第10話 レベルの証明
これまでのあらすじ:
スライムと遭遇した男は、自分のいた世界を中心に物事を考えていたことを反省したりするものの、この異世界に対する不信の解消には至らなかった。
その一方でライネは、レベル上げにはモンスターを殺害する必要性があるとして、生き物の命を奪うという罪悪感を利用し、男にギフトを勧めるのだった―――
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透明度の高い青色のスライムが、草原をぽよんぽよんと弾むように跳ねている。
その様子を眺めていると、だんだんとこのスライムが可愛らしく思えてきて、それがますます男を悩ましい顔にさせるのだった。
「……くそう。人の気も知らず、呑気そうにしてやがる。ええい、警戒心とか野生ってものがないのかこいつは……」
経験値を稼ぐということは、こういう無害そうなモンスターの命を奪うということなのである。
「スライムって、どんな動物も食べたがらないんだよー」
ふわふわ飛んで、男に視線を合わせる妖精のスオ。性別不明ながら全裸に包帯のみという際どい格好なので、なんとも視線に困る存在であった。ぷらぷら揺れる素足が妙に艶めかしい。
「そうなのか?」
スオの黒みがかった紫の瞳を見ながら、男が尋ねる。
「うん。だから野生で生きるという意味では、天敵がいない。まあ、大きな動物が誤って踏んだりしたら死んじゃうけど、踏んだら踏んだで滑ったりして気持ち悪いじゃん? だから他の動物やモンスターからも相手にされない。そういう意味では、生存競争とは無縁の生き物なんだよねー。スライムが食べるのも自分より小さい虫とか小動物の死骸とかだし」
「しかし食事はするんだから、こいつにだって本能みたいなものはあるんじゃないのか? こう、飢えたら人間を襲う、みたいなそういうのは無いのか?」
「んー。あんまり聞かない話かなー? ただ、成長するとスライムは大きくなるから、人間より大きなスライムとかになると怪しいかも。でも、そこまで成長するスライムって稀じゃない? そんなスライムはよほどいい環境で、何十年何百年と生きてるとかじゃないかなー」
まあ、知らんけどねー! と明るく笑って、最後は無責任に話を締めくくったスオであった。この妖精、意外と頭がいいのでは……などと思いつつ、しかし今の話を聞いて男が思ったのは――
「つまりは、レベルを上げやすい相手ということですね」
ふふふふふ。と女神っぽい笑顔を浮かべるライネ。今回ばかりは明確に、趣味の悪い笑顔でもあった。明らかに男の苦悩を見透かしている。
「もちろん、か弱いモンスターぐらいなら普通に殺せるから、ギフトなど要らぬ……ということであれば、それでもいいかもしれません。ですが、それすらも出来ない現代人では、異世界での生活は苦しいものになるのではないでしょうか……!!」
女神の瞳は、雄弁に輝いていた。
無理なんでしょ? ね? ね!?
「う、うーむ……」
「はい、これー」
スオがふわふわと何かを持って来た。
木の枝だった。受け取る。
「どうぞー」
「…………」
明らかに面白がっている顔のヒオにジト目を返した後、男は足元のモンスターを見つめた。警戒した様子もなく、ぽよんぽよんと跳ねている。
(やれるというなら、やってみろと?)
実際どうなのだろう? やれるものなのだろうか。
男は、そっと木の枝の先端をスライムに向けて―――
ふと。スライムと目が合った。
(><)ヤメテー
こんな顔になった。
いや待て。こいつには知性があるのか!?
「ああっ、旅人よ! この愛らしいスライムを今から突き刺そうというのですね!? 無感情に機械的に、そこらの木の枝で刺し貫いて残酷に絶命させて、自分の経験値にするのですね!? そして『なんだ、意外とあっけないな』とか納得して、次からはスライムを見るたびに経験値いくつ分とかでカウントするのですねーっ!?」
「…………」
木の枝を下げる男。
「おお、嘆かわしい! おおむね異世界の人類はモンスターの脅威にさらされており、人間は万物の霊長ではなく生存競争の一選手に過ぎません。そんな過酷なモンスターの中でも最弱のスライムにすら弱さや甘さを捨てきれぬ汝は、転生したとてすぐに屍を地にさらすこととなりましょう! ですが、ここで思い出してみなさい。汝にはギフトを得る機会があるではありませんか!」
「…………」
木の枝の先端をライネに向ける男。
「えっ。なんですか旅人よ。……いたっ、いたっ! ちょ、不敬ですよ! いたっ! いたっ! つんつんしないでくださいっ! 服に穴が開くではありませんかっ!? この衣装は女神用の貸し出し品なので、修繕費はお給料からが引かれるんですよ!? ……いたたたたたぁっ!? なぜスピードアップしますか旅人よっ!?」
「あはははははは!」
二人の様子に、スオは大爆笑。空中で器用に腹を抱えて足をじたばたさせている。
(……まったく……!)
