第13話・ポータル起動…の前に
溜め込んでいたものを徹底的に言葉として吐き出し、完全にスッキリした未千恵。それに付き合う形となった尚人たちにはたまったものではなかったが、正面きってそれを態度にして表すと何が起こるかわかったものではないので黙って聞き流すしかなかった。
「……こほん、散々脱線させてしまってごめんなさい。話を元に戻すとして、その転送ポータルを作成出来る道具・ポータルボールは貴方達が持っていて。原則として足元が平らな場所であれば、どこにでも転送ポータルを設置可能になるわ」
中央に透明なガラス玉のような丸い突起を持つ球状の道具・ポータルボール。先程までガチャのカプセルに入っていたその物体を手に取り、まじまじと見つめる麻子。
「これ、どうやって使用したら転送ポータルが作れるようになるの?」
「あぁ、それは簡単よ。ポータルを作りたい、って感じの念を持ちながら平らな場所に投げつけるだけで、簡単に出来上がるの。試しにやってみて」
説明しているとは到底思えないような、簡単な説明で終わってしまったのでますます胡散臭さを感じる麻子。しかし試さないと何にもならないので、ポータルボールを手に持ち構える。
(ちゃんと転送ポータルってヤツ、出来なさいよね……。それっ!!)
言われた通り、念じながらポータルボールを投げた麻子。ところが、ここで思っていた以上に力んで投げてしまったためかボールは壁に激突。
その結果、まるで壁をくり抜くような形で転送ポータルが出来上がってしまった。
「うわっ、これは……」
その出来栄えに、その場にいた全員が呆気にとられた。下に着弾した場合は下から上にポータルが出来るのだろうが、壁に当たった今は壁から突き出して横に伸びている状態だったのだ。
「……えーっ、と……。壁から生えたポータルって私も初めて目にするから、ちょっと固まっちゃったけど……。この状態でも正常に機能するはずよ……たぶん」
数多の苦境を退け、この場において最も立場が強いはずの未千恵ですら、この状況にはさすがに面食らい発言が弱々しい。麻子が未千恵を内心恐れているのと同じく、未千恵も麻子の時折見せる突発的な行動には驚かされているのだ。
「あのさ、みんな固まってるようだから言っておくけど……わざとじゃないわよ!?」
狙ってやった行動ではない、と麻子は弁明をするものの未だ反応は返ってこない。ただ単に、それぞれ異なる見方で麻子を見つめる視線が注がれるだけだった。
特に健吾は、見てはいけないものを見てしまったかのような……大きく目を見開いた状態で完全に固まってしまっていた。
「おい健吾、何激しく固まってるんだよ。……って思ったけど、まぁしょうがないか。麻子との付き合いが一番短いもんなお前は」
「健吾さんとお姉ちゃんって、親密ではあるけど知り尽くしている訳じゃない……って感じがするね。寧ろこれから同じ家で暮らす過程で色々知っていこう、って事かな?」
「ああ、だから全面的に麻子有利な契約をあっさりと受け入れたのか。深く知ってたら最初の段階で、色々と内容調整とか持ちかけていただろうに……」
「ちょっとアンタたち、聞こえてるんだけど……。寧ろ聞こえるように言ってるでしょ!!」
「「あ、バレた?」」
意図的に、麻子に聞こえるように話していた尚人と未千翔の反応を見て、当の麻子はため息をついた。
(今の反応も完全に息ピッタリだし、改めてこの二人お似合いだわ……。てか健吾、何か反応の一つでもそろそろ返しなさいよ!!)
全く反応を示さなくなってしまった健吾の方に向き直り、目の前で手を振ってみる麻子。しばらくそれを繰り返していると、ようやくハッとしたかのように健吾が反応をした。
「ああ、オレ……。すまん、予想すらしてなかったとんでもシーンを目の当たりにして呆然自失してたみたいだ。それで、このポータルはどうやって使えばいいんだ?」
ようやく復帰した健吾が、作成されたポータルの使い方を尋ねるものの尚人たちは首を横に振るだけであった。
「その説明をするために、健吾くんが復帰するのを待っていたのよ。今回は横向きで作成されちゃったけど、やる事そのものはどの向きでも変わらないわ」
これまで、腕を組んで静観していた未千恵が腕組みを解いてポータルに近づき、中心部と思われる大きな空洞に手のひらをかざした。その後、空洞部分に文字が浮き上がりポータルの稼働状況などを知らせるディスプレイの役目に切り替わった。
「おおっ、何か空洞部分に文字が出てきたよ!!」
空間ディスプレイに文字が表示された事で、思わず興奮して声を出してしまう未千翔。それを見た麻子が口に人差し指をあてる動作をするが、肝心の未千翔はその動作そのものを見ていなかったので全くの無駄に終わった。
「……ダメだわ、未千翔ったら全く聞いてない……。ねえ、尚人からも一言いって……」
「いや、あのヒートアップした状態の未千翔は止められないぞ……。俺よりうんと長く一緒に過ごしてきた麻子でダメなら、俺は尚更難しいな……」
「あー、それもそっかぁ……。無理言ってゴメン尚人、もう後はなる様になれだわ」
