかに、聞こえてはいけない異音が聞こえてきた未千恵は即座に扉を勢いよく閉めた。そして閉めた扉に向かって両掌を向け、魔力を溜め始める。


 それを目にした麻子は青ざめ、未千恵を羽交い締めにかかった。


「やめて母さん、その部屋の中にはあたしの荷物がぁー!!」


「あの部屋の状態じゃ荷物も殆どダメになってるでしょ、諦めなさい!!それよりも中にいる不衛生な連中を消し飛ばさないと!!」


「だからといって即座に攻撃魔法を撃とうとするのはダメに決まってるでしょ!!……ええい、こうなったらもう仕方ない!!」


 まるで止まる気配のない未千恵を止めるべく、麻子は羽交い締めを解除、すぐに後方へ飛び右掌を未千恵に向けて先程まで自らが受けていた拘束魔法を発動。

 半分以上の魔力を費やして発動したためか、生成した青い魔力の縄は未千恵を絡めとり、その動きを見事に停止させた。


「……なるほど、中々の強度のようね。けれど、このくらいならちょっと時間をかければ簡単に解除が……」


 自分に拘束魔法がかけられた事で冷静さを取り戻したのか、一転して余裕の態度を見せる未千恵だったが、その直後にはまたも顔色が変わった。何故なら、麻子が生成した魔力縄の上からダメ押しとばかりに、赤い魔力縄がきっちりと絡み付いていたからだ。


「この赤いのは……まさか未千翔!?でもそれにしては魔力量が多い気が……満タンの時の麻子以上の魔力、いったいどこから捻出を……」


 身体を締め付ける力が思っていた以上に強く、顔をしかめたいのを何とか我慢して未千翔のいる方向に身体を向ける未千恵。

 そこには、右掌を左手で支えて汗をかきながら懸命に魔法を制御している未千翔と、未千翔の肩に手を触れて魔力の追加供給を行っている尚人と依子の姿があった。

 依子はまだ幾許かの余裕があるようだが、尚人の方は既に魔力切れギリギリのようで未千翔以上の大汗をかいている。


「これは……一本取られたわね、まさか尚人くんだけでなく依子さんからも手助けしてもらっているなんて。今回は私が引き下がるしかないようね」


 三人分の魔力を一人に集約させて魔法の効果を大幅に引き上げる。

 この連携プレーには、さすがの未千恵も拘束魔法を抵抗検知をさせずに解除するにはかなりの労力を要する必要があると判断。必要以上に疲れるのは勘弁願いたかったので潔く抵抗を諦め、その場に膝をついて頭を垂れた。


「はぁはぁ……お? 膝をついて頭を垂れたぞ……。負けを認めたって事でいいのか、あれは」


「多分それで合ってるはずよ、あたしも今まで見たことがないから判断は難しいけど」


 あの五丈の当主に、形はどうあれ負けを認めさせたのは快挙であった。膝立ち状態にある未千恵に、麻子が少しだけ距離を離した状態で声をかける。


「母さん、落ち着いた? いきなり人の部屋をぶっ飛ばそうと暴走するのにはさすがに驚かされたんだけど……」


「は、はは……見苦しいところを見せちゃってごめんね麻子。私、昔からあの手の生物がとても苦手で……視界に入り次第即刻消してきたものだから。今回は数が多すぎて音だけで中の様子が即わかるくらいだったから頭の中が真っ白になっちゃって、あんな暴挙に走りかけたみたい……」


 暴走行為を恥じて、俯いたまま顔を上げられない未千恵。どうやら、今まで表沙汰になっていなかっただけで未千恵はその手の生物が非常に苦手らしい。視界に入り次第消してきたと言うだけあり、相当なものである事が伺い知れる。


「部屋が消されるのは何とか免れたけど、本当にあたしの部屋の中……どうしよう……。2年半も空けていたから、重要なものかそうでないかの分別も兼ねて整理したかったのよね……」


 今のままでは荷物整理どころの話ではない。どうしたものかと対策を考えていた麻子と未千恵だったが、その問題は割とすぐ解決する事になる。


「ええと、その手のプロにご依頼する方が宜しいのでは? 広告やネットワークで探せば何件か見つかると思いますけど……」


「「あ゛……」」


 依子の提案により、後日麻子の部屋は徹底的に害虫駆除が行われ部屋の中の荷物も綺麗に清掃される事となった。その日が来るまで、麻子の部屋の扉は木の板を重ねて釘を打ち付け、徹底した封鎖処理が施されるのだった。





 30分後、駆除業者への発注が完了した未千恵は携帯端末を胸ポケットにしまって十分な片付けがされた未千翔の部屋の中で一息ついていた。

 あれから15分後には麻子・未千翔双方がかけた拘束魔法は解けていた。強度を重視して持続時間は短めで構成したようで、4時間前に未千恵自身が麻子と未千翔にかけたものとは方向性が逆だった。

