第9話・迎撃態勢!

 技術カプセルを口の中に放り込んですぐに、尚人の中で効果が現れ始めた。今まで彼には殆ど縁のなかった力である魔力が奥底から引き出されるような感覚から始まり、続けて燃え盛るような炎、更に荒れ狂うような風……。


 様々な力が突然身体の底から湧き上がってきては、ゆっくりと静まっていく。


「一応は上手くいってるようだけど……。いったい何が引き継がれたのかな?」


「最低でも、あたしの風魔法と未千翔の炎魔法はどちらも引き継がれたようね。後はちょっとわからないかな、もう沈静化にかかっているようだから」


 手を伸ばして、尚人の身体から放出される魔力の種類を探る麻子。そのついでに、コントロールが不十分で放出される魔力をちゃっかり吸収し自身の魔力を少しでも早く回復させようともしていたが、すぐに吸収できなくなってしまった。


「あー、もう吸えなくなっちゃったかー……。制御が不十分な垂れ流し状態の魔力って、結構吸いやすいからちょっと期待してたのに」


「それは残念だったな麻子、引き継いだ技能が結構あっという間に浸透したから制御も割と早期に出来るようになったみたいだ。ただ残念な事に俺の素の魔力量はだいぶ少ないようだな」


「え゛っ、それはちょっと……どころかかなりヤバいんじゃない尚人くん!?戦っている間にガス欠起こしたら本当にピンチだよ!!」


 技能を引き継いだはいいものの、それを主に扱うためのリソースである魔力の最大量が少ない事を聞いて軽い悲鳴を上げる未千翔。数回使ったら即ガス欠では話にならないからだ。


「なあ麻子、魔力の消費量を抑えるとか最大魔力を一時的に引上げられるような道具とかは持ってないのか?今の尚人には必要だと思うんだが」


 状況を分析し、解決になりそうな案を提示してみた健吾。だが、その解答は残念なものとなる。


「そういった道具が存在する事は知ってるけど、それを入手した事は残念ながらないのよ。所持していたら今までの時点で迷わず使ってるわ」


「それもそうだよな。尚人、初めての魔力運用はいきなりハードモードでのスタートになっちまったな」


 残念な事に、この状況を改善する手立ては期待しない方が良さそうである。


「私、持ってるけど?消費魔力をちょこっと軽減する装備でよければ、だけど……」


 そう言いながら未千翔は、服の下に着けていた腕輪を取り外して尚人に見せた。腕輪の中心に光る赤い玉のようなものが嵌まっており、特殊な力を持った装備である事を主張しているようだった。


「未千翔、これって……。1ヶ月くらい前に隣町の中古屋で売ってたのをあたし見た事あるわ。ニセモノ臭いから購入を見送ったけど、まさかアンタが買ったなんて……」


「お姉ちゃんも見た事あるんだコレ。もしコレがニセモノだとしても……今の尚人くんには多少は役立つと思うよ。さっきまで私が使ってた時、普段より消費魔力が抑えられている感覚があったから」


「ふぅん、ニセモノだと思ってたけどちゃんと効力がある代物だったんだ。使ってみたら尚人、素の状態よりは戦いやすくなるかもよ?」


麻子と未千翔の二人によって、この装備品がきちんと効力を有した代物である事が保証された事により尚人は腕輪を受け取って装着する。装着が完了すると腕輪に嵌まっている赤い玉が一際強く光り、徐々にその光りは鎮まっていった。


 その直後、西の方角から慌ただしい音が近付いてきた。どうやら、桜花連合の構成員たちが追い付いてきたらしい。


「未千翔と麻子は家の中に入って、出来るだけ魔力の回復をしてくれ。俺一人で抑えられるには限度があるから、後から手助けを借りる事にはなると思う」


「……そうね、その方針が良さそうね。何とか実戦に戻れる範囲内まで魔力の回復を急ぐから、間違ってもやられるんじゃないわよ尚人!」


「気をつけてね、その腕輪で減らせる消費容量は本当に気持ち程度だから。元々の魔力が少ない尚人くんだと更に効力が弱くなってるかもしれないから、出過ぎちゃダメだよ」


 励ましているつもりだが、却って不安を煽りかねないセリフを平然と言い放つ未千翔。言っている本人は全くその自覚がないようで頭に疑問符を浮かべているが、周りで聞いていた麻子と健吾は頭を抱えていた。


