第14話・身体で覚える魔法

 全身が光に包まれたかのような感覚を感じ、神経を張っていた尚人だったがすぐに視界が開けた。目の前に入ってきた光景は先程までの自宅内部とは全く異なり、何処かの広い庭園の真っ只中であった。

 顔を上げてみると、そこには豪勢な屋敷が立っている。正確に言うならば今いる場所は大きな屋敷内の吹き抜け内に作られた庭園で、頭上にはガラス張りの屋根があった。

 どうやら、視界に飛び込んできた屋敷がこれから向かう先なのだろうと尚人は予想を立てた。そんな事を考えていると……。


「あだっ!?!?」


 不意に、隣にいた麻子の悲鳴があがったのでその方向を振り向いてみた。すると、ボール状態に戻ったポータルボールがコロコロと足元に転がっており、肝心の麻子は後頭部を抑えて痛がっている。

 要するに、後を追いかけてきたポータルボールがたまたま麻子の後頭部を直撃したという事になる。


「いったぁ……。もう、何で人の後ろに出てくるのよ……人間は後方に視界はないのよ!?」


「うっわぁ……お姉ちゃん痛そう……。こんな金属の塊が後頭部を直撃したら、誰だって痛いよね……」


 足元に転がっていたポータルボールを拾い上げ、まじまじと見つめてその固さを再確認する未千翔。有機成分なし、完全に金属と言うか機械の塊なのでぶつけられたら痛くて当然である。


「ダメージとしては全然大したことないのはわかってるけど、妙に痛みが増幅されているような気分……。たかがボール如きに不意打ちをかまされる何て……!!」


 念のために、未千翔が軽めの回復魔法をかけて麻子の痛みを消し去る。


「未千翔、回復魔法を使えるのか……。本当に色々な事を学んできたんだな」


「うん、まぁね。この屋敷の中で学んだ事は結構多かったなぁ、その分自由はあまりなかったけど」


 久しぶりに五丈屋敷に足を踏み入れ、訓練生時代の事を思い出す未千翔。良い事も悪い事も、この屋敷内にはいっぱい詰まっているのだ。


「あたしもここに戻って来るのは2年振りね、こんな形で帰省する事になるとは思ってもいなかったけど。見た限りでは屋敷を出る前とそれほど変わってはいないようね」


 周りを見渡し、2年前との違いがないかどうかを確認する麻子。しかし、それほど目立った違いは見受けられなかったようだ。


「しかしまぁ、でっかい屋敷だな。これだけ大きな屋敷があるのに、うちの隣で暮らしていたのか」


「そういえば、その件については尚人くんには今まで言ってなかったわね。実はあの家に越してきた理由は、この屋敷の大規模な建て替え工事の期間だったからなの。約4年がかりの計画になっていたわ」


「4年がかりの……建て替え……?」


 結構壮大そうな話を振られ、戸惑ってしまう尚人。確かに敷地面積はかなり大きそうなので、一般の家屋より期間がかかるのはわかる。


「あたしが3歳・未千翔が2歳の頃にはもう建て替えは完了していたらしいんだけど。ちょうどその頃あたしら二人が尚人との親交が深くなってきた頃だったから、屋敷内部の調整という名目でもう少しあっちの家への滞在期間を延ばしたんだって」


 どうやら、あの時五丈一家の引っ越しはかなり期間など諸々を譲歩した上で行われたものだったようだ。建て替えが済んだらすぐに問答無用で引っ越しをするのではなく、十分に子供たちの物心が付き状況を理解可能になるまで延期していた。

 こうしてみると、かなり気を使われている事が尚人にはわかった。


「随分と気に入られてるじゃないか尚人、その関係を大事にしろよ。……また通知か……相手は、父上!?」


 尚人に気安く声をかけた健吾だったが、その直後に端末に通知が届く。その相手は、健吾の父親だった。


「どうなってんだよ父上は、さっき電話で話をつけたばっかじゃねぇか。なのに何でこんな短時間で、また連絡寄越してくるんだ!?」


「園川さんが健吾くんに、立て続けに連絡をしてきたの?……健吾くん、差支えなければ話してもらえないかしら?ちょっと普通じゃないわよ」


「……わかりました、今まで家同士でもお付き合いがありましたし。ただ、この場所ではちょっと……誰に見られるかわかったものじゃありませんし……」


 事情を察した未千恵は、北にある屋敷の本館に健吾を先に案内。それが済んだ後に一度庭園に戻って来た。





「待たせてごめんね、これからは家同士の話し合いに近い状態になるから、あなたたちは外してほしいって健吾くんからのご要望があったの。麻子と未千翔の部屋がある東館に案内するから、そこでしばらく待っていてもらえるかしら」


