第12話 《世界断絶剣》
これまでのあらすじ:
レベルと経験値の存在する異世界フォルト。
お試しで異世界を体験することになった男と女神ライネと妖精スオは、スライムに遭遇したりなどしつつ、いよいよギフトを試す時を迎えるのだった――
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穏やかな陽気の、平和な草原。
遠くにはうっすら都市の陰影が見えるものの、周辺には誰もいない。もしかしたら小動物やスライムなどが草原に隠れているのかもしれないが、男と女神ライネと妖精スオの他には、足元のスライムが1匹いるぐらいだ。
……この世界の誰の目にも触れることなく、今からここで、ちょっとした勝負が始まろうとしていた。20のギフトを巡る、人間と女神の勝負である。
「―――では、ギフトを試しましょうか」
女神の微笑を浮かべるライネ。男は頷く。
「20もあるんだから、ちゃっちゃと済ませよう。今は昼時っぽいが、この惑星の昼が俺のいた地球の昼と同じ長さとは限らんしな」
「……ですから、ここは異世界ですからね。旅人よ」
男の中では、まだ異世界よりも別の惑星という認識のほうが強いらしい。ステータスの魔法を見せてもそれは揺るがなかったようだ。下手をすると未だに自分は宇宙人扱いなのかもしれず、遠い目になる女神ライネ。
(……しかし、それもここまでです!)
今からライネがギフトを試しに使って、『問題なし』と男を納得させられれば、男がどんな風に考えていようと関係なく、男を転生させることが出来るのである! しかも、ライネが神々から預かっているギフトは20もある。そのうち1つでも男に『問題なし』と判断させればいいのだ。
そして、さらに……ライネには勝算があった。
にこにこ笑顔を浮かべて、女神は告げる。
「――ところで旅人よ。ギフトを試す前に、説明しておくことがあります」
「説明?」
「今から私が、ギフトを実際に使ってみるわけですが……ひとつのギフトに対して、お試しで使えるのは一度だけです」
「なにっ」
どういうことだと色めき立つ男。だって聞かれなかったんだもん、という気持ちを込めて、ふふふ……と意地悪そうに微笑む女神。
「旅人よ。そもそもギフトは私自身の加護ではありません。あくまで転生者にひとつだけ引き渡すために、他の神々から一時的に預かっているだけなのです。普通だと、転生者がギフトを受け入れたら、転生者とギフトを作成した神との間に繋がりが生まれるので、何度でもギフトを使えますが……」
胸の前で手を組んで微笑む上機嫌な女神のポーズで、男の不満が込められた視線の全てを優美に防御しながら、穏やかにライネは説明を続ける。
「……しかし、私はギフトを一時的に預かって転生者に引き渡すという仲介役の立場ですので、そうした正規の利用は出来ません。とはいえ仲介役としての繋がりはありますから、これを利用してギフトを作成した神と疑似的に信徒の関係を装うことで、ちょっと試すぐらいなら出来る、というわけなのです。ただ、こうした不正な使用をやってしまうと、ギフトの使用にロックがかかる仕組みがありまして――」
「……だから試しに使えるのは、ひとつのギフトに対して一度だけ、というわけか。で、俺はその一度だけで、ギフトに問題があるか見極めなければいけない、と……」
「うわー、ずるーい」
苦々しい顔の男と、えげつなー、という顔のヒオ。そして、なんとでも言いなさい、勝てば良かろうなのです! と顔に書いてあるライネである。これこそが、このギフトを巡る勝負における彼女の勝算であった。
「では! さっそくギフトを使いますね――」
「待った!」
男は素早く静止した。
「……まず、何のギフトを使うのか。どういう内容のものかを説明してほしい。それを受けて俺が気になるところを質問をするので、それに回答した後で、お試しでギフトを使ってもらおうか。……いきなり使って、はいこれでお試しは終わり、何か問題点はありますか? みたいなのは無しにしてくれ」
ちっ。と心の中で舌打ちするライネ。
しかしギフトを選ばせるという立場上、説明や質問のタイミングを設けないのも、それはそれで転生者を案内する女神として問題になりそうではあった。ここは仕方がないと判断する。
「…………ええ、もちろんですとも。汝が満足するギフトを与えることが、この私の役割ですからね。当然、きちんと説明しますとも。ふふ、ふふふ――」
不敵に笑う女神。
男は、知らず流れていた汗を拭う。
なんとも不利な状況になったが、しかし、これでどうにか不利すぎるというほどではなくなった。ここからが肝心だ。息を吐く男。気持ちを落ち着けようとする。
――向かい合う二人。
――草原に吹く風が、男と女神の髪を揺らす。
――苦々しい表情の男と、にっこり笑顔の女神の視線が交差する。
★勝負のルール:
今から試すギフトが、チート(いろんな意味で異世界を派手に壊すようなもの)ではないと、男を納得させることが出来れば、ライネの勝利。全てのギフトを試しても男を納得させられなければ、ライネの敗北となる。
ライネが勝ったら、男はそのギフトを得て、異世界に転生しなければならない。
男が勝ったら、ライネは男の望みを何でもひとつ叶えなければいけない。
(……なんにせよ、ひとつでもチートだと指摘して、全部のギフトを突っぱねれば俺の勝ちだ。指摘できないなら、俺は……こんな怪しい女神の勧める異世界に、なんか怪しいギフトを持って転生することになる! それだけは避けたい……!)
