第4話・メイドの姉もメイドだった
次の日、目を覚ました尚人が広間に行くと妙に美味しそうな匂いが漂ってきた。今となってはこの家では滅多に嗅ぐ事の叶わない、手料理の匂いだ。
「あ、おはよう!台所借りてるよ、今ある分で何か作れないか試していたの、そろそろ仕上がるところよ」
台所に立つのは、昨日渡した服からまたメイド服に着替えた未千翔だった。昨日見たものとは違い汚れなどは見受けられなかったため、ストックを持っていたと尚人は推測をした。
「おはよう未千翔、随分と早く起きたんだな。今日は土曜日で学校も休みだから、俺はこの時間寝てる事が殆どだぜ」
時計を見てみると、午前7時45分。学校がある時は既に起きている時間だが、ない時はまだ寝ている事の方が多い時間だった。今日起きてこれたのは、今までとは違う点……未千翔が家に住み始めたという事を思い出したからだった。
もうすぐ食事が出来るとの事なので、先に手を洗って食卓につくとそれを待っていたかのように出来上がった料理が皿に盛り付けられてテーブルの上に並べられていく。
「はい、今ある分では作れるのはこれが精一杯だったけど……。召し上がれ」
並べ終わった未千翔が、料理の出来栄えを早く確認してほしいかのように尚人を見ていた。どれを見ても美味しそうなのはすぐにわかり、かえって最初に何を口にするか迷ってしまう。
しかしいつまでも食べないというのは失礼なので、思考を一時放棄して視界に映ったある一品を箸で掴み口に運ぶ。
バリボリ……ガジゴジ……シャクシャク……。
どうやら、最初に口に入ったのは刻んだレタスとブロッコリーが混ざったもののようだ。……はて、レタスやブロッコリーを昨日買った覚えはないが……。
「あっ、最初に野菜の刻み混ぜを食べてくれたみたいね。これは私が持ってた食料の方から出したのよ、もう携行する必要もないからここで使っちゃった」
「そういう事か、昨日買った覚えがないから出所は何処なのか気になったんだ。これは確かに美味い、んだが調味料が少し多くかかってないか?」
「そう?ちょっとかけ過ぎちゃったのかもしれないわ。今度から減らすね」
食べた野菜のミックスは確かに美味しかったが、調味料をややかけ過ぎていると思った尚人はそれを指摘。これ以降は使う量を減らしてくれそうだ。
「未千翔、いつまでもそこに立ってないで一緒に食べようぜ。そっちもお腹空いてるだろう?」
「はい、畏まりましたご主人様」
突然の敬語。席に着いた未千翔は、驚いた反応をしている尚人を見て脳内に疑問符を浮かべた。
「あれ?何かおかしな事言った?」
「言った、言った!!急にご主人様とか、マジでビックリしたぞ!!」
「あははっ、気持ちはわかるわ。でも思い出してよ、私は元々なおくんに仕える事が目的だったんだから。色々あってその必要はもうなくなっちゃったけど、今まで学んだ事は無駄にはしたくないな、ってね。私なりのちょっとしたイタズラだと思っとけばいいよ」
軽く舌を出しながら笑みを見せる未千翔。どうやら今後も不意打ちでこういうイタズラが来ると思っていた方が良さそうだ。この後は二人でテーブルの上に並んだ料理を手早く完食、未千翔が食器洗いと片付けを終えるのを待った。
「この後はどうする?今日明日は時間も十分にあるから、何か要望があれば叶えられる範囲で聞くが……」
「そうねぇ、それなら是非やってほしい事があるの。とりあえず、私の耳を見て」
手で髪の毛を払い、昨日から一度も見せる事のなかった耳を見せる。よく見てみる、耳たぶの真ん中に何か透明な物体がついていた。
「これは……クリアピアスか?100均で販売しているのを見たことがあるな」
「そうよ、でもこれは仮につけているだけなの。今から言う頼み事は、本命として買っておいた『コレ』をなおくんの手で私につけて欲しいの」
昨日背負ってきたリュックから小さな箱を取り出し、梱包を取り払って中身を取り出す。中には、細長いひし形をした水色の水晶を短く吊り下げた、綺麗なピアスがあった。
「うぉっ、こりゃすげぇな。この水晶、かなりの高級品じゃないのか?」
「うん、購入するのに結構お金は飛んだかな。何せオーダーメイドで作ってもらった上に、水晶は天然石だから余計に予算が跳ね上がったの」