「健吾があたし達を外してほしいって言う何て、よっぽどの事なのね……。わかった、それじゃあ尚人にあたしと未千翔の部屋を案内するね」


「ええ、宜しくお願いね。……あっ、……いい事、思いついちゃった~~。麻子と未千翔、ちょっとそこから動かないで」


「「?」」


 健吾を本館に案内した後、東館にある麻子と未千翔の部屋に尚人を案内するよう提案した未千恵。だが提案が実行されようとした矢先、突然未千恵が『いい事』と称した何かを思いついたようだ。


 疑問を感じ質問しようとした麻子と未千翔だったが、それよりも早く未千恵が二人の目の前に手をかざし、何かの魔法を発動。即座に二人の身に大変な変化が起きた。


「あっ!?手が勝手に後ろに回って……てか動けない!?」


「……あー、しばらく屋敷に戻ってないのもあって忘れてたわ……。そういやコレ、まだ未習得だったっけ……」


 二人の身に起きた変化、それは魔力で生成された縄で両腕を縛りあげられ、更に同じく魔力で生成された鉄の枷を嵌められて高手小手の体勢で拘束されたのだった。

 突然の出来事に、しばらく体感していなかった麻子と未千翔は反応が遅れたがそれ以上に尚人は訳が分からない状態だった。


「あの、ちょっとこれは一体……」


 しかし、未千恵はそれに関して特に答える気はないようで無言でその場を立ち去り、北の本館に向かっていった。


「無視されちまった……。おい二人とも、これはどういう事なんだ?」


 縄と枷の二パターンで拘束された麻子と未千翔の方を向くが、二人とも慌てたのはほんの最初のみで既に今ではどうってことない表情に戻っていた。


「ああ、これ?気にするな……ってのはさすがに無理よね。歩くのには全く支障ないから、このまま部屋まで案内するわ」


「ただ、見ての通り両手が使えなくなってるから扉の開閉は尚人くんにお願いするね。向こうについたらちゃんと説明するから」


 当の本人たちが別に気にしていないようなので、これ以上は時間の無駄だと感じた尚人は問い質すのをやめて麻子についていった。その後方を未千翔が歩いてくるが、特に歩行に支障がないというのは本当のようだった。


 庭園をしばらく歩き、東館に入ると前方に人の姿を発見。その人物は、麻子や未千翔より肌の露出が少ないメイド服を着ていた。


「あれ、屋敷の中にメイドが……。もしかして、外部から雇ってるのか?」


「うん、さすがに家の人間だけじゃ圧倒的に人手が足りないからね。ほとんどの場合が1カ月未満の短期雇用だけど、お給料が非常にいいから長期契約を望む声も良く聞くかな」


「あたしと未千翔は、正規メイドになってもここでは一切給金が出ないって言われた事もあって外に出てたのよ。ただの身内間でのお手伝いにしかならないからね」


「なるほどな、結構ここでも大変みたいだな。……ん?あのメイド、どっかで見た事あるような……黒髪のロングポニーテールに緑の瞳……」


 件のメイドの容姿をよく見てみると、尚人にとって見覚えのある特徴がちらほらと確認できた。そして、確認できた特徴と一致する人物を振り返ってみる。


「あっ、私思い出した!あの人、木塚神社の巫女さん・依子さんよ!!前に泊めてもらった事あるから間違いないわ!!」


「……え、未千翔アンタ……神社に泊めてもらった事あるの!?」


「うん、参拝ついでに一晩泊めてもらった事が二回くらいあるかな。立て続けだと迷惑かかるから、数ヶ月は間をおいてるよ」


「神社に泊めてもらうって時点で割とレアな体験だな……。お、向こうがこっちに気付いたみたいだぞ」


 名前を口にした事で気付いたのか、依子がこちらに気付いて近寄って来た。


「私の事をお呼びですか……。って、尚人君に未千翔さんじゃない!!こんなところで会う何て奇遇ね」


「よう依子、お前の方こそ巫女でありながらメイドの格好してるとか……バイトか?」


「ええ、しばらくの間巫女の仕事も私が出る必要ないくらい暇になっていたから日曜日だけここでアルバイトをさせてもらっていたの。本日を最後に、一旦契約が切れる事になっているわ」