(……よし。このギフトで行きましょう。用途に癖がなくて説明もしやすい。これなら何の問題も欠点もないはずだわ。ふふふ、ふふふふ……! 神々の最新魔法の結晶たるギフトの完璧さに、きっとこの男もひれ伏すことでしょう……!)
そんな二人の間で浮いていたスオは、おもむろに楽器を取り出した。
ただの楽器ではない。一度でも実際に弾いた経験があるなら、どんな弦楽器の音色でも、どんなパートでも、なんと一人で同時に弾ける、魔法の弦楽器だ。
にこー、と笑って、スオは楽器を構える。1・2・3……
草原に生まれるメロディ。
晴れ渡るように明るく、ぴょんぴょん跳ねるスライムの呑気さと、風が駆け抜けるような軽快さで、とにかく
スオ作曲、『のんびり草原の決闘』。
……それが開始の合図となった。
「旅人よ。これより試すギフトの名は――《世界断絶剣》です!」
高らかにギフトの名を告げる女神ライネ。静かに目を光らせる男。
「どんなギフトだ」
「見た目はただの短剣ですが、そこから光の刃が伸びて、なんでも切り裂くことができるという魔法の道具です」
「ああ。なんでも切れるやつか」
ギフトの説明を受けた一番最初に聞いた覚えがあった。
「どんなものでも切り裂けるとは、すなわち、攻撃の際には絶対的な有利を意味するということは、さすがに分かりますよね? ふふふ。素晴らしいギフトでしょう?」
「……やっぱりチートなのでは?」
ぴたっ。と動きを止める女神。
「こ、このギフトは攻撃に使えるだけなので、そういう意味では、
慌てて言い直すライネ。
どうも、ギフトを慎ましく説明するのに慣れていなさそうな感じだ。きっとギフトを盛大にアピールする練習ばかりしていたのだろう。
(……途轍もなく斬れる剣ねえ……)
そう言われると、確かにチートというには微妙な気もする。
(……しかし、なんでも斬れる光の剣を持って異世界転生か……)
うっかり少年心をくすぐられてしまう男。
剣という武器は、より攻撃できる間合いの長い武器の出現によって、男のいた世界では、ほぼ消えてしまった装備である。しかし、そこには根強い人気があるのだ。
とはいえ。
現実には剣を持った程度では、異世界では何も出来ないような気もする。よほどうまく立ち回らないと厳しいだろう。男は別に剣道の達人でもなんでもない、ごく普通の一般人なのだから。
(……っと! うっかりチートじゃないと認めてしまいそうだった。危ない危ない。俺はチートであることを追求しないといけない側なんだから、気を付けねーと……)
ついつい、チートを使う側の立場になってしまうのであった。
ライネのことを言えない男である。
「あ。そういえば、なんでも斬れる以外にも、なんか刃が伸びるとかどうとか言ってなかったか……?」
男の発言に、ライネはキラリと瞳を輝かせた。
「ふふふ! 実はですね。光の刃は、なんと魔力を注げば簡単に伸びるんです! その距離は……最大で13km! なので超遠距離から一方的に相手の不意を突いて問答無用で切り裂くことも出来るって寸法ですっ! わあ、すごいっ! 剣を習っていない転生者でも、これなら戦闘で大活躍すること間違いなしですよ!」
「……やっぱりチートなのでは?」
ぴたっ。と動きを止める女神。
「光の刃は伸縮が可能であり、用途に応じてベストなサイズを選択できます。あくまで最大13kmというのはカタログスペックであり、実際にはそんな長さで使うことはありえないでしょう……!」
きりりとした顔で言い直すライネだが、もう遅い。
「最大13kmは、チート!」
「そんな長さで使わなければ問題ないじゃないですかー!?」