この女神が、あれこれ理由をつけて、あの怪しいギフトを選ばせようと必死すぎることは男にも分かっているのだが、さすがに今回は悪趣味だと考える男。いや、または異世界では常識なのかもしれんが。しかし。
(……レベル上げにモンスターを狩るとか、まんまゲームじゃねえか……!!)
男は、そこが気に入らない。イライラしてくる。
これでは異世界ファンタジー世界ならぬ、異世界ファンタジーRPGゲーム世界だ。同じようなものだろう、という人はいるかもしれないが、男には面倒くさい理屈があった。
ゲームとは基本的に、さまざまな要素を抽象化して消費者が満足できるように遊戯化したものなので、男からすれば、その時点でどう足掻いても作り物にしか見えないのである。レベル上げのためのモンスター狩りも、戦闘経験を重ねて自分が強くなった、という達成感を得るための仕組みにしか見えないのだった。普通は実戦の前に訓練を重ねて基礎的な身体能力を養うところからだろう。
異世界というのは、もっと自然なものでなければおかしいではないか――
それが男の理屈であり、面倒くさい点であった。
(……いっそ、実はここはVR空間で、迫真のファンタジーRPGを実体験できる、とかなら、もうめちゃくちゃテンション上がるんだが……)
死んで転生して、そこからずっと死ぬまで同じゲームをやり続けたいかというと、さすがに微妙だった。
(……そもそも、レベルアップと経験値の仕組みがある世界なんてものが真面目にあったら、その異世界は多分、どこか破綻するんじゃないか……?)
そこまで考えて。
ふと。男に閃くものがあった。
「なあ。ちょっと聞くんだが、いいだろうか」
「……くすん。なんですか旅人よ」
シルクの白いローブに付いた傷を気にしつつ、微妙に涙目な笑顔の女神。
「――もしも赤ん坊が生まれたら、そいつのレベルはいくつなんだ?」
「レベル1だよー」
好奇心を秘めた瞳でスオが答えた。
「だよなあ」
「それがどうかしたのですか?」
いや、そこは分かれよ。と思う男。
「なんで俺が赤ん坊と同レベルなんだよっ! おかしいだろうが! 俺が赤ん坊なみの筋力や知力しかないように見えるのか? ええっ? これまで俺は人生で何の経験も得ていなかったのか!? 何の成長もなく生きてきたのか!?」
そして男は、女神に問うた。
「そもそもレベルとはなんだ?」
「…………えっ?」
それは女神にとって、予想外の質問だった。
そんなライネの様子を見て、ニヤリと口元を歪ませる男。
「……レベルが何なのかも分からんのに、レベル上げを推奨されても怪しいよなあ。というわけでレベルが何なのか説明できない限り、もしも転生することになったとしても、俺は怪しげなレベルなんてものが存在する異世界には転生しない! よってレベル上げでモンスターを狩る必要性なんて無い!」
「なっ!?」
「確かお前はこう言ってたよな?」
『……異世界によっては、モンスターを殺して経験値を貯めることでレベルを上げて、自身を強化しなければいけない世界というのもあります……』
「逆に言えば、レベルというものがない異世界もある、ということだよな? なら、そっちに転生すればいいだけじゃねえか。それとも、俺には転生先を指定するような権利もないのか?」
(……こ、この男――!)
顔色を変えるライネ。
転生者には、転生先をリクエストする権利があるのか?
