第5話 旅立ちの時
ここまでのあらすじ:
異世界転生のあれこれに細かい文句をつける面倒な男をなんだかんだと言いくるめ、ようやく新人女神のライネは、お試しで男に異世界を見せるというところまで漕ぎ着けたのだった――
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もう5話にもなるのに、まだ異世界にも行ってない異世界転生の話があるらしい。
そんな状況にも終止符が打たれようとしていた。
「では、旅人よ。これより汝に異世界をお見せしましょう。これで異世界の実在を、汝も事実として実感できるでしょう……!」
「うーむ……」
と表向きは唸りつつも、男の、まあそれもそうかもなあ……みたいな空気の変化を感じて、ライネの女神めいた笑顔も穏やかだ。
男が納得してしまえば、あとはギフトを渡して転生の契約を交わしつつ正規に異世界へと転生させる。それで異世界転生の案内としての初仕事は一段落だ。
もちろん、その後の転生者を見守る業務はあるが、
(まあ正直、あちらからこちらにアクセスする方法なんてほぼ無いから、どうとでもなるのよね……!)
対応マニュアルは全部覚えているし、なんならしばらく放置して、相手が慌てふためく様な状況になった時に助けて恩を着せてやるのもいい。
とはいえ大体の転生者は、転生先の新生活や出会いで手一杯で、送り出した神のことや、そもそも転生させた恩などすぐ忘れるケースも多いらしいのだが……
(それはそれで都合がいいのよね。こっちも飲み物を片手にお菓子でも食べながら基本的にはぼんやり眺めてるだけで済むんだもの)
ああっ、なんて楽なお仕事――!
ライネがさっと手を上げると、妖精達が壮麗な楽曲を奏で始める。
そして旅立ちの間の何もない空間の一部が、すっと色付いたかと思えば形を成し、そこに両開きの扉が出現した。驚く男。
「ま、魔法か」
「ふふふ。一応、旅立ちの神としての側面も持つ私は、異なる世界へ繋ぐ扉の魔法も使えるのです!」
旅立ちの扉の行き先は、念話を終える前にイフラから教えてもらった異世界フォルトの座標に合わせてある。いよいよこの偏屈男に、異世界という現実を見せる時が来たのだ! これが、私たちのリアル……!
ライネも妖精達のBGMにあてられて気分が高まるその一方で、ふと男は思案顔になり……
「ところで。この扉で俺の元いた世界へ転生したらダメなのか?」
ぴしっ。ライネの動きが凍った。
その様子に合わせてBGMが、ガガーン! みたいな悲劇的なも楽曲に切り替わって旅立ちの間に響き始める。まるで違和感のない、見事な転調だった。
「ふ、ふふふ。旅人よ。どうしてそのようなことを言うんです? ふふふ……」
微笑みつつも、まずい流れを感じるライネ。
「いやほら。冷静に考えると、よく知らん異世界よりも住み慣れた世界のほうが安心して転生できるんじゃねーかなーと思ったんだが」
ダメなの? みたいな顔で聞いてきた。
ライネは穏やかな笑みのまま数秒固まったが、
「おお、旅人よ! 女神たる私も出来るならそうしたい。そうしたいのです……」
表向きは嘆きつつも内心は焦りながら、必死で対応マニュアルを思い出す。
「ですが、あなたの元いた世界だけは転生できないのです。なぜなら、それは死者の蘇生に近いものとなりますから」
まさか今更になって、生き返りたい、とか言い出したりしないですよね? ライネの頬を嫌な汗が流れ始める。ま、まずい……
ライネも話に聞いただけだが、
だが『死んだけど生き返ることにした』となると、これは確実にヤバイ。神々の中でも存在感のある、生と死の神々や、運命を司る神々と壮絶に揉める。大問題になるのだ。
「――そっか。まあ死んだなら、もう仕方ないよな」
が。意外にも男はあっさりと引き下がった。ライネは内心でほっと息を吐く。
どうもこのあたりは暗示が効いてるらしい?
人間が自身の死をまともに受け止めて考え始めると、大抵は暴れたり狂ったり壊れたりと面倒なことになるのだった。
この男のことだからもっと喰い下がると思ったので、素直に幸運だと考えるライネ。それとも『死者は蘇らない』という認識を、しっかり持って生きていたタイプなのだろうか?
