君の好きなところ

ぐらにゅー島

ただ好きになっただけ

「僕のどこが好きになったの?」

 桜が舞う春に、君は驚いたようにそう言う。「どこが」だなんて、そんなものわからない。恋に落ちる瞬間なんか、なかったんだから。

「さあ、どうだろう。全部、じゃないかな?」

 だから私もそうやって真面目に答える。そよ風が、パタパタと私の髪をたなびかせた。その風の音が、ドキドキとした心臓の音のようで不思議だった。

「全部って。そんなふうに誤魔化すんじゃなくって、ちゃんと話してよ。」

 君は少し苛立ったようにそう言う。チクチクと、バラの棘のように言葉が尖っている。私の言葉を、その場で取り繕ったものだと思っているのかもしれない。

 しかし、どうしたものだろう?本当の本当に君の全部が好きなんだから。



「好きなタイプは?」

 ふと思い出したのは、そんな、修学旅行なんかでみんなが話すフラットな恋バナ。顔がかっこいい人、運動ができる人、頭がいい人。ぽんぽんと出てくるフワフワした綿飴みたいな理想の相手。もふもふの布団みたいなその雰囲気の中、私は何て答えたっけ?

 ああ、そうだ。思い出した。私は笑顔が素敵な人が好きなんだって言ったんだ。太陽をいっぱいに浴びた、真夏の向日葵のように笑う君を思い浮かべて。なんと言っても、私の中の君はいつだって笑っていたから。

「えー、普通じゃん!他には何かないの?」

 苦笑いして、ルームメイトは私にそう言う。さっきまでのフワフワした空気は消えてってしまった。名前のない花を誤って踏み潰してしまったような、そんな気分。キュッと胸が苦しくなった。

 きっと、この時も誤魔化されたんだと思われたんだ。誰から見たって、笑顔の人は素敵に決まっているから。


「あの言葉で好きになっちゃった!」

「あんなところ見たら好きになっちゃうよ!」

 恋には落ちるとよく言われる。その通りに、ある瞬間世界の色が変わることってあるのだろう。でも、それっておかしくない?

 好きになったのは、その人のほんの一面に過ぎなくて。ただ、その人の一部分だけが素敵だったってそれはその人じゃなきゃいけない理由になんかならないからさ。私たちが見ている君は、本当の君の1%にも満たないのかも知れないのにな。


「アイツなんかのどこがいいの?」

 好きな人を聞かれて答えたら、そう言われたことがある。どこもなにも、気が付いたら好きになってたんだって。そう言ったって、その子は信じてくれなかった。

 じゃあ、みんなはどうなの?顔が良かったら好きになるのかな。好きなタイプに当てはまってるから、好きになるんだ。本当に、ただそこだけを見て好きになるのかな。違う、きっと違うよ。だって、そんなのつまらないから。好きなタイプなんて、鏡に映る姿のほんの一面に過ぎないんだからさ。

 花だって、そうでしょう?確かに、みんな綺麗な花弁を好きになる。綺麗だから、そして儚いから。でも、花ってそれだけじゃない。見て、葉っぱを。平行脈に、網状脈、一つ一つ違って面白い。茎だって、根っこだってそうでしょう?目立たないけど、それがなくって花とは言えない。


 

ヒラヒラと桜の花びらが君の髪に落ちる。私はその花弁を摘むと、君の目を見た。キラキラで、それなのに自信がなさげで。萎れてしまいそうな君も好きだったんだ。

「君は花は好きですか?」

「花…?別に、嫌いじゃないけど。」

「そう、それでいいんだ。」


 きっと、みんな好きな花がある。

 みんな、なんでその花が好きかなんて聞かれてもわからない。綺麗だから?いい香りがするから?それで、いいんじゃないかな。だって、その花の全部が好きなんだから。


これが、私が君を好きな理由。

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