「おいおい未千翔ちゃん、尚人も子供じゃないんだからその位は大丈夫だと思うぞ。もう少し、幼馴染を信じてやったらどうよ?」


「前からアンタは尚人に甘い部分があるのは知ってたけど、これは甘いを通り越して過保護と言ってもいい部分よ……。傍から見てると、どっちが年上なのかわからなくなってくるわね」


「えーっ……。健吾さんもお姉ちゃんも、揃いも揃ってそんなに言わなくてもいいじゃない。私は純粋に尚人くんが必要以上に傷ついてほしくないから、最低限の事を言っただけなんだけどな」


 未千翔なりの主張はあるようだが、まだ尚人の戦力が自分より下だと考えている節がある……と麻子と健吾は感じていた。確かに戦闘訓練も積んだ五丈の正規メイドと一般人そのものである尚人とは基礎戦闘力にかなりの差があるのは明らかなのだが。


「色々と気遣ってくれるのは有難いけど、もう本当に時間がないようだから行ってくる。もうかなり音が近付いてきてるみたいだ」


 尚人の言う通り、普段のこの時間帯では有り得ない量の足音が響いてきた。恐らくは未千翔と麻子が撤退した後にソルトモールから応援を呼び、戦力を増やしてきたのだろう。あまりに音が大きいので、危険性を感じ取った麻子はそのまま家の中に入って扉を閉めてしまった。


「あっ、お姉ちゃん引っ込むの早すぎ!……ってしかも、鍵締めちゃってるし!!」


 まさかの未千翔締め出しである。こうなってしまってはもう、戦力の気遣いとか魔力が回復してないとかそんな悠長な事を言っている場合ではなくなってしまった。


「……お姉ちゃん……後で覚えときなさいよ……」


 閉じた扉に極限まで近づき、恨み節の籠った一言を告げる未千翔。その間に尚人は道路へと飛び出し、右手に集めた風の魔力を振るって円盤状の刃を飛ばし攻撃を開始していた。

 麻子が使っていたエアブレイドと原理は同じだが、尚人は魔法の熟練度合いが低いので手に風の刃を留めておく事が出来ず、ただの遠距離攻撃手段と化していた。攻撃魔力の低さ故に与えられるダメージはそう大きくはないが、腕輪の力によって消費する魔力が抑え込まれている故に連射が可能だった。


「おー、予想していた以上に使いこなしている感じだね。でもダメージ効率は良くなさそうだし……もうこうなったら私も虎の子を切るしかないかな」


 押し寄せてくる敵の数に対して、まだ倒せているのはほんの一桁でしかない。このままでは物量差で押し切られると判断して未千翔は、ポーチにしまっていた水色の小瓶を取り出してその中身を一気に飲み干した。その効果は即座に現れ、消耗していた魔力が最大まで一気に回復する。


「よしっ、これで私も参戦できる!!」


 魔力が全快した未千翔は、空っぽになった小瓶に少しだけ魔力を込めてそのまま勢い良く射出。小瓶が横回転しながら飛んでいき、迫りくる敵部隊のうち一体の顔面を直撃。その威力は一発で小瓶が砕け散り、あまりの痛みに進軍が一時停止して後続部隊の後がつっかえる程であった。

 続けて未千翔は左手に炎の玉を生み出し、掌を突き出して東側から迫ってきていた連合の部隊に撃ち出した。先程も使っていたファイアーボールの魔法だが、連戦に備えて消費する魔力を少し抑えている。それでも結構効果があるようで、倒された部隊兵が道路に少しずつ増えていった。


「尚人くん、東側の敵は私が引き受けるから貴方は西の敵に集中して!!私の予想が正しければ、きっと今頃お姉ちゃんも何かしらの行動を起こしているはずよ!!」


「そうである事を願いたいな、っと!てか健吾のヤツはいつまで引っ込んでやがんだ、いい加減回復してるだろうから出てきてもらいたんもんだぜ!!」


「あはは……あんまりそっちの方面には期待しない方がいいんじゃないかな……。参戦しないものとして考えた方が気が楽になるかもしれないよ」


 相手の方を振り向かず、背中合わせに近い状況で会話する尚人と未千翔。視線の先には数えるのも面倒になる程の敵が未だ健在なので、余所見をしている余裕はないのだ。眼前の敵を一体でも多く減らすべく、二人の奮闘は続く。





 その頃麻子は、実家である五丈家へ、正確には母の未千恵への連絡を終えたところであった。額に流れた汗を拭い取り、スマホをポケットの中に収める。


「どうだった、協力は得られそうか?」


「何とか、ってところね。少し怒られたけど、元々水面下で桜花連合の動きは探っていたからある意味いい機会だって言ってたわ」


 怒られた理由の1つは、何の相談もなく桜花連合との闘いを始めてしまった事であったが向こうが先に襲ってきた事を伝えたらすぐに納得してもらえた。そしてもう1つは、今回の緊急連絡によって本日の予定が総崩れとなった事も含まれていた。