――それは人間が誇れる、大事な倫理観である。
人間はそれゆえに命を尊び、より良い人生に向けて旅をするのだから。
とはいえ……そんな旅の終わりをボカして、『続きをどうぞ』とうまいことやるのが、今のライネの仕事ではあった。
(……ふう。まだ油断できないというわけね……)
緊張感を取り戻すライネ。ここで詰めを誤ってはならぬ。あともう少しなのだ。
無事に転生契約を取って、神々の出世街道に乗らねば――!
ライネが、バチバチバチ☆ と目配せすると、少ししんみりした空気を妖精の音楽が心躍るものに塗り替えていく。
「………では旅人よ。異なる世界への扉を今………! ここに開こうぞ――!」
大仰な溜めと仕草で女神が声高に告げると、ゴゴゴゴゴ……! と旅立ちの扉がひとりでに開き始めた。ごくり、と息を呑んで、その様子を見つめる男―――
扉の隙間からぬるっと音もなく超巨大な蛇の胴体が入り込む。目が合った。KISYAAAAAA!! 威嚇されるが男は動けない。脳が理解まで至っていなかった。女神もぽかんとしている。ただ、妖精達だけが機転を利かせてバトルめいた楽曲にBGMを変えていた。見事な転調だった。
「待っ」
ようやく何か言おうとした男の上半身が大蛇の大口に包まれたのと、ギャーッ!? と悲鳴を上げて大蛇の胴とついでに旅立ちの間の4分の1を女神が魔法で焼き尽くしたのは、ほぼ同時である。
情けない声をあげつつ、死んだ大蛇の口から
ライネは旅立ちの扉の魔法を消した。空間接続が解除された影響で大蛇達の胴体が切断される。ビチビチというよりバタンバタンと暴れ狂う切断された巨大な大蛇達。全速力で距離を取る男と女神ライネ。大蛇の切断部分がじわりじわりと液状に溶けつつある? いや、どうも再生しようとしているらしい?
ライネが旅立ちの間のさらに4分の1ごと大蛇達の全てを焼き払うと、文字通り、跡形もなくなった。
ぱぱぱぱーんぱーぱーぱっぱぱー!
妖精達が勝利のBGMを――
「
ようやく男が突っ込んだ。
「プロかお前らは!? すげえな!!」
混乱しているのか珍しく褒めた。
女神ライネは微笑を口元に浮かべて、両腕を広げて肘を腰につける女神のポーズ。
「では旅人よ! 異世界に旅立ちましょうか――!」
「旅立つかぁぁ!? 無かったことにしてんじゃねぇぇぇぇ!? 身体ごっくんされかけたわ!!」
「……ふふふ。少々お待ちくださいね旅人よ……」
無事に焼け残っていた、玉座めいた椅子の陰にいそいそ隠れるライネ。
スン……と真顔になった後、なにあれーー!!? と無言で驚きのリアクションを放った。心臓がバクバクしてる。
扉の座標を教えたイフラに念話で連続コール。
ダメだ出ない。マジですかあの先輩。さすがに白目になるライネ。
(……私が座標を間違えてるとか、はないわよね?)
滝のような汗を流しながら再確認。合っている。
……え。じゃあこれ、マジでイフラ先輩のポカなのでは? うっかりモンスターの巣にでも合わせてあったのだろうか。後輩いじめか?? 何にせよ座標は変えなければならないだろう。
(……って言っても私、フォルトなんて異世界、全然知らないんだけど……)
そっと異世界ガイドブックを取り出すライネ。まずフォルトで目次検索しても無かった。えっ。詰んでないこれ? 自分の顔が青ざめていくのを感じる。ここまで来たのにどうしよう。
うーあーと頭を抱える。
お、落ち着け私。考えよう。何か方法は―――
ぱちんと指を鳴らすライネ。すると何も無い空間に、ぽんっと小さな小窓が出現した。旅立ちの扉の小さい版、旅立ちの小窓の魔法である。異なる空間を覗き見るだけの魔法にさっきの座標を入力しつつ高度と角度は調整して、上空から眺めるような形で接続してみた。そっと覗き込む。
………巨大な街。いや都市が見える。
………なぜ都市に蛇??
目を細めるライネ。どうも広い牧場みたいな場所に―――あれはヒュドラか。ヒュドラが飼育されているようだった。人間がヒュドラを??
(………??)
