第6話 異世界転生の真相
これまでのあらすじ:
お試しで異世界を見せようとした矢先に思わぬトラブルが起きたものの、新人女神のライネはこの流れを好機と見て、20のスペシャルな加護である『ギフト』のうち1つを与える代わりに、男に異世界転生の契約同意を迫るのだった――
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……半分ほどが盛大に焼け焦げた旅立ちの間で、男と女神は向かい合っている。
ライネは余裕のある女神っぽい微笑を浮かべているが、その目には獲物の喉笛を狙う直前の獣めいた眼光がチラチラと見え隠れしていた。口元が歪むのを耐えるライネ。よくよく観察すれば、男の瞳には怯えの色が見て取れた。頬を流れる汗。
(……ふふふ。異世界の直接的な危険性を目の当たりにして、やはりこの男、ビビっている! その危険と不安を感じてますって顔、正直で良くってよ……!)
なんだか悪役めいた感じのライネだが、しかし、ここでうっかり焦って失敗しては本当に下手な悪役みたいになる。女神たるもの穏やかに優美たれ。そう己に言い聞かす。ここが正念場なのだ。
「……そ、そもそも、危険な世界に転生させるってのはどうなんだよ。神様は人間を愛で異世界転生させるとか言ってただろ?」
「旅人よ。残念ながら、どんな世界でも、そこで生きる上で、完全に安全な場所などは存在しないのです」
男の疑問は想定内だ。ライネは淀みなく対応マニュアルを思い出した。
あくまで優しく諭すように、男に説明する。
「それはあなたのいた世界でも同じですよね? どんな場所でも生きている限りは、不幸もあれば危険もあるのです。……結局、異世界には異世界の現実があるのですよ。転生とは言うものの、人生の全てが保障されるわけでもなし。されど、それでもなお生きようとする魂の輝きにこそ、きっと神々は微笑むでしょう」
ライネは胸の前で両手を組み、旅路を祈る女神のポーズ。なぜか後光が差した。
「
「――――」
男の思案顔には
(あともうひと押し……かしら?)
あまり押しすぎては変に思われる可能性もある。
じりじり背中を火で炙られるような感覚で、男の反応を待つライネ。音も立てずに固唾を飲み、とにかく祈るような気持ちで待つ。待ち続ける―――
そして。
「……じゃあ」
仕方ないか――という感じで。
「……どんなギフトがあるのか、見せて貰おうか」
男は、ギフトを受け取ることに決めたようだった。
その瞬間―――
ライネは己の内面世界で喝采をあげて立ち上がり、はらはらと涙を流して拍手を送った。誰に? もちろん自分にだ。内面世界の全ライネさんが、よくやりました! 本当によくやりました! 感動です! と、スタンディングオべーションを決めた。
(ああっ、おめでとう! おめでとう、私――!!)
……ついに、ついにやった……!
「ふふふ、ふふふふ――」
「ど、どうした急に。なんだその生暖かい笑みは」
「……ああ、いえいえいえ。何も気にすることはないのです旅人よ。そう、ギフトの内容ですね。ええ、ええ。今から紹介しますとも。きっと必ず、汝の気に入るものがありますからねっ」
目の端から零れた涙を指先で拭う、笑顔の女神。
……長く険しく苦しく厳しく激しい戦いだった。
最初に暗示がしっかり効いてない事態から始まって、いったい何度クレームとトラブルのウェーブを乗り越えたのだろうか。
――しかし、それもここまでだ。
これからは組織を代表する転生案内の女神として、バリバリ活躍して、バベルの塔ぐらいキャリアを高く高く積み重ね続ける、そんなイケてる自分の将来の姿を思い浮かべるライネ。
さあ。そんな輝かしい自分の未来に向けて。
その踏み台に、ギフトを選ばせてやりましょうか!
「……こほん。では旅人よ。1つずつ紹介しますからね。よくお聞きなさいっ!」
くわっと目を見開く女神ライネ。
――人間よ。旅人よ。転生を望む者よ。
何も知らぬとはいえ、出来るなら神々の
音楽の妖精達が荘厳なBGMを奏で始める。
いつもより強めの後光を背負いながら、周囲に20のギフトの光を浮遊させつつ、神々しい女神のポーズになるライネ。実はギフト紹介の練習は、自宅で何度もやったのだった。説明もスムーズにできるはずだ。
さあ、時は来た。
お前はどれを選ぶのだ人間よ、みたいなノリで……ライネは語り始める――!