 巫女でありながら、暇に任せてメイドのアルバイトをしていると告げた依子。1回や2回ではなく、結構な回数を重ねているようで仕草も様になっていた。


「依子は知っているとは思うが、未千翔はここが実家でな。しばらく振りの帰省って訳だ、隣にいるのは未千翔の姉の麻子だ」


「はじめまして、未千翔の姉の五丈麻子よ。さっき聞いたのだけど、うちの妹が度々お世話になっていたそうね」


「はじめまして麻子さん、貴女の事は私も未千翔さんから少し聞いてました。色々とお話してみたいところですが……」


 やはり、現在の姉妹の格好が気になるのだろう。途中で言葉を切ってしまった。


 その反応もある意味当然であろう、メイドの格好をしているとはいえ屋敷の令嬢姉妹が縛られた状態で歩いているのだから。


「まあ気になるよな、俺もその説明を受けるために部屋に案内される途中だったんだ。慣れてるみたいで歩くのに支障はないと言ってるようだけど……」


「いくら慣れてるとはいえ、少し危なっかしいですね……。それなら部屋まで私も付き添いましょう、と言うかコレ外したらダメなんですか?」


「ダメよ、コレを迂闊に外部から取り除こうとすると巻き添えくらって貴女も縛り付けられるわよ。だいたい2時間くらい経てば構成する魔力が切れて自然に消滅する筈だから、そのままにしておいた方がいいのよ」


「それはまた……。あ、しかもよく見ると縄の結び目や枷の継ぎ目が見当たりませんね。根本的に外部からの解除が不可能になってるみたいです」


 外部から外そうとするとその対象も巻き込むばかりか、元から結び目や継ぎ目などの解除に到る起点がない。それを知った尚人と依子は驚き、対策の完璧さに引いてしまった。


「だから時間経過に任せるしかないの。あ、私もお姉ちゃんも過去に通算8時間経験してるの、あと2時間程度この拘束魔法を身体に受け続ければ私達も習得して使用できるようになるわ」


「合計10時間、身体に魔法を受ける事で習得ですか……。まさに『身体で覚えろ』そのものですね」


「うちの家ではこの習得手段を、伝導魔法と呼んでいるの。昨日尚人に見せた浮遊魔法もそれで覚えたのよ、覚えきるまでに何回か墜落して痛い目に遭ったけど……」


 今までの経過を思い出して、気落ちしたように声が小さくなっていく麻子。どうやら、その様子を見る限りロクな目に遭っていないようだ。その気落ち具合を示すかのように、背中から壁にもたれ掛かってぶつくさと何かをうわ言のように呟いている。

 その光景は傍目から見てもかなり不気味、と言うか普段の麻子からは到底想像できないくらいの落ち込み具合で、尚人や依子はどう声をかけていいかわからず遠巻きにするしかなかった。


「あー、これはしばらくこのままにしておいた方がいいかもしれないよ。私も過去に3回くらい見た事あるんだけど、お姉ちゃん普段が明るく振る舞っているだけに1回落ち込むとまた上がって来るまでに時間かかるから……」


 実の妹である未千翔からしても、こうなった麻子はどうしようもないらしい。


「このままじゃいつまで経っても、部屋に案内してもらえないな……。仕方ない、部屋への案内は未千翔に頼む事にする、それでいいか?」


「わかった、それでいいよ。本当にこのままだとキリがないしね……それで肝心のお姉ちゃんはどうするの……?」


「そうだな、俺が抱きかかえていく事にするか。……と言う事で麻子、悪いが抱っこするぞ」


 方針が決まった事で、行動を起こす尚人。絶賛落ち込み中の麻子の身体に触れ、軽々と抱き上げる。


「ひゃっ!?……ちょっ、ちょっと尚人!!いきなり抱っこ何て、恥ずかしいってば!!自分で歩けるから降ろしてよ!!」


 麻子は抱っこされた事で一気に正気に戻り身体をジタバタさせてささやかな抵抗をするが、両手は後ろに回って殆ど動かない状態である上、赤面しながら抗議をしても説得力が全然ない。加えて足が尚人に当たって、少し痛い。


