第8話・迫りくる(色々な意味で)危険なヤツら

 ソルトモールを離れ帰路につき始めた尚人たちだったが、すぐに様子がおかしい事に気付く。土曜日の午後、普段であれば相応に人通りの多い筈なのだが今日に限っては全然人が見当たらない。


「何なの、この静けさは……。モールで事件が起きたばかりって事を差し引いても、ちょっと静か過ぎない?」


 店から借りた買い物カートを押しながら、辺りの静けさに疑問を抱く麻子。一度振り返って現場を見るが、こういった事件には付き物である野次馬が殆どいない。


「白昼堂々の事件で、関わりたくないと思って家の中に閉じこもっているってのが可能性が高そうだな。オレたちも早く帰りたいところだが……どうやらそう都合よくは行きそうにないようだな」


 荷物もカートも持たず、周囲の様子を見ていた健吾だったがすぐに何かを感じ取ったようだ。ある一定の方角に注視すると、そこから武装した集団がこちらに駆け寄ってきた。


「キサマたちだな、モールの占拠完了寸前に逃げ出した四人組の男女は?我々の事が外に漏れる訳にはいかんのだ、大人しくモールまで戻ってもらおうか」


 額に桜模様の描かれた覆面を被っている集団の一人が、警棒のようなモノを突き出して高らかに要求する。他の覆面たちも金属バットやクワなど、色々な武器を持っているようだ。


「コイツらの恰好、どこかで見た覚えが……。あっ、思い出した!!確かコイツらの格好、桜花連合おうかれんごうのと一緒よ」


「桜花連合、……って最近ニュースとかでよく名前を聞く集団だな。その殆どが何かしらの事件を起こして逮捕されてるニュースばっかりだが」


 麻子が覆面たちの見た目を思い出し、彼らの所属する集団がよく事件を起こす危ない団体である事を思い出した尚人。まさかそんな連中と鉢合わせするとは思ってもいなかったが。


「我々の事を少しは知っているようだが、逮捕されるようなバカ共と我らは違うぞ!!この街最大の商業施設であるソルトモールを制圧する事によって、いずれ来る革命の時への気運を高めるのだ!!」


「……それって、普通に暮らしている人たちにしたら物凄く迷惑な事だってわかってるの?現に今、私達にとっても迷惑かかってるんだけど」


「それがどうした、そのような事は大事の前の小事に過ぎん!!……どうやら、我らに従うつもりはなさそうだな。ならばその命、我らの革命の礎として貰い受ける!!」


 未千翔が苦言を呈するも、覆面たちは一切聞く耳を持たないどころか己に言い返した事で従うつもりはないと判断し殺そうとする始末であった。


 こうなった以上はもう平和的な解決は望めない。覆面たちが武器を構え、麻子と未千翔も引いていたカートから手を放してそれぞれ構えを取る。二人ともよく似た構えだが、未千翔は拳をぐっと握り、麻子は手刀のような構えをしていた。


「尚人、健吾。悪いけどカートと荷物持って先に帰ってて、コイツらはあたしと未千翔で何とか対処しておくから」


「たった一日で、戦闘を必要とする状況が来る何て思ってもいなかったけど……。こういう荒事にも対処できるように戦闘訓練は積んできたの。今は尚人くんたちがいない方が正直、やりやすいかな……」


 戦闘に関しては全くの素人と思われている尚人と健吾、何か言いたかった二人だがカートや自転車・荷物など色々と抱えている状態なので今の状態では間違いなく自分たちがお荷物となりかねない。


 そう判断した二人は、麻子と未千翔に任せてこの場を離れる事にした。未千翔が引いていたカートの中身を尚人の自転車のかごと麻子の引いていたカートに分割し、持って行けそうにない一台のカートはそのままここに置いていく事にした。


「悪い未千翔、必要以上に無理はするなよ!!」


 走りながら自転車に乗り、進路上にいた覆面の一体にそのまま勢いをつけて突撃。直接ぶつかるような真似はしなかったが、すれ違い様に右手を振って顔面パンチをお見舞いし覆面にダメージを与えながら去っていった。


 健吾もカートを引きながら勢いよく突撃し、自身の前方にいた覆面の足をさり気なく踏みつけてその場を離れていった。いずれも致命的なダメージには程遠いが、確実に相手の隙を生むやり方だった。


「うわぁ、尚人くん割と容赦ないね……。あれだけの勢いが乗った状態で顔面パンチされたら、結構ダメージいってそう」


「健吾も大概だわ、あの覆面野郎の足が何か変な曲がり方してるし。足の甲を骨ごと壊すような踏みつけって相当な威力よ」


 自分たちが戦力外と思っていた男二人が、実は地味にデカいダメージを与えられる戦い方を出来ると知り、少しだけここから離脱させた事を早計だと思い始めたが考え事をしていられるのはここまでだった。


