第5話・プチダンジョン『ソルトモール』
未千翔の提案から30分後、住宅街を並んで歩く4人の男女がそこにあった。麻子は一度隣の家に戻り、契約者の男性である健吾に話をしたところ……。
「尚人たちと一緒に買い出しを兼ねたお出かけって事か?いいぜ、オレも付き合う!家の中で自堕落に過ごすよりはよっぽど面白そうだ」
……という事であっさり了承。長い金髪に緑色の目、白い半袖の服と灰色の長袖ズボンを着用している男性・彼が園川健吾。麻子と主従契約を締結し、昨日から一緒に暮らしている。
その麻子と未千翔は、さすがにメイド服で出かけるのは目立ち過ぎるため私服に着替えている。未千翔は昨日と同じ私服を使用し、麻子は黒い半袖の服にピンク色の膝くらいまで丈のあるスカートだ。
「いやー、こうやってぞろぞろと歩くのも結構いいね!それで未千翔、どこまで行く予定してるの?」
「西にあるショッピングモールに行こうと思ってるの。あそこなら色々な店舗が入ってるし、時間が余ったら遊んだりも出来るでしょ?」
西のショッピングモール、『ソルトモール』。土地面積だけで学校2校分にも達し、建物自体も6階建てとこの辺ではプチダンジョンの異名を持つ地域密着型の大型モールだ。更に北館・南館と別れており、橋を通じて相互に往来可能。入っている建物内には様々な施設が入っており、まさに一日丸ごと敷地内で過ごせる。それが誇張でも何でもない場所だ。
「お出かけの提案をした張本人の未千翔に聞くが、持ち合わせはあるのか?昨日までかなり節約してたって聞いたけど」
「それは大丈夫、電子マネーの方は相応に貯めてるから!後でモールの方に入ったら、多少現金の方も引き出しておくよ。……手数料がちょっとお高くなるけど……」
「そういえば今日は土曜日だったな……ATMの手数料がかかるのは仕方ないな。オレも引き出そうと思ったけど、どうすっかなー」
尚人が未千翔に尋ねた後、それに便乗して自身の後の行動を考え始める健吾。平日の日中はATMの利用料はかからないが、土日となると昼間だろうが関係ないとばかりに容赦なく手数料が発生する。
「あたしは昨日引き出したばかりだから、現金の持ち合わせは問題ないわね。健吾との契約成立も報告して、援助金の確約も取れたから当分は安泰だわ」
麻子は引き出すタイミングが良かったため、現金は特に支障なく利用できるようだ。残る尚人も、昨日ある程度出費はあったがまだ慌てるような状況ではない。
「そういえばお姉ちゃん、さっきは来るタイミングが妙に良かった気がしたけど……。もしかして、密かになおくんと通じてた?」
「あ、やっぱわかっちゃった?実は昨日の日付が変わる間際に、トークで少し打ち合わせしたのよ」
◇-SIDE麻子(昨晩)-
『尚人、今トークできる?』
【大丈夫だ、俺もまだ寝れてないからな】
『よかった。単刀直入に言うわね、アンタの所に未千翔いるでしょ』
【何で知ってんだ?】
『アンタの家に未千翔が突撃したの、物陰から見てたのよ』
【見てたのかあの状況】
【寧ろの麻子の性格考えたら乱入しそうだと思ったんだが】
『さすがにその気にはなれなかったわよ』
『せっかくの感動の再会、邪魔するのは野暮ってモンでしょ』
【気を使ってくれたのか、サンキューな】
『それで本題なんだけどさ』
『明日、ってもう今日になっちゃった。そっちに行っていい?』
【別に構わないが。……って、お前は今何処にいるんだ?】
【未千翔は一昨日まで野宿してたと聞いたからな、ちょっと気になった】
『それは……ちょっと窓開けて』
ガラッ……。
隣の家の窓が開いたのを確認し、こちらも窓を開けて手を振る。せっかくなので、そのまま顔を合わせて直接の会話をする事にした。
「……とまあ、そういう訳なのよね。あの後更に一回契約をしたけど半年持つ寸前のところでダメになっちゃったから、迷った末に健吾と契約しちゃった」
「最終的にそうなったか……。詳しい事は昼間に聞く事にするから、午前10時から11時台に来てくれるか?」
「わかったわ、またいつもの合言葉使うから宜しくね。それじゃあお休み!」
◇-SIDE END-
