第11話 外伝 神々の流儀 鍛冶の神

 おもむろに時は遡る――――――


 ここは神々の世界。

 その日、異世界転生者の案内役に抜擢された新人女神ライネが訪れたのは、鍛錬たんれん溶鉱ようこうの神ツカダンのいる鉄火てっかの間であった。


「し、失礼します……」

 鍛錬と溶鉱の神とは、すなわち鍛冶かじの神である。

 そんな神の職場である鉄火の間は、神聖な施設というよりも、武器や防具を販売してそうな鍛冶屋にしか見えなかった。入口の扉から入ると、ずらりと武器防具が並んでいたのである。


 どれもこれも神々が使う武具であるらしい。

 これらは人間の世界ではどれほどの価値になるのか想像もできない神話級の武具らしいが、ライネにはどうでも良かった。誰もいないので恐る恐る周囲を伺いながら、とりあえず奥へと進んでいく。


「ごめんくださいー」

 さらに奥には、工房と表現するしかない施設になっていた。

 鉄なのかすすなのか油なのか分からないが、なんともいえぬ匂いと熱気が漂っている空間である。きっと鍛冶に使うのであろう、よく分からない設備や器具があちこちにあって、それらの中でも目立つのは、今も煌々こうこうと炎が燃え続けている大きな炉だ。この炉の炎は魔法の火であり、燃料を必要とせず燃え続けているらしい。


 しかし、肝心の鍛冶の神は見当たらない。仕事中という雰囲気でもなかった。匂いが付いたら嫌だなあと思いつつ、ライネは不安そうな声で呼びかける。


「す、すみませんー。鍛冶の神はおられますでしょうかー」

「―――んあ。こっちだ。遠慮せんで入って来い」

 さらに奥のほうから、野太い声が返って来た。


 声のほうに進むと、なんだかよく分からない部屋に出た。

 どうも休憩室か何からしい。酒と煙草の匂いに、生活感のある壁の汚れ。棚には食器の他に、ずらりと酒瓶が並んでいるのが特徴的だった。中央の大きなテーブルの上には、灰皿と新聞、雑誌、ハンマー。肉を食い終わった後の骨がいくつも乗った大きな皿。空の酒瓶がたくさん。そして長椅子には……なみなみと酒が注がれたグラスを傾けて、赤ら顔でこちらを見ている背の低い中年男が、でんと座っていた。


 ……このおっさんが、鍛錬と溶鉱の神ツカダンである。

 たくましすぎる筋肉のせいか、横に大きなおっさんだった。男臭くて髭は伸び放題という感じがして、なんとなく不潔そうな印象を感じるライネ。ドワーフのようにも見えるが、そうでないようにも見える。


 ライネは背筋を伸ばして、口を開いた。

「このたび異世界転生の案内役に抜擢されました、旅立ちと変転の女神ライネと申しますっ。関係者への挨拶回りと、転生者が選ぶギフトの受け取りに来ました!」


「あー。あれなー」

 節くれだった手でグラスをあおった後、ぷはー、と美味そうに息を吐くツカダン。酒臭い匂いが漂ってくるが、持ち前の面の皮で感情を隠しきるライネ。


 ツカダンはグラスを置くと、ひょい、と手の平に輝きとしかいいようのない光を生み出した。ギフトの光だ。それを放るようにして渡す。慌てて受け取るライネ。


「ほれ。持っていきな」

「ありがとうございます!」

「別に大した仕事じゃねえよ……」

 つまらなさそうな顔のツカダン。どこか言葉がやさぐれている。


「あの。それで、えーと……」

「なんだ? まだ何かあるのか?」

「いえ、ギフトの説明を受けるように言われていまして」

「あーあー。そうだった。説明ねえ……」


 そう言いながらツカダンはまた酒を飲もうとして、グラスも酒瓶も空になっていることに気づいた。ぼりぼりと頭を掻いてから、倦怠と諦観が混じった顔で口を開く。 すかさずメモを取るライネ。


「そのギフトは《世界断絶剣》という魔法の武器でよ。見た目はつまらねー短剣なんだが、柄のあたりから光の刃がぐんっと伸びて、その刃で世界を裂くことができるようになってる。どんなに固い装甲でもよ、それが紙に書かれてて、その紙を破っちまえば、装甲に関係なく破れちまうわな? そういう世界ごと何でも切断できる剣ってなわけだ。そりゃあ、なんだって斬れちまうだろうさ」


