第2章・五丈屋敷訪問

第12話・放り投げられた威厳

 麻子および未千恵の来訪を伴った怒涛の土曜日は、何とかあれ以降は頭を悩ますような事態も発生せず無事に日を跨いだ。

 結局その日は未千恵は帰ろうと思えば帰れたはずであったが、一日のうちに幾つも様々な事柄が降りかかった尚人を放り出す事ができず、尚人の家に一晩滞在して色々と手を貸した。

 麻子と健吾も、この日は尚人の家に滞在して一晩を明かす事に決定。皆それぞれ話したい事も沢山あったが、それ以上に今回の騒動でご近所が今大騒ぎになっているため、あえて家を空けて身柄をかわすのも目的だった。


 五丈の当主である前に自身もメイドであるのは伊達ではなく、振る舞った料理は尚人だけでなく未千翔・麻子・健吾も大変満足した。その一方で、麻子と未千翔は未だに大きい母との差に、密かに対抗意識を持ったとか何とか。


 その晩、麻子と健吾はハッと思い出したかのように夜10時頃に一度家に帰り、5分と経たないうちに項垂れて戻って来た。その理由は、購入した商品のうち冷凍食品に類するものが保冷用のドライアイス共々すっかり玄関先で溶けてしまってもう使い物にならなくなってしまっていたのだ。


 状況的には同様であった尚人の家では、まだ発見が早いうちであった為に被害は軽く済み、本日の夕食で早速その一部が使用されたのだった。





 翌朝、尚人は布団を揺さぶられて目を覚ますと横にメイド服を着た未千翔が立っていた。


「おはよう尚人くん、とても気持ちよさそうに寝ているところを悪いけど起こさせてもらったわ。もう他の皆は下でお待ちかねよ」


 時計を見てみるとまだ午前8時、いつもの日曜日にしては早い方だが人を待たせているのであれば二度寝をする訳にもいかない。手早く着替えを済ませ、部屋を出て階段を下りていく。


 その後ろをゆっくりとついていく未千翔は、ポケットから何かを探し出し尚人の手に渡した。


「朝ご飯の前にお母さんから話があると思うから、この眠気覚ましの飴を口の中に含んでおいて。聞き逃したら多分マズい話だと予想してるの」


 五丈一族の当主である未千恵の話は、今後において重要な話の可能性がある。少し頭を巡らせた尚人は、貰った飴を袋から取り出して口の中に放り込んだ。すぐに口の中からいい味が広がり、眠気が覚めていく。


 階段を下りて台所兼居間に辿り着いた頃には、もうすっかり尚人の目は覚めており食卓についている健吾・麻子・未千恵の3人がお待ちかねであった。


「おはよう尚人、今日の朝食はあたしが担当させてもらったわよ」


「オレも麻子がメシ作ってる時に目が覚めてな、途中経過でありながらいい匂いがしてたぜ。ささ、早いところ椅子に座ってくれよ」


 健吾に促され、空いている椅子に座る尚人。……だがここで、椅子がもう残ってない事に気付く。


「あら、どうしたの未千翔?そんな立ったままの状態で……。って、椅子が足りていなかったのね」


 ソファーに腰かけていた未千恵が、台所にある椅子の数が今の人数に足りていない事に気付いた。昨晩は料理を作った本人である未千恵が食べる順番を最後にズラしたため、特に問題にはならなかったのだ。


「さすがに一人だけ立たせっ放しにする訳にもいかないしな、俺の部屋から椅子をもってこようか?」


「ううん、また二階に上がるのは手間かかるから私は別に……。あっ、私の部屋のドレッサーに椅子が一つあったわ」


 思いつくや否や、すぐにドレッサーの下に収納していた椅子を取りに行った未千翔。戻って来た時には、台所で麻子・健吾・尚人が座っている椅子とそれ程違いのない椅子を両手で抱えていた。何はともあれ、数が揃い全員が椅子に座ることが出来た。


「どうやら椅子は数が揃ったようね、それじゃあまずは……麻子が作ってくれた食事を戴くとしましょうか。皆もお腹減っているはずよね」


 事前の未千翔の予想とは裏腹に、食事にありつく方が優先となった。予想を立てていた未千翔と、それを聞いていた尚人は目を丸くしてお互いを見ていたが、すぐに頷きあって食事に没頭した。