「いいからじっとしていろ、先導を未千翔に代わってもらったから部屋に辿り着くまでの辛抱だ。足をバタつかせるのもやめろ、地味に痛いぞ」


「あっ……。ご、ごめん!!じっとしておくね……(い、今の私……縛られた状態で抱っこされて物凄くドキドキしてる……。これは……イイ……!!)」


 尚人に注意されたのがきっかけでより一層自らの状態を意識した麻子は、更に顔を真っ赤にして大人しくなった。


 当然このやり取りは近くにいる依子と未千翔にも丸聞こえであったが、未千翔はかろうじて叫びたい気持ちを抑え込んでいた。ただし、魔力の方は抑え込めておらず全身から赤い魔力のオーラが溢れ出していた。


「ちょっ、ちょっと未千翔さん。今の貴女、凄いものを身体から放出させているんだけど、自覚ある!?」


 あまりにも放出されている魔力オーラが激しいため、自覚の有無を思わず問い質す依子。現に、魔力オーラ放出がわかった後は麻子も赤面から一転して唖然とした表情に変貌していた。


「そんなに騒がなくても大丈夫だよ、到って私は正気だから。この魔力放出はどういったきっかけで起きているのか今までわからなかったけど……たった今理解したわ。やっぱり抱っこなんて許すんじゃなかった……!!」


 これまでは姉の想いを理解していたからこそ色々と見逃してきたが、さすがに今回の抱っこシーンは許容範囲を超えていたようだ。既に赤から、赤黒いオーラにまで変わろうとしている。


 だがここで、誰も予想していない出来事が起きた。急激な魔力放出を検知して、未千翔を縛めていた魔力の縄が突然締め付けを強化。今までより強い力で身体を締め付ける事になってしまったのだ。


「ぎゃあっ!?な、縄が強い力で締め上げに来て……いだだだだ、肌に食い込む食い込む~!!」


 どうやら未千恵の生成した魔力縄は、内部からの破壊にもしっかりとした対策がされているようだ。強い締め付けに耐えられず、自分の意思とは無関係に未千翔の魔力放出は止まった。放出停止が確認されると魔力縄の締め付けは緩み、最初の締め具合に戻る。


「はぁ、はぁ……。な、何とか緩んでくれた……」


「おーい、大丈夫……?まさかそんな仕掛けがあったなんて、あたしも初めて知ったんだけど……」


「だ、大丈夫ダイジョブ!!身をもって体験したから、次からは同じ事をしなければいいだけだし!!」


 尚人に抱えられたままの状態で心配そうに声をかける麻子に、未千翔は内心、誰のせいでこうなったと思ってるの……と言いたかったがぐっと抑えこんだ。

 そもそものきっかけは尚人が麻子を抱きかかえていくと言い出した事にあるので、ほぼ麻子に責任はない。


 これ以上何か問題が起きるのは未千翔としても勘弁願いたいので、速やかに部屋への案内を再開。昇り階段を上がってすぐの自室へ案内し、当初の予定通りに部屋の扉は尚人に開けてもらった。


「ここが私の部屋だよ。……って、何この有様!?」


 部屋の扉が開き、自信たっぷりに自室を紹介しようとした未千翔は部屋の内情に驚かされた。何せその内部は、倉庫状態になっており所狭しと色々な物品が無造作に散乱していたのだから。


 どうやら長期不在の間に、未千翔の部屋は物置同然にされてしまったようだ……。


「これは酷いですね……。あの、良ければ私が整理をお手伝いしようかな……?」


 あまりの状況に、依子が自主的に片付けの手伝いを申し出た。すると、未千翔の目がぱぁっと輝く。


「ええ、是非お願いします!!とてもこのままじゃ部屋として使えませんから!!」


 

 この後、部屋の中に置かれていた物品のうち、後から運び込まれた雑用品を運び出すのに尚人も参加したが、それでもかなりの時間を要した。

 部屋の半分ほどを片付けている間に麻子と未千翔にかかっていた拘束魔法は時間切れとなって魔力縄と魔力枷は消滅、同時に二人は自らの手でその魔法を使用する事が可能になった。

 自由を取り戻した未千翔はその後すぐに自らも片付けに参加、少し重量のある荷物に対して習得したばかりの魔力縄をかけ、引き摺って部屋から運び出すなど早速の活用を見せる。


 完全に片付けが終わる頃には、未千翔の部屋の外には大量の雑多の荷物が並べられており、未千恵が魔法をかけてから3時間半もの時間が経過していた。

 この間、麻子は魔法が解けてからは腕力不足のため小物の運び出しに終始。作業の合間を見て、未千翔の部屋の真向かいにある自分の部屋も一度覗いてみたが、その中身は未千翔の部屋以上に悍ましい有様となっており、後でこっちにも手を付けなくてはいけないと考えると著しく気が重くなったのだった。

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