第11話・戦闘終結

 未千翔は既に信号弾による桜花連合の撤退合図を確認しており、それを未千恵に伝えようとしていたが……肝心の未千恵がすっかりハイになって魔法を撃ちまくっているため声をかけ辛い状況であった。


 炎・風・雷・氷・光・闇・重力など何でもかんでも好きに撃ち放題。後続の戦闘員たちも、視界に入る前に既に倒れているのがザラとなっており今の未千翔と健吾は反対側にいる尚人や麻子と同様に暇を持て余していた。


 ところが、途中でピタリと未千恵が魔法の乱射を停止。未千翔に手招きをして、自分の近くに来るように指示を出した。

 何の用だろうと思って近寄っていく未千翔は、この後聞かされる内容に驚かされる事になる。


「もう十分に私の気は済んだ事だし、後は貴女に任せるわ。あと一発くらい強力な攻撃をプレゼントすれば、東西共に完全に撤退するでしょう」


「え゛、気が済んだ……って……そんな中途半端な。それより西からの撤退の合図の事をいつ知ったの!?」


「さっき麻子が尚人くんと話している内容を、聴力強化して聞いていたのよ。今日のスケジュールが全部潰れた腹いせを桜花戦闘員たちにぶつけていたのは本気だったけどね」


 全く隠す気なしにストレス発散も兼ねていたと告げられ、困惑してしまう未千翔。気分を優先して動いているのであれば、これ以上の助力はもう期待できないだろう。後は未千翔一人でこの状況に終止符を打たなくてはいけない。


「そういう事なら、私がやるしかないかぁ。さっき出し損ねた切り札、今使っちゃおうっと」


 気持ちを切り替えて身体に魔力を再度纏い、両手の掌に纏った魔力を集約させる。その時、今まで麻子の傍にいた尚人がこちらに近寄って来た。


「最後のトドメをやるって事なら、俺も混ぜてくれないか?ちょっと、試してみたい事もあるんだ」


 そういって未千翔の隣に並び、左手を前に突き出して尚人も魔力を集中し始めた。だんだん集中させた魔力の弾が大きくなっていくのを見て、その場にいた全員が大なり小なり驚きを見せる。


「嘘、あれって魔力の集約技術!?いくら技術カプセルを二人分使ったとはいえ、ほんの1時間も経たないうちにモノにしているなんて……」


「オイオイ尚人、お前本当にどうなってんだよ?実は元々適性があった、とかじゃないよな?」


 麻子と健吾が一際大きな驚きを見せ、


「これは、なかなか面白い事になっているわね。未千翔と組む事でどれだけの力が発揮できるのか、とくと拝見させていただこうかしら」


 未千恵が興味をもってその場で静観、この戦いではもう必要ないとばかりに愛刀の『鴎』を虚空に収納し、腕組みをしていた。

 その未千恵が言う『面白い事』とは、隣り合って魔力を溜めている尚人と未千翔の二人がまるで共鳴しているかのようで、どんどん二人の身体の周囲が光っているのだ。


 当の本人たちはそんな事は露知らず、高まっていく魔力を制御して大技を撃つのに頭がいっぱいなのでそもそも自分たちの身体の周囲が光っている事にすら気付いていなかった。


 同じ頃、しばらくこちらから攻撃がなかったために部隊を立て直すことが出来た桜花の戦闘員たちは既に撤退の指示が出ているにも関わらず進撃を継続しようとしていた。現場と指揮の連携が上手くいっておらず、現場が勝手な判断で動いている証拠だ。


「あの連中、撤退命令を無視して進撃してきてるぞ……。ああいうのってどうなんだ」


「うちの教導だったら、確実に強制補習受講レベルの命令違反よ。……いや、もしかして問題行動ばかり起こす連中をかき集めて、今回の戦闘に捨て駒として放り込まれたのかも」


「……麻子、さすがにそれは深読みしすぎだと……とも思ったけど、あながち桜花連合の手口を考えると有り得そうなのが恐ろしいわね……」


 組織で飼い慣らせなくなった問題児は、過酷な任務に送り込んで合法的に処分する。最初は麻子が深く考えすぎているだけだと思っていた未千恵だが、これまで調べ上げた桜花連合のやり口を振り返ると本当に戦闘員を捨て駒にするとか有り得そうだと考えを改めた。