「スケジュールが総崩れになった鬱憤を、連合の奴らにぶつけるって言ってたから多分直々にこっちに来るわね。尚人から数日以内に来るって話はさっき聞いたけど、まさか今日に前倒しになるとはねぇ……」


 未千恵の来訪は、連合の者たちをどうにかするついでだと麻子は推測するが、未千恵は訪問先で行える事は速やかに済ませようとするタイプだ。どうやってここに来るのかは分からないが、それほど時間をかける事なくやって来るだろう。


「健吾、そろそろ『私』達も出るわよ。アンタも足の疲労はもう回復してるでしょ?」


「おう、もう流石に大丈夫だ。それにしても麻子の『私』って一人称、かなり久しぶりに聞いたな」


「普段は気楽でいたいからね、本気を出す必要ない時は『あたし』で通す事にしてるの。……さてと、魔力も半分くらいは回復した事だし出撃しますか」


 母・未千恵が来ると分かった以上は、五丈の長女としてこの状況に静観はあり得ない。寧ろ妹や、密かな(事実上バレているが)想い人かつ元来は桜花連合・五丈家のどちらにも属さない尚人に任せきりにしたとなれば大目玉は確定だ。


 勢いよく扉を開き、状況を確認するとやはり尚人が不利な状態であり押され気味になっていた。一方の未千翔はやや余裕があり、消費した魔力を敵から吸い取ることで自らの魔力を回復、それでもなお余る場合は尚人に送っていた。


「こりゃまずいねぇ、このままじゃ尚人の方が先に崩されるのは火を見るよりも明らかだ。……さて、どうするよ?」


「そんなモン、決まりきった事でしょ。私が尚人を援護するから、健吾は未千翔のお手伝いをしてあげて。使えるんでしょ、魔法?」


「当然さ、園川の屋敷にいた頃に会得済みだぜ。さぁ、そろそろやろうか!」


 状況確認終了後、麻子と健吾は即座に行動を開始した。





「ちっ、これがさっき麻子や未千翔が経験した魔力切れってヤツか……。確かに、ちとしんどいな……」


 尚人は初めて経験する『魔力切れ』と言う現象に、思わず舌打ちをする。いくら未千翔から貸してもらった腕輪の力で魔力の消費量が抑えられているとはいえ、最大魔力量が少ない尚人ではあっという間にガス欠になってしまった。

 時折未千翔が敵から吸い取った魔力のうち、余りを分けてくれているがそれでもなお現状では足りなさ過ぎる。


「これ以上、余り物のお裾分けに頼りきりになるわけにも、いかねぇよな……。つーかさっきから汗の流れる量がすげぇんだけど、もう今の季節って秋だよな……」


 季節柄に合わない大量の発汗、これは内包魔力の激減によって身体の内側から疲れている証だった。身体の動さも鈍り、前方にいる敵の群れに対して構える力も残っていない。

 万事休すと思われたが、唐突に助けは訪れた。


「そこを動かないで、尚人!!デカいのを一発、ぶちかますわ!!」


 後方から聞こえた麻子の声、その方向を振り向こうとしたが疲労によって動きが鈍っていたこともあり結局は麻子の要求通りその場を動かなかった。尚人が麻子の希望通りにその場から動かなかったのを確認した麻子は、両手に魔力を集中して眼前に突き出す。


「これが私の最大魔法よ!!くらいなさい……『エンド・オブ・バスター』!!」


 麻子の叫びと共に、集約させた魔力が開放され自身の前方に巨大な光弾が撃ち出された。その威力はかなりのもので、射線上にいた桜花連合の戦闘員たちは殆どが倒れ伏しており、数百メートル先で爆発。その距離まで被害は及んでいた。


「……うわぁ、なんて威力だよ……。ここで倒れているヤツら、百や二百じゃ済まないだろ……」


 あまりの状況に、尚人は麻子が頼もしいと同時に若干恐ろしく感じた。まさかこんな超強力な隠し玉を持っていたとは……。

 そんな尚人の内心を見抜いたかのように、麻子はニッコリとした笑顔のまま尚人に近づいて手持ちの小瓶を差し出し、中身を飲ませた。


「どうよ尚人!これが『マジックメイド』・五丈麻子の本気よ!!」

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