第6話・魔力と腕力

 健吾&麻子と一度別れ、書店コーナーに向かった尚人&未千翔。新刊コーナーを一通りチェックして回ったが、残念ながらお互いに興味を惹くような本は一冊も見つからずそのまま書店を後にする。


 時間を確認してみると、まだ先程から20分程度しか経っておらず完全に二人は暇になってしまった。


「あっという間に書店の用事、終わっちゃったね……。相当時間余ってるけどこれからどうするの?」


「そうだな……。最初は俺一人で行く予定の場所があったが、一緒に来るか?3階のスポーツ用品店になるが」


「うん、行く行く!私、もっとなおくんの事知りたいから!」


 尚人に誘われ、まるで尻尾があったらそれを思いっきり振りそうなくらいの喜びようを見せる未千翔。登りエスカレーターに乗って目的の階である3階に到着した後で、尚人はほんの少し前から考えていた事を打ち明ける事にした。


「未千翔、少し考えてたんだけどな。俺への呼び方を、少し改めてみる気はないか?ここみたいに公共の施設で、昔と同じ呼び方されるのは少し気恥ずかしいんだ」


「うーん、私としては別に気にしないんだけど……。それなら『ご主人様』とお呼びすれば宜しいですか?」


「ダメ。と言うか今私服着てる事を思い出せ、まるでマッチしてないぞ」


 本日二度目のメイドモード発動、しかし着用している服装と全く嚙み合っていない事もあり、尚人はご主人様呼びを即却下した。


「あっ、そういえばそうだったわね……。なら、他の候補となると『尚人くん』・『尚人さん』・後は呼び捨ての三択になるけど……」


「俺と同い年の麻子は呼び捨てしてるんだ、一歳やそこらの違い程度でそう変わりはしないだろ。その三択の中から、好きなものを気分や状況次第で使い分けるってのもいいんじゃないか?」


「そういえばお姉ちゃんは、最初から呼び捨てにしてたっけ。なら私は、基本的には尚人くんって呼ぶね、昨日の電話の時もそうしてたし。……でも、周りの目がない時や知り合いオンリーなどの気を遣う必要がないときは前の呼び方に戻しちゃうわよ?」


「それでいいさ。……おっ、そろそろ店に着くぞ」


 尚人への呼び方を一応定めた未千翔。そんなやり取りを少し行った後、目的のスポーツ店に到着した。





「いらっしゃーい。お、尚人くんじゃないか。前に取り寄せを頼まれてた『アレ』が届いたよ、買ってくかい?」


 店長らしき逞しい身体つきの男性が、入店してすぐに尚人を見つけて声をかける。どうやら尚人が以前に取り寄せを依頼していた商品が、既に店に来ているようだ。


「勿論買っていくよ、一万あれば足りるかな?」


 財布から一万円札を準備し、レジに向かう。店長はその言葉を聞くとカウンターの奥にある部屋に入り、大きなビニール袋に入った商品を持ってきてレジ台の上に置いた。


 その時、ドスッとでかい音がしたのを聞いて未千翔は驚いた。すぐにあの袋の中には重たいものが入っていると理解したが、何が入っているのかは袋越しにはわからないのが却って驚きを増幅させる事になった。


(あの袋の中身……何!?レジ台に置いた途端に凄く大きな音がしたんだけど!!)


 そう考えているうちに尚人は会計を済ませ、商品とお釣りを受け取った。その商品を苦もなく片手で持つのを目にして、未千翔は尚人が予想以上に力持ちな事を理解する。


「ところでそっちのお嬢ちゃん、前に遠目から見た事があるんだが……。もしかして尚人くんのカノジョだったりするのか?」


 ニヤけるような顔をして尋ねる店長。まさか自らの知らないところで姿を覚えられていたとは。最も、このモールに初来店ではないのでそういう可能性自体はどこかで考えられた訳ではあるが。


「え、カノジョ……?いやいや、まだそこまでは行ってませんってば!!昨日再会したばかりの幼馴染ですよ私は!!」


「何だそうだったのか、前に遠目から見た時は元気がない雰囲気がにじみ出ていたが……。今はそれも晴れてるようで何よりだ。どのくらい離れていたのかは知らないが尚人くん、その娘を大事にしてやれよ」


 尚人は軽く頷いて「勿論です」と短く返答をし、すぐに店を後にした。店長に軽く会釈をして店長の前を離れた未千翔は、先行した尚人を追いかける傍らでやけに尚人の態度が素っ気ない事が気にかかった。


「尚人くん、もしかしてあの店長さんの事苦手なの?買うものだけ買ってさっさと店を出ちゃったけど」


「苦手、だな。あの人放っておくとどこまでも話題をエンドレスに振ってくるから、キリがなくなるんだよ。それが原因であの店、今年いっぱいでテナントを引き払う事がもう決まってるんだ」