(こんなえげつないやり口を想像してしまう辺り、麻子は結構世間の荒波に揉まれてきたのね……。少しは色々と大目に見てあげるべきかしら)


 五丈の長女として色々と厳しい環境を経験してきた麻子を、少しは労ってあげるべきかと未千恵は考えていたが、未千翔と尚人の輝きが最高潮に達したのを感じ取って意識をそちらに向けた。


「すごっ……。私、こんな魔力の高まりを自分で感じた事は今まで一回もないわ!もしかしたら、今までより強力な大技が撃てるかも!!」


「こいつはすげぇな、これを撃てるってだけで胸がワクワクしてきたぜ。どうだ未千翔、タイミングを合わせて撃ってみないか?」


「面白そうだね、やってみよう!カウント方法は昔よく使ってた、『アレ』でいい?」


「『アレ』か、それでいこう!」


 完全に気分が高揚している尚人たちは、二人だけでノリノリで話を進めていた。そしてそのノリの良さに、一番ついていけていないのは健吾だった。


「なあ、あいつら二人は一体何の話をしているんだ?『アレ』っていったい……」


「ああ、そういえば健吾は知らなかったのよね。尚人と未千翔は小さい頃から妙に仲が良くて、二人の間だけでしか通じないような秘密もあったりするのよ。場合によってはあたしが割って入れないくらいに……」


「そ、そんなに深い間柄だったのか。尚人と未千翔ちゃんは……」


(……だからこそ、二人の関係に横槍を入れて引き裂く訳にはいかなかったのよね……。今のあたしには健吾がいるけど、未千翔は尚人以外の男は一切眼中になかった。万一が起きたらと考えると、恐ろしいったらありゃしないわ)


 頭の中で少し思考をしつつ、これから起こる事を見守る麻子。その後すぐに、状況は動いた。


「ブルー!!」


「イエロー!!」


(青と黄色……信号!?)


 突然発せられた声と、その内容に何となく関連性を見出した健吾。つまり、この後発せられる言葉はだいたい予想がつく。


「「仕上げはレッド!!」」


 全く同じタイミングで発せられた最後の合図、やはり健吾の予想通り信号機の色だったようだ。


 両手首を上下に重ねて掌を大きく開いた未千翔が、ほんの僅かではあるが先に大技を発動。


「荒れ狂う龍の息吹……『ドラゴンブレイザー』!!」


 未千翔の開いた両手から、炎の光線とも言うべきエネルギーが放出される。


「とりあえず仮の名前で……『フルチャージ・シュート』ってな!!」


 尚人の左手からは、先ほど麻子が撃ったエンドオブバスターよりは小さいものの、似た様な形状のエネルギー弾が撃ち出された。ただし尚人が扱うにはまだ不相応な部分が大きかったようで、撃った本人が反動で後方に飛ばされるというアクシデントが発生。


 すぐ近くにいた健吾に受け止められ、身体を起こして自分が撃った光弾の行く末を見ていると予想だにしていない事態が起きた。光弾と光線が途中で接触し、双方が合体して一際巨大な炎を纏った光弾と化したのだ。


 この光景はさすがに未千恵も冷や汗を流し、組んでいた腕を解いて麻子に呼びかけた。


「麻子、不得手なのはわかってるけど私も協力するから全力で結界張って!!さすがにあの合体技は放っておいたら被害が物凄いことになるわ!!」


「わ、わかった!!広域外部遮断……『バリアール』!!」


 麻子が展開した外部遮断の結界魔法を、未千恵が魔力供給に協力する事で大幅に強度が向上。結界魔法が完成した直後、炎の光弾が戦闘員の集っている箇所に直撃し盛大な大爆音を響かせた。



 爆音と同時に発生した衝撃も結構なもので、着弾した箇所には火柱が立ち昇っていた。これではもはや、戦闘員は生きてはいないだろう。撃った本人である尚人と未千翔は、想定を大幅に超えた状況に呆然として開いた口が塞がっていなかった。