ライネは思わず素の口調で突っ込んだ。
「そもそもですね!? どんなものでも悪いように使えば悪く使えてしまうものなんですから、そこは汝の行いこそが重要であって、このギフトが悪いわけではありません! 包丁で殺人が起きたら包丁が悪いんですかっ!?」
一気にまくしたてるライネ。
確かに一理ある話ではあった。
「……まあ、そうだな。確かに、そんな風に使わなければいい話だな……」
かなり渋々という感じで、苦々しく認める男。
「……にしても。アホみたいだな……」
「アホとはなんですかっ!?」
「ああいや、お前のことじゃなくて。こう……まあ別の星かもしれんからあれだが、惑星には丸みというのがあるから、13kmまで刃を伸ばしても、そんな遠くの敵はそもそも隠れて見えないんじゃないかなと――」
ぐっ。と呻くライネ。それもそうだった。
惑星は球体なので、ある程度の距離から先は見えないのだ。男のいた世界であるところの地球の場合だと、成人の目線で大体4km先しか見えないという。
……チートとか関係なく、設計やコンセプトに欠陥があるのでは?
遠回しにそんな風に言われた気がして、ギフトを転生者にお勧めする案内役の女神としての職業意識に火がつくライネ。
「じ、ジャンプして高い位置で切れば良いのです!」
「転生者は超人かなんかか!?」
どうでもいいが、地球の場合だと地上から12mぐらいの目線であれば地平線まで13kmの距離になるようである。走り高跳びの世界記録の5倍ぐらいジャンプすれば届くだろう。
「じゃあ、惑星の丸みごと切ればいいんですよ!!」
「地面ごと切るんじゃねえよ!?」
ダイナミックな使用法を提案する女神である。
「別にいいではありませんか。地平線の向こうにいる相手を切るとか、すごいインパクト。兜割りならぬ大地割り! 間違いなく伝説になりますね! きっと惑星さんもにっこり笑顔で切られてくれますよ!」
「そんな惑星もなんか嫌だが……そもそも、そんなものすごい先にいる相手をぴったり切るってのは難しいだろうが。仮に10km先に相手がいるとしても、1度でも角度がズレたら100m以上はズレるんじゃないか?」
「……横に切ればいいのでは?」
「それ絶対関係ないやつも切るからなっ!?」
素で恐ろしいことを言い出す女神に、思わず男は突っ込んだ。
どうでもいいが、13kmまで何でも切り裂ける剣を、えいっ!! と腕を振って0度から180度の範囲で横薙ぎに切ってしまう場合、惑星の丸みを無視した単純計算では、265平方kmが攻撃範囲となる。全てを横一文字に両断する広域殲滅兵器という風ではあった。
とはいえ縦に切っても直線上のものは全て切り裂かれるので、とにかく最大距離で切ろうとすると大変なことになりそうな武器である。
「最大13kmは、実際には使えない数字だよなあ」
「ぐぐっ。ぐぬぬぬぬ……」
男の指摘に、苦渋の表情で呻くライネ。珍しく女神めいた顔ではなく、素直に悔しそうな感じである。どうやら本当に、世界断絶剣に対して何の問題も欠点もないと考えていたらしい。
「……ま、まあ、さきほども言いましたが、最大13kmという長さは、あくまでもカタログスペック、そういうことも出来ますよというだけのものですっ! 実際には、相手との距離の不利を埋める程度に伸ばせばいいだけですからね――!」
……そうフォローするライネだが、チートかどうかは別として、世界断絶剣の無駄が明らかになってしまった感は、どうにも拭えない空気になってしまった。
しかし。
実は、男のほうも手痛いところを突かれていた。
(……包丁で殺人が起きたら包丁が悪いのか、というのは、なかなか痛いところを突かれたな。くそっ。まあそうだよな。畜生め……)