未千翔に近しい麻子と尚人が小声で会話し、ヒートアップした未千翔は口では止められないと言う結論に達した。
「興味津々のところ悪いけど、そろそろ使い方の説明に入っていいかしら。今後の事を考えると非常に重要になってくるからね」
「……あっ。ま、また悪い癖が出ちゃった……」
やはり、何だかんだで母は強しと言う事か。厳しい叱責ではなく、軽く次にするべき事を知らせるだけでヒートアップしていた未千翔をあっさりと止めてしまった。だが、その仕掛けを麻子は見抜いていた。
(……母さんの素の性格が、未成年で止まっているのがようやく理解できたような気がする……。さっき、ほんの一秒にも満たない時間のうちに濃密な魔力圧を発したのをあたしは感じ取ったわよ……)
魔力を感じ取る事が出来る者のみが理解できた、ほんの一秒にも満たない時間に発せられた圧力。突然未千翔がクールダウンしたのは、そういう事なのだろう。
そしてこの魔力圧は全く予期しないところにも影響を与えており、その圧に中てられて健吾は再度固まる、どころか失神していた。
一方で、魔力感知に関する技術は技能カプセルで二人がかりにも関わらず継承されなかった尚人は何も感じなかったようで平気な顔をしていた。
「それじゃあ早速……。あ、そこで『何故か』グッタリしている健吾くんには後で麻子から補足しておいてね。今回の説明が終わったら、起動テストのついでに私は屋敷に帰るから」
失神した健吾についてはこの際放置する事に決め、未千恵は転送ポータルの説明を開始する事にした。運が良ければ途中で目が覚め、説明を聞けるだろう。
◇
「このポータルは起動を行った人が所有者扱いになって、転送先の追加やポータルの解除を行ったりなどのマスター権限が付与されるの。今は麻子が仮の所有者扱いになっているわ」
なので、と麻子を手招きして自身の隣に来るよう促す未千恵。麻子自身も興味があるので即座に応じ、空間ディスプレイの前に立つ。
「そういえば、この空洞部分は通り抜ける部分になるとかさっき言ってたような……」
「そのつもりでいたのだけど、まさか横向きに設置されるとは思ってなくて……。横向きでも設定を変える事で使えるようにはなるから、今からその設定変更を麻子がやるのよ」
「ああ、なるほど……。要するに、自分で蒔いた種の責任取れ、と……」
「包み隠さずストレートに言うならそういう事ね。さあ、空間ディスプレイに手をかざして正規所有者としての登録作業に入って」
指示に従い、空間ディスプレイに手をかざす麻子。するとディスプレイが明滅を始め、麻子の生体スキャンを開始。スキャン自体は僅か数秒で完了し、ディスプレイの情報が更新された。
『設置者の生体情報を確認完了。新規マスターとして五丈麻子を登録しました。これより、マスター向けの管理画面を表示致します』
登録完了の文字が表示され、晴れて転送ポータルの所有者として正規登録が出来た麻子。数秒後には画面が切り替わり、管理者向けと思われる複数のメニュー項目が表示された。
「おお、何か色々な項目がズラーっと出てきたな。……ふむふむ、転送先が既にいくつか登録済みのようだな」
「ちょっと私にも見せて。……へー、転送完了後のポータルの挙動まで設定できるんだ。設置場所に置き続けるか、所有者を追尾して転送先でボール形態に戻るか……。何気に追尾機能って面白そう」
麻子の邪魔をしない程度の距離を取って、表示されたメニュー項目に尚人と未千翔が揃って興味津々でかじりついた。
肝心の麻子はメニューに表示された項目を一つ一つ確認し、すぐに設定が必要と思われる転送完了後の挙動設定を表示。追尾設定をオンにして、転送先にポータルボールが追いかけてくるようにした。
「とりあえず挙動設定は終わったけど……。転送先にポータルボールが追いかけてくるって、いったいどういう仕組みになってるのかしら。回収の手間がなくて済むのは助かるけど」
「……さぁ?私も便利だから使ってるだけで、仕組みまではあまり関心を持ってるわけじゃないから。それと、追尾設定をしない場合は設置先に残しておける分、転送先にもポータルが出現するから人目に触れるのは確定しちゃうけど」
「……見知らぬ第三者に使われる恐れがありそう、それ……。追尾設定は常時オンにしといた方がよさそうね」
追尾設定を切っていた場合は、設置した先および転送先にポータルが残ると言う説明を聞いた麻子は追尾設定を常にオンにする事に決めた。
「これで基本中の基本、すぐに設定をしておいた方が良い項目は完了ね。せっかくだから転送テストついでに、久しぶりに五丈の屋敷に行ってみない?詳細なマニュアルもあっちに置いてあるから」
「うーん、折角だからそうしようかな。もう何だかんだで2年以上屋敷に戻ってないから、ちょっと戻りたくなってきちゃった。……未千翔も勿論行ってみたいでしょ?」
「そうだね、私も一回戻ってみたいかな。今後の事を考えると、部屋に置いてある持ち物をいくつか持ち出しておいた方がいいかもしれないし。あっ、尚人くんも一緒にに来てみる?」