「では、まず1つ目。―――《世界断絶剣》ッッ!! 魔法の武器で見た目は短剣なのですが、そこから伸びる光の刃は全てを切り裂く絶対の刃ッ!! 具体的には世界を切断しているので、世界内のものなら鎧でも城壁でも山でも魔法でも何でも切断できます!! 光の刃は最大13kmまで伸長可能!!」
「続く2つ目。―――《全魔法詠唱事典》ッッ!! これも魔法の道具という形式のギフトですね。最初は簡単な魔法のみですが、使えば使うほど最終的にあらゆる魔法の内容や使用手順や詠唱などが書かれる本! しかも空白のページにオリジナル魔法を書いて使用できるっ!! ロマン溢れる神の一品!!」
「次なるギフトは、古今東西の権力者が欲してやまない、あの伝説級のギフト―――《不老不死》ッッ!! もはや説明不要ーッ! もう危険も不安もある意味では永遠にどこまでも遠ざかり、しかも不老不死のままで無限に成長することも出来ます!! 人類の悲願、ここに至りか――ッ!!」
「おっと!? 慎ましく生きたい汝にオススメなのは―――《万能錬成》ッッ!! 自分の手で触れたものを自由に別の物質に変えられます!! これで物質を金とかに変換すれば、あとは自由自適に明朗決済ライフなわけですよ!! 資産運用なんかでのんびり異世界生活も全然アリですよねっ☆」
「せっかくの異世界転生! だけど一人は寂しい? ですよね! そんな時は―――《幻視神母》ッッ!! 脳裏に思い浮かべた生命をその場で生み出せる和み系のギフトです! さらに改造・合成・繁殖・学習・進化など色々な性質の付与まで可能! 愛情をもって接すれば、あなたの頼れるパートナーに!!」
「どんな困難も、これさえあれば何とかなる? そんなオールマイティにお勧めのギフトがこちらです! ―――《終末雪原》ッッ!! 己の限界の壁を突破させるという、ベタですが可能性に満ちた強化系のギフトですね! さらにこのギフトは自分以外の対象の限界も突破可能ッ! もしかしたら神様扱いされるかもですよっ!?」
イェーイ! まだまだいきますよー!(><)
ノリノリのハイテンションで、次のギフトを説明しようとして…………
そこでようやく、はたとライネは気づいた。
「――――――」
男は震えていた。
素晴らしい神々の超絶加護に感動したのかしら?
……もちろん、そんなことはなかった。
苦虫を噛み潰したら、顔の造形まで歪んでしまったような、苦々しい顔だった。
荒ぶる怒りに身を震わせ。拳を握りしめ。そして、目を光らせる!
「―――俺は………異世界にチートを持ちこむのが、大っ嫌いだ!!!!!!!」
「……………?」
一瞬、男が何を言ってるのか理解できなかったが。
「えええええぇぇぇぇぇっ!!?」
理解してもやはり意味不明だったので、女神は驚愕して、盛大に焦り始めた。
「なっ、なな、なな何を愚かなことを言うのです旅人よ。ズルではないのですよ? これは神の愛のえーと松明のあったかい光で……」
「どう考えてもチートだわこんなもん!? 黙って聞いてりゃ堂々と異世界のあれこれをぶっ壊しそうなヤバイやつばっかり並べやがって!! あやうく意識がホワイトアウトしかけたわ!!」
ライネの心臓が跳ねた。
「い、いえ……そもそも、ギフトも無しで異世界でやっていけるのですか旅人よっ。さっきだって危ない目に遭ったばかりでしょうにっ!」
「チートなんざ要るか!!」
男は真面目な顔のまま叫んだ。
「でも死ぬのは嫌なのでなんとかしてほしい!!!」
「わがままさんですかあなたは――!!?」
目を白黒させる女神。
「というかなんだ? 神の愛ってのは普通の人間に、こんなアホみたいな超絶能力を与えることなのか!? ああ!? いくら死んだからって『わぁい、転生してラッキー!』じゃ済まない次元のものだって少し考えりゃ分かるわこんなもん!! もっと普通のはないのか普通のは!?」
(……………)
男に見えぬ角度で盛大に滝のような汗を流す女神。
そんなものはない。
人知を超えた神々による超絶なギフトしかない。
……もちろん、それは神々の愛が重いからだとか、そんな理由では、ない。
たまたま神々が気合を入れ過ぎて、そういうギフトばっかりになったわけでも、ないのである。
男は叫んだ。
「どうせ本当に異世界に行くなら、俺は! まっとうな異世界へ! まっとうに転生したいんだよ!!」
女神は思った。
(ま、まさか……ここまで、この男が! こんな意味不明に! 面倒くさいやつだったなんて―――!!)