ライネは純粋に剣という用途で考えているので気づかなかったが、どんな物でも使いようであり、それ次第でとんでもないことになることもある。
……例えば世界断絶剣の場合、最大射程12000mの遠距離武器という視点から考えてしまうと、まったく違った運用法が現れてしまう。または対空兵器として使うのも有効そうだった。空を飛ぶドラゴンとかも倒せるかもしれない。これだけで戦闘チートとして異世界に激しく影響を与えられそうな気はするのだが。
しかし。それは使う側の問題であり、ギフトそのものに非はないのだ。
チート的な運用法から、ギフトの異世界に対する問題点を指摘しようと考えていた男にとっては、かなり強めの釘を刺された感じだ。
それでいて、ギフトの問題性そのものがなくなるわけでもない。
世界断絶剣も、戦場で効果的に使えば一方的な虐殺だって起こりえる。離れた場所から狙って問答無用の暗殺もできるかもしれない。
それらは全て持ち主の使いようであり、ギフト自身に罪はない。罪はないかもしれないが、厄介ごとの種にはなってしまうだろう。
――だからこそ。
こんなものを異世界に持ちこんではいけないのだ。
今回の場合、とにかく道具というのがヤバイ。もしも盗難でもされた日には、目も当てられない事態になりかねなかった。
それ以前に、こんな凄すぎるものを持っていることが異世界の人間に知られたら、どんな目に遭うのか分かったものではなかった。男が使うかどうかに関係なく、そういうことが出来てしまう可能性があるとバレた時点で、多分アウトだ。面倒になること間違いなしだ。
(……こんな厄介チート武器なんざ、受け取ってたまるか……!)
なんとしてもギフトを突っぱねなければいけない。自分のためにも。異世界のためにも。男も男で、なかなか大変な立場ではあった。
一方で、ぐぬぬ顔だったライネは、すんっ……と冷静になった後、再び余裕のある女神の微笑に戻った。気持ちの切り替えの早い女神である。
「こほん……別に最大距離まで伸ばすようなことさえしなければ、それほど異世界に対して影響を与えるものではありません。むしろ、汝が転生する異世界における危険の全てとは言いませんが、荒事に関する問題の難易度をそれなりに下げてくれる、優れたサポート武器となるでしょう。護身用の武器ぐらいの感じですねっ!」
ライネは、戦闘で役立つサポート武器みたいな、ささやかなアイテムですよ路線でギフトをアピールすることに決めたようだ。ふふふと穏やかに笑う。
「……もちろん、異世界で剣術を鍛えたりすれば、どんな相手でも倒せる可能性を秘めたこのギフトは役に立つかもしれません。レベル上げも容易になるでしょうし、いるかどうか知りませんが魔王だって一撃です。しかしそれは、ギフトがチートだからではなく、汝の知恵や努力の結果なのです! うまく使えれば見た目にも格好いいギフトでしょうから、きっと女の子にもモテますよ!」
(……余計なお世話だ、ばか女神め……)
ライネの最後の言葉は、結局死ぬまで独り身だった男には地味に刺さってしまうポイントだったのだが、それはともかく。
チートじゃなくて知恵や努力の結果ですとは、こう、なかなか
(……知恵や努力の結果かあ……)
もしも使い手が一流の戦士であれば――
例えばこの草原を横薙ぎにすれば、無差別に大量の経験値を――
(……ええい、くそっ! ついつい、美味しいギフトの使い道を考えてしまうな。チートの誘惑とでもいうべきか。大量虐殺ダメ絶対! 楽してレベルアップはそれ自体がもうチート! 鎮まれ俺の想像力……!)