よく分からない。よく分からないが、さっきはここに接続してしまったらしい。
急いで別の場所を探す。
旅立ちの小窓を位置調整しつつ消したり出したりを繰り返す。
……都市から離れた場所にある草原を見つけた。
周囲にはモンスターもいないっぽい? 平和そう。
……よし、ここにしよう。
ライネは旅の小窓を消すと、余裕のある女神の微笑を浮かべながら、優雅な足取りで男の元へ。
「ふふふ。ああ、旅人よ、お待たせしましたね」
にっこり笑顔。
「―――――――――」
疑惑、疑念、懐疑、疑心………とにかく疑の付いた熟語を存分に視線に塗り込んで、女神をジトりと見てくる男。
(うっ。ま、まあ、そーなるわよね……)
などと思いつつも、微笑を絶やさない鉄壁の女神。振り出しに戻った気分。
くそう。絶対イフラ先輩に文句言おう。あと神殿の修理費も出して貰おう。
「言い訳を聞こうか」
それ私もイフラ先輩に聞きたいんですよと思ったその時だった。
………新人女神ライネの脳裏に、電流走る―――!
「―――ふふふ。旅人よ。今のは私の仕掛けた冗談。ゴッデスジョークです!」
しばしの間があった。
「ギャーッとか叫んでなかったか?」
「迫真の演技力ですっ!」
……男は視線を周囲に向けた。
その半分ほどが真っ黒に焦げて炭化したり灰になったりした旅立ちの間の状態は、まさに惨状という言葉が相応しい。とても酷い有り様だ。
被害の少ない場所を見ると、休憩タイムなのか妖精達が包帯に全裸のまま気楽そうに談笑している。今回は酷い目に遭わずに済んだので、乾杯までしていた。そういえば火事にまで至らずに済んだのは、女神が魔法の対象を絞ったからだろうか。
とはいえ周辺にはまだ熱気が燻っており、焦げ付いた匂いと共に見上げてみれば、焼け落ちた天上の裂け目から星空が覗いている。外は夜なのだろうか?
……男は視線を女神に戻す。
「絶対嘘だろ?」
「メガミ、ウソツカナイ」
「やかましいわっ!」
「実はあなたに、異世界の危険性について教えておきたかったのですよ!」
「ほほう。それは親切なことだな」
男が目を光らせ始める。
「そう………異世界とは異なる文化、異なる歴史、異なる技術、そして―――異なる生態系! 転生という形で新たな旅を始めるにしても、あなたが今までいた世界に比べれば生存の危険もまた高くなる。そのことを身をもって教えたかったのですよ……」
「まあ蛇の体液で全身ベトベトではあるが」
ジト目で腕組みしながら、とりあえず聞いてやろうという姿勢の男。
「――――ふふふ。旅人よ。そこで私から改めて……汝にギフトを送ろうではありませんかっ!」
くわっ! と目を見開くライネ。
そしてその周囲に、光の輝きとしか言いようのないものが浮かぶ! 数は20!
「………また魔法か?」
「そうでもあり、そうでないとも言えます。……これこそは! 数多の神々が自らの加護を特別に鋳造して作った、まさに最新の伝説ともいえる魔法! 我々はこれをギフトと呼んでいます! このギフトを異世界へ旅立つ者に与えるという決まりが、我々にはあるのです――!!」
ハッと気づいた顔の男。
「………ま、まさか、それはあれか!? チートってやつか!?」
「
スン……と少しだけ冷静な笑みになって、ライネは告げた。
「―――旅人よ。この20あるギフトのうち、汝が選べるは唯ひとつ。そして、ギフトは異世界へ転生する者だけに送られる特別な加護にして転生契約の証! よって、ギフトを欲するならば、まずは異世界への転生に同意して貰いましょうか―――!!」
「………………!!」
ライネは考える。いくらなんでも、男はヒュドラに派手にビビったはず。それで異世界の危険性を理解しただろう。今が好機だった。
(……この流れに乗ってギフトを選ばせる! そう、『死者は蘇らない』……! 異世界であっても、死んだらそれまで……! だからこそ、必ずここでこいつは、ギフトのいずれかを選ぶ――!)
そして、ギフトさえ選んでしまえば、もうそれは異世界転生の契約に同意したのと同じなのだ。
ここで明確に決定的に確実に……契約を取る!
新人女神のライネは今、思わぬトラブルをチャンスに変えて、勝負に出たのだった―――
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