 15分後、テーブルの上にあった食事は全て食べ尽くされており、全員満足した表情を浮かべていた。

 未千翔は麻子に今回のレシピを聞き、いずれ自分でも作る気になっていた。同じ職種の身として、結構な刺激になったようである。

 その間に未千恵はテーブルの上の食器を全て流し台に運び込んで、テーブルを綺麗な状態にしてから両手をパンパンと叩き注目を向かせる。


「はーい皆、賑やかになりかけた所で悪いけど。お腹も膨れたところでこれから重要な話をします。今後に大きく関わってくるので、しっかりと聞いてもらえるかしら」


 お客様としてではなく、五丈の当主としての振る舞いに切り替わったのを感じた尚人たちは、すぐに静まり未千恵の話を聞く姿勢を整えた。


「……よろしい、それでは始めましょうか」





「まずは改めて、昨日の桜花連合との奮戦は本当にご苦労様でした。連中はソルトモールの制圧を足掛かりに勢力の更なる拡大を図っていたようですが、阻止する事が出来たのでしばらくの間は大きな動きは見せることはないでしょう」


 未千恵の話を聞きつつも、未千翔は昨日は本当に大変な状況だったと改めて思い返していた。五丈の屋敷から出る際に、一人一つまで携帯を認められる魔力回復薬と技術カプセルの作成セット。


 昨日の戦いでその両方とも使ってしまい、本来なら戦いに参加自体させるつもりすらなかった尚人の手も借りてようやく撃破が叶ったのだ。


(尚人くんに危害を加える奴がいたら、私が殴り倒すから安心して!!って一昨日大見得を切ったばかりだからこそ、私の力不足が余計恨めしいなぁ……)


 実際に宣言通りの行動は昨日、散々行った訳だが未千翔的には尚人の手を借りた時点でアウトだったと思っている。


「……そこで、一晩考えた末にあるプランを始動させる事に決めました。このプランを実行するに伴って、引っ越し前に封鎖した地下通路を再び開放します」


「え、地下通路……って、あの厳重に封鎖したところ!?」


 思わぬ場所が話題にのぼり、声に出してしまう未千翔。まだ教導生であった頃はこれも注意の対象となっていたが、寧ろ今はその疑問が出ても普通だとばかりに、特に未千恵が窘めたりする様子はなかった。


「その通りです、よく覚えてましたね未千翔。現・園川家の地下に通じる通路は私達が引っ越す際に、人目に触れないように厳しく封鎖しましたが……。今後の事を考えるとあそこの封鎖を解除し、活動範囲の一つに加える方が良いと判断しました」


「それで……その地下通路をどういう風に使う予定で?場所的にそう大きな事は出来そうにない気がするんですけど……」


 場所をイメージした上で、用途を尋ねる健吾。しかし返って来た答えは、完全に健吾どころか全員の想定を上回るものだった。


「ええ、もちろんそれは承知の上です。ですので、まずは地下通路を広くするための拡張工事を行います」


「……え、工事……?」


 いきなりの工事宣言に、面食らう麻子だがこれで終わりではなかった。


「次に、拡張して広くなった地下通路、もとい地下拠点に五丈の屋敷と往来するための転送ポータルを設置します。……あっ、ポータルの設置自体は実は今からでもすぐ可能です。必要な道具はもう昨日屋敷を出る時点で持ち出しているので」


 胸ポケットから、ガチャガチャのカプセルを取り出し開封する未千恵。その中からは、小型の丸い機械が出てきた。


「えー……っと、これは、レンズ……っぽい?」


 フレームの内側に嵌め込まれた、薄い水色の物体を見て真っ先に未千翔が感じた感想がこれだった。


「今はレンズ扱いですけど、設置して起動した後は通り抜けるためのスペースになるので特に気にする必要はありませんよ。……えっと、ところで……」


 説明を続ける最中、突然未千恵の歯切れが悪くなってきた。


「わ、私も……。喋り方、崩していいかしら?ハッキリ言ってこの喋り方、メチャクチャ疲れるの!!」


 突然の一大宣言に、場の空気が一時停止した。


「麻子と未千翔には前に話したと思うけど、私……15歳で肉体の成長が停止しているから素の性格もその辺りが準拠になっていてね。今までは当主として必要な威厳を保つために無理してそれっぽい喋り方や態度をしていたけど、もう限界!!」


 立て続けのカミングアウトに、事前に知っていた未千翔と麻子はともかく尚人はかなり困惑していた。今までのあの性格は、威厳を保つために作っていたと言う事になり、基本的には母娘でそう大差がない性格のようだ。