 そして残った戦闘員たちは、これ以上の戦闘行為は本当に危険だと判断し倒れている戦闘員たちを置き去りにして全軍撤退していった。


 特にする事がなく、完全に手が空いている健吾が着弾地点を確認しに行ってみたところ、不意に足が止まった為、気になった麻子と未千恵が後に続いた。そこで健吾たちは、驚きの光景を目にした。


「こいつら……生身の人間じゃねぇ。そこかしこに転がっている奴ら、全員ロボットだ……」


「ええっ!?さっき、尚人の家に戻って来るまでの間に襲ってきた戦闘員は言葉も話した、きちんとした人間だったわよ!?」


 突然の、戦闘員がロボットだったという健吾の発言に麻子はとても驚いた。麻子の後ろにいた未千恵が、残骸となった戦闘員をちらりと見て健吾とは別の事に気付く。


「麻子、少しこいつらの覆面を見てみなさい。桜花連合の象徴である、桃のマークがないわ」


「ああっ、本当だ!!……って事は、コイツらは自分の意思を持っていない量産型の下っ端で、さっき襲ってきたのは生身の正規団員……って事かな?」


「恐らく、その認識で概ね正解よ。ここに送り込まれてきた大量の戦闘員は、自己意思を持たず統一された一つのプログラムを書き込まれて作られた使い捨ての即席戦力。数の暴力の為に使われる存在、手心は一切必要ないわ」


 ロボット戦闘員を、量産型の戦力と断じた未千恵。これでまた一つ、桜花連合の情報が明らかになり、連合への対策を考える材料が一つ増えたことになる。再び腕を組んで考え事を始めようとしたが、その前に尚人と未千翔が呆然自失から立ち直り駆け寄ってきた。


「この戦闘員たちがロボット、って言われてもちょっと信じにくいよ。魔力だって吸収出来たし、その時に呻き声のようなのを上げたの私聞いたもの」


「なら未千翔、こう考えてみてはどう?桜花連合は、機械に魔力を持たせたりすることの出来る技術力を持った危険な一団だって。正直、このままだと世の中がどんな方向に向かっていくのか危ういわ」


 未千恵の発言内容に、未千翔はすっかり反論する気を失ってしまった。その内容を信じるのならば、今まで考えていた以上に桜花連合がヤバい奴らだという事になるからだ。


 そしてそんな連中と一度でも交戦してしまったからには、今後も戦いは避けられないと思った方が良い。


「うう~、私はただなおくん……尚人くんと一緒に過ごす事が出来ればそれだけで良かったのに、何でこんな盛大な邪魔が入るのよぉ……」


 昨日ようやく長年の望みが叶ったばかりだと言うのに、24時間と経たないうちにまた二人きりの甘い夢はどこかに行ってしまった。これでは嘆きたくもなる。


「大丈夫だ未千翔、俺と一緒の時間は可能な限りこれから設けるし、今日からは戦力として戦えるようになった。桜花連合の奴らに一泡吹かせてやろうぜ」


「そうよ、尚人の言う通りだわ。それに……今日からあたしもお隣さんになるし、かつお姉ちゃんとしてのお付き合いがまた始まるのよ」


「未千翔ちゃん一人が連合と戦っていく訳じゃなくて、オレたち全員が今後奴らと戦っていく事になるんだ。持ちつ持たれつ、で行こうぜ?」


「尚人くん、お姉ちゃん、健吾さん……。みんな、ありがとう。おかげで元気出てきちゃった!」


 もはや身内と言っても差支えのない者たちからの励ましを受け、立ち直る未千翔。


「元気が出たようで何よりね未千翔。さて……急いで尚人くんの家に入りましょう!私が維持を頑張ってたけど、そろそろ結界の効力が完全になくなりそうよ。そうなったらこのご近所がどういう動きをするか……」


「「「「あ゛」」」」


 先に仕掛けてきたのは桜花連合だが、このご近所で散々に大暴れしたのは間違いなく尚人たちだ。広域外部遮断の結界が完全に効力を失う前に、尚人の家に5人は入って玄関ドアを施錠。後の事は徹底的にしらばっくれる事にした。





