第4話 異世界転生の偽証
ここまでのあらすじ:
なぜ『異世界転生の女神』ではない女神が異世界転生の案内をしているのか。
なぜ神々は異世界転生をやるのか。
それらの疑問に答えたら、男はお試しで異世界に行ってもいいと言うのだが――
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(……どうしよう……)
新人女神のライネは痛感していた。
最初に、『これは最近よくある異世界転生ってやつか』という暗示をかけるのは、死者の精神を守ると同時に、転生を案内する神の威厳や立場も守っていたのだろう。そうでないと非常に面倒なのだ。……世の中には、守秘義務というものがある。
そう。ライネが――ライネが所属する神々の組織が、なぜ遠い世界から、わざわざ死者を異世界へ転生させるのか? そのメリットは?
それらの真相は、転生する人間に言ってはならない決まりなのだ。
(……ど、どうしよう……!?)
焦り出す女神。脳内で対応マニュアルを思い出す。
確か、『異世界転生は、神の愛、神の憐れみ、神の慈悲なのです! とか建前っぽい内容を言っとけば大体OK。人間は神々の事情とか大して気にしませんし、どうせ暗示がかかっているので、適当な理由でもなんだかんだ転生します』とか書かれてた気がする。まさに適当であった。
(……だ、だめだ……それでこの男が納得するとは到底思えない……重箱の隅をねちねち面倒くさい
ちょっと想像してみるライネ。
『――で? なんでわざわざ異世界の人間を対象に? そっちの世界には愛の足りない奴とか憐れな奴とか慈悲を与えないとダメな奴とかおらんのか? そもそも、どういう判断基準で転生者を決めてるんだ? ランダムか? 条件があるのか? まさか適当か? ノルマでもあるのか? 暇を持て余した神々の戯れなのか? 神様目線なのか? どうでもいい理由とかじゃないだろうな……!?』
(……い、言いそう……絶対に言いそう……)
もう想像だけですでに面倒くさかった。
(……かといって、もしも守秘義務を破ったり、万が一にも相手に真相を勘付かれてしまったら……私――
しかし、相手の信用を得なければいけないこの状況で、それは言えません! とか、うふふ秘密です♡ などと誤魔化すことも難しい。その上で対応マニュアルに頼れない以上、ライネが取れる選択肢はひとつしかなかった。
(……なにかうまい言い訳を考えるしかない――!)
とんだ新人女神の初仕事があったものである。
だがライネも、せっかく手に入れた異世界転生の女神という立場を、
「おい。どうした。何か言わないのか」
「いえいえ。……旅人よ、少しお待ちなさい。今なるべく人間にも分かり易く説明できるよう、言い方を考えていますので。ふふふ……ふふふのふ……」
微笑の裏で、心拍数はガンガン上がっている。
(……お、落ち着こう私。とりあえず、うまい言い訳を思いつくための時間を稼がなきゃ――!!)
心の中では大慌てしつつも、ライネは澄ました顔のまま、新人研修で学んだ異世界転生事業の成り立ちを思い返して、口を開いた。
「……こほん。その昔、神が異世界への転生を
むっ。と警戒心を強めた様子の男。
まずはそれでいい。上手な嘘には真実を混ぜるべきなのだ。それに、このあたりは守秘義務には該当しないのだった。
「ですが、それらは昔の話です。神の傲慢な行いは、やがて神々全体の在り方を堕するものとして問題視されました。そこで神々は協定を結び、法整備が進められて、現在の神々は
がくっ。となぜか男の肩が盛大にずり下がった。
不思議そうな顔のライネ。
「旅人よ、何か?」
「その、法整備とかコンプラとか……」
「時代や時流に合わせて法は適切に更新して守らねばならないものなのでは?」
「い、いやまあ、それはそうかもだが……すまん。先を続けてくれ。それで結局、神様はそこまでして死者の転生に何を求めてるんだ?」
さて。問題はここからだった。
ここから、どう誤魔化すべきか―――?
……そもそも死者の魂は、各々が信じる宗教観に沿ったあの世へと向かう。
故人の宗教に合わせた様式の葬儀が行われるのも、結局はそういう理屈からなのである。あの世の行き先が現世の行いに影響されるものもあるが、おおむね魂が向かうあの世次第で、その人物が帰属する宗教観は明らかになるといえるだろう。
―――では。
自らを無宗教とする魂の、その死後の行き先を導くことができるなら?