 へっ。と自嘲気味に笑うツカダン。懐から煙草を取り出して、火を探す。ひょいとライネが指先を振ると、ぽっ、と煙草に火が付いた。こりゃすまんね、と言いつつ、盛大に煙草を吸って、ぷかぷか美味そうに煙を吐く。

 ちなみにライネはタバコは吸わない派だったが、何も言わなかった。きっと古いタイプの神なのだろう。我慢、我慢と心の中で唱える。


「光の刃は、魔力を注げば簡単に伸びる。どれぐらい伸びると思う?」

「えっ。ええと……3mとかですか?」

「最大13kmだってよ」


 びっくりした顔になるライネ

 その気になれば、遥か遠くからでも相手を両断することが可能だろう。しかも当たりさえすれば絶対に両断できる。まさに神の贈り物であるギフトに相応しいデタラメっぷりであった。

 しかし、その凄まじさのわりにツカダンの顔色には、なんだか苦々しいものが滲み出ていた。……というより、さっきからずっと面白くなさそうな顔をしている。


「凄いギフトだと思いますが、何か問題でも?」

 挨拶回りやギフトの受け取りは、まだまだある。なのでスルーして、ぱっと受け取って次に行きたい気持ちもあったライネだが、しかし、いざ本番の仕事に差し障ると問題だろうというリスク意識のほうが勝った。


 ライネが尋ねると、しばしツカダンは無言だった。

 やがて、はぁぁと重い溜息を吐く。


「お前さん、このギフトのどのあたりを俺が作ったと思う?」

「全部じゃないんですか?」


「違うんだよなあ。こいつにゃ世界だか空間だかを断ち切るような魔法が仕込まれてるわけなんだが、そのへんは魔法に詳しい神の仕事でな。俺の担当は短剣部分、つまり魔法の入れ物だけなんだよなあ、これが……」


 やってられんわー、という顔で煙草を吸うツカダン。

 なるほど。言われてみれば光の刃などというものを、どうやって工房で鍛えるのかという話ではあった。


「えっ。でもそれって大丈夫なんです? 仮に転生者がそのギフトを選んで異世界で大活躍しても、ツカダンさんが得られる信仰の利益は少ないんじゃないですか?」


 ……転生者がギフトを駆使して異世界で大活躍すると、転生を担当した神の他に、そのギフトを作成した神も、神々の業界から一目置かれることになる。あのギフトはわしが作った、と主張できるわけだ。


 神々から一目置かれることで、その神への信仰が高まって、さらなら力を得るというのが、ここ最近の異世界転生事業における神々の目的である。その利益は組織に参加している神々全員に発生するのだが、転生者を案内した神や、選ばれたギフトを作成した神には、特に利益が多く配分されるのだ。


 しかし、もしギフトの作成者が複数いる場合、せっかく得られる利益も少なくなってしまうのでは? ということをライネは指摘しているのだった。


「まあ、そのへんは仕事だからな。ギフトの方針会議でそういうのに上が決めたわけだし、俺としちゃあ異論は挟めねーよ。なんでも切り裂く光の剣ってのは、転生者にウケが良さそうなのも分かるしな」


 ただなあ。とツカダンは溜息を吐いた。


「なんでも斬れるなんて魔法があるなら、じゃあ、俺はなんのために鉄を叩いて剣や鎧を作ってるんだろうなあ――」


 かなり重い話だった……!!


 ぐっ。と呻きそうになるライネである。どの神も大体そうだが、その神を神たらしめている神性こそが、神の存在の根源でもあるわけで、それが揺らぐのはアイデンティティの崩壊に等しい重大事なのだ。


「今時はなんでも魔法、魔法こそ力だ。そう考えると鍛冶師なんてもんは、いずれは消え去る時代遅れのものなのかもしれんなあ……防具もどんどん軽装化していって、いずれは防御魔法の護符だのがあればいい。そんな時代になるかもなあ……」


