第2話 異世界の証明
神の威光を感じる、壮麗な玉座っぽい大きな椅子。
その裏に隠れるというか避難して、新人女神のライネは頭を抱えていた。その目は混沌とした
(どどど、どうしようっ、どうすればっ!? こんなはずじゃなかったのにーっ)
初仕事で想定外のトラブル!
まさか、まさか異世界の実在から証明しないとダメだなんて……! それカクヨムの連載だったらペース遅すぎて読者から切られるやつですよ!?
(……異世界の証明とか、そんな急に言われても……私、資料も何も用意してないし……)
ぶっちゃけ、『ふふふと笑って案内すれば何とかなる、異世界転生の女神って楽な仕事』などと思っていたライネさんである。すんすんと泣きたい気分で途方に暮れ始めていた、その時であった。
みょんみょんみょんみょん――
(はっ。念話!)
思念の波を受けて心の経路を合わせる。
<……トラブルのようだな>
ギャー!? と声なき悲鳴をあげるライネ。
地の底の暗闇から低く響くような念話のイメージは、死と選別の神イフラだった。気難しくて厳しい、ライネの先輩にあたる男神だ。顔はいいのだが根暗というか陰気な神で、正直ライネの苦手な相手である。
<ええと、そのー。私、ちゃんと暗示をかけたんですけどー、なんか変な具合でー>
遠回しに私はミスしてないんですー的なニュアンスで念話を返すライネ。
<状況は把握している。未知のケースだ>
(えっ。もしや先輩、初仕事の私を心配して様子を見てくれてたの?)
トゥンク……! などと一瞬ときめきかけたライネだが、すぐ我に返った。
もしかして:私の初仕事ぶり、監視されてる?
慌ててその場で姿勢を正すライネ。
神々の関係に上下はなく、対等の関係であるとして良しとするのが古くからの習いだが、それでもライネは新人の女神という立場だ。仕事ぶりをチェックされている可能性は大いにあった。ごくりと唾を飲む。
<対応マニュアルに沿って、魔法を見せて信じさせようとしたんですけど……>
<不可解だが、彼には彼なりの『これは異世界らしくない』という判定基準があって、それが暗示に影響しているようだ>
<そ、そうなんですよ。なんか変なこだわりがあるみたいというか。……ちなみに、そのー。別の転生予定者を回して貰うとかは……>
私はか弱い新人なんですよー的なニュアンスを込めて念話を送る。念話は意思の疎通以外にも、いろいろな感情やニュアンスなどを送ることが出来るのだ。
しばしの間があった。
<……ライネ君。この異世界転生の事業には、膨大なコストと時間が費やされている。知っているな?>
<は、はい>
<この事業が成功した結果、我々の信徒の数も信仰心の高まりも、汎世界において隔絶した規模となった>
<もちろん存じております>
<……だが、このブルーオーシャンも既に赤くなっているのが現状だ。そんな時期にシステムに未知の綻びが見つかったのは、ある意味では幸運ともいえる。もしも他の神々に先駆けて解決法を見出すことが出来れば、ブレイクスルーとまではいかないだろうが、現状のリードを僅かなりとも引き伸ばせる可能性はあるからな。そういう意味では発見した時点である種の功績ともいえるか。お手柄だな、ライネ君>
<い、いやあ。そんなっ。なんか何もしてないに勝手に壊れた、みたいなー?>
引き攣り気味の気持ちが伝わらぬよう、念話のイメージに細心の注意を払うライネ。嫌な予感に背筋が震える。褒められているはずなのに、イフラの念話からは淡々と文章を読み上げるようなイメージしか伝わってこなかった。
<では、あとは直すだけだ。上への面倒な報告などは私が担当しよう。まずは君がアプローチするように>
……ぐっ。と呻く女神。退路を断たれてしまった。
(しまった。もっとやる気をアピールしたほうが手伝ってくれたかもか……)
新人相手でも普通に厳しい。やはりこの先輩は苦手だという気持ちを強くするライネ。ならば。
<……あのっ。どうやって異世界の実在を納得させればいいんでしょうかっ>
念話を切られる前に、分からないのでヒントくださいのニュアンスで念話を送る。
魔法を見せても変な理由でクレームをつけてくる、とんでもなく面倒そうな相手なのだ。少しは手助けしてほしい。私は新人なんですよ?