「それって……。店長さんの素行のせいで売上までに響いてってるって事なのね……。自業自得ってこういう事を言うのかしら」


 最初は素っ気ない態度を取られた店長が可哀想だと思った未千翔だったが、こういう事情であればさっさと店を離れたくなるのも当然だと納得。欲しいものは既に購入した以上、もう尚人があの店を訪れる事もないだろう。


「ところで、何を買ったの?レジ台に置いた音がかなり大きかったから、重たいものなのはわかるけど……」


「それはな……。いや待て、ここで見せるにはちょっと狭すぎるから6階の休憩所に行くか。あまり大勢の人が往来するところで見せ開きするような代物じゃないからな」


 場所を変えて中身を見せる事にした尚人。昇りエスカレーターで6階の休憩所に向かい、出入口から一番奥の部屋に入る。そこでビニール袋に入っていた荷物を取り出そうとしていた矢先の事だった。


「おや、尚人に未千翔ちゃんじゃないか。あれからまだ1時間も経っていないって言うのに、随分と早い再会になったもんだ」


「あれ、尚人に未千翔じゃん。アンタたちもここに来るとか奇遇ね、せっかくだからここでご一緒しよっか」


 健吾が、そしてそのすぐ後から麻子が部屋に入ってきた。1部屋あたりの使用人数はだいたい4人くらいを想定して設計されているため、ちょうどこの部屋はこれで満室になる。健吾が部屋の出入口付近に用意されている『満室』の看板をドアノブに掛け、麻子がドアに施錠をした。


「んー、これで他の人が入ってくる事もないし貸し切り状態の完成ね!」


「ちょっとちょっとお姉ちゃんっ!?ここ公共施設だよ、勝手に貸し切り状態にしちゃダメでしょっ!!」


 勝手に公共施設の一室を貸し切りにするという暴挙を働いた麻子に、未千翔がすかさず突っ込む。


「それにここが商業施設である以上、きっと監視カメラ回ってるよ!!何かあったらどうするのよ!?」


「ああ、それなら大丈夫よ。もうこの施設内の全ての防犯カメラはガラクタに成り下がってるから」


「……一応聞くが麻子、お前何した?」


 どうにも嫌な予感がした尚人、聞いたら怖い気がするが好奇心が勝ったようだ。


「ソルトモールの敷地全域に届くくらいの強さで、魔力圧を放出しただけ何だけど?勿論、人体には悪影響を及ぼさない程度には加減してるわよ」


「……コイツ、やりやがった……。今日、モール内で凶悪犯罪が起きたりしたら麻子、お前のせいだからな……」


 加減した魔力圧で、施設全体の防犯カメラを全て破壊し尽くしたと平然と抜かす麻子に、尚人は呆れ果てた。


「加減して範囲を限定し、なおかつ目標を防犯カメラにだけ絞るとか……。麻子の魔力の高さはやっぱすげぇな。普通の魔力保有者が同じような事しようとしたら、暴発するか精魂尽き果てて自滅するかのどっちかになるぜ」


「あはは、健吾もっとあたしの事褒めていいのよ?魔力の高さに関しては自信あるんだから」


 自らの売りである魔力の高さを褒められて機嫌がいいのか、腰に手を当てて盛大に高笑いを始める麻子。それを見て、妹の未千翔は深いため息をついてしまう。


「あれだけ得意気に言ってるけどね、お姉ちゃんは実のところ魔力の制御の方はかなり雑なのよ。多分、今回も発動までに時間をかけて出来るだけ制御を試みようとしたんじゃないかな?」


「んなっ!?ど、どどどどうしてそんなに詳しく分析しちゃうのよ!!かかる時間も20秒くらいにまで短縮して、人間含んだ生命体へのダメージが発生しないように必死に加減しつつ、防犯カメラだけをぶっ壊すようにしたのにっ!!……って、あっ……。」


 麻子は、妹の分析にツッコミを入れようとして盛大に墓穴を掘っていた。自分自身の口で、今回の行為にかけた手間暇をバラしてしまう羽目になったからだ。当の本人は、うっかり口を滑らせた事で意気消沈し落ち込んでいる。


「今のでオレは理解したぜ、麻子は自分が密かに努力している事を他人に知られるのが嫌で仕方ないんだろうな。『長女』かつ『姉』っていうプライドがあるから余計にな」


「下に妹や弟を持つ者だからこそが抱える悩みか……。一人っ子の俺には殆どわからないが、力や技術不足に悩みを抱えた事は俺もあるな……」


 まるで過去を振り返るかのように、真面目な表情になった尚人は持っていたビニール袋を足元に置き、その中身を遂に取り出した。袋に入っている間はわからなかった、黒い物体が透明なパッケージに包まれている。