 遠い目になるツカダン。かなり弱気になってるらしい。

 えらい話題に触れてしまったと焦るライネ。


「で、でも、ツカダンさんだって鍛冶の神なんですから、鍛冶の魔法をお使いになるんじゃないですか?」


「馬鹿言え。俺のはこいつよ」

 ツカダンはみなぎる筋肉で張り詰めた野太い腕を見せる。

「俺ぁこの腕一本で、とにかく叩いて叩いて叩きまくってたってだけだ。で、気づいたら死んだ後に神様扱いされとったわ。魔法なんざ使ったこともねえよ」


 ははあ。とライネは察する。

 神や魔法は『人知を超えたもの』である。そして恐らくツカダンは、ただの鍛冶の技を鍛えに鍛え抜き、ついに極めたかその先を超えたのか、とにかくその鍛冶の技が人知を超えて伝説になったかして神様になったケースらしい。


 ――神様にも、いろいろあるのだ。


 こういう神の場合、魔法ではなく、なんらかの加護という形で信者に力を与えるケースが多いらしい。魔力を消費して呪文を詠唱すれば伝説の鍛冶師と同じものが作れるぞ、なんて甘い話はないわけである。


 なにせ、神様になった職人の技なのだ。

 おいそれと魔法で真似できたり、代わりに仕事をやってもらおうなどと考える者は、それこそ罰が当たるというものである。けれど、きちんと畏れ敬う熱心な信徒の夢枕に立つぐらいはしてくれるかもしれない。


「でも、なんだかんだ今時は、なんでも魔法だしな……それに、ほれ。転生者の仕入れ元になっとる世界あるじゃろ。あそこの本とか読んでみたわけなんだが」


 ……実はライネもツカダンも、異世界転生の組織に参入している神々は概ね、異世界ファンタジーのラノベなり漫画なりを、参考程度に多少は嗜んでいるものである。暗示で転生者の認識をフィクションの感覚にずらす関係上、一応は触れているのだ。ギフトを転生者に選んでもらう関係で、神によっては流行り廃りのトレンドに執着しているものもいた。


「あれ、わしみたいな鍛冶師のおっさんが主人公の話って全然ないんよな……」

 つい目を逸らすライネ。確かに、筋肉質で酒ばかり飲んでそうなおっさん鍛冶師が主人公の異世界ファンタジーラノベは、まあ、少ないかもしれない。どちらかといえば本格ファンタジーではなかろうか。


 ……いや。ここは今後の職場での心象を良くするためにも、いい感じでフォローすべきだと考えるライネ。つくづく打算の女であった。


「か、鍛冶師が主人公の作品は結構あります!」

「ああ、うん。たまにあったりするんだが」

 遠い目になるツカダン。


「……読んでみたら、魔法で鍛冶をしておってな……」

 うっかり吹き出しそうになるライネ。耐えた。ものすごく頑張って耐えた。まあ、ありそうな話ではあるのだが! あるのだが!


「あと不遇な仕事扱いだったり、なんと追放されるものまであった」

「あ。それ最初に下げて後から上げるやつですよ」

 はぁぁぁ。ツカダンは重い溜息。ライネの言葉も届いていない模様だ。というか、どうもツカダンは、よりによって最初のさわりだけ読んで、そこで読むのを止めてしまったらしい。


 ツカダンは棚から新しい酒瓶を取り出して、なみなみとグラスに注ぎだした。ぐいっと呷る。飲まずにはいられない感じなのだろう。


「嘆かわしい。職人をなんだと思っておるのか。そもそも、どいつもこいつも若造っちゅーか、火傷もないような肌と細っちょろい腕で小生意気にハンマーを振り回しおって。そんなに楽して良いものを作りたいのか……!」


(あわわわわ……)

 だんだん愚痴っぽくなってきた!

 まずい流れである。このままでは盛大に愚痴られて今日という時間が終わってしまいそうな勢いだ。まだまだ挨拶回りやギフトの受け取りはたくさんあるのに!


(……か、考えろ、考えろ私……!)

 スンと真顔になった後、女神の微笑を浮かべるライネ。

 ――褒め倒そう!