<対魔法能力のない相手だ。魔法の使用は許可しよう。ところでライネ君。魔法で強引に精神や記憶をいじって転生契約に同意させれば楽だと思わんかね?>
<そんな無意味なことはしませんっ>
<分かっているなら大変結構。まあ、ギフトを与えて異世界に送り出しさえしてしまえば、あとはこちらの思うがままだが。……では、私も多忙の身なので健闘を祈る。どうしても何かあれば連絡したまえ。返答は遅くなるが>
念話は途絶えた。
はあー、と盛大に溜息をつくライネ。
さて。どうしたものだろう。腕組みして考える。
そろそろあの男がこちらの様子にしびれを切らせるとまずいので、何か手を打たないといけない――
「……相手に異世界の実在を認めさせる方法……! 相手に異世界の実在を認めさせる方法……!!」
うーんうーんと唸りながら、何か取っ掛かりはないかと思考を巡らせる女神。すると『上への面倒な報告などは私が担当しよう。まずは君がアプローチするように』という先輩の言葉が脳裏に浮かんだ。
「―――――」
ぴこーん! 頭の上に豆電球を光らせるライネ。
スン……と澄ました顔になってから、穏やかに女神の微笑を浮かべる。
昔から切り替えの早さには定評があった。
気品を感じさせる優美な動作で、玉座っぽい椅子の影から踊るように現れる女神。
金の髪は太陽のよう。青の瞳は星のよう。
「……旅人よ。お待たせしました。異世界の実在を証明してほしい、のですよね?」
ふふふ。と余裕のある眼差しを向ける。
出しっぱなしの火の魔法の火の粉のせいで、旅立ちの間が燃えていた。
「か、火事ーっ!?」
「早くなんとかしろぉぉ!!」
火と煙に巻かれながら怒鳴る男。なんとかしぶとく生きていたらしい(もう死んでいるが)
「ああっ、えーとえーとっ。あれっ、名前なんだっけ!? うーあー! 盟友たる水の神の加護をここに! アクヴォ!!」
大元の火の魔法を消してから、
そこらに水がバラ撒かれて消火に成功する。
ぜえ、ぜえ、ぜえ! 肩で息をする二人。
ライネは先に呼吸を整えると、スン……と表情を切り替えて微笑を浮かべた。
「異世界の実在を証明すればいいのですよね?」
「こ、こいつ……何も無かったことにして進める気だ……」
「ふふふ。今のであなたも魔法を通じて、神への畏怖を覚えたことでしょう」
「まあ、別の意味で恐ろしいという気分にはなったが……」
シルクのローブについた
そして女神はにこりと微笑んで、男に告げた。
「では――実際に異世界に行こうではありませんか」
「なに……?」
両腕を広げつつ肘を腰にあてる、慈悲深い女神のポーズでライネは語りかける。なぜか後光が差した。
「百聞は一見に如かず。とりあえずのお試しということで、その眼で見て、肌で感じて、自らの足で歩むことで、異世界を実感するのです……!」
――実のところ、転生させずに人間を異世界に送るのは、法的にはアウトである。転生という形式を経ていない場合、普通は異世界にとっての異物となるからだ。そして現地の神々は、そうした異物にはとても厳しい。世界観も壊れるし、送った側にも苦情が来る。
(……しかし、私は旅立ちと変転の女神! 少しの間なら権能として誤魔化せる!)
ライネがこんなに強気なのは、ある程度の無茶はイフラ先輩が報告書でカバーしてくれますよねという打算があるからである。面倒な部分は全部お任せしてしまおうという算段であった。それに。
(ぶっちゃけ異世界はあるんだから、実際に異世界に行けば証明も何もないわ!)
――ああ、なんと完璧な証明方法なのかしら!
ちょっと強引ではあるが、おおむねいろんな物語は、そうして既成事実を重ねていくものである。さしもの男も、目の前に広がる異世界を体験すれば―――
「いや。行かんし」
「………」
しばし静寂。
「えっ!?」
「えっ」
「なんで行かないのですか旅人よ!?」
「だって、なんか怪しいし」
なんか怪しいし!?
あまりの言葉に、ライネは白目を剥いて驚愕した。
「何が怪しいのですかっ。転生とかせずにちょっと異世界を体験するだけとか、普通そんな面倒くさい展開は無いのですよ!? 特別なのですよ!?」
そんなライネを、男はジト目で見やる。
「というか俺は思うんだが」
「……なんでしょう」
「――お前って本当に女神なの? 証明できる?」
ぴしゃーん!
己を貫く雷鳴にも似た、かつてない衝撃をライネは受けた!
「…………んなっ!?」
「転生とかの未知の技術を駆使する存在はいるかもしれん。今こうして俺はここにいるしな。でもそれって、お前が本当にきちんとした本物のマジの女神であることの証明にはならねーよな……」
男の疑わし気な眼差しに、ライネは怒りのあまり顔を真っ赤にして震え出す。
こ、この男……異世界の次は、私の存在を疑い出した……!!
「な、なな……なんという謂れなき侮辱! 想像を超えた非礼! 仮にも女神に対して、正直ありえない暴言ですよ……!?」
「いや待て、こんなん当然の用心やろがっ!」
くわっと目を光らせる男。
「おお、あなたが神なんですかー、ってそんなあっさり信じられるかよっ! こちとらいい歳した大人やぞ!? もしかしたら異世界転生ですよとか言いつつ実は邪神とか悪魔の生贄コースとかそういうカミカミ詐欺かもしれんし、せめて本物の女神ですっていう証拠ぐらいは出せ! 頼むから! 俺もどうせマジならちゃんとした本物の女神に祝福とかされて異世界転生したいんだよっ!!」
「……邪神……悪魔……カミカミ詐欺――!?」
あまりの失礼さに指をわなわなとさせて、ついにライネの怒りは限界を突破――
と思いきや、スン……と澄まし顔を経過して、なんとか微笑を浮かべた。
さらに両腕を広げて肘を腰にあてる、慈悲深い女神のポーズを取る。どこからか後光が差した。
―――セーフ。
よく見れば慈悲深い女神のポーズはプルプル震えているのだが、イフラ先輩がこの状況をチェックしてるかもしれないので、ギリギリのところで堪えた感じである。自分で自分を褒めてあげたい。今日はお家に帰ったら甘いもの食べようと思うライネ。
「ふ……ふふふ……ふふふふ……旅人よ。なかなかどうして、ちゃんちゃら
……男は、焼け焦げた跡も生々しい、旅立ちの間の惨状に目をやる。
隅のほうでは、美しい旋律を奏でて広間のBGMを担当していた妖精達が、今では全身火傷で包帯まみれの重傷で床に並べられていた。うう……おお……と呻き声の合唱を奏でている。
女神のほうを見る。
慈悲深い女神のポーズで微笑を浮かべながら、器用に目を逸らしていた。
「証拠を出せ!!」
「ぐぬう……」
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