第3話・ご当主様とのお話合い
メイド契約を度外視してまで、尚人との同居を取り付けた未千翔。本人もルール破りになりうる事はわかっていたようで、「お母様に何言われるかちょっと不安だなぁ……」とボヤきつつ、スマホを操作し電話をかける。少し待つと、未千翔の母・
「もしもしお母様ですか、私です、未千翔です。お久しぶりかつ遅い時間の電話、申し訳ありません……」
『あら未千翔、貴女が電話かけてくる何て1年振りじゃないの。メールでの報告はきちんと受けているけど……。何かあったの?』
「はい、実は今私……。深沢家にいます!!なおくん……じゃなくて尚人くんの家に今後は滞在する事になりました」
喜びを隠しきれず、つい普段のクセが出かかる。すぐに訂正し報告を継続。
『そんな事があったのね、1年も空回りで待ち惚けってのは辛いよねぇ。でも念願叶ってよかったじゃない、今後は尚人くんの専属メイドとしてやっていくのよね。しっかりなさい』
「えっと、実はその件なのですが……。契約を取るのには至らなくて……」
『……は?契約なしで相手の家に住むって、それただの居候じゃないの!!どっちが先に承諾したの?』
「……かなり渋っていたので、我慢できなくなって本音をぶち撒けて発破をかけたらOKしてもらえました……同居の件だけは、ですけど……」
『……。』
その様子が脳内で簡単に想像できたのか、黙ってしまった未千恵。数秒間の沈黙の後、未千恵がため息と共に口を開いた。
『……仕方ないわね、今回は特例としてこちらでは契約したのと同等の扱いにします。貴女が相当に切羽詰まっていたのかが手に取るようにわかったし……』
「特例っ!?いいんですか!?」
『正直なところ、貴女にはかなりの大変な思いをさせた負い目もあるからね……。尚人くんとの連絡を断ち切るように命じたのも、進学を諦めざるを得ない状況にしたのも私だから……。書いてある契約条項は別に気にしなくてもいいし、今までの詫びも兼ねて半年分の資金サポートも行うわ。……あ、でも定期的な報告だけは方法を問わないのでお願いね』
「おおっ、これ以上ない程に好条件!!ありがたく頂戴します!!」
想定もしていなかった好条件を提示され、歓喜の声をあげる未千翔。義務的なものが定期報告を除いてほぼなくなり、更に尚人と一緒に暮らせる。これを喜ばずしてどうしろというのか。
『あっ、尚人くんと電話代わってくれる?私も少し話したいから』
未千恵の要求に従い、スマホを尚人に渡す未千翔。
「もしもし、お久しぶりです未千恵さん。色々と驚きは多いですけど……未千翔と10年振りに会えたのは素直に嬉しかったです」
『ええ、久しぶりね尚人くん。元々お隣さん同士だったのに急に引っ越したり、修行に集中させる為に未千翔との連絡を断ち切らせたりして……正直やり過ぎた、と今では思っているわ』
未千恵と尚人の最初の話題は、未千恵の謝罪だった。
『私と未千翔って、目の色や髪の色など……共通点が結構多いでしょう?あの子が産まれた時に衝動的に思ってしまったの、私の全てを受け継ぐ最高のメイドに育て上げてみせる、って』
未千恵と同じ特徴を多く引き継いで産まれた未千翔、それは未千恵に過剰な期待を抱かせ、それを実現させる為に周りがまるで見えていなかった。義務教育故に学校の勉強を受ける事は出来たが休日はほぼないような扱いとなり、様々な技能を覚えさせられる事に。
そして極めつけは、高校受験の辞退。その頃には修行も今までの総集編とばかりに大詰めとなり、学校に行っていない時間の大半は自由がない時間と言ってもいい状態であった。その為か中三時代の未千翔は、最終下校の時間ギリギリまで校内に残って束の間の自由を得ようとしていたらしい。
『未千翔が中学卒業をしてすぐに最終試験を行って、見事合格して正規メイドの資格を与えた時は心底安堵したものよ。9年みっちり教育した成果が出た、私のやり方は間違っていなかった……その時は本気で思っていたの。……あの日、あんな電話がかかって来るまではね……』
未千恵が今までの方針を後悔する程の出来事、尚人は大体想像がついたがとりあえずは黙っておく事にした。
『尚人くんの家に未千翔が行った日の夜、電話がかかってきてね。開口一番であの子、物凄い勢いで泣き出したのよ……』
♢-SIDE未千恵(1年前)-
「もしもし、未千翔?昨日の今日で続けて電話をかけてくるなんて、何かあったのかしら?」
『ううっ、お母様ーーーーっ!!なおくんが、なおくんがいないのーーー!!!!!』
「……え、尚人くんがいない?外出してるとか、そんなのじゃなくて?」
『外から家の中の様子も見てみたら、もぬけの殻になってたの……。電気もついてなくて……』
(この子、カリキュラムで教え込んだ敬語も忘れるくらい本気でテンパってるわね……。それにしてもこの状況からして、もしかして転居?家庭の事情か何かで仕方なくって事かしら?)