「尚人と顔を合わせるのも数ヶ月振りだったから、あまり夜中はハッキリと見てなかったのだけど。尚人、また髪の毛伸びたのね」
「正直言って散髪するのも面倒臭いからな、最近は何もかもが値上がりばかりで頻繁な散髪はただの散財でしかないって思ったんだよ」
「あー、確かにここんところ値上げ多いよねぇ。あたしも昨日の昼飯までは、日々の食事を一品減らして出費を抑えるようにしてたのよ。どうしてもお金足りなくなったから夕方には引き出したけど」
お互いの金銭事情を話しながら歩く尚人と麻子。そんな二人が近くで話しているのを見て、ほんの少しだが何とも言えない気分を未千翔は自覚していた。
(お姉ちゃんとなおくんが同い年で、私より交流期間が長いのは前からわかってたけど……。こうやって目の前で談笑しているのを見ていると何か気分良くないなぁ……)
軽い嫉妬と言っても言いだろう。いくら実の姉とはいえ、唯一無二と決めている男性と仲良くしている光景を見るのはいい気分ではない。
もっとも、仮に麻子にその気があったらとっくに尚人は麻子に取られていた事を考えると、麻子の方から幼馴染以上の関係に踏み込む気はないようだ。
「どうしたよ未千翔ちゃん、何か目付きがちょっと怖いぜぇ。アイツらの事が気になってしょうがねぇって感じか?」
「あ、健吾さん……。まぁそんなところです、凄く明るそうに話すお姉ちゃんを見てると、尚人さんを取られるんじゃないかって不安があって」
「まぁ気にはなるわな。オレも尚人のヤツに麻子が取られるんじゃないかって気にさせられるのは一回や二回じゃなかったぜ。結局は杞憂だってわかってホッとしたけど」
どうやら健吾も同じ事を考えていたようだ。話がわかる人だと思い、未千翔は話を続けようとしたが
「ま、本当に麻子が尚人の元に走るんだったら、オレが未千翔ちゃんを頂いちゃおうかな?」
「……は?何寝惚けた事をほざいているんですか。私はなおくん以外の男性には絶対靡きませんよ」
どうやら、見た目相応のチャラい面もしっかり持っているようだ。こんなあっさり乗り換えを口に出すような男は、交際相手として願い下げどころか門前払い確定だ。少し圧を出して軽く睨みつけると、すぐに目を逸らされた。
「おおこわっ、そういうところは姉妹そっくりだな。……さ、戯れはこれくらいにしてそろそろあいつらに追いつこうぜ。このままだと置いて行かれちまうよ」
身を竦ませるようなフリをしながら、そのまま話題を無理矢理打ち切って先行する尚人と麻子に合流を図る健吾。上手い事逃げたな、と内心思いつつも距離が離れていたのは事実なので少し走って合流を目指す未千翔だった。
◇
深沢、園川の両家を離れてから歩くこと約25分、ようやく目的地のソルトモールに到着した。まずは真っ先に健吾と未千翔がATMからお金を引き出し、それぞれ2万円の現金を入手する。
ついでに行われた残高照会で、未千翔は口座の残高が想定以上に多くなっているのに驚いた。
「もしかしてそれ、母さんが振り込んでくれた援助金じゃないの?……あ、だとしたらあたしも残高照会しとかないと!!」
ATMから出てきた未千翔の口座の明細には、なんと7桁の残高が記載されていた。その心当たりに思い当たった麻子は、自分も条件を満たしている筈だと思い直ぐに口座を確認。その結果、
「うっそぉ、200万円以上あるわ……。昨晩だけで母さん、いくら振り込みしたのよ……」
あまりにも大きな金額の入金に、五丈の姉妹は揃って唖然とする他なかった。
「なぁ未千翔ちゃんに麻子、もう少し引き出したら今日一日エンジョイ中のエンジョイ出来るんじゃねえの?」
「イヤよ、目の前の大金に目が眩んでポンポン引き出してたらいくらあっても足りないわよ。一応言っておくけど、半年分の援助金って一括払いだから後から充当されないのよ」
「そうですよ健吾さん、それに私……もう一回高い手数料払って引き出すのは嫌です。さっき引き出した2万円はこれから一週間分の大事な資金なので派手には使えません」
次から次へと出る反対意見に、持論を打ち砕かれた健吾は意気消沈していた。
「ん?一週間で2万って……。未千翔、お前先週から昨日までの間に何に使ったんだよ?」
