第10話・援軍到来

 麻子が持ちうる一番強力な攻撃手段『エンドオブバスター』の炸裂により、尚人&麻子の方面は戦況が一時的にではあるが落ち着いた。

 尚人の家を飛び出す前に半分ほどまで回復させた魔力を、一発で全て消費させてしまったがその分バスターの威力がかなり跳ね上がり、周囲に倒れている桜花連合の戦闘員はほぼ戦闘不能に陥っていた。


「すっげぇ威力だったな、さっきの光弾。あれがもしかして、麻子の切り札か?」


「そうよ。普段はあれを使うときも残存魔力を全て籠めるような真似はしないんだけど……今回は状況が状況だったからありったけの魔力を使ったわ。あ、補給については心配しないで」


 倒れている戦闘員たちに掌を向けると、紫色の光が戦闘員たちの身体から抽出されて麻子の身体に取り込まれていった。何やら戦闘員たちから呻き声のようなものが発せられたが、とても小さな声だったので尚人たちの耳には入らなかった。


「迷惑料代わりに、コイツらから徴収すればいいだけの話だから。はい尚人、念のため余剰分を少し分けておくわね」


 麻子から先程受け取り、飲み干した小瓶によって尚人の魔力は既に全快してはいたが、その上で余った魔力を麻子から受け取った。許容量の限界を超えた魔力を保有した事により、尚人の身体から余剰魔力が表面化していた。


「な、何か凄い感覚だなコレ……。扱いきれる限界を超えたってこういう感じなのか……」


「あんまり過剰な期待はしない方がいいわよ、せいぜい1発多く撃てるってくらいでないと尚人の身体が持たなくなるから。限界以上の魔力保有をやり過ぎて、内部破裂したって人もいるくらいだからね」


「……うわ、それは恐ろしいな……。つい想像しちまったぜ」


 許容量を大幅に超えた魔力を溜め込んだ結果、内部から肉体が破裂するという前例を聞いた尚人は思わずその光景を想像してしまい顔が青くなった。


「まぁ安心してちょうだい、そこまでのムチャを強いるような状況には私がさせないから。それに……もう少しでとっっっても心強い援軍が到着の予定だから」


「援軍、って……?……ん、上空から何か音が聞こえてきたぞ……」


 不意に上空から聞こえてきた音の正体が、段々露わになる。それは、一台のヘリコプターだった。


「……小型のヘリ?いったい誰が乗っているんだ……」


「どうやら到着したみたいね、『母さん』が。この戦い、もう勝敗は決まったようなものね」


「え゛っ!?母さん……って事は、未千恵さんが乗り込んできたのかよ?……さっき家の中に入った時に呼んだのか」


「まあ、ね……。今日の残った予定全てをキャンセルする事になった、って言ってたからかなり派手に暴れそうな予感がするわ……」


 尚人と麻子が会話をしている間に、ヘリコプターは空高くで高度を保ちそこから何かが勢い良く飛び出してきた。

 長く伸ばした銀髪に青い瞳、そして黒いメイド服の上から纏った金色の縁取りが施された同じく黒いマント。この人物こそ、麻子と未千翔の母親・五丈未千恵。


 尚人が知る未千恵とは服装がかなり異なっているが、五丈家の女性は全てメイドになるという事を思い出してすぐに自分自身で納得した。



 そして当の未千恵は、ゆっくりと下降しながら周りを注意深く見回していた。


(ふむ……麻子と未千翔も結構頑張ったみたいね。桜花連合の戦闘員が相当数倒れているのがよく見えるわ……。尚人くんに技術カプセルを二人とも与えたってのには驚いたけど、それだけ尚人くんの事を信頼しているって事かしらね)


 自分も含めて、妙に尚人への信頼が高い事を思い返す未千恵。そう考えているうちに地面に足が付き、麻子と尚人が近寄って来た。麻子と直接顔を合わせるのはしばらく振りとなるが、元気な姿は以前と変わらないようで内心安心していた。


「しばらく振りね、麻子。西側のあの状況は貴女がやったのよね、上から見て結構凄い事になっていたわよ。倒れている戦闘員の数が百や二百じゃ済まない感じね」


「あ、やっぱりそれくらいの巻き込みは出来ていたんだ……。後続部隊がなかなか来ないから気にはなってたんだけど」


 遠慮や手加減一切なしで、その時点で回復していた魔力全てを籠めたバスターを撃った事により、なぎ倒した戦闘員の数はだいたい麻子の予想通りの結果になっていた。この分ならば、未千恵自身が援護をしなくても西側の方は問題ないだろう。


 ここまでの状況で結論を出した後、近くで立っている尚人に声をかけることにした。最後に見たのはもう随分前の子供の頃なので、当然といえば当然だがかなり大きくなっていた。


「あなたが尚人くんね、声は昨日聞いたけれど姿を見て少し驚いたわ。まるであなたのお父さんにソックリじゃない」


「やっぱりそうなんですか?よくそう言われるんですけど、自分ではあまりそんな気がしないんですよね……。それで、ご足労はありがたいですけどこの後どうするつもりですか?」


「その事なのだけどね、東側の対処をしている未千翔と健吾くんに加勢する事にしたわ。西側はあなたたち二人、と言うかほぼ麻子が片を付けてしまったようだし……。あれだけの被害が出たら、さすがに撤退を検討するでしょ」