「あの男二人は後でいい、まずはこの女二人を片付けろ!!必要ならモールの方から応援も呼んでいい!!」





 遂に本格的な攻撃開始の号令が下る。包囲されたままでは危険と判断した麻子はすぐさま狭い道路に移動し、囲まれにくい状況を作って構えた手刀に魔力を溜めた。


『エアブレイド!!』


 手刀に風の魔力を纏わせて振るう、風の剣を生む魔法。麻子が接近戦の時に一番多様する戦法で、この風の刃は振るった際に前方に飛ばす事も可能なので遠近両用の使い勝手の良い魔法として麻子は愛用している。


 狭い道路に入るまでの時点で飛ばした刃によってダメージを受け、近づけても今度は威力の高い近接斬撃を食らうため、道路の出入口付近には力尽きて倒れた覆面たちが積み重なっていった。


 一方、場所を移動しなかった未千翔もまたかなりの大暴れをしていた。右拳に炎の魔力を纏わせ、その状態で覆面たちの懐に飛び込んで正拳突きをぶち込んだり、顔面を掴んで膝蹴りを食らわせたり。


 十分に覆面がグロッキーになったと判断したらその辺にポイ捨てし、次の獲物を求めて突撃。腹部に炎を纏った拳を潜り込ませてそのまま飛び上がり、高度が頂点に達した辺りで纏っていた魔力を開放。地上に残った覆面めがけて炎の弾・『ファイアーボール』を2発投げつけた。着弾の衝撃で吹き飛ぶ者もいるが、直接炎の弾を受けて火達磨になり戦うどころではなくなっている者もいた。


「な、何なんだあの女どもは!?くそっ、こうなったらちと情けないが戦闘員の増援要請を……ぐわっ!?」


 覆面の一人が応援を呼ぼうと通信機を手にしたが、通信を始める前に何かが飛来し通信機を真っ二つに破壊してしまった。それに加えて、この場全体に広がった謎の魔力圧によって桜花連合の覆面たち全ての通信機が破壊される。


「悪いけど、増援を呼ばせる訳にはいかないわね。だから今この場で、アンタたちの持ってる通信機器は全て破壊させてもらったわ」


 全て、と言う麻子の言葉に疑問を感じた覆面たちは支給されている通信機以外も確認をしてみた。すると、私用の携帯電話なども軒並み壊されていた。


「このチビ女、俺たちの私用の端末までダメにしやがって!!まだ分割終わってねぇってのに!!」


「もう絶対許さんぞこの女、とっ捕まえて泣きながら懇願するまでくすぐり倒してから始末してやる!!」


 覆面たちの並ならぬ気迫を肌で受けた麻子は、これ以上この場に留まるのは危険だと判断。残っていた一台のカートに目を付け、すぐに行動に移した。


「未千翔、もう引き上げるわよ!!これ以上コイツらの相手をしていたら、色々な意味で何をされるかわかったもんじゃないわ!!」


 戦いながらも会話を聞いていた未千翔は、心の中で姉に同意し撤退を決意。カートを持ってきた麻子をそのままカートに乗せ、脇目も振ることなく撤退を敢行した。


「あいつら逃げたぞ、追え!!散々な目にあわされたんだ、絶対に逃がすな!!」


 女二人にここまでコケにされては、さすがに黙っていられない。覆面たちはその一心でダメージを受けた身体を震わせ、追撃を開始した。





 同じ頃、尚人は一番早い速度を出せる自転車を使っていた事もあり、家に帰りついていた。一先ず自転車は玄関に入れ、残る三人の帰還を待つ事にしたそんな矢先の事。突然麻子から電話がかかってきた。


『ねぇ尚人、今どこ!?あたしと未千翔はもう足止めをやめて撤退中何だけど』


「俺は既に帰宅完了して、健吾はもうちょいかかりそうだ。……って、まさかその連中をこっちに連れてくる気か!?」


『もしかしたら、そうなっちゃいそうかも……。今のあたしと未千翔は、カートに乗ったまま浮遊魔法で空にいる状態なんだけど……あ、やば、もう既に高度が下がり始めてる!!』


 電話の内容を聞いて、尚人は頭が少し痛くなりそうな感じだった。敵がこのままこっちにやって来るのもそうだが、カートごと空を飛んでいるとか。


「何だっていいから、何とかこっちに戻ってこい!!これ以上分散しているよりは、一か所に固まって応戦した方が何とかなるかもな!!」


 もう既に尚人にとってもヤケクソな状態だったのがわかったのか、麻子は反論もせず『あ、うん、わかった……』と気圧されるような形で通話を切った。いくら腕力を鍛えているとはいえ、尚人は一般人に分類される方だ。ここまで発狂しなかったのは両親が亡くなって以降急速に達観した精神が影響しているのだろう。


 通話を終えてから約2分後に健吾が息を切らしながら帰り着き、自宅にカートを置いてすぐに尚人の傍に来た。余程足にきているのだろうか、尚人の傍に来た途端に膝をついて倒れ込んでしまった。