……神々の業界では暗黙の了解となりつつあるが、実は転生者は、基本的に『そのギフトが活用できそうな異世界』に送られる。
だからギフトを選んで貰わないと、転生先の異世界が決定できないという不都合があるが………
それよりも、もっと根本的な問題が発生するのだ。
ライネにとって、最悪の展開だった。
これまで面倒な局面はいくつかあったが、今回は、過去最悪にクリティカルな問題なのである。ギフトは『絶対に』選んで貰わないと困るのだ―――!
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異世界転生のどこに、神々のメリットがあるのか?
……ある時。神々は気づいてしまったのだ。
自分達が送り出した転生者が―――
ギフトという特別な加護まで与えて―――
信じて送り出した自分達の信者が―――
かなりの確率で―――
……混沌の神々と似た働きをすることに。
なんのことはない。異文化と異文化の衝突は、どう
つまり――転生者が、異世界で派手に何かやらかしても、これは時代の流れで自然とそうなったのだ……という扱いになる。無論それが自らの信仰や権能を揺るがすものなら神々も黙ってはいないが、自然の流れならば必要以上に何もしないのも、神々の在り方のひとつであった。
……そんな抜け穴を自分達がくぐっていることさえ知らずに、転生者は、異世界で何かをやる。否。かなりの確率で何かを『やらかす』。
そこにある秩序を乱し、混沌を発生させ、それが最終的には収束して、新しい何かを世界に生み落とすのだ……それが歴史的な偉業か、最新の伝説か、次なる秩序か、さらなる混沌かは分からないが。しかし、その在り方は、まさに混沌の神々に匹敵するだろう。
重要なのは――これらの事態の中心には、必ず『どこかの神の信徒の』転生者がいる点だった。転生した時点で
――神々の根源には、人間の信仰が不可欠である。
多くの人間が、その神の存在を身近に感じれば感じるほど、その神の力や権能は増していくものである。
しかし、他の神々から一目置かれることでも、これと似た現象が起きるのだ……! 神々の間で存在感を増すことでも、逆説的な現象として、その神への人間の信仰心が高まって信者も増えてしまうのだ! その現象に、神々は気づいてしまった―――
―――これが、異世界転生という神々の慈善事業の裏に隠された真のメリットであり、神々が組織化までして異世界から死者を転生させる理由である。
つまりは、転生者に異世界を引っかき回させることで、その者を転生させた神々が存在感を増し、さらなる力を得ることに真の目的があるのだ………!
無論うまくいかない場合もある。何も生み出さない場合もある。
転生者が異世界の秩序に融け込んで、ただの異世界人として、ごく普通に過ごすこともありえる。そういう失敗例もある。
……しかし、そうはならないような素敵な仕組みも用意してあった。
転生者への特別な加護という名の贈り物―――すなわち、ギフトである。
ギフトに沿った世界に転生させるのは、もう単純な話として、ギフトを使いやすい環境をまず用意することで、転生者本人に自然にギフトを行使させることに本質がある。神々はとにかく転生者にギフトを使ってもらい、それで世界に何らかの影響を与えてほしい。それこそが本当の狙いなのだった。
――なぜ神は、転生者にあれこれ理屈を付けてチート能力を渡すのか?
なんのことはない。自らとの繋がりを強化しつつ、転生者にギフトを使って『やらかしてほしい』からである。法的にもギフトは転生者という立場の弱い信徒への特別な加護扱いあり、使用の強要はアウトだが、能力を『渡すだけ』なら合法なのだ。
こうした流れが神々の業界で主流になったが故に、昨今、いろいろな神々や組織が立ち上がって、異世界転生の嵐が巻き起こったのだった―――
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そういうわけで。
女神の笑顔を浮かべたまま、ライネは心の中で青ざめていた。
(ま、まずい……ギフトも持たない普通の人間では、かなりの確率で異世界に何も影響を与えられない……何の成果も得られない……!!)
ライネが所属する神々の組織にとっての異世界転生とは、高い利益を得るための事業なのである。そのためギフト無しの転生というのは、そもそも基本的にはありえない。ただの慈善事業になるからである。
(……て、転生契約は、ギフトの選択をもって同意とする……どうにかして……)
どうにかして……どうにかして、この男に!
この男自らの意思で!
ギフトを選ばせなければいけない……!
新人女神ライネにとっての最大の試練が、今、始まろうとしていた―――
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