 新居家の台所兼リビング、ここが外から一番遠い部屋であった事から尚人たちはここに全員集合していた。

 未千恵は一仕事終えたような気分になっており、当主としての証でもある金縁の入ったマントを外して黒いメイド服の姿でソファーに腰かけていた。


「色々とあったけれど、今回はみんな本当にお疲れ様でした。私個人としても、今回の件は収穫がいくらかあったので無駄骨を折った訳ではなくて安心しているわ」


「まさか下っ端戦闘員がロボットだったとはな……。あんな短い時間で大量の戦力を差し向けてきた理由の一端がわかった気がするな」


「本当にあれは驚いたわ。……って事は、今も下っ端戦闘員の元となるロボットが絶えず生産され続けているって事にもなるよね。このままじゃ戦力差が広がる一方じゃない?」


 今回の戦いでわかった事を話し始めた尚人と麻子だが、これを放っておいてはとんでもない勢いで戦力の差が広がり続ける事に気付き懸念が生まれる。


「……そうね、確かにこのままでは危ないわね。屋敷に戻ったら大至急、桜花連合の保有する生産工場を突き止めるべく調査を開始するわ。一ヶ所で全ての生産を賄っているのは考えにくいから、かなりの広域かつ大規模な調査活動になりそうね」


 麻子たちの懸念を真剣に受け止め、未千恵は捜査グループの結成を決めた。生産工場を突き止めてその活動を停止させれば敵戦力の劇的な増加は防げる。


「何かわかったらこちらからも連絡するけど、貴方達の方でも情報が得られたら五丈の屋敷に連絡をしてちょうだい。……それじゃあ、物騒な話はここまでにして、と」


 両手をパンパんと叩き、温和な表情になって話題転換を図る未千恵。当主としての顔から、二児の母に戻ったのだ。


「麻子に未千翔、こうして直接顔を合わせるのは随分と久しぶりね。1年以上ご無沙汰だったかな?」


 一族に課した役目とはいえ、1年以上も親元を離れて寂しい思いを今まで堪えていた麻子と未千翔。しかし、とうとう我慢できなくなり……。


「「お……、おかあさ~~んっ!!!」」


 ほぼ同じタイミングで、姉妹は未千恵に泣きながら抱きついた。まさしく感動の光景である。


「素晴らしい光景だねぇ、そうは思わないか尚人よぉ?」


「……まぁ、そうだな……。幸せそうな光景だな……」


(……しまった、コイツ両親亡くしてるんだって事忘れてた!!落ち込ませなきゃいいが……)


 軽はずみな発言をし、尚人を気落ちさせたかもしれない事を恥じた健吾。そんな時、尚人の持っていた端末が振動した。


「お、電話だ……。はいもしもし、尚人ですが……」


 突然の着信に、未千翔と麻子も声を止めて通話の邪魔にならないように心遣いをした。だが、だんだん尚人の声のトーンが下がり顔色も悪くなっていくのを見て一抹の不安が過る。


 ややあって通話を終えた尚人の顔は、冷や汗を流しかなり顔色が悪かった。


「な、何があったの尚人?……あんまりいい話じゃないように思えるけど……」


 ただ事ではないと感じた麻子が真っ先に尋ね、深呼吸をしてから尚人は答えた。


「俺のアルバイトしてた店が、さっきの戦闘で巻き添えを食ってボロボロになったらしい……。全面改装、というか修復が必要になるからアルバイトを含めた全従業員はいったん解雇するってよ……」


「……えっ、ええーーーっ!!??」


「おいおい、マジかよ……。大丈夫なのかそれ……」


「あ、あたしと母さんで頑張って外部遮断の結界張ったのに……。外に被害出ちゃったんだ……」


 突然のアルバイト解雇、1週間あたり3日のそれほど多くないスケジュールとはいえそれなりに気を入れてやっていた事だったので尚人にはショックが大きかった。


「ちょっと尚人くん、大丈夫!?何か顔色がヤバい事になってるよ!?」


「だ、大丈夫だ未千翔、またバイト先は他を探せば……」


(……今までの日常が崩れるのって、やはりショックが大きいようね……。尚人くんのご両親は亡くなられたという話のようだから、色々と私が後方支援をするべきね……)


 凄い勢いで変わりつつある尚人の周辺事情を支えるために、娘二人のみならず尚人の後方支援も行う事を決める未千恵であった。

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