「スマン尚人、もうオレの足はガクガクでしばらく立てそうにねぇ……。全速力で走りながらカートを動かすのがこんなにキツいとは思ってもいなかったぜ」


 ただでさえ徒歩で20分以上かかる距離を、普段とは全然違う状況で全速力で走って来た。その負担が一気に襲いかかってくるのは仕方のないことだ。


「……お前は家の中に入って休んでろ、もうじき未千翔と麻子も戻って来るらしいからそれまでに体力をちょいとでも戻しとけ。多分、そこからが本番だ」


 尚人は家の扉を開いて健吾を玄関マットに寝転がし、再度家の外に出るとすぐ目の前にカートが空からゆっくりと降りてきた。その方向を向くと、カートに乗った麻子と手を繋いだ未千翔がいたが、二人とも息切れしていた。


「な、何とか戻ってこれたぁ……。あたし一人だけの魔力じゃ足りなかったから、未千翔の魔力も貰ってどうにかここまで来れたけど……」


「ご覧の有様、私もお姉ちゃんももうヘトヘトなの。これじゃあしばらくの間は戦力にはなれそうにないみたい……。ところで健吾さんは?」


「玄関見てみろ、カート押したまま全力疾走した結果らしいぞ……」


 尚人の言葉に促されて玄関を見ると、完全にへばっている健吾の姿があり。それを目の当たりにした未千翔と麻子は、自分たち以上の疲れ方をした健吾に突っ込む事も出来なかった。


「健吾までこんな状態だなんて……。あたし達の魔力回復はまだかかりそうだし、今動けるのは尚人一人だけかぁ……」


「そもそも、モール内の監視カメラを麻子が全部ぶっ壊したからあの連中に作戦決行の機会を与えちまったんじゃないのか?」


「……うぐ、言われてみれば。確かにあたしが原因を作ったようなものかも……この事は誰かに広めたりしないでよ。スケールが大きすぎて、責任取れと言われても到底無理よ」


 尚人に指摘を食らい、自身の行動がこの状況を招いた可能性がある事を嫌でも自覚させられた麻子。ただし全くの偶然である事も捨てきれないので、今回の麻子の行動についてはこの場にいる4人だけの秘密となった。


「……こうなったからには、仕方ないわね……。尚人くん、イチかバチかになるけど『技術カプセル』を使ってみる気はない?」


「技術、カプセル……?」


 突然の未千翔からの提案に、疑問を浮かべる尚人。戸惑っていると、麻子が説明を開始した。


「技術カプセルってのはね、特定の人物一人が持つ技能の約半分を凝縮して詰め込んだカプセルよ。技能のカプセル化をしても提供元の人物に何の影響もないけど、それは詰め込める範囲を提供元の技能の半分に絞っているからなの」


「半分を超えたら、影響が出るって事か……。ならもうちょっと技能が成熟してからの方が効果は高いんじゃないのか?」


「それはそうなんだけど、ね。今はもうそれどころじゃないでしょ、それに技能は覚えさえすれば後からいくらでも鍛えられるから。さっき尚人くんを逃がしたのは、戦いに必要な技能が不足しているから戦わせるのは危険だと思ったからなの」


 麻子から説明を引継ぎ、カプセルを使用する必要性を説く未千翔。今この場をどうにかする為には、本当に必要な事柄のようだ。


「わかった、そのカプセルを使う事にする。それで、どうやってカプセルを作るんだ?時間かかったりするのか?」


「それは大丈夫よ、この特殊な薬剤の入った瓶に提供元となる人物の遺伝子情報を入れればすぐ作れるから。髪の毛一本からでも簡単に作れるの」


「どの技能が継承対象になるのかはカプセルの生成が完了するまでわからないから、あたしも提供元として参加をするわ。継承先一人に対して、提供者が二人名乗りを上げるってのは今まで前例がない事なのよ」


 技能カプセル自体はとても簡単に作れるだけでなく、過去の例がない二人同時に技能カプセルの提供を行ってくれることが決まった。未千翔と麻子は髪の毛を一本引き抜き、薬剤の入った瓶に入れて振りまくる。


「何か凄い話になってんな、だったらオレも技能貰えるのか?」


 足の疲労が少し回復してきた健吾が話の内容に触れてきた。こんなに手軽に技能が得られるのであれば、是非参加したいと思うのは当然だろう。


「残念だけど健吾さん、この薬剤は五丈の屋敷を出る時に一回分しか持ってきていないから複数作るのは無理ですよ」


「それにさっき言わなかったけど、提供元が同一のカプセルは継承先一人につき一回しか使用できないの。欲しい技能が出るまで使い続けるって言う技能ガチャは出来ないようになってるのよ。あとこっちの髪の毛が犠牲になってるのも忘れないでね」


 どうやら、何事もそう上手い話がある訳ではないようで何らかのデメリットはあるようだ。そう思いつつ、尚人は出来上がったカプセル2つを受け取って口の中に放り込んだ。

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