そう。元いた世界では、異世界転生ものの作品に触れたこともある男である。このようなチートめいた特別な力を利用して大活躍するような作品も、たくさん見たことがあった。だからつい、そうしたものをうまく利用する方向性に思考が引っ張られてしまうのである。……しかし、今やその想像力は彼の敵だった。
――この場において必要なのは、チートを活用する
その真逆の方向性。神からの贈り物に疑惑の視線を叩きつけてチートの匂いをかぎ分ける、面倒くさい人間としての
(……よく考えろ。
しかし。
ただの途轍もなく良く斬れる剣という視点のみで考えると、世界に激しく影響を与えてしまうようなチートというには、どうしても決定打に欠ける……!
苦しい表情の男。
ふふふ。と笑顔を浮かべる女神。
スオの奏でるメロディが変わった。
賑やかで軽快なリズムの間に挟まれる、穏やかな間奏。
その音楽に思考を落ち着かせながら、男は今までの情報を思い返す―――
「……そういえば。世界切断剣は、確か世界を切断することで、あらゆるものを切り裂けるとか言ってなかったか? 一番最初にギフトの説明を聞いた時に、そんな風に言ってたよな?」
すると女神は、よくぞ聞いてくれました! と誇らしげな顔になった。
「ええ、その通りです。光の刃は、具体的には切る対象を切っているわけではなく、なんと世界を切り裂くことによって、その世界ごと対象を切っているのです! 例えるなら、そう……鎧を切り裂くことは難しくても、鎧が書かれた紙を破くことは可能であるように!」
鍛冶の神ツカダンがライネに説明したときの例えを、ほぼそのまま、ドヤ顔で言っちゃうライネである。分かり易い例えなので、自分も使おうと思っていたらしい。
男は目を細めた。
「……切り裂かれた世界はどうなるんだ?」
「えっ?」
「世界を切るというのが微妙にイメージできないが、その切られた世界には悪影響はないのか? こう、切った断面からボロボロと世界が壊れるみたいな、そういうことはないんだろうな?」
しばし間があった。
「……ナイデスヨ?」
「おい」
「あ、いえいえいえ! 無いです、そういうの無いですから。ええ。多分!」
あわあわと素で焦った様子のライネ。半眼になる男。
「そこは『多分』ではダメなやつでは……?」
「よ、よく考えてもみなさい。普通に考えて、そんなダイレクトに世界を滅ぼすようなギフトを神々が贈ったりしませんよねっ?」
その発言を聞いた瞬間、ハッと男に閃きが走った。
『見た目にも格好いいギフトでしょうから』
『そういうの無いですから。ええ。多分!』
『普通に考えて』
男は確信した。
女神は、しまった! と思った。
(こいつ……実際に使ったところを見たことがないな!?)
その通りであった。実はライネはギフトの説明を受けただけなので、実際に世界断絶剣が使われている場面は見たことがないのである!
(……ま、まずい……!)
ライネが焦るのと同時に、男は目を光らせた。
ここは強気で攻めるべし!
「――世界を切り裂く剣なんて言ってるが、それはつまり、世界を破壊してるような危険なものじゃないのか? そのあたりの安全性はどうなんだ? ええ?」
「…………」
静かに微笑を浮かべながら、動揺を押し隠すライネ。
というのも、全てのギフトは異世界を転生者が引っ掻き回すためのアイテムとして用意されているわけなので、ライネが知らないだけで、もしかしたら神々がギフトの企画段階でそういう機能をこっそり備えさせた可能性は否定できないのだ。
それでも、沈黙は悪手だった。
「世界をどのように切り裂いているのか具体的説明を求める!」
「せ、説明!?」
痛いところを突かれたライネである。表向きギフトは鍛冶の神のものではあるが、世界を切り裂く機能の部分は、実は別の神が担当している魔法なので、どんな魔法が使われているかまでは知らされていないのだ!
「ま、魔法で……」
「何の魔法で、どのように世界を切り裂いてるんだ?」
男に容赦はない。たじろぐライネ。
もちろん。
ただの異世界転生の案内役に過ぎないライネには、高度な魔法の仕組みなどは全然分からない女神であった。ライネは知恵の神でも知識の神でもないのだ。
(……う、ううう……まさか原理の部分から説明しないとダメなんて! そんなことってある!? こ、こんなことなら魔法のレーザーで切り裂いてるとか適当に言っておけば良かった……!)
