【2】
第8話 候補者たちの二つ名
小柄な赤毛の少女が放った魔法が、斜面の木々を根こそぎなぎ倒した。
(やることが派手……!)
土煙。
轟音。
遅れて、わっと歓声が上がる。
「さすが『聖母』さま……!! ありがてぇありがてぇ……!!」
明るい日差しのものと、人々に拝み倒されているのは、『聖母』こと聖女候補者のひとりサンドラ。
能力は「恵み」特化型。
瘴気を払い、魔物と戦う『浄化』や、治癒に関する『癒やし』の能力は低いが、動植物に働きかける力が強い。
今はちょうど、神殿に上がってきた「畑を広げたい」という願いに応えて、傾斜地の木々を魔法で引っこ抜き、山のように積み重ねたところであった。魔法を使わずに人の手で同じことをすれば、かなりの労力を要するであろう。
それが、ものの一瞬で完了。
「我が愛し子たちよ。これで今年の豊穣は約束されました!」
サンドラの周りにはひとが集い、まさに大人気と呼ぶにふさわしい盛況ぶり。
ナディアは視力の良さに任せ、離れた小屋の陰に身を潜めてその賑わいをうかがっていた。
何人もの大人たちがひれ伏しているおかげで、中心に立つサンドラの姿はよく見える。
サンドラは、癖のある赤毛に、輝きの強い宝石のような翠眼をしている。ナディアより年上で年齢は十八歳だが、身長は女性の平均に及ばず、顔立ちのあどけなさもあってかなり幼い外見をしていた。それでいて、胸をそらせば豊かな胸が重そうに揺れるのだ。
(「聖母」……。セレーネ姉さまが「女神」で、アンゼルマ姉さまが「女帝」だから、「聖母」っていわれていてもそうか聖母さま、くらいの認識だったけど……。もしかして呼称だけで言えば一番「聖女」に近いかも?)
顎に手を当てて、ナディアは真剣に検討してみた。
その二つ名で呼ばれる理由といえば、何よりも「豊かさ」を約束する能力が飛び抜けていること。なおかつ、包容力のある言動で、親しみやすく大らかな性格を印象づけていることが考えられる。
大の大人でも頼りたくなる、安心感。
何しろ、老若男女を前にして堂々と「子どもたちよ」と語りかけているのである。
まごうことなき「母」の貫禄。
「ナディア、あれを見てどう思う?」
一緒に物陰にひそんでいたアンゼルマに、横から声をかけられる。ナディアはちらりと視線を流して、高い位置にある顔を見上げた。
「子どもを産んだわけでもない十代で、自分より年上の大人たちに『母』って言われちゃうの、なかなか重くないかな……。って、余計なこと考えていました」
「ほんとに余計だね。それで言うならセレーネは『神』だし、私は『帝』だよ。『母』と比べてどう?」
「聖女候補って、みんな気持ちが強いですよね。私はそういう二つ名受け入れられる自信がありません」
「そもそもナディアには二つ名がないからね! 存在感もないから!」
さらっと軽く言われて、ナディアは「うう」とうなだれた。
(今まで、奉仕活動に出ても手柄をアピールするのが苦手だったからな~。サンドラ姉さまみたいに「奇跡」を起こしたときでさえ、ひとに囲まれる前に「あの、やっておきましたので」って報告だけして逃げ帰ってきていたし)
アンゼルマが言うように、ナディアには存在感がまるでない。「聖女候補者さまがきて何かやっていったみたいだけど、何を? 誰が?」という。名前すら認知されていない恐れがある。
「ナディアはさ、本気を出せば、私やセレーネよりも『恵み』に長けているわけだろ。それこそ、私のように戦場に出なくても、こうやって平時からいろんなひとに役立つ候補者アピールして、人気を得る方法はいくらでもあったのにね」
妙に気の毒そうにアンゼルマに言われて、ナディアは「本当ですね」と同意を示した。
「実際に活動している姿を見ると、私に勝ち目なんかあるのかと」
弱音が口から出てしまい、ナディアは慌てて手で口をおさえる。
アンゼルマは、ふっと息を吐きだしてナディアの頭に軽く手を置いた。
「その負け根性をどうにかしないと、勝負どころじゃないんだよな」
「はい。すみません」
ナディアは謝りつつ「でも……」と続けた。
「もし本当に、豊かな畑を作りたいなら、サンドラ姉さまのあの方法ってあまり良くないんじゃないかと思うんです。つまり、木を切って傾斜地に畑を作るのは」
「どういうこと?」
考え考え、ナディアが口にした言葉に、アンゼルマが瞳を光らせる。
そのとき。
「ね、さっきから姿見えているんだけど。あなたたち、何しに来たの? ひまなの?」
聞き覚えのある声が響いた。
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