「あ、それってさっき購入した商品……。それを見せてもらうためにこの部屋に入ったんだよね」


「そうだ、今から開封して中身を見せるぞ。コイツは、な……っ、俺のような非力な奴でも、底上げ出来る可能性がある……代物だと思ってんの……さっ!!」


 パッケージを力尽くで引き裂き、覆うものがなくなった「ソレ」が足元に転がった。重さの影響か殆ど距離は離れなかったが、それをすぐに健吾が拾い顔をしかめる。


「うお、重てぇじゃねぇか!!……成程、まだ『リストウェイト』を使ってやがったのか。しかもこの重さ、3Kgくらいありそうだな?」


 重量にこそ驚かされたものの、物体の正体については特に驚く素振りを見せなかった健吾。その一方で、女子二人は健吾が拾った物体の正体に大いに驚いていた。


「は、え……?3Kgの重りを、腕につけるって言うの!?尚人、アンタ本気!?」


「ちょっと待った、健吾さんもお姉ちゃんもそれの重量……間違ってるわ!!今パッケージの厚紙見たら……『4Kg』って……」


「「4!?」」


 想定よりも更に重かった。一か所4Kg、両手首につけたら総計8Kg。腕にかかる負荷は相当なものになるだろう事は想像に難くない。


「お前、まだそれ続けてたのか……。勧めたのはオレだけど、まさか1年以上も続くとは思ってなかったぜ」


「当時の俺は腕力も魔力も全然ダメだったからな、鍛えられる可能性がある腕力に賭けてみる事にしたんだ」


 発案者はまさかの健吾だと判明、そして成果に関しては言わずもがな。1箇所4Kgの重りを2つ、更に同一商品をもう1点購入。


 4×4=16、そういう事である。


「前に尚人が重そうなものを苦もなく持ち運んでる状況は見たことあったけど、その理由がようやく合点がいったわ……。」


 数ヶ月前に尚人と一時的に過ごした事がある麻子は、当時の状況を軽く思い返して納得する。


「最初は250gからはじめて、500、1Kg、2Kgと段階を経て現在は3Kgだな。まぁ今は何もつけてないけど」


「寧ろせっかくのお出かけにまでつけてたら、ドン引きするよ……」


 ムードとかそういったのがぶち壊しになる事間違いなしだろう。しかし、その一方で興味を持ち始める者も1名ほどいた。


「ねぇ尚人、あたしちょっとソレに興味あるんだけど。一番重量が軽いのを譲ってくれないかな」


 興味を示したのは、まさかの麻子だった。先程、いの一番に引き気味の反応をした彼女が、今度は一転して興味を持つのはさすがに意外過ぎて健吾も未千翔も驚いていた。


「……何よ、健吾も未千翔もそんな反応するなんて。別に考えなしで言っている訳じゃないわよ、あたしってかなり腕力が弱いのはみんな知ってるでしょ?」


「そう言えば、前に家の中の片付けを手伝ってもらった時も軽めの荷物を優先的に運んでいたな。あの時『もうちょっと腕力つけたいなぁ』って言ってたな、それの一環か?」


「うん、それよそれ。あれから時間を見つけて色々試してみたけど、全然成果が上がらなくて……。メイドは意外とどんな仕事を頼まれるかわからない所があるから、女でもある程度の力は欲しいかなって思ってね……」


 麻子の言う事は、一理あった。メイドの仕事は多岐に渡り、その中には力仕事も含まれる。契約した主人に頼まれたお仕事が、力が足りなくて出来ませんでしたでは済まされないケースも多いのだ。その上で麻子は、腕力の低さが仇となってせっかく与えられた仕事を取り下げられた事も幾度かあった。


 ちなみに麻子は、ここにいる4人の中で一番腕力が劣る。具体的にいうならば、2キロ以上の物体を持つのに片手持ちが厳しいといった状況だ。その反面魔力はかなりの高さなのだが、あいにくメイドの仕事にはあまり魔力が関わるような仕事はない。


「わかった、それなら一番軽い250gのセットをやるよ。明日の都合がつく時間に来てくれれば、その時に渡す」


「やったぁ、ありがとう尚人!即効性がなくても、少しずつ腕力を伸ばしてやるんだから!!」


 翌日に尚人からお下がりのリストウェイトを貰える事になり、喜びを露わにする麻子。


「明日から麻子もウェイト族の仲間入りか……。上手くいくといいねぇ……」


「そうですねぇ……(私もちょっと検討してみようかな……。腕力よりは体力目的で)」


 のんびりとした健吾、そして内心では体力作りの為に導入を検討し始めていた未千翔だった。

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