第7話 ギフトと約束

これまでのあらすじ:

 神々からの20の贈り物ギフトのうち1つを選ばせることで、男に異世界への転生契約を同意させようとするライネ。しかし男はギフトのチート能力の数々に、拒絶反応を示してしまうのだった――


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(……やっぱり、こんなアホみたいなチートばっか与えようとするの、流石におかしいよな……使い方次第で異世界が滅茶苦茶になるぞ……)


 妖精の音楽魔法にノせられた効果も薄れつつあり、男は冷静さを取り戻しつつあった。ライネもその気配を察して、内心では焦りが加速する。


「……旅人よ。汝はこの神々が心血を注いで特別に鋳造したギフトを、不遜にも要らぬと申すのですか」


「チートは要らんチートは。絶対ろくな目に遭わないのが見えるもん」


 ついに『もん』とか言い出す始末!

 普通ならゲーム感覚で選ぶらしいというのに!

 困りましたねえ……みたいな顔をしているが、内心ぐぬぬ顔のライネである。


 ……この異世界転生という事業には、さまざまな神々が協力しており、日夜、多種多様な手口や技術の研究開発が行われている。

 特に、男のいる世界の異世界転生ものの創作を見て、これは使える! と神々が競うように真似てからは、異世界転生に関する技術は、日進月歩で発展を遂げていた。


(……まったく! そんな神々の人間に対する努力をなんだと思っているのかしら! ギフトは神々の最新の魔法技術の結晶なのに、それを要らないだなんて。信仰心のない人間はこれだから……!)


 ぷんすか心の中で怒るライネである。

 人間側からすると、知らんがな。ではあるのだが。


 いっそ事情を話して、『神々はあなたが異世界で派手に大活躍することを望んでおられるのです。神々も力を得てwin-winですよ!』とか言いたいライネだが、そこは守秘義務というか、実は神々の法に触れるのであった。

 神々は自身の利益のために直接的な介入を行ってはならない決まりなのである。なので、あくまで転生者が自らの意思でやらかさないとダメなのだ。


 それに――こちらの事情を転生者に伝えると、大体ろくなことにならないというのもあった。


 ……事情を知った欲張りな転生者は『俺に活躍してほしければ、もっとチートを寄越せ』ぐらいはやる。絶対やる。何ならギフトを使って神を滅ぼそうとか恥知らずなこともやる。このあたりは神々に共通して意見が一致していた。。そこには謎の信頼感があった。


(まあ、この男の場合『そんな生々しい利潤まみれの異世界転生なんざ嫌じゃー!』とか言いそうね……)


 さて、どうしたものか。

 とりあえずライネは、チラッと音楽の妖精達を見て、バチバチバチ☆ と目配せしてみる。もう一度、音楽魔法からアプローチだ。


 OK我が意を得たり、みたいな顔をした後、笑顔で妖精達がBGMを転調させる。

 穏やかな静謐のメロディ。そこに混じるのは、泡のように何度も浮かぶ、戸惑いと疑念のリズム。理性と焦燥が交錯する、そんな不穏なBGMが流れだした!


(違うそうじゃないぃぃー!!)

 プークスクス顔で演奏を続ける妖精達。

(お、お調子者の妖精達め……!)

 妖精とは気まぐれで悪戯好きな存在である。雇い主のライネの状況を面白がっている可能性大だった。


 そんな女神を追撃するように、男は口を開いた。

「正直、ギフトとやらは信用できない。こんなチートを渡す意図を聞かせてくれ」


「……何度も言いますが、ズルではないのです。ギフトは異世界人が無事に異世界で生活するための、神の愛という名のサポートだとお考えなさい」


「サポートねえ……」

 胡乱うろんな顔になる男。どう考えても怪しいと男の勘は告げているのだが、しかし、なぜそんなことをするのか? という動機までは、さすがにどう考えたところで分かりようもなかった。


(いや、待てよ?)