男は腕組みして、ライネの回答を待っている。
勝ったな。そう表情に書いてあった。世界にとって危険そうなのに原理も説明できないような怪しいものを勧められてもなあ、という雰囲気だ。逆転勝利……!
(……も、もはや、これまでか……)
敗北を認めるライネ。
さすがに、分からないものは分からない。
問題なく誤魔化すような内容も専門的すぎて思いつかなかった。
まあ、まだギフトは19もあるのだ。
次で頑張ればいいや……などと思っていた、その時であった。
(―――――)
ふと。ライネの脳裏に浮かんだのは、鍛冶の神ツカダンが、飲まずにはいられない感じで酒を飲んでいる、あの姿だった。
何でも魔法という時代の流れに負けそうになりながら、それでもしっかり職人としてギフトに携わった彼の気持ちを考えると、神々の贈り物を否定されてはいけない、という強い気持ちが湧き上がって来たのだった。
神々の加護を預かる身として、簡単に負けることは許されない。
この土壇場に至り、ライネの転生案内の女神としての職業意識が覚醒する!
(……ギフトは
現代の最新魔法技術の結晶にして、なにより神々の努力の結晶であり、それ自体が奇跡に等しいような価値を持つ、素晴らしいものなんだから―――!
「むむ――?」
ライネの気配の変化を、男は敏感に感じ取った。
女神の瞳が、青く燃えている。
スオの音楽は、
妖精の超絶技巧が、どこまでも心躍るリズムで騒々しく草原を駆け抜けるようなメロディを、大胆不敵に奏で始める。楽しげな顔のスオ。
「魔法の説明は不要です」
ゆっくりとした動作で……肘を腰にあてて、手のひらを天に向けて、穏やかな微笑を浮かべる女神のポーズを取るライネ。なぜか後光が差した。
「なぜなら……今から実際に試してみるからです。それで世界が壊れなければ、特に問題はない。そういうことでしょう?」
「ま、待て。それは本当に大丈夫なのか?」
「もちろんですとも。旅人よ。あまり神を疑うものではありません」
ライネも
もしも、仮に世界が壊れるような原理だとしても、いきなり初手で使用した瞬間にそうなったりはしないはずなのである。
そこまであからさまな爆弾を直接的に仕込むような真似は、持ちこむと現地の神々と揉めやすいので、避ける傾向にあるはずなのだ。よほど変な使い方をしない限りは大丈夫なはずである。
だから、ギリギリ誤魔化せる……はずなのだ。
男はライネ以上に魔法のことを何も知らないだろうから、ここを上手くしのぎさえすれば、逆転の目はまだある――!
(……見てなさい。目の前で華麗に使って、『この通りですが、何か問題でも?』と澄ました顔で言ってやるんだから……!)
ライネは息を吸って、ゆっくりと吐き出す。
表情を引き締める。
「では旅人よ。ここからは――お試しの時間です!」
預かったギフトを通じて、対象の神格と疑似接続。
青い瞳を輝かせて、女神は詠唱を開始する。
「……旅立ちと変転の女神ライネが、神々に請願する! 我は求む、万物を切り裂く究極の刃! 我は望む、絶対なる世界の剣! 神々との盟約において、今ここに完成せよ、《世界断絶剣》――!!」
手を伸ばしたライネの手のひらに、ギフトの光が出現する。
それは、くるくると輝きながら回転して、やがて複雑な色を纏い、形を成して……そして回転が終わる頃には、一本の短剣がライネの手に収まっていた。
のだが。
「んっ?」
「あれ?」
――それは、奇妙な短剣だった。
とにかく
(うわっ。なにこれ……)
軽く片手で持つライネだが、明らかに重さの比重が柄のほうに来ている。しかも鍔のあたりがトゲトゲしているので、うっかり自分の腕に刺さりそうだった。それでいて、重さ自体はそんなに感じない。握った感じも、手に吸い付くような心地だ。
そういえば鍛冶の神ツカダンは、ギフトを渡す際に何かしていたが――
「なんか変わった短剣だな……」
「ま、魔法の道具とは、そういうものなのです!」
よし、使いますよと意気込むライネ……
その時であった。ライネは世界断絶剣を通して、ギフトを創造した神との加護の繋がりから、対象の情報を読み取ったのである。それは、ふたつあった。
ひとつは、鍛錬と溶鉱の神ツカダンの加護の繋がり。
そして、もうひとつの加護の繋がりは―――
(……消滅と忘却の神、イレン!?)