……実は、ある。
基本的に、転生者はギフトを活用できそうな異世界に転生させるのだが、それはあくまで転生者が転生先について何も決めていない場合であり、その場合であっても、ギフトを選んだ転生者の意見に配慮したという形なのである。
あくまで表向きは、迷える魂を導くという建前で転生させているので、転生者には転生先を選ぶ権利が与えられているのだ。ただし、なんだかんだでギフトを使うことになりそうな異世界にはなるよう、神々はこっそり調整したりするが……
「そう言われれば、経験値ってなんだろねー」
「ああ、それもそうだな。じゃあ経験値の定義も教えてくれ」
「ぐっ――」
そして、実は。
レベルや経験値の定義について、ライネはこれまで気にしたことがなかったので、正確な定義を知らないのだった――!
ライネの地元の出身世界には、レベルも経験値も無かったのである。
(……ぐっ、ぐぐぐっ、ぐぬぬぬぬ……!!)
焦るライネ。
なんと小賢しい手を打ってくるのだ人間め――!
(……転生者を使って、異世界にあれこれと大きな影響を与えさせたいのであれば、レベルのある異世界のほうが断然いい! そっちのほうが組織の評価も高い! 転生者って凄いレベルになった瞬間、急に気が強くなって増長したり、変に格好つけ出したりする確率が高いらしいのよね……!)
もちろん高レベルでも謙虚で、ただの人間として生活しようとする転生者もいるはいるのだが、そうした存在を周囲が放っておかないケースもある。何にせよトラブルや事件を巻き起こしやすい。神々の目的としてはうってつけなのだ。
うってつけなのだが……
このままでは『レベルと経験値の説明が出来なかったので、それ系の異世界に転生させられませんでしたっ』などと組織に説明しなくてはならなくなる! 転生を案内する女神として、これは非常にまずい! ものすっごく残念だ!
(う、ううう……ううああああ……)
ライネの脳裏には、早くも先輩であるイフラから、ねちねちと陰気に嫌味を言われる謎の妄想が浮かび始める。
『……ところでライネ君。もしも君の活躍が小説化などされた日には、きっと読者から、女神がポンコツでかわいいです、などという感想が来ると思うのだが、どうなんだろうな。これは褒められているのかね? カクヨムのタグに、ポンコツ女神、とかタグを入れたほうが需要があるのかな? どう思うかね?』
#作者より:本当に読者から感想が届いています
(……私はポンコツ女神じゃなーーい!!! ちょ、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ不器用で、運悪くあれこれうまくいかないだけの、実際はインテリ系の女神なんだから――!!)
ともあれ。ライネのターンだった。
ここは華麗に説明して、女神としての威厳を見せねばならない……!
「ふふふ。レベルと経験値の定義ですか」
やれやれ何を言い出すかと思えば……みたいな雰囲気を演出するライネなのだが、男もスオも、どうぞどうぞ、みたいな顔でライネの回答を待っている。
(……お、落ち着いて考えよう……)
もちろん内心は
何かヒントはないかなと、自分のステータスを開いてみるライネ。どうもステータスは、何ページかに分かれて表示されているようであった。1ページ目には簡易紹介のようなデータが書かれていた。
なまえ:ライネ
しょくぎょう:めがみ
せいべつ:おんな
レベル:1
2ページ目にはライネが身に着けている装備が書かれており、3ページ目からは、ちから・すばやさ・たいりょく・かしこさ・うんのよさ、あとはHPやMPの最大値と現在値などの細かな能力値が書かれている。4ページ目には、ライネが使える魔法や、神々から預かっているギフトがずらりと並んでいた。……自分で見れるステータスの画面は、概ねそれだけのようだ。
やはり古い形式のステータス画面ではあった。
現在でもこの形式が使われている異世界は多いのだが、最近ではもっとたくさんのステータスの種類があって、さらに詳細な情報も書かれていたりするのだ。どうしてこんな古い形式のままなのだろう?
(いえ、それよりも……)
ライネは、自分のレベルが1であることに気づいた。
そのくせ―――能力値は、とてもレベル1のものではなかった。
ぴこーん!