 簡潔に用件を話し、未千恵は東側の足止めを行っている未千翔と健吾の元へと歩いていった。その途上で、ほんの少しだけ魔力を開放しながら。


「念のために、西側の監視・警戒をお願いするわね。もしかしたらもう来ないかもしれないけど」


 そう告げて、未千恵は東側で戦闘中の未千翔と健吾の元に向かった。ちなみに、上空に停滞していたヘリコプターは未千恵の魔力開放を検知すると、即座に戦闘に巻き込まれるのを避けるために帰っていった。



 東側の戦闘員を相手取っていた未千翔は、不意に背後から感じ取った濃密な魔力に寒気を感じた。

 先程から話し声自体は聞こえていたので母の未千恵が来た事そのものは知っていたが、まだ振り向いていられるほど余裕はなかったのでそのままにしていたのだ。


 そんな事を知ってか知らずか、健吾は前方に弱い水の魔法を振りまいた後に雷魔法を範囲重視で放ち、感電効果で戦闘員たちを次々と無力化していった。彼も魔力はそう多く保有している訳ではないので、こういったギミック的な戦い方がメインとなっている。


「全く、本当にコイツら底なしかっての。いつになったらケリがつくんだ?」


「もう結構な数は倒してますけどね……。お姉ちゃんも大技使って攻勢をストップさせたようだから、私もそろそろ大技やってみようかな……?」


 いよいよ大技の使用を検討し始めていた未千翔、そこへ先程の濃密な魔力の持ち主が到着した。


「健吾くん、未千翔。ご苦労様、少し私にもお裾分けを頂けるかしら?ひと暴れしたくてしょうがないのよ……」


 その発言を聞いた途端、未千翔の表情は引きつった。これは有無を言わさないヤツだと、従わねばこちらに矛先が向くと……。


「「あ、ご自由にどうぞ……」」


 完全に気圧され、未千翔と健吾は道路の端に退避した。十分な広さを確認した未千恵は満足そうに頷き、右手を虚空にかざした。


「御出でなさい、我が刀『かもめ』!!」


 その呼びかけに応えるように虚空から一振りの刀が出現し、吸い込まれるように未千恵の右手に収まる。

 即座に鞘から刀を抜き、更に魔力を高めながらどの程度まで引き上げるかを調整する。


(魔力を上げすぎると周囲への被害も大きくなるし、2割から3割が限度ってところかしらね。……そろそろ始めますか)


 魔力調整が完了した未千恵は、抜き身の刀を足元から振り上げて衝撃波を飛ばした。発生した衝撃波は戦闘員たちの足元で炸裂し、小さい竜巻を生み出して大勢の戦闘員たちを空高く打ち上げてしまった。


 間髪入れずに今度は刀を斜めに振り下ろしたかと思うと、次はスパークを纏った紫色の斬撃が横並びに2発飛来。これに当たった戦闘員は感電し動けなくなる。しかも一人に当たって終わりではなく、斬撃に籠められた魔力がなくなるまで後方に貫通し何人もの戦闘員を次から次へと感電させていく始末であった。

 そしてこれを5回ほど繰り返した結果、だいたい前方100メートル付近にいた戦闘員のほぼ全員が感電し到底戦闘など行える状況ではなかった。


「お、おい未千翔ちゃん。これってもう、戦闘になってないんじゃ……」


「言わないで……。寧ろこれからがどうなるか。相手の抵抗を奪った後に好き放題に蹂躙するの、うちのお母さんの十八番だから」


「これからが敵にとっての、本当の地獄ってヤツか……」


 これから、桜花の戦闘員たちにこの世の地獄が降り注ぐ。そう思うと、少し敵を哀れに思う健吾であった。



 一方、背後で徹底した蹂躙劇が行われている状況を尚人と麻子はあえて見ないようにしていたが、どうしても桜花戦闘員たちの悲鳴が木霊するのは避けられなかった。


「相当溜まってたのね、母さん……。後ろがどういう状況になっているのが容易に想像できる分、絶対直視したくない……!!」


 過去にその恐ろしさを間近で見た経験のある麻子は、視界にその光景を入れない事で自己防衛を図っていた。


「西側を警戒しとけ、ってさっき言われたけど……。20分以上経っても戦闘員の一人も来ないな。もう本当に撤退の検討してるんじゃないか?」


「そうだといいんだけど……。それでも指示を無視して勝手に動くと、結果次第で厳しいお叱りがあるからもう少し待ってみましょ。待っている間に先程消費した魔力も全て回復したから、万一次の相手が来ても万全のコンディションで迎え撃てるわよ」


「それもそうだな……。……おっ、空に何か打ちあがったぞ?」


 西の空に何かが打ちあがったのを見つけた尚人。そのまま少し様子を見た後に麻子が魔力を纏って浮遊し西方向を確認、すぐに降りてきた。


「どうやら桜花の連中、今回の作戦を中止するような感じね。残った戦闘員が倒れた連中を拾って撤退していくのが見えたわ」


「そうなのか、そりゃあ朗報だな。……って、どうやってそれを見る事が出来たんだ!?」


「そこは魔力で視力を一時的に強化した、って事で。どうやらさっき打ち上げられたのは撤退合図の信号弾かそこらだと思うの、もうこっち側はこれで安心ね」


 ソルトモールを占拠している西側の本隊が撤退を選択した事で、これ以上の増援はないと判断。数十分に及んだ戦いは、ようやく終わりの兆しが見えてきたようだ。麻子は警戒のために纏っていた魔力を解除し、ほっと一息をつく。

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