とんとん拍子に五丈屋敷への帰還勧誘が伝播していき、遂には屋敷への訪問経験が全くない尚人への勧誘をするにまで到った。
「ふむ、ならそのお誘いを受けてみようかな。俺も前から気にはなっていたし、訪問できる機会が巡って来たのなら無駄にはしたくないな」
「決まりね、なら尚人くんを五丈の屋敷にご招待させていただくわ。……ってあれ、健吾くんの姿が見えないんだけど!?」
「「「!?」」」
突如として部屋の中から姿を消してしまった健吾。その所在を探そうとしていた矢先、部屋の外から話し声が聞こえた。
「……ええ、では明日までには……。それでは、失礼します……」
この様子から察するに、誰かと電話をしていたのだろう。通話が終わったようで、健吾が端末を胸ポケットに入れながら部屋に戻って来た。
「いやぁ、黙って部屋から出てしまった悪かったな。急に電話がかかってきて、みんなの邪魔をしちゃいけないと思ってこっそり出たんだ」
「そうだったのね、でも健吾くんなかなかやるわね。部屋を出ていった事が、私だけじゃなく他の誰にも一切わからなかったのだから。ある意味うちの教導で教えた隠形を超えているわよ」
「言われてみれば……。昨日あたしが健吾のバックを取った事があったけど、それを超える意趣返しをされた気分……」
因果応報と言うべきか、昨日やった事が早速今日それ以上になって帰って来た事で少し複雑な気分に陥る麻子。
「そういや昨日と言えば……。麻子、昨日言ってた『アレ』をそろそろ渡しておく事にするか。ちょっと部屋に戻って取ってくる」
ふとある事を思い出した尚人はリビングを離れ、自室に戻っていった。少しだけ何の事だかわからなかった未千翔だが、すぐに心当たりを思い出した。
「尚人くんが麻子に物を渡すなんて……もしかしてプレゼントかしら?」
「プレゼントと言うには、かなり無骨な代物みたいですけどね……。まぁ、見てのお楽しみという事で」
昨日の状況を思い出した健吾が、未千恵に対して期待するような代物ではないと暗に告げた。しばらく待っていると、赤いリストバンドのような物体を二つ持って尚人が戻ってきた。
「待たせたな、これが昨日言ってた『250gのリストウェイト』だ。使い古しだから色々と気になる点はあるかもしれないが、そこは勘弁してくれ」
「わぁ、ありがとう尚人!特に目立った損傷もなさそうだし、早速使ってみるわね!」
そう言うが早いか、麻子はメイド服の腕飾りをいったん外してリストウェイトを嵌める。その状態で腕を振ってみるが、特に苦しそうな表情はしていなかった。
「少しだけ重量感を感じるけど、思っていた程じゃなくて安心したわ。後はこれの上に腕飾りをつけ直して……。うん、これならそれ程目立たないで済みそう」
嬉々として両手首にリストウェイトを嵌め、その上から腕飾りをつけ直した麻子。その様子を見ていた未千恵は、さすがに唖然とした。
「いやいや、何てモノをプレゼントしてるのよ尚人くん!?確かに小さいから外側からは目立たないけど、女性にあげるような代物じゃないでしょう!!」
同じ女として、こんな無骨なモノをプレゼントされても少なくとも自分は喜びなど感じない。そう思って抗議した未千恵だったが……。
「最初はあたしもびっくりしたけど、最終的に欲しいって言ったのはあたしからよ!これがあれば、苦手だった力仕事も少しは出来るようになるかもしれないし」
麻子の反論に、未千恵は一度口を閉ざす。
「あたしが腕力弱くて、力仕事が苦手なのは母さんも知ってるでしょ?鍛えておくべきだとも言ってたし……。日常の中に負荷を入れる事で、多少は鍛えられるんじゃないかと思って尚人のお下がりを貰える事になったの」
ここまで聞いて、未千恵は自身の発言がかなりの短慮だった事に気が付かされた。麻子は己の弱点を少しでも克服するという意思を持って、あのような代物を受け取って使う道を選んだのだ。
「そういう事だったのね、確かに腕力を鍛えておけとは以前言った覚えがあるわ。十分に実益も重視した内容のようだし……それを使ってどうにかなるかはわからないけど、身体を壊さない程度に頑張りなさい」
麻子の考えが十分に深い事を理解した未千恵は遂に折れ、これ以上この件は突っ込まない事にした。後は麻子が先走って許容量以上の負荷に走ったとしても、自業自得である。
「さあ、そろそろ五丈の屋敷へと向かいましょう。転送ポータルの周辺2メートル以内にいれば自動的に転送対象に含まれるから、なるべく詰めて集まって」
対象範囲内に全員が入ったのを確認した後、麻子が空間ディスプレイを操作して行先の『五丈屋敷』の項目に触れる。
直後に光が発されて一行を包み込み、球体状の光となって転送ポータルのディスプレイに突っ込んでいった。
光が消えた後に転送ポータルそのものがポータルボールに戻り、空間に小さな穴を開けて一行の転送先を追尾、深沢家の中は瞬く間に音一つしない静寂の空間と化した。
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