 その分、内側から攻略されないように仕掛けは施したがその仕掛けに未千翔が引っかかったのは健吾と話し合っている最中の未千恵にも感知できた。


 以前にも何回か未千翔の魔力が急激に高まり、赤いオーラを放つ事は度々目にしていたが今回は過去一の高まりを感じた。

 本人にも一応その事は伝えていたが、何故そうなるのか全くわからず対策の取りようがなかった。たとえ魔力を封印しても何かの拍子で封印が解ける事は有り得るため、これまで未千翔の自己判断に任せていたが、このままでは良くない事態を引き起こしかねない。


 業者への発注を行う前に軽く未千翔と話し合い、トリガーとなった状況を知った未千恵は若干の呆れを覚えた。


「まさか、嫉妬が原因でヒートアップ状態になるとはね……。まあ話を聞いた限りでは、そうなる気持ちはわからなくはないけど……」


「私が先にしてもらいたかったのに……。そう思ったらもう止まらなくなって、一気に噴出しちゃったの」


 姉妹同士で思い人が重なるというのは、中々に厄介な問題をも生み出すものである。未千恵としては、麻子にはかつて社交会で引き合わせて以来それなりの関係を築いている健吾とは家同士の繋がりの為にも親交を続けてもらいたかったのだが、これから話さなければならない事に深く関係しているのを考えるともう無理と思ってもよさそうだ。



「みんな、これから大切なお話があるから少しこっちに注目してもらっていいかしら。……ああ、依子さんは退室しようとしなくて大丈夫よ。少なからず、『貴女のクラスメイト』にも関わってくるお話だから」


 未千翔の部屋から退室しようとした依子を、未千恵が引き止める。自身のクラスメイトが関わってくる話だと聞き、不思議に思いながらも依子は部屋の中に残った。


「私のクラスメイトに……?尚人君、はまあ当然として……もしかして園川君の事ですか?」


「ええ、少々気が重い話になるわ。特に麻子にはかなり、ね……」


「う゛……。か、覚悟はしておくわ……」


 暗に覚悟はあるか、と未千恵に見つめられ、聞く覚悟はある意思を示す麻子。


「では話すわね。……まず最初に麻子、貴女と健吾くんとの間に締結された契約は既に今の時点で『無効化』されているわ」


「……え゛え゛っ!?無効化って、いつの間に……。何か問題でもあったの!?」


 一昨日結んだばかりの契約が、48時間も経たないうちに無効化されていると聞き驚きを隠せない麻子。


「麻子と健吾くんの間には、特に問題はなかったわ。だけど、健吾くんの実家である園川家の承認を得ないまま結ばれてしまった……。これがまずかったの。あの家は当主の独裁状態で、あらゆる権利が当主に帰属するからね……事前相談もなしに勝手な契約を結ぶなと大層お怒りだったわ。健吾くんの端末に2回来た連絡がそれに関する事だったそうよ」


 状況を思い出しながら話を続ける未千恵、その表情は少しずつ暗いものへと変化していった。


「これ位で済めばまだマシだったのだけど、健吾くんと話している間に園川のご当主さんが、今度は私に直接電話をかけてきてね。長年の付き合いであった五丈家との関係を解消して、これからはある大型組織に出資すると言い出したのよ」


「大型組織に出資……。加えて五丈との関係解消って……」


「何か凄く嫌な予感がするな……。健吾のヤツは反対意見の一つでも出したんですか……?」


 突然の協力関係解消、そして他組織への出資を一方的に通達してきたと言う話を未千恵から聞かされ、未千翔と尚人は頭が痛くなった。


「意見は出したと思うけれど、恐らくは検討すらしてもらえなかったでしょうね。今後は健吾くんにも一族の人間として働いてもらう、との事で明日からは高校にも行けなくなるそうよ。それが決まった後、1時間くらい前に彼はこの屋敷を離れていったわ」


「と言う事は……今健吾とあたしが暮らしているあの家も……」


「もう健吾くんはあの家に戻れず、そのまま園川家へと帰還する事になっているわ。あの家の賃貸契約も本日限りで解消が決定したから、中にある家具を園川さんところに送り返さないといけないわね。……無論、相手側の着払いかつ諸経費の全額持ちでね……」


 次から次へと告げられる事柄に、もう既に麻子の頭は大混乱していた。ようやくまともに契約を履行できそうだと思っていたら、今度は家の都合によって契約締結の無効化ときた。