イレンは滅びの神々に属する神だ。どこか陰のある優しげなイケメン男神なので、ライネも記憶していたのである。とても残念なことに、噂ではあの陰険なイフラ先輩とは仲がいいらしいが。
彼は『万物はいずれ必ず滅びる』という概念の神で、それでも人間がそんなことを気にせずに生きられるのは、この神がそのことを忘れさせているからだという。
それはそれとして。
そんな滅びの神が、世界断絶剣に関わっているということは………
「――――――」
白目になるライネ。
なんでも切り裂く刃とやらの原理は、男が予想した通り、部分的に世界を消滅させているのでは――??
「おい。早く光の刃を出さないのか」
「え、ええ。ソウデスネ……」
ぎくしゃくとした笑みを浮かべつつ、ライネは世界断絶剣を構える。片手では持ちにくいので両手で構えたらいい具合だったが、それどころではない。
うっかりバレないようにしなければ!
(……ち、ちょっとだけ見せて、すぐに消そう……!!)
心の中で
―――そして。
禍々しい一条の闇が、蒼天を引き裂いた。
そう表現するしかない壮絶な奔流が、短剣から発生したのである。
「ギャーッ!?」
「待て、待て待て待て!」
「うーわー」
驚く男と女神。
スオも驚いて演奏を中断。目を丸くした。
幸運にも世界断絶剣を空に向けていたライネだが、しかし短剣の一点から、まるで怒涛の噴水のように光の刃が天に向かって伸びる。伸びる。伸び続ける……!
光の刃といいつつ、その色は無明の暗黒だ。
そして次に、天を貫く暗黒の柱のようなそれを中心に、大気が荒れ始める。流れる雲が急速に集まり、空を暗雲で埋め尽くして世界を薄暗く染めて、砂や小石が宙を舞い始める。さらには雷鳴まで轟きだした――!
「いやあ、派手だねえー」
激しい風に飛ばされぬよう男の服にしがみつくスオは、どこか楽しげだ。
ちなみに足元のスライムは、(><)キャー! と頑張って地面にへばりついている感じである。
「ば、ばか女神! 早く止めろ!!」
しゃがみこんで吹き荒れる風に負けぬよう耐えながら、男が叫ぶ。
「もう止めているのです!!」
ライネの美しい金髪が暴風で乱れに乱れるが、今ここで手を離すと大惨事になりそうなのは明白である。魔力の供給は止めたのに、どうしてこんなことに……!?
青ざめながら、ライネは気づいた。
世界断絶剣の魔力変換効率は、人間の魔力に合わせたものである。なので、神様がうっかり使ってしまうと、それは恐るべき魔力の変換を生んで、最大出力で光の刃を生成してしまうのだ。もっと極微量な魔力で充分だったのである。
「なんで止まらないんだっ!?」
「私が注いだ魔力がまだ残っているのです!!」
ひーん! と涙目で、フルパワーで世界を裂き続ける世界断絶剣を、とにかく頑張って真上に向かって固定し続けるライネ。恐ろしいことに、世界を引き裂く膨大なエネルギーの影響か、至近距離にある柄が刃のほうへと吸い寄せられる――!