……逆説的にその魂は、死後を導いた神のいる宗教に属する扱いとなる。
神に導かれての転生は、簡略化された通過儀礼であり、無宗教者の魂は、その神の教義、つまり宗教観に染まることになるのだ。
神々の視座で見れば、異世界転生とは、無宗教者を自らの宗教へ入信させて、あの世に送ることに他ならない。――これが最新の法解釈である。あの世と来世と異世界は同じ意味なのだ。
厳密には、無宗教ゆえに死後に行き場のない迷える魂を導くという扱いであり、導いた神の責任として自身の属する宗教に入信させて面倒を見るという、緊急保護の適応にあたるのだ。
もしかしたら将来的には法改正されるかもしれないが、当面その見込みは低い。
なぜなら個人単位でちまちま死者を信徒に変えたところで信仰が急激に高まるなどもなく、違法性も無いとされるからだ。むしろ効率でいうなら悪いぐらいなので、善意と倫理観による慈善事業に近いものとみなされている。
(……まあ人間の側からすると別の意見もあるでしょうけど。でも正直、無宗教でいたい自由とか主張されても困るんですよね……)
なので、このことは基本的に、転生者には伝えられない。気づいたら知らない宗教に加入していた……である。無宗教のまま異世界という来世を神に望んだのが運の尽きだと思ってほしい。
異世界転生者に日本人が多いのは、その多くが無宗教を自認しており、死後のイメージもぼんやりしているからである。男もライネに導かれて異世界転生すれば、めでたくライネが属する神話体系を奉じる宗教の信徒となるのだが、しかし。
前述の通り、信徒が一人や二人ちまちま増えた程度では、メリットは薄い。
……ライネの、そして神々の狙いはその先にある。
……勝手に知らない宗教に入信させるというのも大概あれだが、それ以上に転生者には隠さなければいけない、異世界転生における神々の真の利益。
それは―――
「おい」
「は、はいっ!?」
急に話しかけられて驚くライネ。
「急に小難しい顔で黙ってるが、なんだ? おいそれと言えないような後ろめたいことなんじゃないだろうな? ええ?」
ジト目で男は睨んでくる。
しまった。回想というか説明のシーンが長すぎたかと焦るライネ。ちょっと現実逃避していたのかもしれない。
「怪しい。やはり何か隠してるな……?」
男が目を光らせ始める。
無論これは『目を光らせる』にかけた比喩表現なのだが、本当に隠し事のあるライネからすれば……その眼光は鋭い猛禽のよう、その苛立ちは赤熱する鉄塊のようだった。ライネは女神にも関わらず、何故かこの目が苦手だった。怖いといってもいい。
ふふふ……と微笑で正面から男の視線を受け止める女神なのだが――
(う、ううう……! やっぱり無理! 何も思いつかなーい!!)
内心は
正直、時間が無さ過ぎた。そんなすぐにうまい言い訳なんて思いつくわけがない。もはやこれまで。残念だった……
「その。じ、実は――」
人間にはとても話せないので勘弁して下さいっ。私は今日入ったばかりの新人女神なんですーっ。とライネが涙目で白状しようとした、その時だった。
二人の間を―――とても美しい旋律が駆け抜けた。
控えめで主張しすぎず、けれど染み込むような音色が重なりあって調和する、そんな心に響き渡るメロディだった。
「な、なんだ?」
ハッとして音を辿るとそこには―――
傷ひとつない包帯だけの全裸姿で、キリッと楽器を奏でる妖精達の姿があった!
神ほどではないが、神とは別の意味で妖精も人知を微妙に超えた存在だ。その透明な美しいハーモニーに、男は一瞬で意識を奪われた。これは魔法だった。男には対魔法能力がない―――
妖精の種類は多種多様だ。女神ライネが雇っていた妖精はBGMを演出する雰囲気づくりの妖精である。音楽の神からレンタルした加護厚き楽器を手に、気まぐれな妖精達の中でも演奏好きが集まっており、しかも妖精は悪戯好きなので、相手の気分を乗せて弄ぶのが大好きなのだった。
(えっ。なんで妖精が復活してるの? 適当にくたばってると思ったのに)
神にとって妖精とは、微妙に使えない下っ端のような扱いである。いい加減で適当な存在なので死んだり生き返ったりするが、それでも自分の魔法の影響を受けて死なないとは。それともまさか、死のほうが彼らを手放したとでも……?