まさかのオーダーメイド、何よりの驚きはここまでの事前準備を整えてきた事にもある。恐らく1年前、最初にこの家に来る前に手筈を整えてきたのだろう。未千翔は今か今かとわくわくしながら、既に左耳のクリアピアスを外していた。
「そこまで期待されちゃ、やらない訳にはいかないよな。……ゆ、ゆっくりやるからな?」
「うん、お願い。そんなに難しくはないはずだよ」
既に未千翔自身が覚悟を決めて、耳たぶに一生モノとなり得る穴を空けているのだ。その穴に通すだけなのだ、そう難しくはないはず。
尚人も覚悟を決めて、その穴に突起を差し込んだ。特に未千翔が声をあげたりするような事もなく、呆気なく終わった。
「よし、通ったわ。……って、なおくんがそんな緊張してどうするの!?明らかに息があがってるわよ!?」
「そ、そう言われてもな……。万が一失敗した事を僅かでも考えるとな」
片耳だけでこの有り様だ、残る右耳を頼むのはもう無理強いでしかない。そう判断した未千翔は、右耳のピアスのつけかえは結局自分の手で行った。
「……まさかとは思うけど、細かい作業って苦手なの?」
「そうだなぁ、得意か苦手のどちらかで言うなら苦手な方だな。裁縫は特に苦手だ、糸通しを使っても上手く裁縫針に糸が通らない事が多かったんだよ」
「そこまで行くと重症ね……。今後の裁縫に関係する事柄は、私が全部やるわ」
尚人の思わぬ苦手分野を知り、そのカバーは自らが行う事を宣言した未千翔。耳の後ろに回った突起物にストッパーを嵌め込み、無事装着が完了する。
「どう、似合うかな?今日この日の為に、今まで一度も開封しないで大事に保管していたの」
「……似合ってる、と俺は思うぞ。これからは大事に扱っていかないとな」
「そうだねっ。後は、おば様の部屋で見つけた新しい髪留めをつけて……これで良しっと!」
新しい、青色の髪留めをつけて再び未千翔の髪型がポニーテールに戻る。動きに反応して小振りの揺れを見せる耳飾りがなかなか味を出していた。
「一番にして欲しい事はもう終わったし、次は何かある?もしなかったら一緒に買い物にでもいこうよ」
「買い物?……ああ、そうか買い出しの必要があったな……。これからはレトルトに頼るわけにもいかないし、ちゃんとした食材をそろえておく必要があるな」
「そうだよ、もうあんなヤバい偏った食生活はダメだからね。衣食住のうち最低でも食はきちんとしたものを提供する、これが私達が受けてきた教導の一つよ」
胸元に手を置き、高らかに宣言する未千翔。契約には至らずとも、身に着けてきた教導の成果は見せるという意気込みだ。
「食については、さっきしっかりと成果を見せてもらったから安心して大丈夫だな。……そういえば、私達と言ってたので思い出したんだけど」
「あれ、何か気になる事でもあったの?」
「ああ……。実はな、8か月くらい前に
「え゛っ、お姉ちゃんが!?」
麻子こと、五丈麻子。未千翔の一歳年上の姉で、尚人とは同い年でもある。以前五丈家が尚人の隣の家で暮らしていた時も勿論交流があり、純粋な交流期間で言うなら麻子は未千翔を上回っている。
その麻子が、未千翔の知らない間に尚人と関わりを持っていた。何だか先手を打たれたような気がして、未千翔は気が気でなかった。
「まさかとは思うけど、お姉ちゃんはなおくんに契約を要求したりしてないよね!?」
「それは大丈夫だったな、一言も俺に契約の要求は行わなかったぞ。むしろ来た当時は今まで契約していた相手と契約破棄になった直後って言ってたから、次の行動に慎重になっていたんだろうな」
「そんな事があったんだ……。お姉ちゃんとはもう1年以上連絡を取ってないけど、元気してるのかな……」
連絡を行っていなかった姉の事を思い出し、今頃はどうしているのかを考える未千翔。
ピンポーン……。
そんな時だった、インターホンが突然鳴ったのは。
「あれ?もしかして、お客様かしら?」
「みたいだな、ちょっと俺が出てみる。未千翔はそのまま部屋に居てくれ」
未千翔を部屋に残し、インターホンと通話可能な壁掛けの受話器を手に取る尚人。
「はい、どちら様ですか?」
『……マジックメイド見参!……って言えば通じるかしら?尚人?』
「ちょっと待ってろ、今扉開けるからな」
部屋の物陰から受話器からの会話を聞いた未千翔は、さすがに驚いた。
(ちょっ……お姉ちゃーーーーんっ!!??何でこんなタイミングで来るの!?)