もしもライネが手を離せば、短剣はロケットのように飛んでいきそうだった。ニンジンを下げた釣り竿を馬に固定して、馬がニンジンをいくら追いかけても追いつけないような、あれと似た感じである。
真っ直ぐに飛べばいいが、うっかり不規則な機動を描いて、空中でぐるぐる動きでもしてしまったら、そこら中が滅茶苦茶に切り裂かれることだろう。13kmの何でも斬れる刃が空中で暴れ回るのだから、危険極まりない。
……ああ、なるほど。だから柄のほうを重くしたわけか……と、混乱の中で納得するライネ。さらに両手でしっかりマウントできるように握りの部分を伸ばしつつ、しかも柄頭で拳が引っかかるようになっていた。
恐らくツカダンは、迂闊な転生者がうっかり世界断絶剣を全力で使った場合を考えて、こんな意匠にしたのだろう。さすがは鍛冶の神。たとえ主役が魔法であっても、そこには
嵐の中、両手で剣を掲げた姿勢で耐え続けるライネ。
暗雲と暴風が渦巻き、雷鳴が轟く終末めいた草原で、とにかくライネは注いだ分の魔力を消費しきるまで、真上に向かって世界断絶剣の暗黒の刃を固定し続けるしかなかった。長さ13kmもあるのだ。ほんの少し角度が動くだけで、どれだけの影響が発生してしまうのか、想像するのも恐ろしい。
まあ。それはそれとして。
そろそろ手や腕が疲れてきたライネである。
「……旅人よ。せっかくなので持ってみませんか? 世界断絶剣」
「誰が持つかーー!!!」
ふぁさっ。
と、暴風に煽られたライネの白いローブの裾が盛大に翻ったのは、まさにその瞬間のことであった。白い太腿どころか大変なところまで露わになりそう。
「ぎゃああー!?」
「手を離すんじゃないばか女神ぃぃ!?」
反射的に世界断絶剣を離そうとした女神の手を、素早く立ち上がって押さえる男。見ようによってはライネを支えている風に見えなくもないが、実際には逃げを許さぬ強引さしかない。男も必死であった。
「乙女の危機なのですが!?」
「乙女はぎゃあとは叫ばねえよっ!!」
「女神は叫んでも良いのです!!」
「どんな特権だ!?」
至近距離で意味不明なことを喚き合う二人。その視界の端で、拳ぐらいの石がふわふわと宙に浮いているのを見る。ライネを目を丸くして、半眼で男は呻いた。
男もライネも、誤解していたのだ。
「……途轍もなく斬れる剣じゃなくて、世界ごと何でも切り裂ける剣というわけか。そりゃあ、重力だって切り裂けるわな。どうして真っ暗な刃なのか不思議だったが、これはあれか。光すら切り裂いているから、反射するはずの光が戻って来てないのか……?」
まさしくチートであった。
下手すると概念的なものまで斬れてしまうかもしれない。改めてギフトのでたらめさに戦慄する男である。
しばらくして、変化が訪れた。
荒れ狂っていた風が、少しずつ弱まってきたのだ。
「あっ。刃が縮み始めたよー!」
空を見上げて、スオが叫ぶ。
暗黒の刃が、みるみるうちに長さを縮めていく。
ようやく魔力が尽きるらしい。すでに半分ぐらいの長さだ。
「……終わったみたいだな……」
「……そうですね……」
男と女神は、盛大に疲れた顔で互いを見る。
距離が近すぎて赤面するライネ。初心な女神なのである。男は慌てて押さえていた手を離した。ライネも男から距離を取ろうとして――
(><)ムギュ
うっかり足元のスライムを踏んだ。
スライムはダメージを受けたが死ぬほどではない。
ただ、女神の足は滑った。
「あっ」
女神ライネは、世界断絶剣を頭上に掲げるような姿勢のまま、仰向けに地面へと倒れ込む形になって――
「うぉぉぉ!?」
地面にぶつかる直前で、もの凄い勢いで男がそれを支えた。
ぜえぜえ、と息を切らせる男に支えられながら、女神はきりりとした顔。
「……旅人よ。世界は滅びていませんよね。どうです? なかなか素晴らしいギフトでしょう? 今すぐ転生に同意すれば、なんとこの力が汝のものに――!!」
「いるかぁぁぁぁぁ!!」
力いっぱい目いっぱい。全力でお断りする男。
ですよねー。という顔で、がくりとうなだれるライネ。
女神の持つ世界断絶剣の暗黒の刃はついに消え去り、最後には、所在無さげな短剣の刃だけが残った。
………残るギフトは、あと19―――
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「ところでさー」
のんびりとした感じで遠くを指さしながら、スオが言った。
「さっき倒れかけた時に、刃が向こうの都市のほうに向いてたんだけどー」
スオの言葉の意味を考えて。男と女神が凍り付いた。
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