「いいえ、それは違いますよツカダンさん。そんな年若い鍛冶師が主人公になっているのは、そこに憧れやロマンがあるからなんです! 強い武器を作り出せる職業は、やっぱり人気なんですよ!」


「………そうかあ………?」

「英雄として活躍するよりも、それを支える裏方のほうが重要だって、そういう風に分かってる人って絶対にいますよ。武器よりもスポットが当たりにくい防具だって、そういうものじゃないですか」


 内心は@@ぐるぐるしつつも、女神の微笑を浮かべて話すライネ。ツカダンは、ふむ……という顔でグラスをテーブルに置いた。


「それに最近では、女性の鍛冶師の話もありますし」

「なんだと!?」


 衝撃を受けた顔のツカダン。

 そんな馬鹿な……みたいな顔をしている。かと思えば、急に渋いおじさまみたいな劇画調の顔になった。


「どんな女だ? こう、ぐっ、とくるような逞しい女か?」

「い、いえ、そういう感じではなかったような」

「……そうかー」

 露骨にがっかりしたおっさんの顔に戻るツカダンである。やはりドワーフなのか。ドワーフっぽい容姿の女性が好みなのか。


「とにかく、それぐらい鍛冶師は人気なのです!」

「こう、抱いたら折れそうな細っちょろいのよりは、がっしり抱擁し合えるような、パワフルなのが好みなんじゃよなあ」

 聞けよおっさん。

 ライネはうっかり素で突っ込みそうになった。


「あ。でも巨大なハンマーとかメイスとか斧とかを振り回す女性が出てる作品って、それなりにありますよ」

「マジでか!!」

 くわっ。テンション上がるおっさん。

 とりあえず異世界転生とは全然関係ないジャンルもありで、ぱっと三人ほど教えるライネ。なぜ彼女が異世界転生と関係ない作品まで読んでいるかは謎である。


「その人は10トンもするハンマーで男をぶっ叩いてました」

「なにそれ惚れる!」

 むはーっ! 両腕をぶんぶん振って興奮するツカダン。なお、ライネは容姿についてはまったく説明していないので、ツカダンの頭の中では、横に大きい感じで描写されているようである。


「きっと、そういう女性が鍛冶師になる時代もそう遠くないですし、これからはそういう物語もばんばん出ますよ! なのでツカダンさんも元気を出してくださいよ。魔法があろうとなかろうと、鍛冶師という裏方は、みんなに必要とされる大事な職業なんですから!」


 頑張って熱弁するライネ。

 ツカダンも、まだ年若い女神にここまで言われては、くよくよグチグチしているわけにもいかなかった。ぐいっとグラスに残った酒を飲み干す。へっ。と笑う口元は、今度は自嘲ではなかった。


「……そうだな。俺としたことが、うっかりしてたぜ。……魔法がなんだってんだ。俺のこの職人の腕こそが、魔法をも超えた伝説の絶技よ。ああ、そうさ。そうに違いねえ。こんな大事な、当たり前の心意気を忘れていたぜ……!」


「ツカダンさん……!」

 おおむね好みの女性関係のネタでテンション復活してしまった気がするが、まあ、良かった良かったと思うライネ。ツカダンからの好感度もアップである。


 ふむ。と思案顏になるツカダン。


「……そういやよ。転生者ってのは別に戦士でもなんでもない、ひょろっとした軟弱な奴らばっかりだったよな。聞いた話じゃ一度も実戦を経験してないどころか、ろくに武器も握ったことのないようなばかりなんだっけな」


「ええ。多分そうです」

「ふむふむ――」

 はち切れそうな逞しい腕を組んで、しばし考えるツカダン。

 やがて、パン! と自らの膝を打って立ち上がった。


「うっし。嬢ちゃん。さっきのギフト、ちょいと返してくれんか」

「どうかされたんですか?」


 いやなに。と鍛冶の神は快活に笑ってみせた。


「魔法のことなんざ知ったことじゃないが、つまらない武器なんてものを、鍛冶の神が作るわけにもいかんだろう? 相応しい武器ってのは、相応しい相手にこそ意味があるもんだしよ。……いつだって俺は、そうしてきたんだよなあ」


/*/


 それは。

 神々の加護の結晶にして、超絶たる至高の贈り物。

 全てを断つ絶対の破断を約束された光の剣。

 究極の消滅を職人の意地が包み込んだ、意欲作にして挑戦作。


 そのギフトの名を、《世界断絶剣》という―――

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