 さすがに今回の状況は未千恵も腹に据えかねているのか、家具の引き取りにかかる諸費用を全額園川家に持ってもらう事に決めていた。


「こうなると、もう園川君は事実上の退学ですよね……。それに、契約者さんを失った麻子さんは今後どうするんですか……?」


「問題はそこなのよねぇ……。健吾くんに関しては、彼自身の問題になるからもうこちらからは関与出来ないとして。麻子は……立て続けに3度も契約が切れたとなると、メイドとしての信用は地の底にまで落ちそうね。……まあ、今回はさすがにレアケース過ぎる破棄のされ方だから、協会に申請して契約自体をしなかった扱いにできそうだけど」


「……何でこうも、あたしが契約相手に選んだ相手とはことごとくロクな結果にならないかな……。もう、いっその事メイド辞めようかな……」


 3回連続で契約が上手くいかなった事により、既に麻子はメイドとしての自信を失いかけ、あまつさえメイドを辞める事すら考え始めていた。どう考えても、かなり落ち込んでいる。


(これは、いくら何でも麻子が気の毒過ぎる……。あの子に元気を取り戻させるためにはどうすれば……そうだ!!)


 麻子の精神的な事を考えると、もうこれ以上麻子に心理的な負担を強いる訳にはいかない。かと言って数年かけてせっかく取得した正規メイドとしての資格を安易に手放してもらいたくはない。


 そこで、未千恵は考えついてしまった……ある意味禁じ手とも言うべき手段を。


「ねぇ尚人くん、物は相談なのだけど。……もう一人、深沢家にメイドを迎え入れるつもりはないかしら?」


「「「!?」」」


 突然の未千恵の提案に、尚人だけでなく未千翔と麻子も驚愕した。


「ちょっと、いきなり何を言ってるの母さん!?もう既に尚人には未千翔が事実上の専属として……」


「別にいいじゃない、それに未千翔と尚人くんは契約自体は結んでないでしょ。……と言うか麻子、もう貴女も誰かと契約を結ぼうとしなくていいわ。一昨日振り込んだお金はそのままあげるから、姉妹二人で尚人くんの傍にいてあげなさい。幼き頃の3人組の復活よ?」


「「~~~っ!!!」」


 麻子は胸の内を見透かされているような感じで、未千翔は尚人との仲が正式に親公認となった事の嬉しさで言葉に表せない声をあげ、姉妹揃って赤面していた。


「……ふぅ、尚人君も大変ねぇ。幼馴染の姉妹二人、意中の相手が重複、しかもその対象が自分自身だ何て。それでどうするの、このお話を受けてあげる?」


 これまでの状況も込みで考えて、一歩間違えればとんでもない自体にもなりかねない危険性も併せ持った未千恵の提案。それを受けるか否かを、依子が肘で突いて尚人に確認と決断を促す。


 依子に促され、遂に尚人は決断を下した。


「……なあ麻子、一応聞くが俺でいいのか?」


「いいに決まってるでしょ、何年お預け食らったと思ってるのよ。……ああ、こんな言い方はちょっと場の雰囲気にそぐわないわね……」


 こほん、と軽く咳払いをしてから改めて尚人に向き直り、正直な心境を告げる決心をした麻子。


「こちらこそ宜しくね、色々迷い続けていたけど本当に私に合う男は尚人しかいないみたい。未千翔がいる手前、今まで表立っては行動では示せなかったけど……母さんが背中を押してくれた以上、もう自分に正直になるわ」


 今までの麻子は何かにつけて誤魔化したりしていたが、実のところは周囲にはかなりバレバレであった。今回の件で自信を失いかけた麻子を励ます意味合いも込めて、未千恵がその気持ちを尊重する決定を下した。


「あなたもこれでいいかしら、未千翔。一番の恋敵が同じ屋根の下にいる事になるけれど……」


 未千恵にとって最大の懸念はこれである、同じ男に姉妹が揃って好意を抱いているのだ。先程も嫉妬心を形で表したばかりなので、上手くやっていけるのかどうかという問題がある。


「……まあ、今に始まった事じゃないし……。それに、しんどい事があった時は互いに尚人くんの事を引き合いに出して励ましあったくらいだから、何とかなるでしょ」


「いつの間にか俺は、知らないところでそんな扱いもされていたのか……」


 未千翔と麻子は、互いを励ましあう際に尚人を引き合いにして辛い事を乗り切ったケースがかなりあった、と未千恵が補足をした。尚人本人が思う以上に、大きな存在とされていたようだ。


「一先ず話がまとまったようで何よりね。少し休憩しましょう、話しっぱなしで喉も乾いてきた頃だから好きな飲み物でも注文して。担当の子に持ってきてもらうから」


 園川家との協力関係解除と、それに伴う健吾の離脱という大きな出来事はあったものの、麻子が尚人の専属の一人に加わった事もあり幾分か場の雰囲気は持ち直した。

 しばしの休憩を挟んだ後、未千恵が伝えるべき話は再び始まる。

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