そんな未千翔の心の叫びを無視し、玄関が開かれて人が入ってきた。手首ほどまでの長さがある黒髪ツインテールに青い瞳、未千翔とは若干のデザイン違いの青いメイド服、そして特に目立つのはそのメイド服の肩口の白いフリル部分から伸びる表地がメイド服と同じ青色に裏地が赤いマントだった。
「おはよう尚人、未千翔は今もいるの?」
「ああいるぞ、お袋の部屋に待たせてる。もう今は未千翔に部屋ごとあげたけどな」
「へぇ、部屋を丸ごとあげる何て大胆な事するわね。お邪魔しまーす」
麻子は履いていたブーツを脱ぎ、尚人の家に上がる。麻子は前に尚人の家に一時滞在していた事もあり、迷う事無く未千翔のいる部屋に歩いていく。
部屋の戸を開けると、そこにはまだ驚きから回復していない未千翔の姿があった。それを目にした麻子は、実に満足した顔をして尚人に向き直り、満面の笑みを浮かべた。
「うんうん、いい表情を見せてくれたわね未千翔。協力してくれてありがとね尚人、ようやく可愛い妹と再会できたわ」
「お、お姉ちゃん……。どうして、ここに居るってわかったの……?寧ろ今までお姉ちゃんって何処に居たの!?」
突然の姉の到来に、とても大きな驚きを見せる未千翔。先程まで尚人と麻子に関する話題をしている最中の来訪なので尚更だ。
「そうねぇ、説明してあげる。昨日未千翔がこの家に入っていくのをあたし見てたのよ」
「え゛!?あ、あの現場見てたの!?」
日を置いてみれば、自分自身ですら恥ずかしいと感じるほどのあの状況。ある程度周囲の目線を警戒して踏み込んだつもりであったが、実は姉に見られていた事を知らされて狼狽する未千翔。
「押しかけ女房ならぬ、押しかけメイドってねえ。尚人も家の中に通したところまで見届けたから、笑いを堪えるのに必死だったわよ~。……まあその分、あたしもちょっぴり元気を貰えたけどね……。あ、こっちの話だから気にしないよーに!!」
「……まさかとは思うけど、私の後をつけていた……とかじゃないよね?」
「そんな事しないわよ、ちょうどあたしも同じ方向に用事があっただけだから。もうその用事も昨日のうちに済ませて、定住できるところも確保したから顔を出しに来たの」
後をつけてきたのではないかと疑う未千翔の疑念を真っ向から否定し、自らの言い分を話す麻子。その話を聞き、尚人はある事に思い至る。
「そうか、
健吾こと、
未千翔は会った事もない健吾の名前を聞いてもピンと来ないようだが、麻子は健吾の名前を出された途端に顔を赤くし始めた。
「だ、だって……。いくら知り合いだからって、ちょっと困った事があったらすぐに転がり込む何て恥ずかしいじゃないの!!てかあの時はまだ隣は空き家状態だったから、尚人の家を訪ねたんだけど……それだって相当に葛藤したんだから!!」
先程以上に顔を赤くして、叫ぶ麻子。これを見た未千翔は、麻子と健吾なる男性がただの知り合い以上だと言う事を察した。
そして、麻子が尚人の事をどう思っているのかも察したが、これに関しては幼少の頃からある程度わかっており、その上でこの1年の間に踏み込まずにいてくれたので放っておく事にした。
「……お姉ちゃんは自立心が高いから、自分の力で勝ち取った成果が欲しかったんだよきっと。ねぇお姉ちゃん、私からちょっと提案があるんだけど……健吾さんって人も連れて、4人で一緒に買い出しに行かない?」
「「……え?」」
この時、尚人と麻子は未千翔の突飛な提案に、間の抜けた返答しか出来なかったという。
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