 ふと閃く男。

(……そもそも異世界転生は、神々が、その、俺達の世界の人間が大好きで、愛してるからやってるわけなんだから……)


『ああっ、いえっ、ふふふ! もう大好き、超好きですよ! 骨も残さず灰になって旅立つ姿とかウットリしますし、焼き切らずに真っ白な骨が綺麗に残ったら宝石みたいですよねっ! ふふふ……!』


 女神の発言を思い出して、ハッとした顔になる。

(そ、そうか! よく考えたら、そもそも人間と神様じゃ、愛のスケールや価値観みたいなのが全然違うのでは――!?)


 男は戦慄した。

(……なんてこった。人知を超えてる神様の感覚だと、転生者への愛のためなら、チート能力で異世界が滅茶苦茶になろうが、ほんの些細ささいなことなのか? い、いやいやいや。マジかよ……!?)


 神の愛うんぬんはデタラメなのだが、しかし、自分達の目的のためなら異世界を滅茶苦茶にしてもいい、という点については、ある意味ではその通りであった。嘘から出たまことというやつである。


(……くそっ。正直そんな重すぎる愛は要らんぞ! ――!! とはいえ、異世界は異世界で、なんだかんだヤバそうだよなあ……趣旨替えしてやっぱりチートを貰うか……?)


 異世界でチートで無双する自分をイメージする男。

 苦々しい顔。


(だ、ダメだ……こう、なんだろう。なんというか、。まだスローライフ系のほうが……いやまあ、あれもあれで夢いっぱいだが……)


 ―――結局のところ。

 。これが暗示の効果も含めて、全てを狂わせている原因である。つまり、男にとって異世界は、出来過ぎた虚構フィクションに近ければ近いほど、疑わしい存在となるのだ!


(そりゃまあ、ラノベの主人公ならチート貰ってもいい感じで扱えるかもだが、普通の人間がそんなにうまく扱えるとは思えない。かといって、異世界で使わずに済ませる自信もない。……ええい、詰んでる気がするぞ……!)


 そういう意味では、男も男で、実は追い詰められた状況ではあった。


 無論、新人女神のライネには、そんな男の思考など分かるはずもない。ライネの立場からしてみれば、こんなに凄いギフトを受け取らない男は頭がおかしい、としか思えなかった。


(……ひょっとしたら異世界で英雄とかになれる可能性だってあるんだから、悪い話ってばかりでもないでしょうに……ぐぬぬ……!)

 男にとっては、まさにそうしたものが嘘くさく感じるのだが。ともあれ。男にとってもライネにとっても、ここが正念場であった。


 落ち着けー、落ち着けー、と自分に言い聞かせて、どこか付け入る隙が無いか考える女神。手のない種族にピアノを売り付ける商人のような気持ちで、脳をフル回転させる。甘い物、甘い物が欲しい……


(この男はギフトをチート、ズルだと言っている)

 世界を派手にぶっ壊すよヤバイやつ扱いしていた。

 まあ、そういう一面があるはある。そのために贈るのだから。


 ライネの瞳がキラリと光った。

(………だとしたら、―――!)


 ライネは、スン……と真顔になって気持ちを切り替えると、慈悲深くて懐の広い女神のような顔を男に向けた。あくまで、ような顔ではあったが。


「……旅人よ。神の加護の極みたるギフトが、異世界を混乱に導くのではという汝の疑心。私も分からないでもありません」


「ほう?」

 ……じゃあチート無しでいいのか?