ライネの頭上に豆電球が輝く。
「旅人よ。レベルとは、その世界における強さの格なのです」
「………格だと?」
「ええ。私もレベル1ですからね。このあたりの定義は異世界によって変わってくるのですが、汝も私も、この異世界に降り立ったばかりだからレベル1なのです。何とも戦っていないので格付けが最低なのですよ。とはいえ私達はこの世界の存在ではないから、レベル1にしては能力値が高いのでしょう。汝もステータスをよく御覧なさい。きっとレベル1の能力値ではないはずですよ?」
むむむ。という顔でステータス画面を覗き込む男。
現実なのにゲーム感覚すぎて微妙な気分になるが、この手のRPGはやったことがあった。確かにレベル1の能力値にしては高い気がする。
「くそっ。言われてみればそれっぽいな……」
なるほどと納得しかける男だが、ふと気づく。
「でもゲームとかだと、レベルが上がると能力値も上がるが、じゃあ格付けが上がると能力値も上がるのか? そんなのおかしいだろ。競争して順位が上がった瞬間に身体能力が上がる、みたいな奇妙なことになるじゃねえか」
ふむ。と思案顔になるライネ。
「……普通なら能力値に沿って格付けが行われるほうが自然なのでしょうが、それだと今の私達の状態に辻褄が合いません。なので、格付けが先にあって、格付けの変動後にそれに沿って能力値が上がるという仕組みなのでしょう。さきほどの汝の例えの通り、競争で1位になった瞬間に、1位に相応しいような身体能力を得るはずです。この異世界には、そうした世界の法則があるのでしょう」
「……世界の法則……?」
なんだそりゃ。という顔の男。
「異世界とは、異なる法則でもあるのです。レベルのある異世界があったりなかったりするのも、それが理由なのですよ」
「マジかよ。じゃあ俺のいた世界の法則はなんなんだよ」
「それは知りませんが……異世界の在り方は千差万別ですので、世界の法則も同じようにたくさんある、とだけ理解なさい」
神々の世界では常識なのだが、例によって追求されると面倒なことになるので、ライネは端的にそう説明するに留めた。
難しい思案顔で腕組みする男。
その横で、はいはーい、と元気よくスオが挙手する。
「じゃあ経験値ってなんなのー」
頭の中で考察を整理しながら、ライネは答えた。
「もちろん、格付けが上がるのに必要な実績の量でしょう。モンスターにさえレベルがあるのであれば、当然そのモンスターも経験値を持っているはずです。それを打ち倒すことによって、そのものが持つ分の実績を得た扱いになるのでしょう」
ふう。と息を吐くライネ。
そして、キリッ! とやりとげた女神の顔になる。
「――というわけで、レベルと経験値の定義でした! 理解できましたか? まあ私はインテリ系の女神ですからね! その認識を強く持ちなさい。いいですねっ!?」
なぜか
わー。ぱちぱちぱち。と拍手するヒオ。
しかし、男のほうは不満顔だ。
「――なんで世界の法則なんてものがあるんだよ」
それはつまり、ゲームシステムでは? ゲーム異世界に抵抗のある男は、そのあたりの追及の手を緩めなかった。どこか怪しさを感じているらしい。
ライネは素知らぬ風を装うことにする。
「…………さあ、なぜなのでしょうね? まあ、異世界の在り方には差異がある、ということだけは確実です。ともあれ私はレベルと経験値の説明を果たしましたので、汝はいざ転生の際に、レベルのある異世界に転生することを了承するように。いいですね?」
「ぐっ……!」
「ふふ、ふふふ。大丈夫です。安心なさい旅人よ。たとえレベルのある異世界でも、罪悪感は少なめで簡単に極大レベルアップできるような、とても素晴らしいギフトがありますからね……! ふふふふふ――!!」
迫力のある女神の笑みを浮かべるライネ。
いきなり、レベルと経験値の定義を言え、という話になった時はどうなるかと思ったが、なんとかうまい具合に事を運べた。
本来なら男はレベルのある異世界に転生しないことも望めたのだが、話の流れで、そうしてはいけない、みたいな雰囲気を作れたのだった。まさに危機を好機に変えた感じである。
(……よーし! この調子で次は、男にギフトを選ばせてみせるわ……!)
などと気合を入れる新人女神のライネさんだが。
――しかし。彼女は気づいていなかった。
ライネの語ったレベルと経験値の定義は、この異世界において、まさに正鵠を射た内容だったのだが……そうしたものが存在する世界が、どんな異世界なのか。
全知全能ならぬライネは、予想もしていなかったのである。
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