一週間で2万、それまで一人で行動していた未千翔では消費ペースが早すぎる気がした尚人はふと聞いてみた。
「……えーっと、実は……。暇なときに遊んでたスマホゲームで、ちょっと欲しいモノがあったからつい……」
「
「尚人、未千翔は割と後先考えない部分があるからホントに気を付けてね。課金してなきゃ毎日身体をきちんと洗って、屋根の下で寝れただろうに……」
まさかのアイテム課金で、生活に必要な金まで消したという衝撃的な事実。これには麻子も頭を抱える事案のようだ。
「遊ぶな、とまでは言わんが……。出来るだけゲーム内アイテムの為だけに金を使うのはやめとけ。後から復刻する場合もあるし、しなくても現状の手持ちで何とかなるか色々探ってみろ。限定モノがなくても切り抜けられたとかよく聞くぞ」
「そ、そうなんだ……って、まるで経験があるような詳しい説明だね……」
「まぁ、さっき話したのは本当に過去の経験だからな。……結局あのタイトルはイベント復刻とか一切なしで2年ちょいでサービス終了しちまったんだよな……」
(完全に経験者談だ!!しかも復刻一切なしって、色々厳しそう!!)
経験者は語る、をまさにそのまま行く状況。どれだけお金を費やしても、運営サービスの提供が終了すれば手に入れたアイテムやキャラのデータは使用出来なくなる。言ってみれば、ゲームデータをレンタルしているようなものだ。
「……私、もうアイテム課金自体やめるわ……。推しの物理グッズとか、そういうのに充てる方向性変えた方が良さそうな気がしてきた……」
「その方が良いぜ、ずっと手元に残るからな。……って、何でこんな話の流れになってるんだ?ATMで現金引き出したのがきっかけだったのに……」
脱線に脱線を重ねた話題に、もう収拾がつかなくなりかけていた。
「ま、まあみんな……。もうこの手の話題はおしまいにしましょ?マジでキリがなくなりそうな気がするわ……。それよりも、今日はこのモール内での行動を決めておきましょう」
麻子が無理矢理話題の方針変更を切り出し、残る全員が頷く。
「まずは買い物、と行きたいところだけど……。ちょうど今はお昼時だからモール内がかなり混む時間帯ね。食べるにしろ買い出しにしろ、もう少し時間をずらしましょう。レジ待ちなどでだいぶ時間を取られそうよ」
お昼時、かつ今日は土曜日のため平日よりもモールを訪れる客は増える。多分だが、明日は日曜日のためもっと増えるだろう。
「出かける前にチラシアプリをチェックしてみたけど、私達の欲しい物の中には時間制限のかかってる商品はないみたい。お姉ちゃん達の方はどう?」
「こっちは午後3時からのタイムセールに引っかかるものが1つあったかな。それ以外は時間帯関係ないから、買い物はその位の時間帯にやっとけば良さそうね」
「オレは衣料品の方を少し見てくるつもりだ、ダメになった靴下とかが増えてそろそろ数が足りなくなってきたからな。尚人、お前は何か予定あるか?」
「俺か?……そうだな、本屋でも見てくるよ。そろそろ何か新刊で良いものが出てるかもしれない」
「それなら私も一緒に行っていいかな?しばらくは特にアテもないし、新刊って聞いたらちょっと気になっちゃった」
主に麻子の主導で各々の行動指針が凡そ決定。尚人は本屋に、未千翔は尚人についていき、健吾は衣料品のコーナーに。
「別にいいぜ、それで麻子はどうするんだ?2時間以上空き時間があるけど、何するか決めてるのか?」
「んー、そうだねぇ。ならあたしも健吾についていこうかな、余裕のある時に下着とかストックしておこうかなって考えはあったしここでやっちゃおうっと」
残る麻子の行動も決まり、元々のコンビを維持する形でこの場を解散する事になった。
「お姉ちゃん、くれぐれも館内放送のお世話にならないでね。引き取りに行くのって結構恥ずかしいから」
「いつの頃の話してるのよ!!さり気なく人の黒歴史掘り起こすんじゃない!!」
会話内容から察するに、妹より(色々な意味で)小さい姉の構図は昔からのようだ。声を荒げる麻子を無視して、尚人たちはその場を去った。
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