「……未千翔、この状況から考えると尚人くんの一家は何処かに引っ越したのだと思うわ。さすがに他所の家庭の引っ越し先までは調べられないし……」
『そ、そんな……。やっと、やっと会えると思ったのにぃーーーーーっっっ!!』
「ーーーっ!!!」
(な、何て大きな声で泣くのこの子は!?それにしても迂闊だったわ、まさか深沢さんのお宅が引っ越しをするなんて……。こんな事になるくらいなら、継続して連絡を取らせておくべきだった……)
『……これから、どうすればいいでしょうか……』
「今日のところは何処かに泊まって、一度気分を落ち着けなさい。明日の朝になったらこちらから電話するから、それまでにこの先どうしたいのかを決めておきなさい。……どんな方針になったとしても、結果が出て未千翔が納得するまではバックアップしてあげるわ」
『はい、はいっ……。ありがとう、ございます……明日の朝までに、方針を必ず決めます……』
♢-SIDE END-
『未千翔が尚人くんの家についた時には、既に家の中が空っぽでね。連絡を途絶させたのは間違いだったとはっきり気付かされたわ。……あ、でも今は尚人くんは元の家に居るのよね……何があったの?』
「あ、それは……未千翔にも既に話したんですけど、実は……」
尚人は当日の経緯を改めて未千恵に説明、翌日には既に家に戻っていた事を伝えた。その後方で二人の会話を聞いていた未千翔は、
(これって、一日我慢してれば何とかなったって事!?あの後私はなおくんの家を再確認せずに街を離れちゃったし……早まりすぎたなぁ……)
……と、そんな感じでロクに確認もせず次の行動を決めた過去の自分を恥じた。
『今回は、色々な要因が重なりすぎて生じた不運な事態……と思うしかなさそうね。ご両親の事は残念ね、隣に住んでいた頃はよくお話させていただいたからまたお会いできるかも知れないと思っていたけれど……』
話の途中で未千恵は何かを考え始めたようで、一度言葉を切る。数秒の間を置いて、再度会話を再開させた。
『そうだ、近日中に私も尚人くんの家にお邪魔させていただこうかしら。私もしばらく外出らしい外出をしていなくて、退屈に思っていたところでもあるし』
突然の提案に驚く尚人、一度マイク穴を指で塞いで未千翔に確認を取る。
「お母様が、こっちに来るって?……まあ見られたらマズイ物とかもないし、後ろめたい事もしてないから別に私は構わないけど。後はなおくんの返答次第で」
あっさりと丸投げ、尚人は未千恵に承諾の返事をした。
『よかった、当日はお土産も持ってくる予定でいるから楽しみにしていてね。それじゃあ尚人くん、娘の事を宜しくお願いします。未千翔に電話をもう一度代わってもらえる?』
未千恵と尚人の会話が終わり、未千翔にスマホを返す。
『貴女に一言、言っておきたいことがあって代わってもらったの。……もう、小さい頃と同じように私には敬語なしで構わないわよ?立場が大きく関わって来るような、大事な場……そういう所以外ではまた気軽に話してほしいな』
「いい、の?……お、お母さん……。あ、こう呼ぶのって、もう何年振りだろ……」
『そうそう、これからはそうやって気楽に話してちょうだい。じゃ、訪問する日が決まったらまた連絡するからね。お休みなさい』
通話が終わり、未千翔はスマホをテーブルに置く。そして、とても嬉しそうに声をあげた。
「いやったーーーっ!!!こっちの望む条件全部通った上に、もう無理して敬語使わなくて済むようになったーーー!!!実の親に対しても敬語で話すように教導されててかなり窮屈な気分だったのよ」
「だろうな……。傍で話しているのを聞いてる限りだと、相当に厳格な教育を施されていたようだな。主にどんな内容だったんだ?」
まだ未千翔が受けた修行の内容を全然聞いてないのを思い出し、この際なので質問した尚人。未千翔は話すべきか否かを少し悩んでいたようだが、ここは言ってしまうことにしたようで顔をあげた。
「修行内容はかなり多岐に渡ったけど、礼儀作法や家事全般・技術訓練が特に頻度が大きかったわ。その技術訓練の中には、戦闘能力や魔法も含まれていたの」
「……ん?戦闘訓練……って、まさか戦うのか?今の世の中は魔法も一般的な技術になったからまだわかるが……」
「うん、色々と厳しく鍛えられて体術が一番の得意分野になったわ。なおくんに危害を加えようとするようなヤツがいたら、私が殴り倒すから安心してて!!」
しばらく会わない間に、またしても別の意味で逞しく成長している未千翔に尚人は複雑な気分だった。礼法・家事全般・戦闘など何でも一人で対応可能、それを目的として数年に渡る修行を施された。