みょんみょんみょんみょん――
ライネの顔が強張る。その隣で、おお……! と男は聞き入っていた。最初に旅立ちの間に来た時は、途中から怒りで耳に入らなくなったが、今やその身は震え、否応もなく壮大な物語の予感に心が昂り始めていた。はじめて夜明けの風に触れた幼子のような横顔。
具体的には、読者の一番好きなファンタジー作品のメインテーマを全部足して魔法で割ったような前奏曲を、世代特攻を加えてもろに
心洗われて、だんだん綺麗な目になる男。
どこかで忘れてしまった、何か大切なことを思い出しそうなこの気持ち。
……妖精達の音楽で時間を稼いでいる間に、ライネは覚悟を決めた。
どこか突き放したような、それでいて、どこまでも透徹した青の瞳が、男の眼差しを捉える。
「………神々が遠い世界の異邦の旅人を異世界に
「愛!?」
男はひどく戸惑った顔で、女神の微笑を見つめた。
「なぜ、そこで愛――!?」
「旅人よ。我々からすれば魔法も無いあなたがたや、あなたがたの世界は、とても不思議で興味深い、心躍る存在なのです。……ちょうどあなたがたが、剣と魔法と冒険の世界に想いを馳せるのと同じように」
「――――!」
「とはいえ、かの世界は、かの神々の地。我々が触れることは叶わぬが道理。そこで我々はそちらの神々と話し合い、転生に同意する者であればという条件付きで、こちらの世界へと
「せ、世界間の神々が話し合いを!? スケールが大きいな……!」
キラキラした眼差しになる男に、
<もちろん神だからな。スケールは大きいとも>
「当然です。神は人知を超えた存在なのですから」
と女神顔で
……そう。急にライネが饒舌に話しているその裏には、死と選別の神イフラの念話という台本があった。今のライネは、それを話しているだけである!
急に妖精達が死の淵から完全復活したのも、イフラが『まだ死ぬ時ではない』と、死すべきものを選別したからなのだった。
(せ、先輩が絶妙なタイミングでフォローに入ってくれて助かった……!)
内心では泣きながら万歳三唱のライネだ。
しかし、タイミングが絶妙すぎる。多忙とか言いつつ、自分の仕事ぶりをずっと監視していたのでは? とも思うのだが、まあこの際それもOKな感じだった。先輩の言う内容をそのまま話していれば、どうとでもなるはずだ――!
「…………しかし。愛とか急に言われてもなー」
とか言いつつ、見よ。この男のなぜか照れた顔を。
BGMが織りなす雰囲気に呑まれて、男は拍子抜けするぐらいノリやすい状態になったらしい。うっかりプークスクスみたいな顔にならぬよう女神顔を作り続けるライネ。そうそうこの外面は崩せぬのだ。
「ん。そうか。じゃあお前が火そ……じゃない、旅立ちと変転の女神なのに、異世界転生の女神なんてことをしてるのは……」
<無論、私が人間が好きで好きでたまらない人間マニアの異常性癖神だからだ>
「んなわけありますかーっ!?」
思わず突っ込むライネに目を白黒させる男。しまった。つい。
「え? お前は人間とか好きじゃないの?」
「ああっ、いえっ、ふふふ! もう大好き、超好きですよ! 骨も残さず灰になって旅立つ姿とかウットリしますし、焼き切らずに真っ白な骨が綺麗に残ったら宝石みたいですよねっ! ふふふ……!」
頑張ってアドリブでフォローするライネ。
「お、おう……」
<彼も私もドン引きなのだが>
<誰のせいですか誰のっ!!>
ぐぬぬ顔のライネ。地の底から響くような低音の念話ボイスで、急に珍妙な台詞を言わせようとしないでほしい。
その一方で、男は思った。
神の愛……怖いなあ。まさに人知を超えた変態だなあ。神様やべえなオイ――
「……よく考えると、人知を超えた存在の思考や動機なんて、人間には理解が難しいかもしれんか……」
―――ともあれ。
なんとか男は納得したようだった。ほっと息を吐くライネ。
<それにしても先輩、よくあんな歯の浮くような出任せを思い付きますね。正直、自分で言ってて通らないと思いましたよ>
<……何もかも、それが問題なのだ>
イフラの念話には、どこか重々しさがあった。
<どういう意味です?>
<自分で考えたまえ。自分の神殿を燃やしかけるような前代未聞の大型新人女神には成長が必要だ>
ぐっ、と言葉に詰まるライネ。
<しかし。この男は面白いな>
<え?>
あの文句ばかりで面倒くさいクレーマー転生者が?
<……さておき。今度こそ本当に多忙の身となったので、私の手助けはここまでだ。この後は、彼にどこかの異世界を見せる予定だな?>
<ええ。そうですけど>
<ならば異世界フォルトへ向かいたまえ>
<………フォルト? そんな登録世界ありました?>
<その男にも君にとっても、うってつけの世界だ>
ライネの問いに、死と選別の神からの念話は、何の感情もなくそっけないイメージだけを伝えてくるのみであった。
―――異世界フォルト。
そこは一人の転生者によって平和が築かれた記念すべき異世界であり、そして……神々が忘れ去った禁足世界の名である。
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