 健吾の方を見てみると、特に驚いたような顔をしていなかったので知っていたようだ。その上で今まで、付き合っていた事になる。


「この事実を知ったのは、あたしが一番最初よ。屋敷を出てから最初に連絡を取った時点で、もう敬語は必要ないって言われたわ。お互いに話すの疲れるから、もうやめようって……」


「ええっ、そんなに早くから!?いいなぁお姉ちゃん、私何て一昨日やっと敬語不要になったところだよ」


 長女と言う事もあってか、麻子は未千恵から相応の信用は得ていたと見るべきか。一方で未千翔に対して色々と遅かったのは、彼女自身が目的を果たせていなかった為にまだ早計だと思われていた可能性がある。


「いや、そもそも……。何でそんな状態になってんですか。普通の人なら体の成長が止まるとか有り得ないでしょうに……」


 ある意味では、五丈家の事情から最も縁遠い尚人が質問をしてみた。彼の言う通り、普通に生きていたらそんな状態になる事はない。


「当時は今と事情が違ってね。15歳になったらその時点で強制的に主探しの為に家を出る事になっていて、若い女性としての見た目を保つ為にある薬を投与されるの。その名もズバリ、不老薬ってね」


 不老薬、つまり老いる事のない薬である。基本的には実在しないモノとされているが、古くから様々な手段によって不老を欲する者は後を絶たなかった。そういった者たちが不老薬の存在を知ったら、大騒ぎになる事間違いなしであろう。


「私の時代ではまだ臨床実験の真っ只中だったけれど、そんなのはお構いなしに投与されたわ。予定だった不老の効果は問題なく出たのだけど、想定外の副作用も一緒に出てしまったの」


「……まさか、それって……」


 今までの話を聞き、想定外の副作用に何となく予想をつけた未千翔。


「貴女の予想通りよ、未千翔。想定外の副作用、それは投与した時点で身体の状態が固定され、以後一切の変化が起きなくなってしまうの」


「やっぱり……。それはもう不老不変って言うよね!?」


 老いず、変わらず。不老不変、まさにその言葉がピッタリ当てはまる状態である。


「そんな訳で、私は15歳・147センチの姿で今までずっと過ごしてきたと言う事でした……っと。臨床実験の途中である未完成品を投与された時はどうしたものかと思ったけど、案外何とかなるものね」


「あの、少しオレ気になったんですけど……。その不老不変ってヤツ、解除する事は出来るんですか?」


 付与できるのだから、解除もできるはず。そう思った健吾は一応聞いてみたのだが……。


「人間の作った薬だし、理論上は解除出来なくもないけど……。そのデメリットが非常に大きいからやる気はないわ。何せ、解除した瞬間に投与して以降の経過年数が一気に肉体に襲い掛かるらしいからね……」


 止めていた肉体年齢が、一気に襲ってくる。それを想像した尚人たちは青ざめ、黙ってしまった。経過年数次第では、その場で風化して消える事すら考えられるのだ。

 一度投与したが最後、死ぬまでその容姿を維持し続ける恐るべき薬剤・それが不老不変薬だった。


「投与する事そのものは決定事項だったけれど、事前に徹底した健康診断が行われて、万一危険な疾患などが見つかった場合は投与は中止される事になっていたの。知らずに投与した場合、一生治療不可になるからね」


「まあ、一生に関わる大事な投与だから事前準備は徹底するよね……。あっ、あたし気付いちゃったんだけど……そもそもあたしと未千翔ってどうやって生まれたの、妊娠出来ないんでしょその状態だと」


 ここで麻子が、物凄く重要な事に気付く。身体が変化を受け付けないということは、妊娠不可能であるはずなのだ。


「ああ、とうとう気付いちゃったのね……。それは、体外受精を行ったの。勿論身体には戻せないし代理出産を引き受けてくれる人もいなかったから、麻子たちは試験管ベビーって事になるわね」


「し、試験管ベビー……。ある意味、知りたくなかったような衝撃の事実がさらりと……」


 母体からの出産が不可能であるため、試験管の中で適切な状態にまで育てるしか方法はない。理屈ではわかっているとはいえ、生まれてきた当人たちにとってはかなり複雑な気分であった。


「はじめは子供の事は諦めていたんだけど、体外受精などの話を聞いてからはそれに賭けてみようと試してみてね。一回目で麻子が無事生まれて、欲が出てもう一人!と思って二回目で未千翔が生まれたのよ」


「「……」」


 当時を思い出したかのように、嬉しそうに話す様を見せつけられてもう姉妹は反論する気力すらなくなりかけていた。

 この興奮が冷めるまで、約10分の間話し合いは中断となった。

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