先程の未千恵との会話を思い返し、未千翔を最高傑作のメイドとして完成させるためにあらゆる事柄を叩き込んだ。本人の意思を幾ばくか制限をかけた上で……果たして未千翔は本当に納得した上で修行を受けていたのだろうか。
……と考えたところで、未千翔本人が身に着けた自分の技能を普通に語っている辺りはまぁ相応の折り合いはつけたのだろうと思い至り、追及するのはやめにした。
「……まぁ、仕込まれても習得できなかった事もいくつかあるけどね……。一番ダメだったのは、被捕縄術かな」
「被捕縄術?って……捕まった時の対処って事か?頭に被がつかない方なら聞いた事あるけど」
「そうそう、メイドって主人の身柄を抑える為に人質にされたりする事がよくあるらしいの。だから自らが囚われた時を想定して、色々な種類の拘束を体験させられたんだけど……」
「上手くいかなかった……って事か?」
「うん、恥ずかしながらね……。お母さんにも、ここまで上手くできないとは思わなかったって言われて、途中で被捕縄術だけは修行を切られたわ……」
完璧なメイドを目指していたはずの未千恵が、唯一修行を打ち切ったと言われる被捕縛術。彼女が匙を投げるあたり、相当なのだろう。
「……寧ろ、被捕縄術が習得できなかった原因はなおくんにもあるんだからね」
「え、俺!?何で俺が関わってくるんだ……?」
いきなり自分に原因があると言われ、心当たりが思い浮かばず戸惑う尚人。
「覚えてないの?昔、読んだ絵本の中に囚われの身になったお姫様の絵が描かれたページがあったじゃない。あれを見てなおくんがこういうの正直興味あるなぁ、って言ったの私覚えてるんだから」
「そう言われてみれば、そんな台詞言ったような……。まさか、それを真に受けたってのか!?」
「実はそうなの、何かあってもなおくんの手で捕まえられるならそれもいいかなーって願望が生まれちゃって。こういうの、拘束願望って言うんだって」
過去の自身の発言によって、とんでもない願望を未千翔の内に生じさせてしまったのがわかり唖然とする尚人。そんな願望があるのなら、被捕縄術の習得に身が入らないのも当然の話だ。
「一応身をもって修行は受けたから、縄抜け対策されてない場合は自力で抜けられるようにはなってるよ。でも、対策されてたり縄・紐・テープ以外の拘束具を使われていたりすると無理かな……」
この分だと、被捕縄術に関してはかなり限定的な習得のため期待しない方が良いようだ。
「他にも聞きたい事はいっぱいあるが、これからゆっくりと聞かせてもらうことにするからな。……それで、風呂から上がってだいぶ経つがまだ髪の毛そのままにしとくのか?」
ここに来た当初は長いポニーテールだった未千翔だが、入浴を済ませて長時間経つにも関わらず髪型を戻す気配が全くないため尚人は気になって聞いてみた。
「それ何だけど……実はお風呂に入っている間に髪留めに使ってたヘアゴムを落としちゃって。浴室の中を散々探しても見つからなかったから、多分もう排水口を通じて外に流れていっちゃったかも……」
「浴室の外でヘアゴム外せよ!?完全に自業自得だぞそれは」
「うん、わかってる……。明日からは浴室に入る前に髪留めは外すことにする」
浴室内で髪留めを外した結果、サイズの小さいゴムを使っていた事が災いして排水口から流れていってしまったという顛末。不可抗力ではあるが、未千翔のうっかりでもあった。
「お袋の部屋に、髪飾りがいくつかあった筈だからそれを使ってもいいぞ。いや……寧ろこの際だから部屋ごと使うか?」
「部屋ごと!?それって、おば様が使ってた部屋を今後私の部屋にしてくれるって事ていいのかな?」
「そうだ、中にある物は全て自由にしていいぞ。着れる服があればそのまま着ていいし、逆にいらない物があったら処分もしていい。あ、書類とかが見つかったらそれは保留にしておいてくれるか?まだその辺りの整理は不十分なんだ」
「やったぁ、一部屋丸ごと貰えるなんて大胆だね!部屋の中の持ち物に関しては任せて、重要な持ち物かそうでないかの判別についても徹底的に仕込まれたから分別には自信あるわよ」
思わぬ提案に喜びの声を挙げ、ガッツポーズをする未千翔。
この後未千翔は背負ってきたリュックを部屋に運び込み、最低限の持ち物整理兼確認をしながら尚人と他愛のない会話をいくつも交わす。やがて、両者共に同じようなタイミングで眠気が到来。欠伸が出たのを合図にその日はお開きとなり、尚人と未千翔はそれぞれ異なる部屋で就寝した。
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