 そんな顔でライネを見やる男。


「しかし、神々も自らの愛を疑われては、人間に対して深い悲しみと失望を覚えてしまうことでしょう。ああっ、されど安心なさい。私は汝を見捨てたりはしません。神々の愛は無限……! この悲しいすれ違いを解決するために、ひとつ私から提案があります」


「提案だと……?」


 女神ライネは微笑む。

「―――使


「……なんだって?」

「そのままの意味です。ギフトを使ってみて、世界も含めて何の問題もなければ、汝もそれで納得することでしょう。つまりは、お試しです」


「……俺にまず使えって言うのか?」

「いいえ。ギフトはあくまで転生者への贈り物。転生契約に同意していない汝には譲渡できず、試すという行為そのものが出来ないのです。また、ギフトはこの場では使えません。あれは異世界でのみ発現する条件付きの奇跡ですから」


「なんだ。じゃあ試せないじゃないか」

 ふふふと笑うライネの瞳が光る。


「―――なので、使

「なに……?」


「転生者でなくとも、ギフトを預かる私ならば使うことは出来るのです。ちょうど今から向かうお試しの異世界で、お試しに全てのギフトを使ってあげましょう。かなりの特例ですが、これも汝の旅立ちのためですものね。―――ただし!」


 男の目を見つめて、ぴしゃりと告げるライネ。


「仮にも女神にここまでさせたのです。―――! これが条件です。よろしいですね?」


 これが男に転生契約させるためのに思いついた、ライネの策であった。もちろんライネには勝算がある。


(ふふふ……使! もう6つくらいギフトの内容を喋ったけど、あと14もあるし、いずれにせよ1つでも男に安全だと思わせてしまえば……それで転生を確定させられるわ――!)


 ……そう。この女神はお試しと言いつつ……堂々と誤魔化ごまか算段つもりなのである――!


 女神の提案に、うーむと思案顔で男は黙った後。

「もし、全てのギフトに問題があったら?」

「ふふふ。その時は―――」

 特に考えてなかったライネ。むむむ。


「……その時は、えー。その時は――」

 どうしよう。まあ、いくらなんでも1つぐらいは誤魔化せるはずだし、ここは強気でいってみよう!


「―――もしも全てのギフトに問題があるならば、それは神々の愛の正しさが否定されるということ。そんなことはありえません。とはいえ、もしも仮にそんな事態になった時には………この旅立ちと変転を司る女神ライネが、他の神々からの謝意を代表して……!!」


「……?」

 ライネの言葉の意味に気づいて、男は声をあげた。

「今って言ったか!?」

「ま、まあ、そういう意味ですが」

 なぜ言い換えたのだろうか。

「……なんでも願いを叶えてくれる。マジかぁ……」

 キラキラした瞳で、しみじみと言う男である。

 え。なに。この人間、なにを叶えさせる気なのと、少し身の危険を感じるライネ。


「乗った」

 そしてこの男の、きりりとした真顔である。


「…………」

 相手がすごく乗り気になった気配を感じるのだが、しかしこう……なんだろう。チートだのと文句は言うくせに、何でも願いを叶えてくれるはOKなのだろうか? やはりこの男の考えはよく分からないと感じるライネさんであった。


(……なんでも……なんでも、かあ……)

 眩しいものを見るように、遠い目になる男。

 異世界に対しては現実を求める彼なのだが―――


(……なんでもってのは…………!)

 別に異世界とあまり関係ない部分では、ごく普通に見果てぬ夢を見るときもあるのだった。それはそれ、これはこれ、である。男心は複雑なのだ。


 ともあれ―――


「決まりですね。今の約束、決して違えぬように」

「いいぜ。そっちも約束は守ってくれよな」


 焼け焦げた旅立ちの間に、新しい熱が生まれた。

 それは、熱く燃えて真っ向から衝突する。

 何かの始まりの気配を感じて、新たな序曲を奏で始める妖精達。


(……このクレーマー転生者め……すぐにギフトを叩きつけて転生させて、私の華々しい出世の踏み台にしてやるわ……!!)


(この女神アホだな……あんなチートに問題なんてないはずがない! どうせどこかに欠陥があるに決まってる……!!)


 ―――こうして二人の戦いの物語は、ようやく異世界へと移るのであった。

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